はじめに
Quería.meでいただいた質問への回答シリーズです。
質問
先生と(広くみれば)同じ分野の者です。ここ最近の学界のいざこざと,派閥的な雰囲気に嫌気がさしてしまったことと,自分自身の研究がうまく進まない(←自分の能力の低さと,ある種の研究上の疎外感ゆえ)ことの双方が重なりあい,研究することを面白いと思えなくなってしまいました。すでにポストは得ているので,大学運営や教育上は一定程度貢献していますが,どうも自分が今後研究をすることを生業にしていくことはよくないのではという考えを持っています。そのため,まったく別業種の求人サイトをみて休日を過ごす日々が続いています。何か答えが欲しいわけではありませんが,聞いてほしいという気持ちです。
回答
質問(?)ありがとうございます。
広く見たら同じ分野とのことですが,「学界のいざこざ」というのは私は全然認知していないので,少なくとも自分が同分野だと思ってリスト化している人たち,よりはもっと広そうです。私が所属している学会も派閥的雰囲気をあんまり感じたことがない……のは私がどこかの派閥に属しているのか……。その辺,私は事情がわからないですし,詳細に書いたら身バレの可能性もあってぼかしてらっしゃるのかなと思うので,「研究が面白くない」の話について考えたことを以下に書いてみますね。
「研究上の疎外感」について
まず,質問にある「研究上の疎外感」というのがちょっと気になりました。これが具体的に何を指しているのかわからないのですが,自分の研究が評価されていないとか,自分と関心を共有する人が周りにいないとか,あるいは最初に書かれていた派閥的な雰囲気の中で疎外感を感じるとか,そういうこともあるのかなと想像しました。
私自身,自分の研究が国内外ですごく評価されている,みたいな感覚は全然ないです。もちろん,そもそも幅広くインパクトが与えられるような研究をやっていないという自覚もあります。でも,だからといって「受ける」研究を狙いにいくべきだともあんまり思っていなくて,自分が大事だと思うこと,自分が追いかけたいと思うことを淡々と研究していくしかないかなと思っています。研究の価値って,イマココで周りからどう評価されているかだけで決まるものでもないと思うので。
研究って,学会みたいな集まってワイワイって雰囲気がある一方で,どうしても孤独な営みの部分もあると思うんですよね。最終的には自分で考えて,自分で手を動かすしかないというか,自分との戦いというか。ただ,そういう研究そのものに伴う孤独と,特定の研究コミュニティの中で感じる疎外感は,ちょっと別の話かもしれません。
もし後者が大きいのであれば,「今いる研究コミュニティが嫌になった」ということと,「研究そのものが嫌になった」ということは,分けて考えてみてもいいのかなとは思いました。どういうコミュニティに属しておられるのかわからないので簡単には言えませんが,国内でも少し違うところに行けば違う人たちがいるでしょうし,国外まで広げれば研究コミュニティなんてものすごくたくさんあります。いろんなところで発表したり論文を書いたりしていると,「ああ,誰かは読んでくれてるんだな」と思うこともあるし,数は少なくても自分と関心の近い人が見つかることもあるんじゃないかなと思います。
研究がうまく進まないことと,能力のこと
研究がうまく進まないことも,まあ長い研究者人生のどっかのタイミングにはあるよなと個人的には思っていますし,なんなら今までの人生で,「うまく進んでる」って思ったこと,私は一度もないですね,たぶん。何をもって「うまく進んでる」と捉えるかは人によって違うと思うので,質問者様がどう思われているかわかりませんし,私との比較とかしても意味ないような気もしますけど。
そもそもうまくいくもんじゃぁないと思いながらやっているっていうことと,人の成果や進捗と比べないっていうこと,これをこの5年くらいで努力して身につけてきたので,それが大きいかもしれません。でも,心のどっかでは比べちゃいますよ。その気持ち完全に消せるようになったというより,抱えてコントロールできるようになったという方が近いかもしれません。
「自分の能力の低さ」とも書かれていますが,能力不足って,研究者とか大学教員に限らず,誰しもどこかで感じながら生きているんじゃないかなと思うんですよね。少なくとも私は,自分がインパクトの大きな研究ができる能力があるとも思っていないし,成果をバンバン出せるとも思っていません。だからといって,その自己評価についてずっと考えて下を向いていても仕方がないので,私はとにかく地道に自分のできることをやり続けるしかない,というところに落ち着きました。亀の歩みでもいいからやめないこと,それだけできてりゃいいやって思いながらやっています。
研究を「生業」にするということ
面白いから研究をやっている側面ももちろんあるとは思いますけど,仕事として,研究者として,研究しないといけないからやっているって側面もありますね。私は純粋な知的好奇心だけでずっと研究をドライブできるわけではないです。
もちろん,研究していない(ように外から見えるような)大学教員もいると思いますし,そういう人だっていろんな葛藤や事情がある中でそういうふうになっているんじゃないかなと個人的には思います。そして,大学教員が純粋な研究職ではない以上,大学運営も教育も大事な「生業」です。質問者様は,大学運営や教育上は一定程度貢献していると書かれているわけですし。
私はそれでも,自分自身については,なんていうか,研究(というよりはパブリケーションと言ったほうが適切かもしれないです)がゼロみたいなのは,そりゃ違うだろうという矜持みたいなものを持っているので研究を続けています。でも,これはあくまで自分自身のこだわりです。そのこだわりで他の大学教員を判断したりはしません。人それぞれ事情がありますし,いつ自分が研究できなくなるかだってわかりませんので。
別業種の求人サイトを見るということ
あとは,「まったく別業種の求人サイトをみて休日を過ごす日々が続いています」というところは,率直にちょっとすごいなと思いました。もちろん,実際に転職したいというより,今の状況がしんどくて現実逃避的に見ている部分もあるのかもしれません。でも,私だったら「別の仕事をする自分」という可能性を少しも考えていなければ,たぶん求人サイトを開くところまでいかないと思うんですよね。
私は今のワークライフバランスと待遇(具体的には年収)を維持したまま別業種に転職してやっていけるともあまり思っていないですし,研究や教育という仕事自体は好きです。また,これまで大学教員として積み上げてきたものを捨てるコストも大きいし,そもそも別業種で自分に何ができるのかもよくわかりません。なので,今のところ別業種の求人を見ようとすら思わないです。
逆に,今と同じくらいの働き方と待遇で,「これ面白そうだな」「自分の能力を発揮できそうだな」と思える仕事があったら,私は全然そっちに行く可能性もあると思います。大学教員を辞めて別の仕事をすること自体をネガティブなことだとも思っていません。やってみて,やっぱり違ったなと思ったら,また大学で働くことを目指すことだってできるでしょうし(あるいは転職した先の業種の他社とか)。
なので,質問者様が別業種の求人を見ていることについて,「そんなこと考えずに研究を続けましょう」とは私は全然思わないです。
おわりに
なんかまとまりのない話になりましたが,「何か答えが欲しいわけではない」とのことなので,私なりに質問を読んで考えたことを書いてみました。少なくとも,こういうことを考えながら大学教員をやっている人間も一人います,ということで。
私に質問したい方は下記URLからどうぞ。
https://querie.me/user/tam07pb915
なにをゆう たむらゆう。
おしまい。











