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三笘選手の英語

はじめに

しばらく前に書いてずっと下書きになっていた記事をようやく公開します。

SNSなどの発達でスポーツ選手が外国語でインタビューを受ける場面をよく見るようになった気がします。昔もYouTubeにあったような気がしますが,今はTwitterやInstagramにもっとたくさん溢れている気がして。私は特にサッカーが好きなので,サッカー選手のインタビュー映像をよく見ます。つい昨日のこと,世界最高峰のサッカーリーグと呼ばれているイングランド・プレミアリーグのFAカップ4回戦で,日本代表の三笘薫選手が劇的な決勝ゴールをあげて強豪リバプールを破ったことが私のTLでは話題になりました。そんな三笘選手の英語でのインタビューについて思ったことを。

彼の英語力をどう見るか

DAZNのハイライトでは試合後のインタビュー映像も最後にありました。それを見ての私の印象は,質問は理解して答えているけど、応答は主にフレーズ単位の表現と使用頻度の高い文(e.g., I think, we won)を並べて答える感じで、日本代表キャプテンの吉田麻也選手のような複雑さ(一文の長さや,従属節の使用など)はあまりない,というものです。ただ,これはまったく否定的な評価をしているわけではありません。むしろ,まず目指すのはこのレベルで機能できる学習者というのが英語教育の目標になって良いのでは,というものです。にもかかわらず,なんなら三笘薫選手どころか吉田麻也選手よりも高いレベルを多くの英語教師は求めていないだろうか,という気がしてしまうのです。ちなみに,吉田麻也選手の英語でのインタビュー例として,カタールW杯の決勝トーナメント1回戦でクロアチアに敗れたあとのインタビューを御覧ください。

We did everything what we can do, we could do.

We are very proud of what we have done.

など,上の例は”everything (that) we can do…”とwhatを使った名詞節ではなく関係節のthatを用いるべきところだったとは思いますが,それでもこうした主節の中に従属節を埋め込むような発言がありますし,一文の長さも長く,流暢さもあります。ちなみに,”everything”と”what we can do”を並列しているという可能性もあり,それなら文法的には問題ありません。We did everything, (we did) what we can doということですね。what we can doのあとにwe could doと言っているのは,おそらく時制の一致をしないといけないとあとから気づいてcouldに言い直したのではないかと推察されます。

では,三笘選手のインタビューです。

吉田麻也選手と比較すると,沈黙やつなぎ言葉(ときにtheに聞こえるようなものも)が多く,フレーズをつなぎ合わせるように発話している印象が強いと思います。

Interviewer: Congratulations on today’s result and your goal was that the best moment for you since you came to Brighton
Mitoma: Yeah. I think the best moment so far because uh yeah uh great yeah at the end of the game, yeah great goal and we won because of the goal yeah so I’m very happy.
Interviewer: Tell me about the goal from your perspective because there was a lot of skill involved.
Mitoma: Yeah this free kick is we prepared so and uh the great ball from the Parvis and good gets the block of the Denis so yeah everyone played well so yeah uh the first touch is good and the kick motion so yeah unbelievable yeah
Interviewer: What is the mood of the team? You must be feeling very very confident as a group now. You’ve beaten Liverpool twice in two weeks
Mitoma: yeah yeah now we have the confidence to play against every opponent so yeah we had prepared well and we we played the tactical well so yeah we keep going and we have to stay humble.
Interviewer: What do you hope Brighton can achieve between now and the end of the season?
Mitoma: It’s not easy to speak because we have to the importance every match so and the next game we focus next game we focus yeah no not the aiming so yeah we we have to keep this tension and uh yeah keep going yeah

YouTubeの書き起こしをもとに一部筆者が修正しています

三笘選手の発話を,「カトコト」とか,「ブロークン」のような形容詞で,不完全なものだと判断するでしょうか。むしろ,インタビューという場面では、あれでインタビュワーと視聴者(ファン・サポーターを含めて)に彼の伝えたいことは伝わっていたのではないかと思います。このレベルで通訳なしでインタビューのやり取りができるようになって初めて,その先の言語のクオリティを上げることに焦点を当ててはどうでしょうか。と私は思ってしまいます。別にサッカー選手に限らず,です。

