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学期はじめのスピーキング・ストラテジー指導

はじめに

私は現在4つ教養外国語の英語科目を担当していますが,そのうちの3つはlistening&speakingのクラスです(うちの大学ではreading&writing, listening&speakingでおおまかに科目が分かれています)。その授業の学期の最初のほうでいつも取り入れているストラテジーの指導があるのでその話です(初級クラスでもできると思いますが中級のほうがしっくりくるとおもいます)。2点あって1点目は「ストラテジー」というよりはset expressionを覚えてしまうという話ですが。

学期が始まる前に書けばもっと参考にしてもらえると思うのですが,学期が終わる頃にこの記事を書くというタイミングの悪さはお許しください。

なぜストラテジー指導?

はじめに,なぜストラテジー指導をしておくかという話です。「英語でやりとりを続けさせるため」というのが大きな理由ですが,もう少し細かくわけていくことができると思います。重複するところもありますが,パッと思いつくのは以下の3つです。

  1. 日本語に逃げ(させ)ないため
  2. 意味交渉の機会をたくさん作り出すため
  3. そもそも会話を継続させるためにどんなことが必要かを知らないため

日本語に逃げさせない

日本語という共通言語が通じる相手に対して英語を使うわけですから,英語でやりとりを続けるのが難しくなったら日本語で言ってしまうことはよくあります。ただ,困ったときにどうしたらいいかを教えておけば,なるべく日本語を使わずに,または日本語は最小限に抑えたまま英語でやりとりを続けることができます。

意味交渉の機会をたくさん作り出すため

これは結構大事にしています。言語習得の(または言語習得にとって有用な事象が起こる)機会をとにかく教室の中でたくさん発生させたいと思って授業をしています。と同時に,困難にぶち当たったときにそこをどう乗り越えるかというのは教室外の言語使用場面でも要求されることが多くあると思いますので,そういったときに立ち向かえること,そしてそういう困難があるかもしれないとわかっていてもトライする勇気を身に着けてもらえることを目指しています。そのためにはある程度ストラテジーの指導が有用だと思っています。

そもそも会話を継続させるためにどんなことが必要かを知らないため

日本語だったらできる(または無意識にやっている)ことでも,英語になったらできなくなってしまうということも結構あると思っています。だからこそ,日本語だったらこういうことやるよね?みたいなことも含めながら,別に英語に限らずコミュニケーションをうまくやるためにはこういうことを意識するといいよなんて話をしています。

具体的に教えること

教室内で使える便利表現のリストをネームカードの後ろにつける

もともとはanf先生がブログにあっぷしていた表現のリストがあって,もう少し長いものだったのですが,そこから厳選したものをネームカードの後ろにつけるようにしています。いつも机の上にネームカードを置かせているので,授業中はそれを「チラ見」することができるというわけです。このネームカードの後ろにset expressionを載せるというのは,名大にいたときの私の副指導教官の先生が実践されていたのを真似しています。

ダウンロードはこちら -> ネームカード

これを授業の最初の帯活動でウォームアップ的にペアで練習してもらうということを最初の数週間はやっています。

この中でも私が特に重視して伝えていることは,相手の言ったことがわからなかったときなどに使える表現です。

What does it mean?

Could you say that again?

わからないことがあったときにわからないことを伝えずにわかったふりをしてしまうことは言語を問わずわりとあったりするものですが,勇気を持ってわからないことはわからないと言おうというように指導しています。これが意味交渉の機会を生み出すからですね。わからないと言われた相手は相手にわかるように発音を工夫したり,または別の言い方に言い換えたりする必要が迫られます。また,わからなかった方はわからなかったことがわかるようになる,理解可能なインプットを得る機会が生まれるからです。

3つのストラテジーを教える

いくつかの便利表現をストックとして持たせたあとは,もう少しスキル的な部分の指導をやります。色々教えるべきことはあると思いますが,私がいつも取り上げているのはecho, reaction, follow-up questionの3つです。

1. echo

相手の言ったことを繰り返す練習をします。実際に学生のうちの一人に簡単な質問をして,

Where are you from?

I’m from Nara.

Oh, you’re from Nara.

のように繰り返す見本をみせます。別に全文を言い換えて繰り返す必要はなく,できたらそれにチャレンジしてみて,難しそうならこの場合なら”Nara”のようにキーワードだけでいいから繰り返すようにしてみようと伝えます。

このechoが大事なのは,次のような点であることも伝えます

  • 相手の言っていることを理解していることを示せる
  • 相手の話に興味を持っていることを示せる
  • 相手の言っていることを聞いていますよということを伝えられる
  • 自分の理解を確かめられる

とくに,最後の自分の理解を確かめるという点を強調していて,繰り返したときにそれが間違っていたら自分が聞き間違えていることになり,それを相手が修正してくれるので会話を進める上では大事だと伝えています。

例:

I’m from Tokyo.

Oh, you’re from Kyoto!

No, no. Tokyo. Not Kyoto.

こういう話をしたあとに,出身,専攻,趣味など,3つくらいの簡単な質問をして,echoを使う練習をします。ここでは,特に会話を広げたりはしなくても良いことにしています。

2. reaction

次がreactionで,相手の答えに対してただechoするだけではなく,なにか一つコメントを入れる練習です。ここでもやりとりの例を見せます。

What are you going to eat for lunch?

I’m going to eat ramen.

Ramen. Sounds nice.

正直このreactionについては,なにか決まったフレーズで覚えておけばいいというものがあるという感じでもないですが,一応次のようなものを例として提示しています。

センゲージラーニングの”Free Talking: Basic Strategies for Building Communication ” (p.25)から持ってきてます。echo, reaction, follow-up questionの3つを取り上げているのはこの教科書を使った2年前より以前からなので,そこはたまたまです。

ここでもまた3つくらい質問を作って,さきほどのようにechoを使ったあとに一言reactionを追加するというようにします。echoもした上でreactionするというのがポイントです。

3. follow-up question

次はfollow-up questionです。相手の答えに対してさらなる追加の質問をするということですね。ここでは以下のような質問とそれに対する回答の例を見せます。

What would you eat for your last supper (dinner)?

I would eat sushi.

この回答に対してどんなfollow-up questionsが考えられるかを学生に少し考えてもらって,いくつか回答を出してもらって黒板に書いていきます。

Where would you like to eat it?

Why would you eat sushi?

What kind of sushi would you eat?

Who would you want to eat with?

How much would you spend on it?

など,WHの疑問文がおそらく出てくることが多いと思いますが,

Did you eat sushi recently?

などのYES/NO疑問文もあり得ることも補足します。

その上で,また新たに3つの質問を学生に与えて,それを質問して,相手に対する回答についてecho, reactionとここまでに練習したものも使った上でさらに今度はfollow-up questionも使ってみようということでトライさせます。

とりあえずfollow-up questionは1つのお題につき1つ尋ねることができればいいことにしています。ここでも,「便利表現」を使う機会があれば積極的に使うように促しています。

もし質問に対して答えるのに困ったらI don’t know…と言ってもいいし,英単語がわからなければ”How do you say 豪邸 in English?”のようにパートナーや教師に聞いてもいいわけです。また,聞き取れなかったら”Could you say that again?”と言ってもいいのです。ただし,学生は「意味が理解できない」とおもったら反射的に”One more”と言い出す事が多いですし,それを乗り越えて”Could you say that again?”が言えたとしてもどんなときでもそれを使ってしまいがちです。そのため,WHの疑問詞を埋め込んだ形で文を作って聞き返すこともこのときに教えます。

つまり,ただたんに聞き取れなかったのではなく,聞き取れはしたけどその一部がわからなかったという場合には,その聞き取れなかった部分だけを相手に言ってもらうほうが,相手も何が伝わらなかったのかがわかるのでコミュニケーション・ブレイクダウンを解消しやすいわけです。

I would want to buy a big house.

と言われたときに”a big house”が聞き取れなかったら,

Sorry, you would want to buy what?

