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NY旅行記-3

NY旅行記第三弾です。メトロポリタン美術館に行ったときに、館内ではバッグは預けてiPadだけは手に持っていけと言われたのでiPadでちょくちょくメモしてたことなので、内容的にはTwitterに流すような内容ですね。

メトロポリタン美術館

学生証見せなくても学生料金で入れるとか…

しかも館内で写真バシャバシャ撮りまくってる人が国籍問わずいすぎてひくんだけど。美術館とか博物館て写真撮るの完全にマナー違反だろ。あまりにもみんな普通にやってるから感覚おかしくなりそう。にしてもすごい。古代エジプト展。壁画とかがやばい。多分絵が綺麗に見えるように手を加えてるんだろうけれど、それにしてもBC2400でこの精度というか緻密さ器用さって信じられないよ。
2階はアジアンギャラリー。9-12世紀あたり中心にインドやバングラデシュの仏像?が展示されてる。これを仏像と読んでいいのかはわからないけれど日本の京都や奈良で見たようなものにかなり似てる気がする。阿修羅像みたいなのもあるし。
パキスタンも仏教なのか。tang dynastyって唐だよね?唐時代の展示物もある。そして、日本のギャラリーも発見。平安時代や鎌倉時代あたりの仏像や掛け軸とかが展示されている。おおお。俵屋宗達氏の屏風絵も。
短歌や俳句も。
ひとはいざ こころもしらず ふるさとは はなぞむかしの かににおいける 紀貫之
Though people’s feelings may have changed, in this place of my past, the plum blossoms still have the scent of long ago. trans John T. Carpenter
着物や食器もある。
この歌川広重の絵めちゃくちゃ綺麗なんだが。これあれか?花札のモデル?
韓国のギャラリーも少しだけどあるみたい。
しかしこのスケールのでかさはなんなんだ…すごいな…←この辺ではまだ広さに気づいてない
楽器の展示もあるし西洋画もあるし…広すぎてさすがに疲れてきた←だんだん気づいてきた
いやああああまじでか…すごい世界中のあらゆるものがあるな…兜とかもあったしイギリスの金銀食器とかも。美術館なめてた。想像してたのの10倍くらい広い…←最終的にめちゃくちゃ圧倒されてる

感想

振り返ってみると、やはり美術館の広さ。すごいですね。全部しっかりと観るには相当気合入れて半日か1日はかけるくらいじゃないと無理だと思いました。それくらい多岐に渡る展示物がありました。それから日記中にもありますが、写真!ほんとありえないです!展示物に触らないようにと注意する係員さんがたってるんですが写真はほとんどスルーでした。なのでみんなおかまいなしにもうすごいです。そこかしこでシャッター音が鳴り響いてました。これは国関係なしですね。日本人らしき人たちも普通に撮ってました。日本ならもっとこのへんのマナーは徹底されていると思うのですが…(もちろん館内入口に写真お断りと書いてありました)。とにかくすごく残念でなりませんでした。それが美術館の雰囲気を台無しにしてました。ちなみに規範意識高い僕は撮りたいとは思いましたが一枚も撮りませんでしたけど。

そんな感じで少し複雑でした。

では。

アメリカ New Hampshireより。

おしまい。

NY旅行記-2

NYに行ってきた日記をコピペしてお送りしているブログ第二弾

 NY2日目―セントラルパークのベンチより

 

9月14日10時25分。メトロポリタン美術館の近くのベンチにて、休憩がてらここまでのことを書いておく。昨夜は暑いし体かゆいしでほとんど眠れず7時くらいから準備開始。evernoteにクリップしておいたレストランのノートがiPadに同期されておらず、とりあえずiPadでWi-Fi使える場所をと思いフロントで聞くとラウンジ(という場所があるのを初めて知ったw)で使えるというのでツイートを少しして、レストラン情報を入れてとりあえずセントラルパークに行ってナチュラルサイエンスヒストリーミュージアム?だっけ?に行こうと計画。電車に乗った。朝の通勤ラッシュ時間帯ど真ん中で、うわこれはやっちまったと思ったけれど、意外に座れないだけで東京に比べたらなんのことはない。終点がタイムズスクエアなんだけれど、なぜか人がたくさん降りたので勘違いしてしまいグランドセントラル駅で降りてしまう。とりあえず地上に出て歩けばなんとかなると思ったので外に出てみる。

横の通りであるStは数字が大きくなるほど北で、縦のAvは数字が大きくなるほど西にいくというのを聞いたのでそれに基づいてなんとなく歩いてたけど最初普通に迷うw しかし当たり前だけど通勤時間帯の街はみんな世話しなく歩いていて、コーヒーショップやデリなどは大繁盛といった感じ。僕も立ち止まって写真とか撮ってる雰囲気ではまったくないので通勤を装ってお気に入りのプレイリストを聞きながら颯爽と歩く(フリ)。さながらニューヨーカーになった気分でめちゃくちゃ気持ち良かった。しかしさすがに疲れてきたしノドも渇いたので、ドヤ顔コーヒー×iPadをあきらめてスタバに立ち寄る。人間の心理とは面白いもので、これだけいろんなお店があると、スタバなんて日本でも2,3回しか入ったことないしアメリカ来てからなんて一度も入ったことなかったのにチェーン店という安心感があるものなんだよね。僕はダンキンでもいつもコーヒーにミルクとヘーゼルナッツがお気に入りなのでそれを注文。スタバ通のような頼み方はできませんw でもやっぱスタバは高いね。ダンキンのスモールくらいかそれより小さいくらいので$2.45だった。ダンキンならこの値段でLはいけるんじゃなかったか?(このあとダンキンの値段見たらスタバと対して変わらなかった。NYCが高いのか?)

というわけでコーヒー片手にひたすら北へ。それにしてもセントラルパークのデカさはすごいね。まあ東京でいうと代々木公園も大きい公園ではあると思うけど。サイエンスヒストリーミュージアムの手前でフランス人と思われる観光客集団に混じってしまうというミスはあったがなんとかついて写真を撮った。しかし今日は閉館なのかまだ開館時間じゃないのか入れなかった。なのでちょうど反対側にあるメトロポリタン美術館に。金曜とはいえ午前中から結構走ったりしてる人の多いこと。なかにはベビーカー押しながら走ってる女の人もいた。近くには体育着みたいなの着た小学生集団がいたり幼稚園児くらいの年齢の子たちが元気に遊んでいる。それにしても本当にいろんな人がいる。今日もあれ日本人かなあと思うような男性とすれ違ったし、すごく流暢に英語を話す東アジア系の(日本人じゃないかもしれない)ビジネスウーマンの人も何人も見た。そういえば昨日書くのを忘れていたけど、NYCにはスタイルのいい人が多い気がする。そんなにみんな太ってない。ボストンとは比べられないけど(ボストンでそこまで注意して人を見たことなかったw)、うちの大学の女の子やマンチェスターで見る人たちに比べたら。綺麗な人もすっごく多くてやばいです。まあ分母が圧倒的に違うし、NYCに美人が統計的に優位に多いと言えるのかはわからないけれど。観光客の欧州人なのかもしれないけれどそうじゃないような綺麗な人もたくさんいた。ヨーロッパだとフランス人が多かったように思う。あとは、たぶんドイツ語、イタリア語、スペイン語なんかが聞こえた。それにしてもなんて優雅な休暇なんだろうかと思う。これから美術館に行ったらご飯を食べて、南の方に行って貿易センタービルとか自由の女神とかを見てこようと思います。とりあえずここまで。