上の三笘選手の発話の中で私が一つ「おっ」となったのは,最後から2つ目の発言の最後にある,”we have to stay humble”です。humbleは「謙遜した」という意味の形容詞ですが,JACET8000ではLevel7の単語です(一応大辞林にも「ハンブル」というカタカナ語の見出し語はありますが,あまり日本語としてハンブルというのを見聞きする機会は私個人的には多くありません)。それ以外の単語はインタビュアーの方が使っているものも含めてほとんどが高頻度の単語です。おそらく,サッカー選手の発話や監督・コーチの発話にこの単語のインプットが多く含まれているのかなと推察します。だからこそ,こういう場面でもhumbleのような単語が出てくるのだろうなと。

New Word Level ChekcerでJACET8000を指定して調べた結果
ほとんどがLevel1, Level2ですよね。

ちなみに,gorotaku先生も指摘なさっているように,これはインタビュアーも結構ゆっくりはっきり話してくれていますね。

おまけ

最後に,横浜F・マリノスからMLSのバンクーバー・ホワイトキャップスに移籍した高岳選手インタビューもたまたま見つけたのでどうぞ。

Interviewer: Can you tell us how you felt about your first MLS game?

Takaoka: Yeah, I think this is a 1st step for me, but the result is not good. I, I’m disappointed. So, uh, about next game is coming. So I have to analyze and um, keep, keep head up and focus on the next game.

Interviewer: Was it what you expected? Was it? Um, because it was two very different halves. Were you kind of expecting that or were you expecting something different?

Takaoka: Yeah, first half we played well. Um, second half, a little bit change. Um, we have to be be patient. It’s too easy, uh, to, to consider goal in the row. We have to be patient and yeah, sometimes, uh, happen, but to, to go in a row it’s, we can, we can, we can, we can change.

Interviewer: Hi, um, you were very calm and cool and collected on the ball today. How important is that part of your game? Just being cool and really helping your team build out of the back the way it did.

Takaoka: Yeah, I’m trying to stay calm and uh, I want to make the, uh, environment, everyone, um, play comfortable. I want to make, I want to make them comfortable. And that’s why I’m, I’m stay calm and um, sometimes, uh, make angry but uh, depends on the situation. I, I’m always control myself

Interviewer: With your 1st 90 minutes, uh, under your belt. Now in the MLS, how do you compare it to the J league, hmm,

Takaoka: Well, yeah, the LMS is more, uh, hmm, more go to attack the goal and more open open games and uh, the Japanese J-league is more compact and the possession is a lot of games, um, played that kind of style and I think that is uh, the difference,

Interviewer: Hi Yohei Vanney has talked about you as being one of probably the best goalkeepers in MLS, with your feet, with you saying just how open MLS is, is that a strength that you think you’re going to really be able to use going forward?

Takaoka: Yeah, I think my, my feet is my strength, but uh, I’m not sure about everything about MLS. And I don’t know about other goalkeeper and uh, but I can play well with my feet and I can make the difference uh, to from, from other goalkeeper.

三笘選手よりは流暢性が高くて,チャンクの引き出しも多いのかなという印象でした。ただ,一般的には,「通訳なしで英語のインタビューの受け答えをしていてすばらしい!」と思う人が多いのではないでしょうか。一方で,これが学校で行われるインタビュー・テストでのパフォーマンスだとしたら,英語教師の皆さんはどういう評価をされるでしょうか?もちろん,どんなルーブリックで評価するのかというところによるとは思いますが,これを「英語ができる方」と判断する人がどれくらいいるのかなと。ここにギャップがあるような気がしてしまうのです。

おわりに

こうやってサッカー選手のインタビューを見ていると,サッカー選手がどうやって語学をやっているのかも気になったりしますね。もしインストラクターのような人がついているのだとしたら,どういうカリキュラムでやっているのかなとか。例えばJクラブなんかが海外移籍を視野に入れている選手向けの語学教室とかやったりしていないのかなとか。サッカー選手がある言語を必要とする場面は結構ニーズ分析すると明確にタスクを抽出できそうですよね。インタビューの受け答えはおそらく頂上タスクの1つになるでしょう。あとは監督やコーチの言っていることを理解する,チームメイトとコミュニケーションを取るとかですかね。私はサッカー場面での英語使用には全然詳しくないので,どういう語彙や表現で選手同士,選手と監督・コーチがコミュニケーション取るのかはわかりませんが,そういうのさえわかればタスク・ベースのサッカー選手向けカリュキュラム構築とかできそう。そういうのコーディネートする仕事とかもしあったらめっちゃやりたい笑