と聞くことで,その部分がわからなかったことを相手に伝えることができます。ただ,これは結構高度な能力が必要で,一回練習しただけで身につくものでもないので,普段の授業の中でも繰り返し意識させるようにしています。

授業の中でも毎回意識させる

私はlistening&speakingの授業では毎回英語でのやりとりが必須となるタスクを用意していますので,そのタスクに取り組ませる際には必ず,

  • set expressionはいつでもチラ見できるようにしておくこと
  • echo, reaction, follow-up questionsを使えるときには積極的に使うこと
  • わからないことがあったときは素直にわからないと伝えること
    • 何がわからなかったのか,できるだけ具体的に伝えること
    • 「わからない」と言われたときはパニックにならず,例を挙げる,別の表現で言い換えるなどで伝えてみること
    • 英語でなんて言ったらいいかわからなかったら積極的に手をあげて教師を呼ぶこと

も伝えています。

こういうのも,学期を通して,または年間を通して最終的に身に着けてくれていたらいいと思っていることなので,とくにこれらができていないことで毎回のタスクの評価にいれるとかはしていません(そもそもそういうプロセスの評価は毎回はできないですしね)。

机間巡視しながら,「もっかい言って?」なんていうのが聞こえたら,”You can say ‘could you say that again?'”なんてフィードバックをしたりしていますし,自分の言っていることがなかなか相手に伝わっていなくても諦めずにトライしている学生のことはできるかぎりencourageしてあげて,必要なら私が言葉を補ってあげることもあります。

タスク後は言いたかったけど言えなかったことの指導にあてることが多いですが,気づいたらうまい言い換えをしていた例(e.g., disagreeやbe againstのような表現が出てこず,say noのように言っていたとか)をとりあげたり,相手の意見を自分の言葉で言い換えていた例(e.g., I think that he should…をSo, you think it is better for him to do…のように言ってたりとか)をとりあげたりすることを意識しています。

特に,相手の言っていることを自分が理解できているかを確認する意味でも,ただOKOKとかechoだけにとどまらない形でcomprehension checkを行えるのはとても大事なので,こういうのは積極的にやっていこうねというのは言うようにしています。これもストラテジー指導の一環としてとりあげて教えてもいいかもしれないのですが,実は意味順もちょっとやってるので90分でなかなか収まらないんですよね。結果として,授業の中で取り上げて指導するという形に今はなっています。

おわりに

本記事では,やりとりを要求するタスクに取り組ませる前の段階としてどういうことを指導しているかということを書きました。こうやって記事にしてまとめてみるとちょっと不十分というか穴があるかなと感じるところもあったので,そこは来年度以降もう少し工夫してやっていこうかなと思います。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

「英語を使う必然性」の呪縛

Photo by Max Fischer on Pexels.com

はじめに

もうかれこれ2ヶ月前くらいですが,大阪府の英語コーディネーター連絡会というものでお話する機会をいただきました。その準備をしながら,また関係者の方々とお話をさせていただく中で思ったことをブログ記事にまとめようとして,下書き状態のままずるずるとここまで来てしまいました。

実は学会のようなイベント以外でお話するというのは今回が初めての経験でした。学校英語教員を目指していた私が偉そうにこういうところに呼ばれてお話するようになったのかと思うと,権威性が自分の意図とは関係なくまとわりついてしまうものなのだなとも思いました。そこに自覚的でなくてはいけないなと。

そのお話の中では,タスクの定義というレンズを通して様々な活動を見てみることで,その活動に何が足りないのか,どういう目的でその活動が行われるのかといったメタ的な視点が手に入り,それが授業内の活動を設計するために有用ではないかという話をしました。関連して,真正性(authenticity)という概念をとりあげ,コミュニケーション場面の具体性(その場面を学習者が将来的に経験する可能性があるかどうか)を過度に重視する必要もあまりないということも述べました。

打ち合わせをする中で,「英語を使う必然性」というものが強く求められているような状況があり,そこに苦労されている先生が多いということも伺いました。私の答えは以下に述べるとおり,コミュニケーションの必然性,は大事であっても「英語を使う」必然性に拘る必要はないかなというものです。

英語を使う必然性とはなにか

英語を使う必然性というのは,「なぜ英語でそれをやるのか」ということであるのでしょう。連絡会前の打ち合わせでも「それって英語でやる必要ないよね?日本語でもよくない?」というようなことが話題にあがるという話を聞きました。そもそも,日本のような外国語として英語を学ぶ環境では,「英語を使う必然性」というのは教室外ではないに等しく,教室の中で英語を使う必然性というのは,「英語の授業だから英語を使う」以外に設定できないと思います。そもそも,日本語話者同士で英語でやりとりするわけですので。

必然性の重視は実用性論争にもつながる

それって英語でやる必要ある?は悪手

この問自体が少なくとも日本の学校教育における英語教育ではあまりいい問ではないと思います。英語教育の存在自体を自明視するという文脈であればまた別の議論になると思いますが,教室内の活動の質を高めようという営みにおいては大事なことはそこではないというのが私の考えです。

必然性が実用性につながってしまう

学校教育に対して実用性を求めるような人たち(最近で言えば三角関数の話)への反論で,実社会における実用性の過度な重視に反論するような人たち)でも,英語教育においては実用性を求めているのではというようなケースも見られる気がしています。最近(と言っても書いたのはこの記事を公開するよりもだいぶ前なんですけど)英語教育で道案内とかやるよりはウェブ上で(例えばYouTubeで)自分の手に入れたい情報にたどり着けるかどうかとかそういうほうが実用性高いと思う,というようなTweetが私のタイムラインに流れてきたりもしました。その比較でいえばそうかもしれませんが,だから授業でそれをやればよいかというと,そういうわけにもいかないと思います。

学校教育の内容が実用性という観点のみにおいて構成されることは結構危ういと思うからです。誰がその実用性を決めるのかという問題がありますし,その実用性が学校教育を受ける世代が「社会」に飛び出したときに実用性があるかもわからないからです。教育がもたらす恩恵というのは,変化の激しい社会においても揺らぎができる限り少ないものを対象にすべきであるのではないかと思いますし,変化が激しいからといってそれに合わせて頻繁にコロコロと内容が変わるべきものでもないような気がします。そう考えれば,今の世の中で必要になっているものがこの先も同じ程度に必要であるとは限りませんし,未来にどんなものが必要になるかを私達は予想することはできません。

その観点で言えば,道案内もYouTubeの動画検索も学校教育における英語教育の目標として適切であるというようには私は思いません。私たちが現実にその具体的行動を英語を用いて行うことがあり得るか,そしてそれができるように学校教育における英語授業の活動が構成されるべきか,とは思わないということです。むしろ,一見するとそんなことは私たちの実生活では起こりようがない,というような活動の背後にある,あるいはそこで発生する言語使用を抽象的なレベルで観察したときに,そこに私たちが日常的に行う言語行為に近似したものが含まれているのかどうか,ということを考えるほうが有用だと思うのです。

真正性(authenticity)という考え方

2つの真正性: 状況的真正性(situational authenticity)とやりとりの真正性(interactional authenticity)

やりとりの真正性とは,その行為自体が現実には起こり得ないとしても,そこで発生する情報のやりとりであったり,言語を使用する際に頭の中で起こることが,現実場面のものと同じ(または限りなく近い)ということを意味します。Michael Longは前者を重視する立場で,Rod Ellisは後者の役割も認める立場で,私個人的にも後者の立場です。なぜなら,言語学習の明確な目的を設定できるような場合以外ではsituational authenticityを重視したタスクを中心に授業を計画することの妥当性が疑われるからです。

状況的真正性を過度に重視することの妥当性

なんらかの職業訓練の一環としての言語教育などは,言語の使用場面が非常に限定的であり,学習者が身につけるべき言語能力も基本的にはそうした場面で適切に言語を使用して業務を遂行できるためのものになります。しかしながら,日本のような英語を外国語として学ぶ環境で,なおかつ学校教育において行われる英語教育では学習者全員が身につけるべき具体的な場面における言語使用を定義することがほぼ不可能であるといえます。したがって,そうした場面を考えるよりもむしろ一段階抽象度をあげて,描写する,比較する,説得する,説明する,順位付けをする,取捨選択をする,などの行為が含まれるようなタスクを考えるほうが現実的でしょう。

「必然性」を活かす手はある

ここまで,英語を使う必然性というのはあまり有用ではないというスタンスで述べてきましたが,私が批判的に考察したのは必然性に縛られすぎることで,その英語を使う必然性というのを活かすことはありえると思います。その一つがALTの活用です(人という存在に対して活用というのはあまり良くないかもしれないですが他に表現が思い浮かびませんでした)。ALTは多くの学習者たちにとっておそらく唯一コミュニケーションの際に英語を使う必然性の生まれる存在だと思います。その特性を生かして,ALT相手に何かをプレゼンさせたり質問させたりするような仕組みを作っている方も多くいらっしゃると思います。仮にALTは日本語であったり,あるいは日本語話者が犯しがちな誤りが発話に含まれていても理解できたとしても,”What do you mean?” “What does X mean?”などと聞き返してもらうようにすることも不自然ではありませんから,そこにnegotiation for meaningも生まれるでしょう。下記のanf先生の記事で紹介されているのはそうした活動かと思います。