NY旅行記-1

NYに2泊3日で行ってきました。旅中に書いてた日記をコピペして若干加筆して載せます。珍しい常体田村文をお楽しみください。

 

14/9/2012AM12:24なう。ペペローニピザを食べながら、今日一日を振り返っておこう。flushingというまちにあるYMCAまでは車で約4時間ほどだった。ロングアイランド島に入る橋を渡る時にはとても興奮した。宿の周りはチャイナ&コリアタウンという感じで、アメリカにいる気がほとんどしなかった。これはNYの地下鉄に乗ってても思ったことで、英語の母語話者の方が確実にマイノリティだったと思う。英語を喋っている人の方が少なかった。特にFlushingまでいくライン7は。肌の色は関係ないけど、大学以外の街中で、英語以外の言葉を聞く機会ってなかなかないのでそれがやっぱり感じたことの中で大きいかも。これ「も」、アメリカなんだなあと。YMCAの受付のお姉さんに駐車場代ぼられた気がするけど(たしか無料駐車場有りって書いてあったような気がしたけど払ったあとだった)、それ以外は特に人が悪いとか思ったことはなかった。財布はポケットにいれてるけど、ボタンをしてすぐ抜かれないようにはしている。財布出すときは周りを警戒。

アメリカに来て初めて乗った電車はNYの地下鉄。駅に路線図もなくて、運賃表を見て買うのではなく一回$2.5払うかメトロカードにお金を入れて使うシステムのよう。改札が入り口と出口が一緒で全改札から一斉に人が出てくるので(日本の自動改札なら数カ所は切り替わらない場所があるはず)、どっから入ればいいのかわからなくて戸惑ったし、タイムズスクエアに行きたいけどどこで乗りかえればいいのかとかもわからずだったけど、ちょうど終点がタイムズスクエアだったのでなんとか到着。NYに中学時代の同級生の女の子がいて、会う約束をしていたのでその子と会って、ご飯を食べて話しをして、タイムズスクエアからセントラルパークまでふらっと歩いた。タイムズスクエアの中心部は人が本当に多かった。なんかコスチューム着た人やミッキーとかキャラクターの着ぐるみ着た人が歩いてて観光客が写真を撮ってたり。僕の今までのイメージは、写真バシャバシャ撮る、あるいは一眼レフを首からさげてるというのは東アジア人というものがあって、だからなんか自分は写真バシャバシャ撮るのはあまり好きじゃないんだけれど、さすがNYで一眼レフを首からさげてる人も写真撮りまくってる人もたくさん。東アジア人だけなんてことはなかった。NYの街中を歩いててもう一つ今まで体験したことなかったのは、歩いてて日本語がたくさん聞こえてきたこと。ボストンでも日本語が聞こえたら「おっ」ってなるくらいだったけれどそれ以上の頻度。とくに今は夏休みだからか大学生の女の子グループとか結構いた。

僕のNY初日メインイベントは、ミュージカルのライオンキング。高校の時に文化祭でやったのがきっかけで、すごく思い入れのある作品なのでぜひNYで見てみたいと思ったから。勢いでライオンキングのチケットを取って、それでNYに行くことになったから。劇場にもやはり日本人が結構いた。僕は1人だったので、かなり前の10列目くらいのど真ん中にぽっかり一つ空いた席を偶然取れてラッキーでした。オープニングのサークルオブライフは鳥肌が立って震えたし泣いた。劇を見ていて面白いなと思ったのはやはり英語のセリフ。劇をやったこともあってほとんどセリフが一字一句頭に入っているくらいだったので、日本語を頭に浮かべつつああこんな表現使うのかあと思ったり。それから、音声面も気になった。僕は英語のミュージカルは初体験だったのだけれど、メインキャストはほぼみなイギリス発音。幼少時のシンバやナラはアメリカっぽくて、成長するとイギリス発音になってた。やはり権威の象徴?聞き取りづらかったけどハイエナはアメリカっぽかったし、ティモンとプンバが一番アメリカ発音で耳馴染みがいいなと感じた。ラフィキはキャラ独特の発音だったからどちらとは言えないけれど。しかし海外ドラマや映画以上に生の舞台での英語の聞き取りは結構しんどかった。内容やセリフがほとんどわかっていたからあれだったけど、そうじゃなかったらどれだけ内容をおえていたかはあまり自信なし。人間ではない役だし、ザズーやプンバ、ハイエナ達はかなり独特の声色なので難しさをひときわ感じた。2列前の人が劇中を写真で撮ってたので有り得ないと思った。マナー悪すぎ。終演後はスタンディングオベーションだったけど幕が1度上がって降りたらおしまい。四季劇場では何回もあった気がするけど。そして終わったらそっこう出るのがアメリカ。映画もそうだけど終わったあとの余韻にひたったり、映画のエンドロールを最後まで見る人なんていない。終わったあとはショップに寄って夜のタイムズスクエアの写真を何枚か撮って帰路に。地下鉄の終点まで40分ほど。イスがプラスチックなので硬くて痛い。帰り道にピザを買ってさっきたべました。シャワーを浴びたので就寝。

 

とりあえずこんな感じであと2,3ブログを更新しようと思います。

では。

アメリカ New Hampshireより。

おしまい。

“The ownership of English”の続き

さて先日の記事の続きで、

•Saito, A., & Hatoss, A. (2011). Does the ownership rest with us? global english and the native speaker ideal among japanese high school students. International Journal of Pedagogies & Learning, 6(2), 108-125.

こちらの論文のまとめしたいと思います。

背景

基本的な立ち位置としては、Matsuda (2003)とほぼ同じで、英語使用の世界的な広まりが学術界では広く議論されているなかで、日本の現状はまだまだその状態にはいたっておらず、巷でよく聞かれる「ネイティブスピーカー信仰」(この言葉が本文の冒頭で出てくる英語表現の適切な訳語ではないと思いますがこの文脈では一番しっくりくると個人的に思っています)のようなものが日本の高校生にも影響があるかというの扱った量的研究。Matsuda (2003)では、その結果の一般化の可能性が非常に限られていたという点を考慮し、より日本の高校生一般に実験結果を反映できるように研究が計画されています。

冒頭部分では、”Native speakership”という言葉が使われていて、日本における「ネイティブ礼讃」みたいなものの例として、英会話学校などの宣伝文句としてよく聞かれる「ネイティブスピーカーの英語」、「本物の英語」そして「ネイティブスピーカーの講師」といった言葉が挙げられています。しかしながらこのような思想は、非英語母語話者の英語やあるいは非英語母語話者そのものに対しての否定的な印象を助長している可能性があると指摘しています。また、外国語として英語を学習する学習者にとっては、英語母語話者の英語を目標にすることで多くの学習者にとってそれが到達不可能で不適切な目標となってしまい、自信を失くしてしまうという原因になるといった点も指摘されています。

リサーチクエスチョンは以下の3点。

  1. Do Japanese high school students’ attitudes differ towards native and non-native varieties of English?
  2. Do their motivation differ in the native speaker context and in the lingua franca context?
  3. Do their (temporary and short) visits to an Anglophone country1 affect their attitudes and motivations?  (p.111)