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

大学教員だと仕事とプライベートな時間との分けかたが難しそうな印象がありますが…

はじめに

Querie.meで頂いた質問に回答を書いていたら少し長くなってしまったのでブログ記事にしてしまおう企画。質問は以下です。

大学教員だと仕事とプライベートな時間との分けかたが難しそうな印象がありますが、授業準備、研究、趣味、家族など、職場以外での時間の割り振りはどうされていますか?

回答

まず質問を読んで最初に思ったことは,何を聞かれているんだろう??です。仕事とプライベートの時間の使い分けを聞かれているのだと前半部分を読んで思ったのですが,後半部分は「授業準備、研究、趣味、家族など、職場以外での時間の割り振り」です。「授業準備,研究,趣味,家族など」の「など」は授業準備と研究と趣味と家族が等位接続されているという理解で間違ってないですよね?そして,それが「職場以外での時間」の例として挙げられているということですよね?授業準備も研究も職場以外でやるってこと???と。あるいは,「授業準備,研究,趣味,家族など職場以外の時間」,ということで読点の位置が不自然に入ってしまったのでしょうか?だとしても,趣味も職場以外の時間ですしね…。「授業準備や研究と,趣味や家族などの職場以外の時間」と書かれていたら,すんなり理解できるのですが。こういうところで引っかかるのって私だけなんでしょうか…。

さて,前置きが長くなってしまいましたが仕事とプライベートの時間の使い分け,ということだという前提での回答です。大学教員といっても勤め先の大学によって,また学部によっても全然働き方が違うと思いますので,あくまで私のケース,ということで以下お読みください。

プライベートの時間

私は就職して1年目は仕事とプライベートの境目とかなかったです。土日も仕事するのが普通で,プライベートよりもとにかく仕事仕事って感じでしたね。というか,授業準備とか,学内の様々な仕組みに慣れるのに精一杯でした。2019年度からは,ガンバ大阪のサポーターデビューをして,サッカー観戦という趣味を作ることによって,強制的に仕事をシャットアウトするようにしました。そうでもしないと常に仕事のことを考えてしまうし,それは健全ではないとわかっていたので。

その後,2020年度はコロナになって,在宅ワークの時間の時間が圧倒的に増えましたよね。おそらく多くの人にとってそうだったのだと思います。それ以降は,また仕事とプライベートの垣根がなくなったってしまった感じがします。1年前に引っ越してリビングに仕事スペースがある今の環境だと余計にそう思いますね。私は結構環境を変えることで自分のマインドを切り替える性格なので,2020年度の完全オンライン授業の時期などは,通勤時間がかかったとしても研究室に行ってそこからオンライン授業をしたり他の仕事をしたりしていました。

大学院生のときも,アメリカにいたときは結構自宅でやってたような気もしますが,それは勉強机を部屋に置いていたからです。名古屋に住んだ4年間のうちのほとんどはローテーブルしか置いていなかったので,家で作業した時間はほとんどなかったですね。大学受験のときも,わざわざ1時間くらいかけて河合塾の自習室に通っていたと思います。

研究の時間

あとは,研究とかプロダクティブな仕事をどういう時間でやるのか,これは研究者で悩んでいない人はいないのではと思います。結局,時間に余裕ががあるときにやる,とか,そういうのは絶対にうまくいかないっていうのは人の話や本を読んでも,自分の経験としても理解できています。時間に余裕があるときってほとんどないからですし,その時点ですでに後回しになってしまってるんですよね。

やっぱり,時間を決めてやるしかないですよね。幸い,平日のうちの1日は研究日として授業や会議のない日があるので,その日に研究をする,という人が多いのではと思います(大学教員で研究日の設定がないのだとしたら,そういう場所をいい職場だと思うことは絶対にないので研究日がある環境に移ったほうが絶対にいいと思います)。ただ,その日に溜まった家事をやったりとか,そういう風になってしまうこともありますよね…。