目的・場面・状況

少し関連するかもしれないのが,学習指導要領のキーワードにもなっている「目的・場面・状況」というワードです。外国語科の目標に入っている文言ですね。個人的には,「目的・場面・状況」というのがセットになっていると活動の構想が難しく,あえてそれらの文言を使うとすればまずは目的を先に設定し,そのあとに場面と状況を考える,というようにすることが多いです。具体的には次のような手順で活動を構想するのがやりやすいと思っています。

  1. タスクタイプ(e.g., 情報伝達,情報合成,問題解決,意思決定,意見交換)を決める
  2. タスクの目的(goal)を決める(e.g., 順位付けする,選択肢の中から選ぶ,アイデアを生み出す)
  3. 場面と状況を決める
  4. 実施形態を決める

1と2は一緒に考えることになる,または2が先に来ることもありうるかと思いますが,私はまず最初に,「教科書の今回のユニットの内容は意思決定タスクでやろう」のように決め打ちしてまうことが多いです。そうすると,必然的に考えなくてはいけないことが狭まるからです。そのタスクで求められることに合わせて場面を構成していくほうが,それらを全部合わせて考えるよりも楽だと思っています。意思決定タスクに決めたら,次はどのような意思決定をさせるのかを考えます。年老いた父親の介護という問題に直面している夫婦の話(私が担当している授業の一つで使っているImpact Issues2のUnit 9にでてきます)であれば,この夫婦に対して何かアドバイスを考えてメールを書く,ということをタスクのゴールに設定したとしましょう。そこが決まったら,場面と状況を考えます。夫婦たちとの関係性はどうなのか(友人,親族,隣人,etc.)とか,教科書には描かれていない夫婦の背景的なところ(e.g., 親との関係性,夫婦の家族の状況,etc.)とかを考えるわけです。仮にその年老いた父親が自分の父親でもあるという設定(これでも自分が長女・長男なのかどうかで随分話は変わりますけど)であれば,親の介護の問題は他人事ではなく自分ごとになります。一方で,いくら仲良しでも友人としてアドバイスを,ということなら,家族の問題は非常にセンシティブな問題ですから,そこに対してのアドバイスは相手から求められていてもかなり慎重さが求められるはずです。

しかし,そのような場面や状況の設定は,あくまで最終的なゴールである「アドバイスをする」という部分を変えるわけではありません。あくまで,どのような内容を伝えるか,それをどのように伝えるか,に変化を与えるいわば「設定」の部分なわけです。前述のように,そしてまた以下のスレッドで亘理先生が指摘しているように,そこが曖昧であればタスクに取り組みにくくなるのは当然です。

設定の部分をタスクに実際に取り組む学習者の想像に委ねてしまうことになるわけで,まずはその想像しないといけない部分をペアやグループですり合わせる作業が必要になるからです。もちろん,そこをプレタスクとしてしまうのも一つの手ではあると思いますが。例えば,うちのペアはこういう関係性の友人としてのアドバイスです,とか,うちのペアは自分が怠け者長男で,妹が介護を引き受けようとしているという設定にしました,とか。そのうえでタスクに取り組ませれば,友人なのでこういうところに気をつけました,とか,怠け者の長男にもこれこれこういう事情があって….というように様々な場面や状況で学習者は言語を使うことになるでしょう。そして,そのバリエーションの差によって生まれる言語使用の差を取り上げて形式面に着目させるのも一つの授業でしょう。

少し脱線しましたが,場面と状況が決まったら実施形態を決めます。ペアでやるのか,グループでやるのかというのもそうですし,準備は何をどのようにどれくらいの時間をかけてやらせるのか,タスク後にはどんなことをさせるのか,というようなことを考えるわけです。タスクを考える,そしてゴールを決める,そのあとに場面と状況を決めるというのが私がいつも授業を考える道筋です。タスクを考えるほうが楽,というのはもちろん私のドメイン知識に依存する部分も大きいとは思いますが,本当にそう思っています。そして,「思考・判断・表現」をどうするかということを考える上では,タスク(タイプ)を考えることから始めるというのは一つのストラテジーでありなんじゃないかな,ということですね。下記のツイートで言いたかったのはそういうことでした。

おわりに

なんだかタイトルからだいぶ脱線してしまいました。記事を書き始めたときから2ヶ月近く経ってしまったからですね。ただ,後半部分の話は先日の学会のときのTwitterでのやりとりをきっかけに考えたことでもあるので,学会をきっかけに思考が刺激されるという体験は結構久しぶりだったな,なんて思ってしまいました。良くないですね。このブログの記事の更新スピードも下がっていますが,まだいくつか下書き状態の記事があるので,また時間をみつけて記事を更新していきたいと思います。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

[宣伝] タスク・ベースの英語教科書:Getting Things Done Book1

【2022年度新刊】タスクで教室から世界へ[ブック1]

はじめに

このたび,私が編著者として関わる英語の教科書が三修社さんから出ることになりました。その宣伝記事です。以前,三修社さんから『コミュニケーション・タスクのアイデアとマテリアル:教室と世界をつなぐ英語授業のために』というタスク教材集が出ました。この本では,いわゆるメインタスクの部分が中心として紹介されています。そのメリットとしては,「料理」の仕方でどのようにも使えるということがあります。目の前の学習者に合わせて様々な調整を加えて使ってほしいというのが著者陣の願いです。とはいっても,やっぱり準備にも時間がかかるし,どうやって1コマ分の授業を構成するのかというのは悩むところでもあると思います。そこで,その素材を「料理」して「一食分の食事」という形でパッケージングした教科書を作りました。それが,Getting Things Done (GTD)です。この本で言われているタスク(Tasks)というのは,タスク・ベースの言語指導(Task-based Language Teaching)の文脈でのタスクですので,コミュニケーション活動のようなものとほぼ同義で使われるゆるい「タスク」とは違うというのは強調しておきたいです。

ちょっとした背景

もともと,「教師用ブック」と「学生用ブック」という形で先生向けのものと学生向けのものを2つ作るという構想のもとで制作がスタートしました。教師用ブック(『コミュニケーション・タスクのアイデアとマテリアル』)は先生が購入し,必要に応じて素材をコピーするなどして教室で使うことが想定されていました。それに対応させる形で学生用ブックを作ったわけですが,この教科書だけで完結するものがよいのかどうかというのはかなり議論を重ねました。構想段階では,教師用と学生用が合わさってはじめて使えるようなものが考えられていました。つまり,教師用ブックの購入が前提だったわけですね。なぜなら,もしも学生用ブック単体で利用できるのであれば,教師用ブックが売れなくなってしまうのではないかということを懸念したからです。かといって,教師用ブックを別途購入しなければ使えない教科書であったとすれば,すでに教師用ブックを購入されている人にはいいけれども,教師用ブックは買っていない人が学生用ブックを教科書として授業で使おうとするのはハードルが高くなりますよね。

こういった議論を重ねたあとで,あくまで学生用ブック単体で「教科書」という体裁をとりながらも,教師用ブックに掲載されているオリジナリティのある「アイデア」の部分は教師用ブックを参照してもらうという方向性にしました。イメージとしては,教師用ブックのほうは「唐揚げ」みたいな感じで載っていて,付け合せのヒントみたいなのも載っている感じ。学生用ブック(GTD)の方は,唐揚げ定食というユニットになってるというか。唐揚げって書いてあるだけだと,他に何品か作ってあって,「あと一品なにかないかなー」というときに,「あ,冷凍の唐揚げチンして出しちゃおうか」みたいな使い方もできますし,「今日のメインはこの冷凍の唐揚げで酢鶏にしちゃおう」というのもできますよね。素材っていうと唐揚げというよりは「鶏もも肉」と例えるほうが適当だとは思うのですが,それはまあ置いておきましょう。

一方でGTDは前述のとおり,唐揚げ定食です。「今日のご飯は何にしようかな,あ,唐揚げ定食でいいか」,という。献立はもうあるので,何を作るかは考えなくていいわけですね。それが嫌いな人もいるだろうし,楽な方が良いという人もいるでしょう。それはやっぱり万人受けするものを作るのは難しいですからね。アレンジが大好きな人は教科書はなし,教師用ブックに載っている素材で15回分の献立を考えてもらって構いません。ただ,15回分の献立を考えるのは難しいという方はGTDを教科書として採用してもらったらいいですよということです。