 さて、実験結果の解析に入る前に、理論的枠組の検証が行われています。まず”language attitudes”について、この研究では、学習者の英語の種類に対する”attitudinal disposition (AD)”と英語学習に対する”motivational dispositions (MD)”から成るものであると定義しています。また、Gardner & Lambert (1972)を引用し、MDを構成する要素をさらに”integrative orientation”と”instrumental orientation”の2つに分けています。前者は、言語学習によって他言語のコミュニティの一員になりたいというような願望のことで、後者は外国語の知識で社会的に認められたり、経済的な利益を得たいというような願望を指します(pp.111-112)。しかしながら、第二言語習得における動機付けは、単純にこの2つの要素で説明されるわけではなく、先行研究から英語母語話者コミュニティの認識が欠けていたとしても言語学習がおこなわれうることや(Warden & Lin, 2000; Yamashita, 2000; Lamb, 2004; Ladegaard & Sachdev, 2006)、「統合的志向性」と「道具的志向性」を完全に区別することは非常に難しいこと(Kimura et al., 2001; Lamb, 2004)などの注意点を挙げています。そこで、この研究では、MDをネイティブスピーカーコンテクストと、リンガフランカコンテクストという2つの指標で調べることにしています。つまり、2志向性×2コンテクストという構成です(質問紙の構成については後述)。

加えて、先行研究では、滞在期間の長さや、ネイティブスピーカーとのコミュニケーション量とlanguage attitudesの関係については一貫した結果が得られていないということは指摘しつつ、海外滞在経験の影響についても本研究における周辺的な対象に設定しています。

参加者

参加者は東日本の地方にある公立と私立の2校から175名の高校生(2年生150名、3年生25名)が選ばれました。この学校の卒業生の過半数が大学に進学しており、生徒たちは入試の重要な科目として英語を学習するように指導されていたようです。Matsuda (2003)の被験者と違い、非日本語話者との接触は最小限で、さらに複言語的背景をもった生徒はいませんでした。Anglophone countryへ行ったことがある生徒は全体の22%で、教科としての英語学習歴は最低で4年。

方法

3つのパート(メイン2パート+補助的質問)からなる質問紙調査。

  1. ADについて。UK, US (inner circle), India, Singapore (outer circle), Japan, China (expanding circle)の6種の英語について、それぞれuncool-cool, unimportant-important, lacking prestige-prestigious, powerless-powerful, unpopular-popular, unfashionable-fashionableの6つの観点で1-5の5件法。これにより、それぞれの種について肯定的・否定的態度であるかを調べます。
  2. MDについて。統合的志向性と道具的志向性のそれぞれについて8項目。”Studying English is important for me to…”のあとにすべての項目がつながるようになっています。例えば”understand cultures of”のような項目があり、そのあとにAnglophone country/non-Anglophone countryの2とおり。つまり、統合的志向性の8つの項目は実質4つの質問で、それがAnglophoneとnon-Anglophoneのペアで聞かれるために合計8項目となっています。道具的志向性についても同様で、4つの質問がAnglophoneとnon-Anglophoneの2パターンあり、合計8項目。MD全体として16項目あり、英語学習の動機づけについて調べています。
  3. 性別、年齢、言語的背景などの情報を得る目的の質問があとに続いています。

手順と結果

えっとSPSSを用いた統計的検定が行われているわけですが、僕の個人的な統計的検定の知識を整理するために少し詳しく(本文では言及されていないことも含めて)書いていこうと思うので、ざっと読み流していただいて結構です。

まず、この研究はあるサンプル(高校生175名)のデータをもとに、日本の高校生という母集団の傾向を予測するものなので、推測統計になります。また、質問紙調査の結果をもとに、その回答傾向から学習者の英語の各種に対する態度や英語学習の動機づけの傾向を仮説に基づき明らかにする目的があり、検証的因子分析という方法が取られてます。サンプル数の明確な規準はないものの、175名という人数は十分であると判断します。ただし、サンプル数が多くなりすぎると統計的優位な差が出やすくなるので注意も必要です。また、5件法は実質的には名義尺度であり、因子分析を行うためには間隔尺度以上を用いる必要があるという要件を満たしていないように思われますが、5件法以上の順序尺度データは間隔尺度とみなしても実質的に結果に大きな影響はでないとされています。

この研究ではTypeⅠのエラー(本当は有意差がないのに有意差があるとしてしまうこと)を最小限にするために有意水準はα=0.01に設定されています(p.113)。次に、データが正規分布になっているかの確認です。歪度(skewness)と尖度(kurtosis)が0の場合が綺麗な正規分布で±2の範囲に収まっていれば、そのデータはおおむね正規分布をなしていると考えられます。Appendix 2の記述統計量を見ると、どの項目もこの規準を満たしていると判断できるので、分析を続けることができそうです。因子の推定には、最尤法(maximum likelihood method)が用いられ、加えてt検定がすべてのリサーチクエスチョンに対して用いられています(p.113)。

 

まず、attitudeの項目において用いられた6つの項目が英語の各6種それぞれにおいて一貫した概念を測定しているか(一次元性)の確認が行われます。相関行列表は載っていませんが、”Inspection of the correlation matrix revealed the presence of all coefficients ranging from 0.345 to 0.861…”(p.114)ということです。さらに、Kaiser-Meyer-Olkinのサンプリング適正規準は0.6で普通(参照:因子分析の適用例)、そしてBartlettの球面性についての検定も”statistical significance”という結果になったようです(p.114)。

続いて、6つの英語の各種類について最尤法による因子の検証が行われています。Table1の因子負荷量を見ると各種ごとに、どの項目も絶対値で0.6を超える大きな負荷が3つ以上あり、Figure1-6のスクリープロットを見ても、2のところで大きく落ち込んでいるので1因子解だと判断できます。2 また、クロンバックアルファは”0.876-0.944″という高い信頼係数が得られたため、これらの質問項目の一次元性が確認され、そしてそのスコアを集計することで、「学習者の各英語の種類に対する肯定的・否定的態度」の検証をすることができそうです。

Table2には質問紙調査から得られた回答を数値化して合計した、各英語の種に対するADの記述統計量が掲載されていています。また、Figure7にはその平均値(mean)の棒グラフがあります。これを見ると、平均値の高い方からUS, UK, Singapore, India, China, Japanという順に並んでいて、どうやらUKとSingaporeの間に大きな差がありそうだという予想ができます。そこで、UK EnglishとSingapore Englishの平均を比べる対応のあるt検定を行なっています。結果はt(162) = 13.18, p <0.01で統計的に有意な差があると結論づけています。さらにUKとUS間、SingaporeとJapanese間でも同様のt検定を行なっており、前者がt(164) = -4.53, p <0.01、後者がt(165) = 3.28, p <0.01とどちらも統計的に有意な差があることがわかりました。

次に動機づけ(MD)の因子分析です。質問紙上では統合的志向性と道具的志向性に分けられていた8×2の計16項目を、それぞれネイティブスピーカーコンテクスト(NS)とリンガフランカコンテクスト(LF)も8×2に組み直して検証的因子分析が行われています。さきほどと同様に、まず相関行列表を見て(載ってません)、相関係数が例外的に1つだけ低い0.286という値を除いて高く(0.341-0.861)、KMOはADの場合と同様に0.6で、Bartlettの球面性についてもクリア。Table3に示されている因子負荷量を見ると、ネイティブ・リンガフランカどちらもすべての項目が想定される1因子に対して0.6以上であり、因子寄与は前者が58.7%で、後者が64.9%でした。またFigure8と9のスクリープロットからも1因子解であると判断でき、さらにクロンバックアルファもNSでは0.810で、LFでは0.903と高い信頼係数が得られました。