私は2023年度からは自分の研究日に非常勤に行くことになったので,研究日を活かす,というのとは別の方法が必要になります。実際に年度がスタートして,生活のリズムがつかめないと,どういう時間の使い方がいいのかわかりませんよねおそらく。手探りでやっていくしかないのかなと思っています。というか,5年間同じ職場に努めていても研究日が変わったり担当の科目が変わったり,時間割も変わったり,所属している委員会も変わったりと色々な変化が毎年あったので,正直に言って未だに固定された自分のやり方みたいなのは見つけられていないかもしれません。おそらくですが,そういった変化に影響されないような方法を見つけないといけないのだろうなと思い始めています(気づくのが遅い)。

そんな中でも,私が割と気に入っているというか,自分にとってあっているかなと思っているのは,授業の前の時間を使う,です。これも1限の授業が多くあると,かなり早起きしなければいけないので朝にそこまで強くはない私はなかなか難しかったのですが,例えば,2限から授業の日は1限の時間を研究に使う,というような感じです。私は基本的に授業の日は授業開始時刻の1時間前に職場に着くのを目安にしています。関西大学は1限が9時からなので,8時くらいにオフィスに着くイメージです。よって,2限の日に8時に研究室に着けば,2時間は集中して作業ができます。これが,例えば,1, 2限は授業で午後が丸々空いている,みたいな日だと,午前で結構疲れ切ってしまって午後に頭を使う仕事がなかなか捗らないんですよね。また,2, 4限とか1, 4, 5限のようにのように空いたコマがあるときも,その空いたコマに研究のことを考えるというのは私はあまりうまくできません。

来年度は,久しぶりに午前に授業がない曜日,つまり自分の授業がすべて午後にある曜日があるので,午前を研究に活用するようなスケジュールを組めるといいのかなと思っています。あとは,念願の自分の書斎(1.5畳)を手に入れることができるので,家にいても「仕事モード」に切り替えやすくもなるのかなと思っています。

「割り振り」という観点

最後にですが,時間をどう作るかではなく,「割り振り」つまり配分という観点で考えてみます。着任してから3年間は,授業準備にものすごく時間をかけていたと思います。最初の1, 2年はたとえ同じ授業であったとしてもまだまだ1年目でそこまで授業のスタイルが確立できていたわけではありませんでしたので,2年間終わってようやくこれである程度授業準備が楽になるかなと思っていました。そこにコロナがやってきて,今までやってきたこととはまったく違う授業をしなければならなくなりました。2021年度もまだまだコロナ前と同じように授業はできていませんでした。今年度になってようやくほとんどコロナ前変わらない授業ができているかなと感じ始めています。ただ,来年度からは非常勤含めて新しい授業(すべて語学以外の授業)が5つあるので,また授業準備に多くの時間が必要になる時期になるだろうなと思います。

あとは,質問者様のあげてくださったものの中には入っていませんが,委員会業務も地味に大変ですね。大学教員の仕事には所属組織の運営というものもありますから,外からは見えにくいですが色々仕事があります。また,私のこれまで経験してきた業務は仕事の波があることが多く,ある特定の時期に多くの仕事をこなす必要が出てくることが多かったので,その時期は本当に大変な思いをしました。そして,今年度からは所属組織のみならず学会運営の仕事(LET関西支部の事務局の仕事)も入ってきててんやわんやです。

体感ではここまでで40~50%くらいですかねぇ。あとは研究,趣味,家族が10~20%ずつくらいっていう感じかもしれないです。ただ,数ヶ月前に同棲をし始めて,二人の時間は増えたと思います。もちろん忙しさの波があるので難しいこともありますが,できるだけ二人で料理をして食事をする時間を作ることを意識しています。義務感というよりも,その時間が幸せなので,その時間を大事にしたいという気持ちです。あとは,今はJリーグがオフシーズンなので,サッカーに費やす時間が減っているというのもあるかもしれません。