中身の話

GTDの中身ですが,なんと三修社さんのGTD紹介ページから期間限定(2022年3月31日まで)で全ページサンプルがダウンロードできます。

https://www.sanshusha.co.jp/text/isbn/9784384335101/

教科書のサンプルってだいたい1つのユニットだけ限定とかが多いと思いますが,三修社さんは全ページのPDFが見れます。この方式は,GTDのような教科書の採用を検討される際にはぴったりだと思います。ぜひこの機会にサンプルPDFを見ていただければと思います(もちろん見本の請求もできます)。なぜ全ページ見れるといいのかというと,ユニットのメインタスクによって,プレタスクやポストタスクでどのようなことをやるのかもまったく異なるからです。

多くの場合,教科書の構成というのはユニット間で統一感があり,ユニットの一番最初にやるのは単語の確認とか,最後はミニプレゼンとか,やることが決まっていることが多いと思います。しかしながら,GTDはセクションタイトルは全ユニット共通(下記参照)ですが,そこで学習者は多種多様な活動に取り組むことになります。

  1. Getting warmed-up: トピックの導入
  2. Getting ready: メインタスクへの準備
  3. Getting into it: メインタスク
  4. Getting better at it: 言語形式に焦点をあてた振り返り
  5. Getting further: タスクの繰り返しや発展
  6. Getting it done: まとめ(多くの場合ライティング)

実はこうした構成になっていることがGTDの特徴である一方で,制作段階では逆にハードルになりました。つまり,活動のアイデアは一度出せば全ユニット共通で使えるものでないわけですから,すべてのユニットでそのユニットのメインタスクを最も引き立てるプレ・ポストタスクを考えなければいけなかったということです。毎回最初はきんぴらごぼうで最後はゆずシャーベット,みたいなわけにはいかないということですね。もちろん全部が全部異なっているわけではないのですが,それでも殆どのユニットで学習者は飽きることなく様々な活動に取り組むことになると思います。こうした教科書を作ることができたのも,合計6人の著者陣がいたからだと思います。1人や2人だと,アイデアもなかなか多く生まれにくいところでしたが,6人いることでそれぞれが自分の特徴を最大限に発揮し,個性豊かなユニットを作り上げることができたと考えています。私は編著者として,そこにゆるやかな統一感をもたらし,教科書としての質を高めることに注力しました。

もう一つのGTDの特徴は,教授用資料(Teacher’s Manual)の充実具合だと思います。当初は,答えが必要になるもの(間違え探しの答えなど)だけを提示した簡素な冊子体を教授用資料とするという方向で進めていました。そうすることで,詳しいことは教師用ブックを買って読んでくださいねという販促が可能だからです。ただ,私はこのGTDはタスク・ベースの考え方に馴染みがない(またはそうした授業展開を経験したことがない)先生方にとっては非常にハードルの高い教科書になってしまわないかということを懸念していました。

前述のとおり,この教科書はユニットごとに各セクションで行われる活動が異なります。つまり,大枠での意図(メインタスクへの準備等)は同じでも,その中で実際に学習者が取り組むことが語彙にフォーカスを当てているのか,あるいは自分の意見を考えるアイデア・ジェネレーションなのか,というのが異なってくるわけです。それはサブタイトルという形で教科書本体に記載されています。しかし,それだけでは不十分ではないかと思ったのです。そこで,そのセクションがどういった意図をもってデザインされているのか,そしてそこで気をつけるべきことはどういったことなのかということを説明することで授業準備の負担を軽減したいと思いました。また,教室内でどのようなことが起こるか,あるいは教員はどう振る舞うべきなのかなどを事前にシミュレーションすることもTMを読むことで可能になると思います。

かといって,TMもついているから教師用ブックは買わなくてもいいね,ということにはならないようにしました。活動のバリエーションや活動条件,タスクを成功させるためのtipsやタスク・ベースの言語指導に関する基本的な知識などについてはやはり教師用ブックを読んでいただかなくてはいけません。ちなみに,GTDを50部以上採用いただいた先生には三修社さんから教師用ブックを献本いただけるということです。詳しくは三修社さんにお問い合わせください。

TM内では,各ユニットの冒頭で授業前に必要な準備というセクションをつけました。これも,各ユニットで毎回同じ準備をすればよいわけではない教科書だからこそ必要になるものです。そこに「とくになし」とあれば,実際に何も準備をせずに「えいやっ」と教科書を持って教室に行くこともできます。そして,印刷物があれば印刷が必要だというのが一瞬でわかります。そうやって,まずはTMの一番最初の部分を見るというクセができたとしたら,おそらくそこに書いてある他のことも見てもらえるでしょうし,見てもらえれば必ず授業がよくなる情報を提供しているという自負があります。もしかすると,TMはあまり読まれないかもしれませんが,著者陣全員が,そして編集担当の方も,教科書本体に向けた情熱と同じかそれ以上の情熱をTMにも注いでいると思います。TMに書いてあることは見る人によっては「そんなこと言われなくてもわかる」というようなことかもしれません。ただ,タスク・ベースの言語指導に馴染みのない先生方にも安心してGTDを使っていただくことを念頭に置いてTMを作ったということはご理解いただければと思います。TMに書かれていることは,必ずしもGTDを使っていただく一人ひとりの先生方の自由な発想を制限するものではありませんので。

最後に

このブログ記事には書いていないGTDのコンセプトについては,見本PDF(https://www.sanshusha.co.jp/text/isbn/9784384335101/に期間限定でリンクがあります)のpp. 1-5に書いてありますので,そちらをお読みいただければと思います。すでにお気づきの方もいらっしゃるかとは思いますが,Book1というのがタイトルについていまして,Book2も鋭意製作中です。来年度の冬には同じように宣伝ができると思います。もうすでに来年度のシラバスや教科書の採用が決まってしまっているかもしれませんが,ぜひGTDの採用をご検討いただき,また実際に使ってみての感想等もお寄せいただければ幸いです。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

10/30に関西大学外国語教育学会秋季研究会で講演します

http://kufler-s.jp/?action=common_download_main&upload_id=168

下記の要領で,所属に関係する研究会でオンラインの講演をすることになりました。

関西大学外国語教育学会秋季研究会 2021

■日       時           2021 年 10 月 30 日(土) 13:00~15:50

■会       場           オンライン(Zoom)

■参加費              会員・非会員(無料)

■内       容

12:30~ 受付開始

13:00 開会式

13:10~14:00       タスク・ベースの言語指導とはなにか、どうやって実践するか(理論編)

14:00~14:10       休憩

14:10~15:30       タスク・ベースの言語指導とはなにか、どうやって実践するか(実践編)

15:30~15:40       質疑応答

15:40~ 閉会の挨拶

タスク関係では過去にも何回かセミナーだったりワークショップだったりというのをやったことがありますが,講演という形で単独でやるのは初めてなので今から割と緊張しています。依頼があったときに理論と実践両方ということだったので,その両方をやることになり,結構長めのイベントになっています。実践編の方はワークショップ形式でやるつもりです(自分はあまりワークショップ形式が得意な方ではないですがワークショップ的なことをやってほしいという依頼で受けたのでやります)。要旨は以下のとおりです。

本講演は,タスク・ベースの言語指導(Task-based LanguageTeaching, TBLT)について,それがどういった考え方に基づいているかを理解する理論編と,その理解に基づいて実際の授業を構想する実践編から構成されます。後半の実践編では,まずタスクを活用するという観点から,(a)教科書に掲載されている活動をアレンジしてタスクにする,(b)教室で実際にタスクを使う際に教師に求められるであろうスキルを考える,という 2 つを参加者の方と一緒に考えていきたいと思います。

申し込みは下記のURLから可能で,期間は,2021 年 9 月 30 日(木)10:00~10 月 29 日(金)17:00となっています。

https://forms.gle/M1HCjVa4Az91WFzD6

ご興味のある方はぜひご参加ください。資料も後日このページからアクセスできるようにするつもりです。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。


2021.11.01 追記

当日使用した投影資料をspeakerdeckで公開しました。

最短距離は常に最良かまたは余剰の意味とはなにか

はじめに

下記のブログ記事を読んで考えたことをもとにツイートしたことのまとめプラスαの記事です。

タスクの達成を重視することの弊害

上のブログ記事の内容からは少しずれますが,タスクの達成を重視したときに無味乾燥な言葉の投げ合いになってしまうことがある状況は授業でも気になることがしばしばあります。逆にまどろっこしくてもすれ違いがあっても遠回りでもやりとりをしてるのを見ると,「いいぞいいぞ」という気持ちになることが多くあります。学生からすると,私がいいなぁと思うのはむしろ「良くない」,サクサク終わるのが「良い」という思いがありそうな気がしています。先日の英語教育2.0newsletterのPCの流暢さの話にもかするかもしれませんが,無駄のないコミュニケーションがいい場面というのは言葉のやりとりの中で割合的に限定的なはずでは?っていう思いもあります。要するに,ある課題を達成するときに要する時間が短ければ短いほど良いというわけではないということですね。