よって、MDに対する質問項目の一次元性が確保されていると判断し、これ以降の分析では統合的志向性と道具的志向性というラベルをとり、NSとLFにおける動機付けの比較がされています。先ほどと同じように、質問紙の回答をスコア化して合計したものの記述統計量がTable4に示されています。この両者の平均を比較するためにt検定を行います。結果は、t(164) = 13.76,  p <0.01で、NSにおけるモチベーションのほうが統計的に有意に高いことがわかりました。

最後に、海外の滞在経験が、ADとMDの双方にどう影響があるのかを調べる対応のないt検定を行なっています。まずADについては記述統計量がTable5に示され、Anglophone countryに行った経験のあるグループとないグループでは英語の各種に対しての態度は、統計的に有意な差がないことがわかりました(本文中に数値の記述はなし)、一方で、MDに関してはAnglophone countryに行ったことがあるグループのほうが、無いグループよりもリンガフランカコンテクスト(LF)において統計的に有意な差があることがわかりました。t検定の結果は、t (98) = 3.61,  p <0.01で、効果量は=0.83で、効果量大と判断できます。しかしながら、NS(ネイティブスピーカーコンテクスト)では経験の有無には統計的に有意な差は見られませんでした。

筆者はこの研究における問題点として2点挙げています。1点目は、質問紙調査による回答の引き出し方が直接的な方法であった点。これによって、被験者は自らが普段から意識している考えにもとづいて回答したことになり、例えば録音した音声を聞かせるなどの間接的な方法を使い、被験者の潜在的意識を引き出せば、今回とは違った結果が得られた可能性を指摘しています。2点目は、”Anglophone country”という用語についてです。この用語が英語が話されている国という意味である旨の説明は被験者にされていたものの、用語の定義に被験者間で違いがあった可能性が指摘されています。3

結論と示唆

質問紙調査の分析結果から、以下の3点が明らかになりました。

  1. 日本の高校生は英語母国語話者の英語(UKとUS)を、その他非英語母国語話者の英語に比べてより肯定的な評価をしている。その中でも、USが一番肯定的である一方、日本人の英語(Japanese English)に対してもっとも否定的。
  2. 日本の高校生は、グローバルな英語使用のためよりもむしろ”intra-Anglosphere currency and utility”のために英語を学習している(p.118)。
  3. Anglophone countryでの滞在経験は、リンガフランカコンテクストに対する英語学習の動機付けに効果がある可能性がある。
1に関しては、Matsuda (2003)のケーススタディの結果とも一致しています。2点目も論文のタイトルにあるような”native speaker ideal”を裏付けるような結果となりました。興味深いのは3点目で、Anglophone countryの滞在経験は、ネイティブスピーカーコンテクストではなく逆にリンガフランカコンテクストに対する動機づけを高める効果があることがわかりました。著者は、海外で、非英語母国語話者として英語を使用することで、リンガフランカとしての英語の機能や、彼らの第二言語のアイデンティティへの認識が高まり、それが結果的にリンガフランカコンテクストに対する英語学習の動機づけを促進したのではないかと推測しています。しかしながら、滞在経験の有無だけでは不十分であり、滞在の目的や期間の長さ、その土地の文化や人々との関わりの量などの情報を集めたさらなる実証研究が必要であると述べています。
以上のような結果は、Matsuda (2003)でも指摘された日本の英語教育の問題点を浮かび上がらせています。日本の高校生には、いわゆるグローバルなコミュニケーションのための英語使用という観点が実感として伴っていない、すなわち、「そういう話は言われているのでなんとなくそう思っている」程度の認識しかないという可能性が高いということです。
著者は、”native speaker ideal”がどこからきているのか、という点について、メディアの影響など様々な要因を列挙しつつ、Matsuda (2002)の指摘に同意し、あくまで推測の域をでないと譲歩しつつも教材や教授法が大きな要因になっている可能性を指摘しています。しかしながら、本研究で見られたような高校生の傾向は、高校の英語学習において形成されたというよりも、英語学習の開始時期である中学生の早い段階で形成されたと考えられると著者は付け加えています。そして、最後はこの一文で締めています。

If the pedagogy of this sort is constructed to be desirable in the Japanese EFL context, such intervention should honour the local language environment of the vast majority of learners of English as a foreign language where an exonormative model holds sway at present, reflecting the language globalization process underway (p.119).

注1. Anglophoneとは通常二言語以上が話されている国における英語話者(例えばカナダの英語話者)を指すために使われる言葉ですが、ここではAnglophone countryを、”a region where English is used as the primary language in society” (p.111注)という意味で使っているようです。

注2. 外国語教育研究ハンドブックでは、スクリープロットを見て、「グラフの急勾配になっているところまでの因子数を採用します。」(p.169)という記述があり、紹介されている図12-2では2因子の箇所で固有値が大きく減少し、そこからはなだらかになっています。そして、このグラフから2因子解と決定されているのですが、この論文に掲載されているスクリープロットはすべて図12-2と同じような傾向があるにもかかわらず、1因子解であることの証拠としているのですが、これは著者がすでに1因子解であるという仮説のもとに分析しているからであって、2因子のところで大きく落ち込むスクリープロットは2因子、あるいは1因子の可能性もあるということなんでしょうか?

注3. このAnglophone countryという用語が日本語でどのように提示されたのかについての言及はなく、この用語の定義である”where English is primarily spoken”というのが英語が母国語として用いられている国に限られるのかあるいはいわゆるouter circleの国も含むのか等曖昧な点もあります。

ベーコンとトマトのパスタ―アボカドペースト添え

ちょっと久しぶりにこれはうまいと自分で唸ってしまったほどのパスタを作ったのでレシピをメモしておきます。

材料(1人分)

  • パスタ(乾麺) 好きなだけ(僕は150gくらい)
  • ベーコンスライス 2枚
  • トマト 1個
  • アボカド 1/2個
  • 玉ねぎ 1/4個
  • にんにく 一欠片
  • オリーブオイル
  • クリームチーズ 大さじ2と1/2くらい
  • レモン汁 少々
  • 牛乳 少々
  • 塩 少々
  • 乾燥バジル 少々

作り方

  1. 大きめの鍋にたっぷりお湯を沸かす。
  2. お湯を沸かしている間に材料の下準備。ベーコンは1cm幅に切る。にんにくはみじん切り。玉ねぎは薄くスライス。トマトは下手を取り、横に半分に切ってから種を取り除いたあとにダイスカット。
  3. アボカドは熟れて結構柔らかくなってるものの方が調理しやすいと思いますが、若くて固めなら小さく切ってつぶしましょう。柔らかいものなら、割って種を取り出したらスプーンですくい取れます。アボカドはボールに実を取り出して、クリームチーズと牛乳を加えて混ぜます。レモン汁少々と塩少々を加えてさらに混ぜて、ペースト状になればOKです。
  4. お湯が湧いたらパスタを茹でましょう。塩はたっぷり入れて茹でてください。
  5. フライパンにオリーブオイルをひいて、みじん切りにしたにんにくをいれて弱火にかけます。にんにくは香りが飛びやすいので弱火でゆっくり香りをオリーブオイルに移すようにします。手際の良い人はは、先ににんにくを切っておいて火にかけ、他の野菜を準備しておくのでもいいと思います。
  6. フライパンの温度が上がってきたら中火にしてベーコンをいれて炒めます。そこに玉ねぎとトマトを加えてさっとあおります。
  7. 僕はいつも勘でパスタを茹でていますが、表示の時間より1分半から2分短目でも大丈夫です。特に茹で上がったパスタをフライパンでソースと絡めたりする系のパスタは。そうではなくお皿に盛る場合は、茹で上がり=食べる段階になるので1分短めくらいでしょうか。
  8. 茹で上がったパスタを6のフライパンに加え強火でさっとあおります。茹で汁も少しいれましょう。乾燥バジルをパラパラとふって全体に行き渡らせたら火をとめてお皿に盛り付けます。
  9. 3のアボカドペーストを上に載せて完成。パセリがあればパラパラしてください。