研究の時間もっと増やしたいよなぁという気持ちはあります。ただし,私より遥かに多くの仕事をこなしていて,なおかつ研究もやっていて,という私より年上の先生方も見ています。そうすると,自分の頑張りは足りないなと思うこともあります。1年前くらいは,そのことに対して,つまり,周りと比べて自分に対してネガティブな思考に陥ってしまっていました。カウンセリングに通い続けて,そういう思考からは少し解放されたんじゃないかなと思います。自分は自分のペースで成長はしていっているはずだし,目の前に立ち現れる壁を少しずつ乗り越えていくことだけに集中して,それを繰り返していけばいい,と今は思っています。

具体的な目標とか,数字とか,そういうのはあえて設定せずに,とにかくやり続けること,やめないこと,そういうのを色んなところで設定しています。運動もそうですね。何キロ痩せるとか,体脂肪率をどれくらい落とすとか,週何回運動するとか,どれくらいの強度の運動ができるようになるとか,そういうことを考えるのはやめました。運動をやめない,運動を続けること,それだけです。そうやってしている方が,結局は自分は長く続けることができるなと思うので,研究についてもそうなんじゃないかなとなんとなく思っているという感じですね。

おわりに

なんだが質問に答えるうちに内省がどんどん活性化されて色々と書いてしまいました。私に質問されたい方はお気軽にどうぞ。質問への回答で,さらに気になることがでてきたら「関連する質問を送る」ということもできます。

https://querie.me/user/tam07pb915

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

修士課程でやっておけばよかったと後悔していることはありますか?

はじめに

Querie.meで頂いた質問に回答を書いていたら少し長くなってしまったのでブログ記事にしてしまおう企画。いただいた質問はずばりタイトルです。

回答

たくさんありすぎます。学部のときにやっておけばと思ったことも,博士後期のときにやっておけばよかったと思ったことも,どれもたくさんあります。

たぶん,そのときにどれだけ一生懸命何かに取り組んでも,あとあと,「あれやっておけば」っていうことって絶対出てくると思います。逆に,「あれやっておいてよかった」と思うことも同じかそれ以上にあるんだと思います。
大事なことは,何歳になっても自分が知らないことを知ろうと努力することで,今,自分の与えられた環境で,がむしゃらに学び続けることなんじゃないかなと思います。それができる人のことを私は尊敬していますし,私の理想もそういう人間です。

修士課程に在籍している方が質問者の方だったとしたら,「今わたしは何をやっておくべきでしょうか?」という質問なのかもしれませんね。あまり答えになっていないかもしれませんが,とにかくできることは何でもやっておいたほうがいい,というのが私の答えかなと思います。これさえやっておけばいいというのもないでしょうし,これはやっておかなくてもいいというのもないと思います。やっておいたほうがいいこと,なんていうのは,わかりません。何がどう未来に役に立つかなんてわからないので。

ちょっと昔話

このブログでも何回か書いているような気もしますが,少し昔ばなしを。

学部時代

学部時代は,正直あまり真面目に勉学に取り組んでいた方ではなかったです。自分の興味あることについては一生懸命に取り組んだ思い出もありますが,日本の大学の修士課程に進学する人たちが入試のために勉強するようなことは私は恥ずかしながらほとんどせずに修士課程に入りました。そのくらいの時期にTwitterを始めて,たくさんの人たちと交流するようになり,私は恐ろしいほどに知らないことがたくさんあると感じました。修士課程のときはとにかく本も論文もたくさん読もうと努力していましたが,じゃあどれだけ読んだら後に後悔しなかったのかと思うと,たぶんどれだけ読んでいても後悔しないことはなかったんじゃないかなと思います。

いま振り返って,学部の1年に”A Student’s Introduction to English Grammar“と格闘していたこと,3・4年次のゼミで”Thinking Syntactically“を読んだこと,学部の先輩にそそのかされて,4年次に別の学部の統語論の授業を受けに行っていたりしていたことなどは,やっていてよかったなぁと思うことですが,それよりもたくさん,もっと学部のときに勉強しておけばよかったと思うことはあります。一方で,学部のときにはなの舞でバイトしまくったことは確実に私の調理スキルを向上させましたし,そこで何度も二日酔いになったことでお酒との付き合い方も学びました。また,たくさん遊んだからこそ,学部卒業後はもっと勉強しようと思えるようになりました。その意味で,どんな経験も今の自分には必要だったのだと思います。