無駄なことはしたくない,というのはそりゃそうだし,一回のやりとりで済むことを複数回繰り返すめんどくささも日常にはあります。でもその余剰を限りなく削ぎ落とした時の人間のコミュニケーションはもはや機械のコミュニケーションなんじゃないかな,みたいなことを思わなくもないわけです。それが身につけてもらいたいコミュニケーション能力かというと,違うよなぁと。

効率至上主義的な考え方がいろんなところに蔓延っていることも無関係な話じゃないかもしれません。スムースでスマートなやりとりが悪いわけじゃありません。ただ,泥臭い内野安打でもヒットはヒットだし,タスクの達成が評価されるというのはむしろそういうことなんじゃないかなぁっていう気もします。

サッカーに例えてみる(無理やり)

話を元の話題に戻すと,余剰を生み出せる,直線的ではないということがむしろ能力の表れでもあるっていう内野安打とは逆の考え方もできるかもしれませんね。サッカーもロングボール蹴ってこぼれ球拾う戦略もある。でも能力のあるチームはGKからつないで,相手を剥がして,崩して,ゴールするんですよ。手間かけてる。それができる能力があるから。相手にプレッシャーかけられてもつなげる技術があるから。現在J1リーグで圧倒的な強さを誇っている川崎フロンターレはまさにそうですよね。

直接的に関係のない(かもしれない)ことを会話の中に差し込める事というのは,タスクの達成には直接寄与しないかもしれません。しかしながら,それは能力がないとできないわけです。ロングボール蹴れば得点までたどり着くスピードは早いかもしれないし,後ろでボールを失って相手に得点機会を与えるリスクも少ない。でもサッカーは90分。言語のやりとりも,過度に時間制限をかける方が本質を見れないリスクはありますよ。

もちろん,適切に時間制限があるからこそ,考えたことを素早く言語化して口に出すという意味での流暢さを鍛える機能はあります。ただし,それが適切ではないと,時間の余裕があれば生まれた有意味な意味交渉も削り落とされた旨みもない薄味スープになっちゃうわけです。

じゃあ適切な時間設定教えてよってなりますよね。でも,それは一義的に決まらないのです。やりながら試行錯誤するしかない。あーこれは短すぎるか,長すぎるかという経験と,あとはある程度タスクによって長めでいいのと制限かける方がタスクの良さが活きるものがありますからそれとの兼ね合いです。

最後にツイートを一つ紹介

ツイートに対して浦野先生から反応があったのでご紹介。

タスク設計の問題となると,例えばですが描写課題であればディテールにこだわることが求められるようになっていたりすることで解決可能かもしれません。間違い探しのようなsimpleなタスクであっても,違いが有り無しのような単純なものではなく,大きさや長さ,幅のようなものだと必要になる描写の質も変わってきますし。reasoningが必要になるタスクであればそこの質が求められる設計になっていればやりとりの質もあがってくるかもしれません。

評価に関して難しいのは,テスト場面ならある程度示すことができますが,通常の授業場面ではタスクの達成以外(その過程)を評価することがほぼ不可能という問題があります。ただ,私は評価がこうだから,という構造的な解決よりも,学習者に余剰の意味を理解してもらうことを心がけています。評価されるからそれに従う,という構造的解決は少なくともこの事例についてはあまり個人的に好ましいとは思えません。それよりはむしろ,余剰を楽しめる様になることを通してその余剰を生み出せる能力の伸長を期待するというアプローチをとっています。

そういうやりとりはいつでもポジティブなフィードバックをしていますし,一見遠回りで時間がかかっても頑張ってお互いの理解をすり合わせたり細かい部分にこだわってやりとりしているところをできるかぎり拾い上げて全体に共有するようにしています。そうやっていくことで,「それがいいものなのだ」という意識を植えつけていくというイメージです。

宿題

この問題は,次にPodcastにお呼ばれしたらanf先生と話すネタにしますかね…

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

【レビュー】タスク中のL1使用について

はじめに

超久しぶりに論文のレビュー記事。対象は以下の論文。メモ的なものです。

Xu, J., & Fan, Y. (2021). Task complexity, L2 proficiency and EFL learners’ L1 use in task-based peer interaction. Language Teaching Research, 13621688211004632. https://doi.org/10.1177/13621688211004633

概要

Task complexityの異なるinteractiveなタスクに取り組ませ,その中でのL1使用について,熟達度グループごとの比較をした研究です。上級グループでは複雑なタスクでL1の使用が増加しており,このL1使用はメタ認知的あるいは文法に関する会話の役割を担っていた。一方で,下級グループではそういった傾向は見られなかった。という話です。

本研究

RQ

  1. タスクの複雑さがL1使用に与える影響
  2. タスクの複雑さがL1使用に与える影響は熟達度によって異なるか
  3. タスクの複雑さはL1使用のどのような機能に影響を与えるか
  4. タスクの複雑さがL1使用の機能に与える影響は熟達度によって異なるか

参加者

  • 48人の中国語話者大学生
  • 大学一年生でレベルの違う2つの大学からリクルート(24ずつ)
  • レベルの高い方->high group, レベルの低い方-> low group

タスク

  • 複数コマのナレーションタスクで,Mr. Beanの動画の一部を10コマで表したものが2種類あって,それを二人で協力してナレーションするタイプの課題です(どっちの素材でもsimple/complexでやった)
  • 複雑さの操作
    • Robinsonのフレームワークの中で,+/- here and nowを選択
    • + here/now は絵を見ながら現在のこととして,-here/nowは写真を見ずに過去のこととしてという感じ(絵を見る時間は3分間でメモとかはなし)
    • expert ratingでも難しさの違いがあることは担保してる

手順

  • L1は使う必要があると感じたら使っても良いと言われている
  • within subject-designで同じ学習者が2つのタスクをやる

データコーディング

  • まずはL1の使用をコーディングして5つのカテゴリに分類
    – metacognitive talk(タスクのマネジメントなどについての発話)
    – grammar talk(文法について話す)
    – vocabulary talk(語彙について話す)
    – phatics(expressions such as ‘mmm, yeah, ok’みたいなものらしいです)
    – off-task talk(タスクとは直接関連しないもの)
  • L1使用の量については次の3つ
    • 全発話語のうちのL1の発話語
    • 全ターンのうちのL1のターン
    • predominant L1 turns(L2の語数と同じかそれよりもL1語数が多い)とminor L1 turnsに分類

結果

結果は以下の通り。

検定を何回もやるので有意水準を1%に設定
  • 語数とターンでは有意差あり(難しいほうがL1多め)
  • ただしpredominant L1 turnsでみると差はない
  • ただしSD広め
  • 一応RQ1はYES

熟達度別で見ると…

熟達度低いグループでは差がない->RQ2はYES

機能別では…


1%基準で有意なのはgrammarだけ


熟達度も入れてみてみると,高熟達度群でmetacognitive talkとgrammar talkだけsimple/complexの差が有意

議論

  • 以下の記述を見ると,そんなにL1使用が多かったとは著者たちは思ってないっぽい

Our results show that the participants did not use their shared L1 excessively, 27% in the simple tasks and 31% in the complex tasks. In other words, in spite of the fact that participants were allowed to use Chinese, students did not rely much on their L1,….

p.11
  • 先行研究よりは多かったということは言っているけど<-3割はさすがに多すぎでは?(今作っている教科書では,9割以上英語で話せたかというのを目安に自己評価をさせようということでいまのところやってます)
  • 意味中心のやりとりだとL1使用が多くなるとは言われているから,それが原因かも(Moore 2013, Tognini & Oliver 2012がそういうこと示したらしいけど,それどういうロジックなんだ?)<-読んでないです
  • more complex, more L1

熟達度に違いがあるL1使用例

論文中で会話のスクリプトが出てるんですがここでは要約だけ。

High group

  • complex task
    物語の詳細を描写しようとしたり,描写の質をあげるためにL1使ってる
  • simple task
    語彙を探しているときに使ってる

Low group

  • complex task
    – そもそも細かいとこまで描写しようとしてない
    – 過去形も使ってないし,それを修正しようともしない(low awareness towards linguistic forms)
  • simple task
    – こっちだと逆に細かいとこまで描写しようとする
    – でも能力的にそこまでできないのでL1を使う(主に語彙)
    – 結果的にどっちでもL1使用の量は変わらない

L1の機能

  • task management的な部分でL1使う(役割分担,どうやってナレーションするか,絵に含まれる情報,などについて話すときにL1使う)

なぜ高熟達度はL1使用多い?