基本的に塩以外に味付けの要素はありませんが、ベーコンを使っているので塩だけでも十分に味がつきます。最初の2口くらいはベーコンとトマトのパスタを楽しみ、そのあとでペーストを混ぜて味の変化を楽しむのがいいかと思います。あえてペースト別添えにしましたが、フライパンの段階で一緒に混ぜてしまってからお皿に持ってもいいかと思います。

では。

アメリカ New Hampshireより

おしまい。


Google マップ × 写真で場所を探す

どうもこんにちは。なんだかWordPressを使うようになってからブログの更新が楽しくなったのかただ単に時間に余裕があるからなのか連日ブログ更新しまくってすいません。

今日は、英語教育とかちょっとむずかしい話から離れた話。週末から夏休みが始まり、9/3はなんとLabor Dayで祝日だったんですね。なぜか午前6時前に目が覚めてしまいそのまま起きたのですが外はどんより曇り空。せっかくどこか行こうにもなにかテンションあがらないという感じだったのですが昼前に雲が晴れておひさまが!これはどっか行くしかないなということでボストンに行ってきました。別になにかしたわけでもなくふらふらっと。それで、僕は前からボストンのダウンタウンのビル群を臨む景色を見たいと思ってたんですね。もちろん車でボストンに向かうときに見れるわけでその光景が首都高4号線を新宿方面に向かって走っているような感覚になって僕はすごく興奮するんですけど、でも例えば、ウィキペディアのボストンのページにあるような

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%B3

ボストン – Wikipedia via kwout

こんな感じのダウンタウンのビル群の写真を撮りたかったんです。でもこれってダウンタウンからは取れないわけで、これはどこからこの写真を撮ってるんだろう?どこに行けばこういう景色が見られるのかな?とずっと思ってたんですね。Googleマップで見ただけだとわからなくて…

https://maps.google.com/maps?hl=ja

Google マップ via kwout

でも、Googleマップの右上にあるタブを開くと「写真」という選択肢があるんですね(下図参照)

https://maps.google.com/maps?hl=ja

Google マップ via kwout

それをクリックすると…

https://maps.google.com/maps?hl=ja

Google マップ via kwout

どん!こんな風にいろんな写真がその撮影場所とともに地図上にタグづけされるようになってるんです!これは大変便利!(今まで知りませんでした

僕みたいに「あの写真の場所に行ってみたいんだけどなあ…」というような、曖昧な場所はわかるけど具体的な場所がよくわからないというときに、写真を手がかりにして場所を探すことができるわけです。

https://maps.google.com/maps?hl=ja

Google マップ via kwout

そうして探してみると、海×ボストンのダウンタウンという僕が探してたイメージに近い写真がありました。どうやらボストンの中心街からはかなり離れた空港の近くのEast Bostonの海辺の公園に行けばこのような景色が拝めるかもしれないということがわかりました。

お気に入りの音楽を流しながら車を走らせること50分。いよいよボストンに入りました。が…!しかしここからボストンビギナーの僕は道に迷いに迷って空港に入ってしまったりサウスボストンまで行ってしまったりダウンタウンで馬車の後ろについてしまったり1時間以上迷いました!w

そして、なんとかEast Bostonに初上陸したわけですが、あの辺て実はLatino系の人たちが多くて、ボストンの中心街に比べると表現は悪いですがなんか薄汚くてちょっと怖いというか(昼間だったのですが)、そういう独特の雰囲気が漂う住宅街なんですね。それでまあ行けばどっかに駐車場かまあ路駐でもいいしと思ってたのです。しかしアメリカ一般なのかわかりませんが割りと住宅街って街の中心部だと住宅が密集していて駐車場ないんですね。それで、路駐を住民に限って許可しているというところがあるんです(確かイタリア人コミュニティのNorth Endもそうでした)。まあさすがにtowされることはないとは思っても一回やられたら鬼めんどくさいのでビビってまたぐるぐると…

そしたら偶然海沿いの行き止まりに着いたんです。おお!こっから見えるやん!

あれでもなんかちがくね?手前のあたり汚くね?みたいな感じで、そこに恐る恐る車を放置して僕が目的地にしていた公園の方へ歩いてみたんです。するとありました!East Boston Pears Park!

新しくできたのか整備がきちんとされているのかとてもきれいで、子どもが水遊びできるような噴水があったり遊具があったりで家族連れも多く、芝生で寝転がってる人もいればベンチで談笑しているグループがあったり木陰で静かに本を読んでいる人もいたり。

僕もこんなとこでサンドイッチ食べながらコーヒー飲んでドヤ顔でiPadとかいじり倒したいもんだったんですが、iPad持ち出すのはビビってできませんでしたしサンドイッチとコーヒーゲットするほどこのへんの地理にも詳しくありませんでしたorz

というわけで公園の中の一番海に近いところでついに、僕の中での「ザ・ボストン」の景色を見ることができました!

Boston

ちなみにこのビル群のことはBoston skylineと呼ばれているようで、Googleの画像検索でBoston skylineを検索すると、昼夜問わずとても綺麗なBostonの写真がご覧いただけますのでぜひ。僕はデジカメとかデジ一とかそういういいカメラは持っていませんで、写真は僕のビデオカメラで撮ったのであまり綺麗ではないのが残念なんですが、今更デジカメ買うのもあれですしお金もないですしねorz

この景色を見るとボストンは都会っぽいですが、ダウンタウンに行くと建物がすごくオシャレで近代的な都会っぽさはあまり感じさせません。今度ボストンに行ったときはそういう景色を写真に収めてこれればなとおもいます。Charles riverの北側のケンブリッジ(ケンブリッジといえばもちろんイギリスなのですが、New England地方にはイギリスの地名と同じ地名がたくさんあります。僕の住んでるManchesterもそう)にはハーバード大があったり川沿いにはMITがあってそちら側にも一度は行ってみたいところ。ボストンの観光名所的なところとしてはボストン美術館や科学博物館もありますし、実は行ったことないところがたくさんあるのでこの休み中にまたふらっとボストンに行ってみたいと思っています。余談ですが眠すぎてこの公園以外どこも行かずに帰宅して、その後6時間くらい昼寝してしまいました…トホホ

そんなわけで、Googleマップの写真表示機能をうまく使うと、「場所はよくわかってないんだけれど…」という「あなたが見たいあの景色」の場所がとても探しやすくなりますよというお話でした(今思えばGoogle earthとかストリートビューなんかでもそういうことできますよねw)

では。

アメリカ New Hampshireより。

おしまい。

”TOEIC730=TOEFL iBT 80”ってどっからきたの?

