明示・暗示の測定と指導法効果研究

結論からいうと,もはや指導法効果研究やそのメタ分析系の研究で測定具が明示的知識を測っているのか,あるいは,暗示的知識を測っているのかという話はしないほうが建設的ではないかという話。

Norris and Ortega (2000)やSpada and Tomita (2010)のメタ分析は,明示的指導・暗示的指導という2種類の文法指導の効果を検証したものです。そこでは,指導の効果と知識表象の関連性について議論されています。それで,「実務的な観点」とかいうと草薙さんみたいでアレなんですが,指導の効果測定として厳密な暗示的知識の測定具を用いることにどれほど妥当性があるかという問題です。狭義のSLA研究では,「暗示的知識の習得こそが言語習得」という見方なわけで,明示的知識の介入を許さない暗示的知識の測定具の開発や妥当性検証は必須です。しかしそれは,”ultimate attainment”の研究であり,母語話者と第二言語学習者の境界線を探ったり,あるいは第二言語学習者がどこまで母語話者のような言語知識を獲得することができるのかを目的としています。Suzuki and DeKeyser (2015)やVafaee et al. (2016)などの研究にも代表されるように,Ellis (2005)の因子分析による妥当性検証から10年が経っても未だに「真の暗示的知識測定具とはなにか」の問題はSLA研究の中心的課題の1つです。私が問題としたいのは,指導の効果検証にそこまで厳密な暗示的知識の測定具は必要なのかということです。Ellis (2005)が指摘しているように,実際のパフォーマンス上では明示的知識と暗示的知識の両方をフル活用して学習者は言語を使用しているのであり,Task-based Language Teaching (TBLT)的な観点での「学習者ができること」を重要視する考え方から言っても,ピュアに暗示的知識だけを測定しそれをもって指導の効果とすることにあまり意味があるようには思えません。だからといってすべては明示的知識を授けることが大事だとかPPPだとか自動化だとか言うつもりはありません。

話が一度それますが,明示的知識と暗示的知識の関係性(interface)について,練習によって明示的知識が暗示的知識に変容することをstrong interfaceの立場とし,この立場をとる代表的な研究者としてRobert DeKeyserが引用されることがよくあります。私もそう思っていたのですが,最近のDeKeyserはもはやこの立場でもなくなっています。DeKeyser (2015)では,宣言的知識が手続き的知識に変わる(turning into)という言い方は誤解されやすく,実際は宣言的知識を保有している状態で練習を重ねることにより,手続き的知識を獲得することが可能になると述べています(DeKeyser, 2015, p.103)。また,手続き的知識を獲得する段階は”procedualization”(手続き化)と呼ばれ,この段階ではまだ自動化(automatization)はされていません。手続き的知識を獲得するにはほんの数回のcontrolledな練習を重ねるだけでよく,そこから自動化させるためにはさらなる練習が必要であるとDeKeyserは述べています(DeKeyser, 2015, p.95)。つまり,宣言的知識は手続き化されて手続き的知識になり,その手続き的知識が自動化することで無意識的で流暢な技術を身につけることが可能になるというわけです。さらに,自動化は,自動化したかしていないかの0/1ではなく,連続的なものでもあります。DeKeyserの主張するSkill Acquisition Theoryを研究の基盤とする場合には,90年代のDeKeyserを引用するのではなく,このDeKeyser (2015)を引用するべきでしょう。もう一点,注意が必要なのは,DeKeyserのいう練習とは,いわゆる「パターンプラクティス」のようなものではないという点です。DeKeyser (2015)が,Skill Acquisition Theoryを援用した実証研究の例として,タスクの繰り返しの効果を扱ったDe Jong and Perfetti (2011)を引用していることからも,自動化に必要なのはcontrolledな練習ではないことがわかります。