  • 高熟達度群は,英語力にある程度自信があるので,より目標を高く設定して頑張ろうとする
  • その際にどうしたらうまくできるか試行錯誤する過程でL1が出てくるのではないか
  • 低熟達度群は,自分たちに自信がある内容自体とタスクを達成することに注力していた

感想

そもそも

complexなほうがL1多いと言うけれど,それはcomplexなタスクだからということではなく,学習者に与えるタスクとして(少なくともtaskを授業で使うという目的に照らして)間違っているということではないのかなというのが最初に思ったことです。機能をみたときにmetacognitive talkが他と比べてかなり多いというのは,タスクの進め方について十分な指示が与えられていなかったという解釈もできると思います。タスク遂行(今回であれば絵を描写すること)に必要なリソースは,タスク遂行についてのリソースとは異なるでしょう。pre-taskというとタスク遂行そのものへの準備に焦点がついつい向かってしまいますが,タスクをどう進めるかについても学習者はやり取りする必要が生じることはもっと認識されていいでしょう。そこでL1を使ってほしくないという思いがあるならば,task managementに必要な汎用性の高い表現は与えてしまって,それが使えるようにしてあげることはしても良いんじゃないかなと思います。そうでなければ,進め方を話し合わせなくてもタスクができるように具体的な指示を与えるべきでしょう。

そういったことまで含めて,大事なことはtask単体の複雑さどうこうの効果というよりも,授業の構成でそこをどうカバーするかだと思うし,授業の前後になにをやるかのほうがよっぽど授業内のL1使用に影響を与えるのではないかなと(それもtask complexityのmanipulationだと言われたらそうなんですけどね)。だとしたら,そうやっていろんな要因がある中で1つだけを取り上げてこういう形の研究やることって理論への貢献もあるのかないのかわからないし(いろんな要因の+/-を操作してL1の使用を調べた研究がたくさん集まったらメタ分析ですか?),実践の参考にもなりそうでそんなにならないですよね。

それタスクか?

あとは,ナレーションするタイプのタスクはいいとしてもそれを2人でやるっていうのは状況がかなり特殊だし,そもそもそれタスクとしてどうなん?という指摘もあると思います。インタラクティブなタスクをやらせるならもっとそれに適したタスクはあるはずだし,コマ使うなら10コマをバラバラに渡して,コマをストーリーの順番に並び替えるような情報合成型のタスクにすればよかったんじゃないかなとか思うところもあります。

もっと授業に関しての記述を

あとは,この論文は授業に関する記述が明らかに少なすぎだと思います。タスクをどう実施したかが5行だけです。通常の授業の中でやられたとは書かれていますが,そうだとしたら普段どのような授業をしているのか,授業と関連させているのか(授業の成績とは関係あるのかないのか),どういうビリーフの教師が普段教えているのか,等が決定的に重要ですし,実践に近いことをやるならそういうことを詳しく記述しなければ実践者が参照することも他の研究結果と比べることも難しいでしょう。実践に近いことをやればやるほどそういう要因で結果が容易に変動することは誰しもが想像できるわけですから。査読者もそういうのちゃんと指摘してほしいなと思います。

ペアの差の考慮

結果の表を見ると,SDがかなり広いですよね。だとしたら,それはペアで傾向がかなり異なっていることを示しているわけですから,こういうときこそマルチレベルの分析しないといけないんじゃないかなと思います。まああんまりテクニカルな分析に関しての指摘はしたくないので,あくまでsuggestionて感じですけど。

おわりに

面白そうかなと思って読んだら面白くなかったというオチでした。タスクのことは知識として持っておかないとなと思う一方で,こういう論文はそろそろ読むのがつらいです。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

追記

Twitterで反応をもらったので追記します。やや複線化してますけど。

上のレビューでは先行研究のレビューの部分をがっつり端折ってしまっていますが,最初のイントロの部分で,インタラクション中のL1使用はL2 learningにポジティブなインパクトをもつという前提にいることを書いてはいます。

(前略)a growing body of research supports that students’ L1 use can be a social and cognitive tool (Alegría de la Colina & García Mayo, 2009; Antón & DiCamilla,1998; Storch & Aldosari, 2010; Thoms, Liao & Szustak, 2005). That is, judicious use of L1 can enhance L2 learning, giving full play to it as a mediating tool to analyse language and perform tasks. Specifically, L1 contributes to supporting peer interaction, helping learners’ negotiation of social identities and pro- moting the exchange of more meaningful and sophisticated ideas (Al Masaeed, 2016) (p.2)

で,このあとに,L1使用に影響を与える要因として熟達度があることを指摘し,それに加えてタスク要因もあるんじゃないかということで本研究がそこを見るよという流れですね。

ただ,そうであっても個人的にはタスクを用いる理由とその背後にある理論を考えれば,L2使用にこだわる理由があると考えるので上の「そもそも」に書いたようなことを思ったということになります。そういうバイアスで読んでいたので,「L1使ったからどうだっての?」という亘理先生の指摘は最もです。

とりあえず一旦ここまで。また加筆するかもしれないです(2021/04/28 19:15)。

Task-basedなレッスンにおける教員が与えるインプット

以前,タスク教材集が出ましたという記事を書きました。これに関連する話です。

この本では,タスクそのものをタイプ別に掲載してあります。一応そのままでも授業に使えるように,デフォルトの「レシピ」的なものは書いてあります。ただし,これを使って例えば大学の90分の授業を「真面目に」成立させようと思うと,タスクの前の活動(pre-task)とあとの活動(post-task),タスクの繰り返し(task repetition)等も考えないといけないのでひと手間かかります。今年は自分が担当する授業のうちの1つでこの本に掲載されているタスクでシラバスを作ってやろうと思っています。というわけで,掲載されているタスクをレッスンプラン的なものに落とし込むようなことをやっています。

そこで,私としては最も重要視したいと思っているのが「まずはインプットから」という大原則。学習者同士のやりとりがメインだとしたら,その前にインプットをたくさん与えたいわけです(もちろんメインがinput-taskでもその前にinputがほしい)。その際に重要になるのが,教師自身がinput providerになれるかどうかということだなと感じています。教員が教室内で話す(または書く)英語が,挨拶,”Open your textbook…”みたいな指示英語,repeat after meのモデルというだけではなく,いわゆるインプットの素材として,学習者が聞いたり読んだりする意味のあるものであることが非常に重要ではないかと思っています。そして,既製の音源ではなく教師がやれば,活動の幅がぐっと広がる上に,学習者のレベルに合わせてインプットを調整することもできるわけです。授業をやっていく上でこのことの利点を活かさない手はありません。学習者に描写させるのであれば,教師自身がまず描写してみせる,というように。これって言ってることは簡単なんですが,実際にはそれなりにchallengingであり,教員のスキル(英語そのもののスキルと指導のスキル)が要求されます。そこに自信がないのであれば,自分が達成する自信がないと思うような課題を学習者に与える教員てどうなの?ってなりますよね。そこはプライドを持って教員もトライしたいところです。ただ,そういう意味でいうと,task-basedなレッスンをやるのは敷居が高いと敬遠されてしまうのも理解できるかもしれないと思ったりしてしまいました。

英語の先生になると信じて疑わなかった学部生の自分に要求できるかというと,正直難しいなと思ってしまったことも事実です。学部3年で教育実習に行ったとき,英語で授業することに非常に苦労をして自分の英語力に絶望し(もともと英語が得意だと思っていたからこそ英語教員を目指そうと思ったのに),このままじゃ自分に自信がないからと教員採用試験を受けずに学部を卒業してから北米の大学院に行って英語教授法の修士号を取り,中学校で臨時任用教員として10ヶ月勤務し,そこからさらに博士課程に進学し,非常勤講師として専門学校や大学で英語を教えました。今の職場に来て今年で4年目です。それでも,まだまだ学習者にとってベストなインプットを与えられるような授業ができているかと問われると,まだまだ改善すべき点は多いなと毎週感じます。

実際に授業をやってみたリフレクションなんかの記事も今年度は更新していけたらいいなと思います。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

内容の負荷が高いときのタスクの作り方

Photo by Christina Morillo on Pexels.com

はじめに

英語(語学)の授業において,タスクを作るときの基本的な考え方として,最近自分の中でしっくりきたことについて書きます。簡単に言うと,タスクの内容的な負荷が高いときは,タスク自体がもたらす負荷を軽減させることによって学習者が取り組みやすいようにするということです。