どうもこんにちは。昨日の記事の続きの論文レビューをやりたいところなんですが、タイトルのことが気になったのでちょっと書いておきたいなと思います。まず初めに断っておきますと、「そもそも試験の点数とか意味ないんで。実務できなきゃ意味ないんで」みたいな言説があるのはわかっていますしそういう人達の主張もまあわからなくもないです。まあそこはおいておいて、さらに両方のテストが作られた目的やなんのために用いられているのかも違うということは十分に承知しています。

その上で、これだけ英語に対する関心が高く、その中でもTOEICという言葉が関わりをもってくる人たちもどんどん増えてきている中で、「あくまで目安として」ではありますが、TOEICとその他の試験の点数の比較がなされることがよく見受けられると思いますし、TOEICとTOEFLのようなスコア型ではない英検であっても「TOEIC○○点=英検○○級」のように比較されることもあります。Googleで、「toeic toefl」と入力してみると、

http://www.google.co.jp/search?q=TOEIC&aq=f&sugexp=chrome,mod=2&sourceid=chrome&ie=UTF-8#hl=ja&gs_nf=1&pq=toeic&cp=8&gs_id=bx&xhr=t&q=toeic+toefl&pf=p&sclient=psy-ab&oq=toeic+to&gs_l=&pbx=1&bav=on.2,or.r_gc.r_pw.r_qf.&fp=6e6567d5bbe65e28&biw=950&bih=974

toeic toefl – Google 検索 via kwout

 こんな感じで換算っていうのが2番目にでてきたりして、まあ世間的な関心も高そうだなと思ったわけです。それで、タイトルの”TOEIC730=TOEFLiBT80″というのはなんかどっかで見かけた記憶があって、両方受けたことがある僕の実感にはどうも合わないんですね。もちろん「目安」であるのですが、それにしたってずいぶん違いやしないかねえという印象がどうしても否めないのです。大学に入ったときにTOEIC730取りましたけどじゃあそのときに海外の大学院で要求されるTOEFL80の英語力あったかっていうと「そんなはずねーだろ!だったらなんで今こんな苦労してるのよ」となるわけです。それに加えて、今とある統計に関する本を読んでいて、あるテストの点数と別のテストの点数の相関関係を調べて、片方のテストの点数からもう一方のテストの点数を予測するという回帰分析(この場合は単回帰分析になります)の話があったんです。

それで、「おお、これは」と思ったわけです。テストの点数の比較という点でTOEICとTOEFLの点数を比べるのも同じ事なのだから、どうやって上記の”TOEIC730=TOEFLiBT80″という換算結果が導き出されたかというのを調べてみようと思ったわけです。しかしながら調べてみると、公式にTOEICとTOEFLiBTの比較をしているような資料は残念ながら発見できませんでした。というのも、TOEICとTOEFLPBTの比較というのは、両者のテストを作っているETSという機関が公式に発表していたということがわかりました。しかしながら、現在はそのリンクがすでに存在せず、それを引用して掲載しているサイトしかありません。例えば、以下のサイトです。

TOEFLとTOEICの違い – TOEFLiBT®テスト対策カレッジ

上記のサイトでは、換算の公式も載せてあります。

TOEICスコア×0.348+296=TOEFLスコア

他にもTOEICとTOEFLの換算表を掲載しているサイトはたくさんありますが、僕が上記のサイトを引いてきたのは、とりあえず「ETS公式の見解に基づいている」という点です。公式サイトに掲載があったことや、それが既に存在しないものであるという説明はないものの、上記のようにTOEICスコアとTOEFLPBT版のスコアの比較のみを掲載しているという点では以下のサイトもまあ。ただ自社のテストとTOEICそしてTOEFLPBTをどうやって換算しているのかについては不明です。

GTEC FAQ – 個人受験者 – TOEIC・TOEFLとの換算方法

 ということで、まず第一点目として、

公式にTOEICとTOEFLの比較をかつてETSが発表していたが、そのリンクは今は存在せず、さらにそのTOEICの比較はTOEFLPBTとの比較であった。

ということがわかりました。ここまで詳しく説明はしてきませんでしたが、TOEFLというテストは、最初はPBT(paper-based test)として存在し、それが1998年に(日本では2000年より)コンピューター版であるCBTが導入されました。その後、2005年(日本では1年後の2006年)に現在最も主流であるiBT(internet-based test)になったという歴史があります(参考:TOEFLテスト | TOEFLテストの変遷)。ですから、ETS公式に、TOEFLの各テストスコアの換算表というのは存在しています。それがこちらのリンク先のPDFファイルになります。

http://www.ets.org/Media/Tests/TOEFL/pdf/TOEFL_iBT_Score_Comparison_Tables.pdf

TOEFLの各テストを比べるとiBTの最も大きな特徴は今までになかったスピーキングセクションが導入されたことでしょう。そして、ライティングセクションの形式もそれぞれに大きく異なっています。そのことは注意書きとして書いてありますが、テスト全体でのスコアの換算と、リーディング・リスニング・ライティングのセクションごとのスコア換算表がこのPDFには載っています。そして、これが現在最も流通しているTOEFLのスコア換算表です。例えば、タイトルのTOEFLiBT80というのはPBT版では550と等しいということになっています(※実際には79-80と550が同じ行にあります)。これは、IBT導入時の2005年に出されたようであるETSの公式の資料ではあるものの、残念ながらどうやら現在は公式のサイトからのリンクが消えているようなんです。googleで検索するとこのファイルは見つかるのですが、ETSのサイトからこの資料へのアクセスがなくなっているようなんです(もし僕の検索力不足でETS内にリンクあるようでしたら僕の勘違いですので訂正します)。もちろんETSが出している公式問題集のようなものにも載っているかもしれませんが…

もう今やiBTがかなり普及している以上、もはや旧テストとの比較をする重要性がほとんどなくなってきていることが原因かと思います。ですから、ETS内で”score comparison”と検索すると、上位の検索結果はほとんどがIELTSとの換算になっています。またCEFRとの換算表も掲載されています(参考:TOEFL: For Academic Institutions: Compare Scores)。まあ考えてみると、そもそも「TOEICなんてほとんど日本と韓国にしか受験者いないしなにが国際だよpgr」的言説はかなり一般的になってきていますので、TOEICとTOEFLのスコアを換算したがるのもほとんど日本人ばかりなんでしょうね。なのでETSでわざわざ換算表載せたりもしてないと。そもそも目的の違うテストですし。ということでじゃあ日本語サイトなら…というわけでTOEFLテストの日本事務局であるCIEEのサイトを見てみたのですが、スコアの換算というのを見ても、さきほどのPDF資料のリンク先があるだけでTOEICとの換算表はありませんでした。ちなみに日本のTOEIC公式サイトでも、TOEFLiBTとTOEICのスコア換算表は掲載していないようです(参考:TOEICテスト|公式データ・資料)。またよくある質問のQ1-8では「知名度の高い他の試験と比較できると便利です。例えば、英検の1級や2級はTOEICスコアでは何点位に相当しますか?」という質問に対して、

A1-8.テストは同質のものは比較できますが、異質の部分が多くなると比較は困難です。

TOEICと英検は英語のテストということでは同じですが、目的・内容に違いがあるらしく一概にTOEICスコア何点で英検何級合格とほぼ同じレベルとは言えないようです。また英検合格者が、いつその級に合格したのか、そしてその後も英語の勉強は続けていたのかあるいは日常・業務上で英語を使う機会があったのか等も考慮に入れる必要があります。また近年英検の試験内容が変更になったりもしていますので、それ以前と以後の英検合格者ではまた違ったものになると考えられます。(一財)国際ビジネスコミュニケーション協会ではこの件に対する受験者の関心が高いことから、’01年9月に実施された第86回公開テストの受験者に対しアンケート調査を行い、その中で英検資格の有無についてデータ収集をし、過去2年以内に取得された方々のTOEICスコアの分布結果を本ホームページの公式データ・資料の中で提供しておりますので、ご参考になさってください。ただし先に申し上げたように様々な要因が関係してくるため、この結果が常に当てはまるわけではなく、一つの調査結果、データとご理解ください。到達していなければその差を埋めるべく今後の学習の目安にしてゆけばよいのです。