話を明示・暗示と指導の効果に戻します。明示的知識の干渉を受けず暗示的知識のみを測定できる測定具を用いることをつきつめると,その手法自体は実際の言語パフォーマンスからはかけ離れたものになります。自己ペース読みや,ワードモニタリングタスクなど,上述のSuzuki and DeKeyser (2015)やVafaee et al. (2016)で暗示的知識の測定具として妥当だと言われているものは,もはや私たちが言語を使用する場面としては特殊すぎるでしょう。ただし,そこまでしないと明示的知識の干渉は防げません。なぜなら,特に高熟達度の学習者ほど明示的知識が介入していてもパフォーマンス上では暗示的知識のみの言語使用と区別がつかないからです。Ultimate attainment研究はそここそが研究の対象であり,一見母語話者と相違ないパフォーマンスを見せる学習者にも母語話者との差が見られる領域についてを研究しています。だからこそ,母語話者と学習者を弁別するための道具として暗示的知識の測定具が必要なのです。一方で,多くが教室環境で行われるような指導を受けた学習者が,どれほど指導によって言語能力を向上させたかをみるには,母語話者と超高熟達度の学習者を弁別するために必要な測定具が適切だとは思えません。測っている領域がまったく違うからです。暗示的知識の測定具の精度を指導法効果研究に求めれば,ほとんどの場合「知識があるとはいえない」という結果が得られることでしょう。また,自己ペース読み(視線計測でもいいです)やワードモニタリングタスクなどは,従属変数として反応時間を用い,主に正文条件と非文条件での反応時間の差が「統計的に有意であるかどうか」によって,知識の有無をカテゴリカルに判断しようというものです。この「知識の有無を0/1で判断できる」という観点が自己ペース読みの強みであるとJiang (2004)は主張しています。したがって,カテゴリカル変数よりも連続変数のほうが適切であるような,学習者の発達自体に興味がある指導法効果研究では,明示的知識が干渉していてもライティングやナラティブなスピーキングタスクで良いのではないでしょうか。もちろん,多肢選択問題や穴埋め課題,書き換え問題などでいいとは思いません。これらの測定具も,言語使用場面としては,自己ペース読みなどとは正反対の方向に特殊すぎるからです。

結果として,指導法の効果を比較した研究で明示的知識と暗示的知識の話を持ち込んで,その結果として「それは暗示的知識測れてない」とかいう批判を受けるような議論が展開されてしまうことになるわけです。それじゃあということで指導法の効果を自己ペース読みで測ったとします。そうなると今度はもともとの指導法の効果という観点からどんどん遠くなっていってしまうわけです。私自身の結論は,もう暗示的知識とか言わずにdiscrete-point testとperformance testで効果検証しました。ってことでいいのでは?ということです。

というようなことをPPPいいよ論文からSpada and Tomita (2010)を読み返して思ったのでした。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

引用文献

De Jong, N., & Perfetti, C. a. (2011). Fluency training in the ESL classroom: An experimental study of fluency development and proceduralization. Language Learning, 61, 533–568. doi:10.1111/j.1467-9922.2010.00620.x

DeKeyser, R. (2015). Skill acquisition theory. In VanPatten, B., & Williams, J. (Eds). Theories in second language acquisition: An introduction (2nd ed). New York, NY:Routledge.[Kindle Edition]

Ellis, R. (2005). Measuring implicit and explicit knowledge of a second language: A psychometric study. Studies in Second Language Acquisition, 27, 141–172. doi:10.1017/S0272263105050096

Jiang, N. (2004). Morphological insensitivity in second language processing. Applied Psycholinguistics, 25, 603–634. doi:10.1017/S0142716404001298

Norris, J. M., & Ortega, L. (2000). Effectiveness of L2 Instruction: A research synthesis and quantitative meta-analysis. Language Learning, 50, 417–528. doi:10.1111/0023-8333.00136

Spada, N., & Tomita, Y. (2010). Interactions Between Type of Instruction and Type of Language Feature: A Meta-Analysis. Language Learning, 60, 263–308. doi:10.1111/j.1467-9922.2010.00562.x

Suzuki, Y., & DeKeyser, R. (2015). Comparing Elicited Imitation and Word Monitoring as Measures of Implicit Knowledge. Language Learning, 65, 860–895. doi:10.1111/lang.12138

Vafaee, P., Suzuki, Y., & Kachisnke, I. (2016). Validating grammaticality judgment tests: Evidence from two new psycholinguistic measures. Advance Online Publication. Studies in Second Language Acquisition. 1–37. doi:10.1017/S0272263115000455

明示・暗示の測定と指導法効果研究」への4件のフィードバック

  1. ピンバック: 理論に暗示的知識が内包されたときのジレンマ | 英語教育0.2

  2. ピンバック: 母語話者との差は埋めるべき? | 英語教育0.2

  3. ピンバック: インプット仮説とアウトプット仮説ってそういうことか? | 英語教育0.2

  4. ピンバック: 『外国語学習での明示的・暗示的知識の役割とはなにか』を読みました | 英語教育0.2

コメントを残す