内容の負荷

内容の負荷とは,ここでは内容の難しさのような意味で使っています。私がもってる授業のうちの1つのクラスで使っている教科書では,数回に一回ほどの割合で,社会的な問題(環境問題等)をテーマとして扱うものが出てきます。こういうテーマは,学生が普段どれだけこういう問題について考えているかということによってかなり左右されるので,例えば旅行とか食事とか,そういう学生にとってより身近だと考えられるテーマよりは英語を使ってやりとりする負荷があがります。こういう内容的に難しい話題を扱おうとするとき,タスク自体がもたらす負荷も高いものだと失敗する確率があがります。

タスクの負荷

では,タスクの負荷とはなんでしょうか。これも本当にいろいろな要因があって,一概にタスクの負荷を決めることはできないのですが,それでもbeginnerレベルでも取り組みやすいタスクとそうでないタスクはあります。例えば,意見を交換して合意形成を求めるような意思決定タスクは決める内容が簡単であったとしても難しいです。自分で意見を考えないといけないうえに,相手を説得するような論理的思考が求められるからです。一方で,情報のギャップがあってその情報のギャップを埋めるようなタスクは,事前にその情報が与えられていて,相手に情報を伝え,そして相手から情報を得ることさえできればいいので負荷は低いということになります。

内容の負荷×タスクの負荷

内容の負荷が高く,なおかつタスクの負荷も高ければ非常に難しいタスクになり(e.g., 少子高齢化問題への解決策を4人グループの中でそれぞれが提案し,最も良い案を1つ選ぶ),内容の負荷が低く,なおかつタスクの負荷が低ければ易しいタスクになります(e.g., すでに与えられた予定を見て,自分のパートナーの相手と遊びに行ける日時を探し出す)。

このことを念頭においておけば,すでに内容が与えられている状態でタスクを構想する際に役に立ちます。つまり,今回の教科書の内容は社会的な問題(内容の負荷が高い)ということであれば,タスクの負荷が低くなるようなタスクを構成すればよいということです。

もちろん,内容の負荷が高いからこそインプットタスクを充実させて,内容的・言語的な負荷が下がるように工夫したり,タスクの条件面で準備時間を増やす等をすることでもきます。そういう方法もありますが,タスク自体の工夫もできますよねというのが今回の記事の趣旨です。

例えば,環境問題をテーマにしたタスクを作ろうとするのであれば,意思決定タスクにするのではなく情報交換型タスク(e.g., 2人または4人等のグループ内で情報を共有し,どの国でどの問題が深刻なのかの表を完成させるとか)を作ることを考えるということです。ちなみに,情報交換は分割数が多くなれば難しくなります。1つの情報を2人で分割してやるより4人がバラバラの情報を持っている方が難しいということです。

おわりに

これまでに私自身がタスクを考えるときは,基本的にまず教科書の内容と相性の良いタスクのタイプを選んでタスクを構想していました。ただ,内容と相性がいいからと言って内容が難しい意思決定タスクを作ると,やっぱり自分の中での手応えがあまり良くないことが多くありました。そういうことを考えていたときに,思い切ってタスクの負荷を下げてみればいいのでは?と思って,普段よりもかなりタスクのゴール達成が容易になるようにタスクを作ったら,意外とむしろそれが程よい難易度で,学生も達成感を味わっているように見えました。

この記事ではタスクのタイプの詳細についてあまり詳しく説明することはしませんでしたが,それも今度出る教材集にタスクタイプごとに豊富な例がありますのでそちらをぜひ御覧ください。

コミュニケーション・タスクのアイデアとマテリアル 教室と世界をつなぐ英語授業のために

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

【宣伝】タスク教材のお披露目!(2020/10/25)

来週10月25日(日)にオンラインで開催される「言語教育エキスポ2020補講」というイベントで,私が微力ながら作成に携わってきたタスク教材が初お披露目されます!当日は様々な発表がされる予定となっていますが,その中の,「言語教育エキスポが自信をもって紹介する言語教育出版企画」の中のセッションで,著者全員で教材の紹介をする予定です。

教材のタイトルは,『コミュニケーション・タスクのアイデアとマテリアル−教室と世界をつなぐ英語授業のために−』で,三修社さんから出版される予定です。出版社のページには,目次と簡単な紹介が出ています。まだAmazon等には出ていないようですが,その準備も進めているとのことで,間に合えば25日までにはAmazonのページもできると聞いています(注)。

当日の発表の要旨を以下に引用します。

英語教育の現状での課題、そして妥当な目標のあり方とは──その解をもたらす一つの有効な鍵が、授業への「コミュニケーション・タスク」の導入であると考えます。そうした課題の基本的な性格をはじめ、課題の難易度の捉え方、適切な課題の選択や文法の導入方法、評価法など、書籍内の例を取りあげつつ紹介します。学習者にとってより魅力ある授業作りに役立つ「現実世界へのアダプタビリティの高いタスク」を有効に用いるためのヒント満載のブック・トークへ、どうぞおいでください。

イベントの参加申込はこちらのGoogle Formからお願いします。

https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSdQT3W7PLyqp0rKuCUtiZYYUB1qBm-GH_IanZL4Bogx37Ij_w/viewform

私達の教材のトークセッションは15:50〜16:50の予定となっています。参加申込していただくと,主催者からZoomのIDとパスワードが送られてくるということになっていると思います。ただ,出版社のセッションは出版社がZoomのホストになるようで,私のところにもIDとパスワードが知らされてそれで入れるようになるので,参加申込を忘れてしまった!という方は当日でも私にTwitter等で話しかけていただければIDとパスワードこっそりお送りできると思います(こんなこと書いていいのかな?)。

ちょっとした裏話

著者は中部大学の加藤由崇さん,名城大学の松村昌紀さん,Paul Wickingさん,立命館大学の横山友里さん,そして,中京大学の小林真実さんです。月に一度名古屋で開かれている研究会のメンバーが中心になって,毎月1度のミーティング(計25回),そして2度の泊まり込み合宿等を経て,ようやく完成までこぎつけました。最終的に教材として掲載されるタスクを絞り込むまでに,その何倍ものタスクをそれぞれの著者が考案し,それらを相互に検討し,ボツになったタスクも数え切れないほどあります。つまり,掲載されたタスクは厳選に厳選を重ねた上で選ばれたものです。また,著者の誰かが自身の教室で実践した上で提案されていますので,そうした意味でも実践に耐えうる素材が掲載されています。ただし,著者は全員が大学教員ですので,大学の場での実践を経たということですが,この本に掲載されているタスクは必ずしも大学生向けというわけではありません。しかしながら,少なくともタスクのいくつかは難易度を調整することで初学者向けのクラスでも十分に機能するはずで,どの校種の先生方にも手に取っていただきたいと思っています。

当初は教科書の形で出版することを考えていましたが,色々あって「教材集」という形となりました。正直に言って,このタスク教材というのは私達にとってもチャレンジングなタスクでした。というのも,これまでに多くの教材集・アクティビティ集は出版されてきていると思いますし,なかには「タスク」という名のついたものもあると思います。しかしながら,Task-based Language Teachingの理念に基づき,単なる文法や文型のなどの形式の練習とは異なる目的をもった課題を中心に編纂されたものはおそらくなかったと思うのです。そのようなものは日本では受け入れられにくいのではないかという意見もありました。一方で,タスクの話をするたびに,「すぐに使えるタスクがほしい」という声も多く聞いていました。まさにTASK TALK Vol. 29「フジタクさんと語る①」の会で藤田先生がおっしゃっていたことともリンクしていて,実際にやってみて,うまくいかなかったら自分でアレンジするし,そもそも人のアイデアが自分の教室でそっくりそのままうまくいくなんて思ってない,みたいな話もあるわけです。そういう方々にとっては,それこそ「明日すぐ使えるタスクがほしい」という思いもあるだろうと。そういう声に応えるということもこの教材を世に送り出す目的だと思っています。

私としては,以前にタスクは取り入れられないなんていうタイトルのブログ記事を書いたことがあります。「明日すぐ使える」っていうのは,普段はタスク・ベースでやっていないけどタスクを「投げ込み」的にやってみたいということだと思います。私としては,それを良い授業にしていこうとすると,必然的にすべての授業がタスク・ベースにならざるを得ないのではないかと考えてそういう記事を書きました。その考えは今でもあまり変わってはいません。

じゃあなんでタスク教材集なんか出してんだよって思われるかもしれませんが,この本がどうやって世の中に受容されるかは未知数だと思っています。よって,投げ込み的にうまくタスクを取り入れた授業を展開する方もいらっしゃるかもしれませんし,帯活動的に授業にタスクを取り入れて授業を展開される方いるかもしれません。そのあたりの実際にこの本がどう利用されるかというのは,本当にこの本を手にとってくださった方々次第だというふうに思っています。私個人としては,この教材集に掲載されたタスクを自分なりに選んで配列してタスク・ベースの授業を構想して使おうと思っています。教科書が指定されていない授業を担当されている方は,そういった使い方も十分に可能です。