という回答が掲載されています。というわけで、もうみなさんお気づきかと思いますが、TOEICとTOEFLiBTのスコア比較というのはちゃんとなされてないのにも関わらず、かつてのPBT版とTOEICのスコア表と、TOEFLの3つのテストのスコア換算表を勝手に横に並べて、「TOEICとTOEFLiBTのスコア換算は以下のようになります。」みたいな感じで無責任に掲載しているサイトがほとんどなんです。

 ここに挙げたのはあくまで一部ですが、多分ほとんどのサイトがそうだと思います。まああくまでも「目安だから」というのはあるでしょうけれども、それにしたって、PBT→iBTの段階でその予測がどれだけ正しいものかというのもあまり確かではない(ETSのリサーチページをざっと見ましたが、テスト自体の妥当性(リーディングセクションならリーディング能力を正しく測定できているか)や、「TOEICテストのリーディングとリスニングのスコアはスピーキング力・リスニング力とも相関があるか」などの研究はありましたが、このスコアの比較がどれくらい正確なものなのかという資料は残念ながら発見できませんでした。もしご存知の方いたら教えて下さい)のにもかかわらず、PBT・iBT・TOEICを並べてしまうのは少し乱暴すぎなんじゃないのかなと疑問に思いました。どうせならちゃんとiBTとTOEICで比べてみたらいいんじゃないのかなと(もしそういう研究をご存知の方いらしたら教えていただけるとありがたいです)。

タイトルと本文含め”TOEIC730=TOEFL iBT 80”という表現を使っていたわけですが、これも実はちょっとミスリーディングで、”1+1=2”の時の”=”とはちょっと違うんですよね。まず「TOEICの点数が高ければTOEFLiBTの点数も高い」という相関関係があることが前提でそれで高い相関関係にあるということがわかったとしてもまずそこで100%ではないですよね(高そうではありますが)。だから本当は=じゃないんですよね。いや、式で表すと=を使いますけど実際には「残差」と呼ばれる誤差が発生してしまいますし、その得点の信頼度も相関係数によるんですよね。

まあえらそうなこと言ってますが実はこれを読んでたらいろいろ今回みたいな疑問が湧いてきたんですよね。たぶんこれでもものすごく噛み砕いて丁寧に説明されているのでしょうけどもだんだん難しくなってきて、前の章やページをいったりきたりしながら読んでいます。でも本当に日本から取り寄せてよかったです。勉強になります。

外国語教育研究ハンドブック―研究手法のより良い理解のために

というわけでもうすっかり日が暮れてしまい午後8時半を過ぎました。そろそろ夜ご飯でも作ろうかと思います。このへんで。

では。

アメリカ New Hampshireより。

おしまい。

“The ownership of English”

どうもみなさんこんばんは。ブログお引越し記念特別企画!というわけで、というか別に特別ということもないですけれどもSummer term Bで受講していた授業で以下2本の論文を読んでプレゼンしたのでまとめておこうと思います。

•Matsuda, A. (2003). The Ownership of English in Japanese Secondary Schools. World Englishes, 22(4), 483-496. doi:10.1111/j.1467-971X.2003.00314.x

•Saito, A., & Hatoss, A. (2011). Does the ownership rest with us? global english and the native speaker ideal among japanese high school students. International Journal of Pedagogies & Learning, 6(2), 108-125.

授業の課題で決められた以下のトピックに関連する論文探してレビューしなさいとのことだったのでまず1本目の論文を読みました。

  • Language, cognition and culture
  • Gender differences in language use
  • The effects of socio-economic status on language use
  • Bilingualism/Bilingual education
  • Cultural discourse norms
  • Style, context and register
  • Politeness conventions
  • Non-standard varieties of English
  • World Englishes
  • The interaction of any of the above (e.g., culture, gender, and politeness)
  • Other relevant topic (with approval from the instructor)

上記の論文を選んだ理由はやっぱり日本関連の論文が読みたかったからですね。それで探してたらちょうど面白そうなのがあったので。内容は、非英語母語話者にとって英語という言語は、英語母国語話者とのコミュニケーション手段としてよりもむしろ非英語母国語話者間での使用が主であるという現状や、”English as an International language (EIL)”という考え方にもあるように、英語という言語はもはや英語母国語話者のものではなく、非英語母国語話者がこれからは英語のあり方を決めていくべきだというような流れを冒頭で紹介し、ブラジル人英語学習者を対象にしたFriedrich (2000)の研究に触れながら、研究者の間で盛んに議論が行われるこのEILという考え方は浸透してはいないのではないか、学習者は英米以外の英語の”variety”についての認識を欠いているのではないかという仮説に基づき、日本の高校生の英語や英語話者に対する認識・態度を質問紙とインタビューを用いて明らかにしようというものです。この論文で紹介されているケーススタディは、Matsuda (2000)という未出版博論が元で、そちらがより詳しいようです。

ケーススタディが行われたのは、東京にある私立高校で、対象は高校3年生の1クラス34人でうち33人が参加に同意し最終的に31名分のデータを分析しています。一人オーストラリア生まれの生徒を除き全員が日本生まれで日本語が母語。英語学習歴は6-13年で大多数が中学から英語学習をスタートしています。特徴的なのは、生徒の海外経験です。5名の生徒を除き、旅行、あるいは親の仕事の都合での海外滞在等なんらかのかたちで海外に行った経験があります。著者はこれを、私立学校に子どもを通わせることのできる裕福な家庭出身者が多いためであろうと推測しています。

また、この学校には希望者向けに短期(数週間)と長期(1年)の交換留学プログラムがあり、フランス、ドイツ、オーストラリア、アメリカの学校と提携を結んでいます。この交換留学プログラムで、上記の国からも生徒が来て日本の生徒と勉強しているそうですが、短期プログラムで来日する生徒は日本の生徒たちとは別に独自のカリキュラムで言語や文化を学習するため、学校に留学生は通年在籍しているものの、日本の高校生と留学生との交流はむしろ限られていると筆者は述べています。

データ収集に用いられたのは、質問紙、ペアor個人インタビュー(質問紙を用いて10名が選ばれた)、さらに英語の授業だけでなく他教科の授業や、それ以外での生徒の発話を観察し、英語の使用や英語(あるいは英語話者)に関する談話を記録したようです。また、生徒の服装や持ち物等、生徒の英語や英語話者に対する態度を反映しているかもしれないものも観察しています。加えて、英語教師4人にも、英語、英語話者、英語教育についてのインタビューを行なっています。ただし、この論文では主に質問紙とインタビューのデータに基づいた分析がされています。

結果として、半数近くの生徒が、アジア圏の人とのコミュニケーションにも英語を使うと答え、インタビューでも英語力が大事であるという認識の生徒が多いこと、またその理由の多くがコミュニケーションツールとしての英語の側面に価値を見出しているということから、生徒は「国際語としての英語」を認識し、その英語を学ぶ価値があるという認識があると著者は分析しています。

しかしながら、「英語話者の定義」について尋ねられると、「北米と欧州(主に英)」という2つがもっとも多かったのに対し、他のアジアやオセアニア諸国への言及は少なく、中南米やアフリカの国々への言及はインタビューを通して一度もなかったということが報告されています。

