はじめに
英語と体育ってなんか似ている部分もあるのではないかと思いながら手にとって読んだ本。そこから色々考えたことを書きます。
英語と体育って似ている
英語指導って,結構体育会系のノリで,とにかく練習あるのみとか,根性とか,忍耐とか,そういうのも実際ある気がしています。そういう側面が言語学習に全くないと否定するつもりはないのですが,そういうのが前景化したときにそれに対して拒否感を覚える人がいることを忘れたくないなと思います。
体を動かすことやスポーツで全員がプロアスリートを目指すわけではないのと同じで,英語だって,みんながそれぞれそれなりのレベルで,でも英語を使うことや英語を学習することにポジティブに向き合って,自分の成長を感じられる,そうであれば良いはずだと思います。
運動は健康との繋がりがあるので,そういう,自分のペースで,自分にあったレベルで,とにかく続けることがいいと言いやすいというのはあるかもしれません。メンタル的にも運動でリフレッシュされる部分はありますしね(このあたりは非専門家なので感覚で言ってますが)。ただ,言語学習ってなかなかそういうのを感じにくい部分はあるかもしれません。運動に比べると。
運動の分野でも,どれくらいハードなトレーニングをやっているかとか何キロ挙げたとか何キロ走ったとか,そういうので競争する人たちはいるでしょう。でも,そういうのにコミットしない人もいるはずです。言語学習は何かみんなが競い合っているような感じがしてしまうんですよね。そこに,体育会系っぽい要素を感じずにはいられません。先日anf先生とお話したときに,「英語マッチョ」という表現がまさに英語と体育会系というものの親和性の高さを表しているよねなんていう話題も出ました。
本を読んで印象的だったこと
私が本を読んで印象的だったのは以下のことです。
- 好きにならなくていい(体育好きが体育教師になるし体育を好きにさせようとする)
- 「まずやってごらん」という先生の一言が体育が苦手な人にとってきつい
- 体育の授業を少中高大と経験しても,大人はお金を払ってジムに通わないと自分の体をコントロールできない(体育の敗北)
どれも,英語との類似点だと思ったからこそ印象に残っています。1つ目は,英語が好きな人が英語教師になるし,英語教師は英語を好きにさせようとする,英語(言語)ってこんなに面白いんだよとアピールしてくる,というように考えると,結構当てはまるよなぁと。他の教科がどうなのかわからないですが。もちろん,そのポジティブさが英語学習に対してポジティブな態度の学習者を増やしている側面は否定できないでしょう。それ自体が悪ではありません。一方で,著者の結論は,好きか嫌いかの二択にしなくていいし,その間にグレーゾーンがあるというものです。つまり,「嫌い」にはなってほしくないけれども,「好きにならなくてもいい」ってことですね。
2つ目は,私も結構こういうスタンスで授業をやってしまっていると思いました。体育というのは,自分の体がみんなの注目を浴びることになるので,とても辛いという話です。とくに,跳び箱やマット運動など,一人ずつやるような種目だとどうしても自分がやっているところを誰かが見ていることになりますよね。そこで,苦手な子に「まずやってごらん」と言うのは体育が苦手な人にとってはとても苦痛だということです。英語でいうと,みんなの前で音読したり,みんなの前で英語で発表したり,意見を述べたり,というのが自分のことば(体の一部といってもいいでしょう)がみんなの注目を浴びるという点で類似性があると思いました。基本はペアワークやグループワークでも,その成果をクラス全体で共有したいですよね。せっかくだからそこも英語でやりたいと思いますが,クラス全員の前で英語を口にする機会,やはり結構ハードルは高いですよね。
よくある,「英語っぽい発音が笑われる」という話や,その逆で「発音に自信がないから恥ずかしい」というのもつながるものがあるかもしれません。まず,どんな言語だろうが,母語話者だろうが第二言語話者だろうが人が喋っているのを笑うなと言う話なんですけども。体育でもそうなんですが,仮に周りがどんなにサポーティブな雰囲気でいてくれたとしても,やっぱり自分自身が自分の体やその動きを「無様」なものだと思ってしまったらみんなに見られたくないと思うのは当然ですよね。
3つ目は,語学教育ビジネスと相似系だなとすぐ思い浮かぶ人も多いのではないでしょうか。小中高(大)と英語を勉強しても,お金を払って英会話学校に通ったりオンライン英会話プログラムに通わないと言語学習ができない,ということですよね。本屋さんに行けば語学関連書籍がたくさんあったり,テスト対策本もたくさんあったりしますよね。書籍があれだけあるのも,売れるから,ですよね。「痩せる」とか「ムキムキになる」とかを煽るのと,「ペラペラ」とか「ネイティブのように」を煽るのは,似ているよなとやはり思ってしまいます。ただし,書籍は基本的に自学なので,ジムに通うこととはまた違うのかなとは思います。
そうは言っても,自律的に言語学習をする術を身に着けさせることなく社会に放り出しているのかもしれない,とは言えると思います。大人がジムに通うことを体育の敗北と呼ぶならば,英語学習についての現状は「英語の敗北」と呼べるのかもしれません。
おわりに
体育も英語も,その教科に対してポジティブなイメージを持っている人が一定数いることは事実でしょう。だからこそ,そのイメージを誰しもが持っていると思い込んでしまいがちです。そこで立ち止まって,英語嫌いや体育嫌いを考えてみることが大事なのだと思います。これって別に一般的に多くのことに当てはまることで,陳腐な言い方をすれば「客観視をする」とも言えるかもしれません。「体育会系っぽい」授業を自分がしていないか,振り返って考えるいい機会になりました。
なにをゆう たむらゆう。
おしまい。

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