おわりに

といった感じで,著者の一人である私も,この新しいタスク教材というものが,日本で売れるのだろうか…というのは本当に全く予想がつきません。そんな教材集の出版を引き受けてくださった三修社の方々には本当に感謝しています。もちろん著者の一人として自信を持っておすすめできるものになってますので,こうやってブログで宣伝して一人でも多くの方のところに届いてほしいと思っています。まずは,本の内容を知ってもらうために,ぜひ25日のブックトークセッションにご参加ください。Q&Aの時間も設ける予定になっています。

また販売が開始される時期に改めて教材の宣伝記事を書きたいと思います。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

(2020/10/23追記)

注. Amazonでの予約販売も開始されています。書影も入りました。

顕在的「脱落者」と潜在的「脱落者」

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はじめに

タスクみたいなことだったり,あるいはもっと広くペアワークさせたとき,うまくいかないことはしょっちゅうあると思います。その原因を1つに決めることは不可能なことですが,それが「タスク」そのものだったり「ペアワーク」そのものだったりに帰せられるときの問題点についてです。話を単純化するために,この記事でいう「タスク」や「ペアワーク」は理想的なもの(ある目的をもった教室内活動として行われるもの)であることとします。一方で,教師は言葉は悪いですが「平均的」な教師を想定していて,どんな状態でも完璧な授業をする理想的な教師は想定していません。教師の力量を出すとすべてがそれで解決するという議論が可能になるためです。そしてこれは教師個人の資質の問題(つまり問題を解決できない教師が悪い論)にもすり替えられてしまいます。これは私が望んでいることではありませんので,そういった意味でも教師の力量はここでは問わないことにします。

基本的に言いたいことは,福田さんが過去に言っていたことと重なる部分が多いかなと思います(『タスク・ベースの言語指導:TBLTの理解と実践』の第3章の中に書いてあったはずですので本をお持ちでしたらご参照ください。実は過去にブログ記事にも書いてあったような気がしたので探したのですが見つけられませんでした)。こうやって言っておくのは,アイデア自体が私のオリジナルではないということを言っておくためです。ただし,この記事自体は私が書いていますので,以下で述べられることについての文責はもちろん私にあります。

「脱落者」

カギカッコつきです。「脱落者」という言葉がぴったり当てはまっているとは思っていませんが,ここでの意味としては「授業についていけなくなってしまった学習者」くらいの意味で捉えてもらえればと思います。顕在的と潜在的は文字どおりで,教師にとって明らかにそれと分かる状態かどうかの違いと言えます。つまり顕在的「脱落者」は「教室の中で授業についていけなくなってしまったということが教師の観察などに基づいて判断ができる状態の学習者」をここでは指します。一方で潜在的「脱落者」とは,「実際には授業についていけなくなってしまってはいるけれども,教師がそのことに気づけていない状態の学習者」です。なお,「授業についていけない」というのは,求められている課題が学習者の能力を上回っていて,課題の遂行が困難である状態であることとします。よって,そもそも課題に取り組まない,などは含まないということです。

可視化されただけ

この記事で一番言いたいことはこれ以上でもこれ以下でもありません。何らかの言語産出や,協同作業が求められるような授業を行った時に,授業についていけていない状態が明らかになった学習者がいたとき,それはその教室の中に教師が目標としていることを遂行できない学習者がいることが可視化されただけであり,そのことだけをもって「タスク」であったり「ペアワーク」であったりという方法が問題であるということにはならないということです。

「脱落者」をどうするか?

教師がリソースを割いて考えるべきはむしろ,できない学習者が授業内の目標を達成できるようにするにはどのような手立てが必要なのかということでしょう。このことは,どのような指導方法にもついてまわる問題です。どんなやり方であっても授業についていけない学習者が出てくることは起こりえます。そのことが目に見えてわかりやすいのが「実際に言語を使わせる」であるとか,「自分の考えをペアで話し合う」のような活動であるだけです。使わせようとして使えないことが明らかになったら,どうやったら使えるようにしてあげられるのか(=同じタスクをもう一度やらせたときにできるようになるのか)を考えてそれを次の授業(または活動の直後)ですれば良いだけではないでしょうか。「自分で考えないからペアでの意見交換もできない」と考えたのであれば,じゃあどんな仕掛けをすれば自分で考えるようになるだろう,という発想で授業を構成していくということです。もちろん,「言語を使ってなにかできるようになってほしい」とか,「自分で考えて意見を表明できるようになってほしい」ということを教師が願っていて,それを目標として授業をやっているということが前提ですが。「言語を使って何かできる必要はないし(どうせできないだろう)」とか,「自分で考えて意見を述べる必要はない(しどうせできないだろう)」と思っているのであれば話は別です。そういう人がもし仮にいるとすれば,「何を教えているんですか?」と聞いてみたいです。

聞いている=できている?

ペアワークとかではうまくいかないので,教師主導で講義型スタイルでないと授業が成り立たない,と考えている教師がいたとします。これが一般的かどうか,どれだけ多いのか,というのは置いておくとして,このときに私が問いたいのは,

講義型スタイルで授業が成り立っているというとき,そのクラスの中に「潜在的脱落者」はいないと思いますか?また,ペアワークのときに顕在化する「脱落者」の数と比べて少ないと思いますか?

ということです。別にペアワークをやらせないといけないというわけではありません。大事なことは,脱落していないかどうかを確認する手立てがどれだけ授業の中に仕込んであるかどうかではないかと思います。教師-学習者のやりとりでもいいです。「脱落者」がゼロの授業というのができればそれに越したことはありませんが,学習者の数が多くなればなるほどそれはかなり難しくなるでしょう(人数が1人でも課題の難易度設定を誤れば容易に「脱落者」は発生しますしね)。つまり,潜在的であれ顕在的であれ「脱落者」が出てしまうことを避けるのは非常に難しいことなのです。そのうえで教師に求められることは,いかに「脱落者」の存在を把握し,その学習者に対して何らかの手助けを提供することでしょう。文字通り潜在的な「脱落者」は教師の目からは見えにくいので,それを把握することも難しくなります。そうなれば,おのずと手助けを講じることも難しくなるでしょう。一方で,「顕在的脱落者」は教師が見て躓いていることが把握できるわけですから,その躓き具合に応じて指導を行うことが可能なわけです。「脱落者」が出ることよりも,「脱落者」を見逃して放置してしまうことのほうが私は重要な問題だと考えていますので,そうならないように授業を構成しようとします。そうすると,多かれ少なかれ学習者に何らかの反応(言語的やりとりだけに限りませんが)を求める授業スタイルに変化していくのではないかと思います。そして,そのようなことが可能なスタイルの1つとしてタスクだったりペアワークだったりというものも位置づけられるのではないでしょうか。

脱落してもよい

脱落というと諦めてしまうという意味も入ってくるような気がしてしまうので,言葉が良くはないかもしれません。ただ,教室の中ではすべてが完璧にできなくてはいけないということを教師自身や学習者自身が思っていれば,躓いていることが明るみに出るようなことは避けたいと思うのは当然でしょう。周りの学習者よりも自分が劣っていると感じるのは誰だって嫌なことなはずです。そうならないように,つまり見せしめになったりしないように気を使いながら,学習者の状態を観察して適切な指導を行える人こそが良い教師だと思います。

ありきたりな言葉になってしまいますが,教室では躓いてもいいのです。もちろん,あまりにも躓く頻度が高くなれば学習への意欲そのものが削がれていってしまうわけですが,躓いて転んでも起き上がり,一歩でも半歩でも前に進んでいることを実感できる,そんな教室環境が私は理想だと思っています。教師が適切な介入を行うことで意欲を削がずに躓く頻度を減らし,そして成長した部分にはポジティブなフィードバックを行い,教室でともに学ぶ学習者集団としてその過程を肯定的にとらえてみんなで切磋琢磨できるような環境づくりこそが教師には求められるのではないかと思っています。

おわりに

私は別にタスクがすべてとかペアワークは絶対などと思っているわけではありません。ただ,どのような指導の形態であろうとも,教師がすべきことは学習者の状態を観察して,把握し,適切な手立てを施すことだと思っています。大事なのはその部分なのに,タスクやペアワークというのはその言葉だけで批判の対象にされてしまうことも多いので,今回の記事を書きました。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。