このことから、著者は生徒たちは英語が国際的に話されているということは認識しているにも関わらず、いわゆる欧米支配的な考え方ももっているのではないかと述べています。この原因として、著者は英語の授業で使われる教材や、あるいは教師の指導が挙げられる可能性を示唆しています。このあたりに関しては、Matsuda (2002)が詳しいようです。

また、生徒たちは英語の”variety”に対する認識が低いことがわかりました。71%の生徒が、自分たちはアメリカ英語を学校で習っているということを認識しているにも関わらず、インタビューではイギリス英語との違いがわかっていない生徒がいました。またシンガポール英語やインド英語といったいわゆる”outer circle variety”と呼ばれるものと英米の英語の違いについても認識が曖昧で、にもかかわらず”I want to pronounce English as Americans or British people do”という項目には84%の生徒が(同意・つよく同意)と回答するなど、ここでも英米偏重の傾向が見られました(p.409)。対照的に、”I am interested in English of Singapore and India”という項目には半数以上の生徒が(不同意・つよく不同意)と答え、生徒たちは英語が第二言語として用いられている国の英語に対する興味関心がうすいと著者は主張します。

次に、(英語の一種としての)ジャパニーズ・イングリッシュについてです。生徒たちは、日本語に外来語(”loanwords”)が入ってくることや、英語から作られた日本語独特の表現(例:サラリーマンなど。本文中では”Japanese-made English”と表記されています)が「日本語」として使われることには肯定的な態度を示しているにも関わらず、サラリーマンなどの言葉が「英語として」使われることには否定的で、半数近くの生徒はそれらは英語ではないために英語を話したり書いたりするときには使うべきでないと考えているということがアンケートからわかりました。また、アクセントがあるということは自然なことでありそれ自体は悪くないと考える生徒や、ジャパニーズ・イングリッシュが受け入れられるべきであるという生徒がいる一方で、ジャパニーズ・イングリッシュは”intelligible”ではないと考える生徒がアンケートでは半数近くにのぼりました(p.492)。筆者は、抽象的な概念レベルではジャパニーズ・イングリッシュは認められるべきであり、アクセントなどは避けられないものであると考えている一方で、個人のレベルではアクセントはないほうがいいと考えており、日本人英語は話されるべきではないと生徒たちは考えていると著者はまとめています。

結論として、英米以外の英語の種類に気づかせたり、親しみをもたせるような働きかけが必要であるということを述べています。外国語として英語を学習する日本の生徒たちにとっては、学校の英語教育が生徒の英語に対する認識や態度の形成に非常に重要な役割を担っているため、現場の教員だけでなく行政や学者も含め、教材の選定や指導方法の選択には慎重になるべきであり、そうした働きかけが生徒の複言語主義に対する理解を深めるとも著者は主張しています。

具体的な方策として、授業内で多様な英語に触れさせることを提案しています。著者は、アメリカ英語が指導のモデルとして用いられている現状については合理的であるという認識を示しつつも、”It is simply one variety―not the only variety―of English” (p.494)と述べています。また、多様な英語に触れることで、自分たちの英語、つまりジャパニーズ・イングリッシュについての否定的な態度を軽減させるかもしれないとし、さらにこう続けます。

The understanding of different varieties is also a prerequisite for developing critical awareness of and resistance to linguistic imperialism and the power inequality that may exist in international communication (p. 494).

 

具体的な方法の2つ目として、この事例研究において、海外経験や限られていたとはいえ留学生との交流等が、英語の多様性に対する認識に影響がなさそうであるということが明らかになったものの、特に欧米以外の人々との交流をもっと増やすべきであると著者は主張しています。高額の修学旅行だけが手段ではなく、メールのやりとりや移民コミュニティとの交流、インターナショナルスクールとのコラボなどが、”eye-opening”な経験になるという記述もあります。

同時に、英語の授業の目標がコミュニケーション能力の育成であるのであれば、文法や発音の正確性よりもコミュニケーションが効果的に行われたかという点を評価するのが適切ではないかということも述られており、上記のような解決策は現場の教員だけではなく、国、地域、学校レベルでの改革が必要であり、各関係者の協力なしには達成し得ないということが付け加えられています。

以下本文中で用いた文献はこの論文中で引用されていたものであり僕は直接参照していませんが参考までに。

Friedrich, Patricia. (2000). English in Brazil: functions and attitudes. World Englishes, 19(2), 215-213.

Matsuda, Aya. (2000). Japanese attitudes toward English: A case study of high school students. Unpublished PhD dissertation, Department of English, Purdue University.

Matsuda, Aya. (2002). Representation of Users and Uses of English in Beginning Japanese EFL Textbooks. JALT Journal, 24(2), 182-200. Retrieved from: http://jalt-publications.org/jj/issues/2002-11_24.2

コメント

このケーススタディは、なんとなく著者の主張に沿うように進められていっているような気もしないではないのですが、まあでも結果は割りと妥当な感じですね。学校の設定や生徒のバックグラウンドなどは、「日本の高校生」として一般化するのは難しいと思います。しかしながら、筆者の主張的には、「比較的に上位校で交換留学プログラムがあり海外旅行や海外在住経験がある生徒もいる高校3年生」というサンプルを示すことによって、「上のほうでこれなんだから日本の真ん中をとってきたらこれよりも結果が悪くなりそうなのは自明なんだからやばいですよ」ということを示唆しているのかなという風にも感じ取れました。そうすることで自分の主張の説得力をあげようという意図があるような。考えすぎでしょうか。

個人的に、一応北米に留学している身としてぼんやりと思ったことは、僕がここで経験したことは、あまり生徒に話しすぎるのもよくないのかなということでした。留学にきた一つの大きな理由として、実際に英語圏の国で生活してその経験を教壇に立った時に活かしたいということがありました。理屈では理解し難いような感覚的なこととか、「肌で感じるもの」みたいなことを、指導に取り入れていけたらいいなと。しかしながら考えてみると、そういうことで生徒たちの英米偏重主義的な考え方を助長してしまうのではないかとも考えました。自分の英語はどう考えてもアメリカ英語(の中でも自分は気がついていないですがNHのアクセントがあるのかもしれません)の影響を多分に受けていますし、自分の感覚的規準はアメリカ英語によっているのは間違い無いです。もちろん、英語教師として、また英語学習者のモデルとして、留学の経験が生徒の英語学習に対するモチベーションを高めることにつながる可能性は十分にありますし、どちらかというとそちら方面での効果を期待したいわけですが、逆にいうと「留学行ったんだから」とか「やっぱ海外に行かないと」みたいな考えにさせてしまうこともなきにしもあらずなわけでして(「留学行ってもその程度か」は絶対に避けなくてはなりませんgkbr)。そういったことを考えると、「日本にいながらもここまでできるんだ。」ということを体現している教師のほうが、現実的なモデルとしての英語教師としては適切なのかもしれないということも考えました。留学経験のある先生方がどのように考えていらっしゃるのかはわかりませんが、今現在留学中またはこれから留学に行く、あるいは留学から帰ってきて、そして教員になるという方々には、ぜひともこの点を考えていただきたいなと思います。

長くなりましたが、このMatsuda (2002)の発展的?位置づけというか、より一般化を目指した量的仮説検証的研究である2本目の論文はまた次の記事に書きたいと思います。

では。

アメリカ New Hampshireより。

おしまい。