修士課程時代

特に,私は修士課程は実践よりのところでしたから,研究というところについては授業の課題だけでは不十分で,自分でたくさん読まなければいけないことも多かったです(当たり前ですけどね)。もちろん,demo lessonやteaching practicumなど,研究ベースの修士課程では経験できなかった多くのことが自分の英語教師としてのベースになっていることは間違いありません。また,私が修士課程への進学を決めたのも研究者を目指していたからではなく学校の英語教員を目指していたからだったわけで,その選択も後悔してはいません。もっというと,そういうバックグランドが逆に大学教員としての自分の強みにもなっている部分はあるかと思っています。

ちなみに,私の修士論文はタスク系の研究だったのですが,そのためにTBLT関係の論文や本をそれなりに読みました。ただ,それは自分がそこに興味があったからそうしていただけで,それが松村さんとの勉強会につながり,本の分担執筆をすることになり,教材集や教科書を作ることにつながるなんて思ってもいませんでした。

博士後期課程時代

そこから,学校の英語教員になることを諦めて博士後期課程に進学しました。その時は,D1でしたが1年弱研究から離れていたこともあって,修士課程の学生と一緒に授業を取りながら,自分の研究のことも考えながら,非常勤もやりながら,というような感じでした。自分がすごく夢中になってやったことといえば,Rくらいかなと思います。そのときは,ただただRで何かやるのがかっこよくて,Rを使って分析が色々できるようになりたくてやっていただけで,Rがこの先に必要になるからとかそんなこと思っていたわけではありませんでした。Nagoya.RというイベントでRのネタを発表するためにRのことを勉強したり,tidyrやdplyrなんかも出始め当初くらいから触っていました。そうしたら,Rのできる人というような見方をされるようになっていました。テクニカル・レポートなんかを書くようになり,先生から分析を頼まれるようになり,また勉強をして,そうこうしていたら学部で「データサイエンス」と名のつく授業を来年度から担当することになりました。名古屋大学という環境がそういうところだったのでしょうし,周りにいた人たちの影響はもちろんあります。

ただし,それは「Rやっていてよかったな」と思うだけで,もしタイムマシンで過去に戻れるとしても別に自分にあえて「Rやっといたほうがいいぞ」とか「LMEは絶対勉強しろよ」とか言わないと思います。他にも,自分が今知らなくて,もっと時間がある院生時代に勉強しておいたほうがよかったことなんて山程ありますが,そういうことも,その当時,それを勉強しなかったのではなくきっと他のことを勉強していたから知らなかったということだと思うようにしています。そして,そのときに勉強していたことは今の自分に絶対につながっているはずで,もし仮にそれをしていなかったらそれはそれで今のようなキャリアになっていたとも限りません。

だからこそ,「やっておけばよかった」と思ったときに,”It’s never too late to learn”という言葉を思い出して本を買い,そして積ん読になるんですね。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

2022年の振り返り

毎年恒例の振り返り記事です。これまでの振り返り記事も興味がお有りの方はどうぞ。

過去の振り返り記事

ブログのこと

この記事を書いている2022年12月30日時点でのこのブログのpage viewは161,591です。年間のアクセス数は2021年よりもさらに減少して,執筆時点で2022年は17,628となりました。18,000を切ったのは2016年以来でした。今年は投稿数が近年のうちでも少なくここ5年間だと以下のようになっています。

  • 2018: 23本
  • 2019: 25本
  • 2020: 26本
  • 2021: 29本
  • 2022: 22本

昨年は結構一本の記事あたりの分量もかなり多かったのですが,それも少し減っているような感じです。

今年の記事で閲覧数が多かったのは以下のような記事でした。

1番目の話は,いわゆる学内紀要的なものに論文を書く意味があるのかっていう話です。自分の所属先に関わる話ですが,今後もっと色々考えないといけないんじゃないのかなとは思っています。ChatGPTの記事は割と最近ですが,Twitterでも結構反響が大きかったです。英語教師の方々がチラホラとどんなことができるのだろうと色々試しているのが最近よくTwitterにも流れてきています。二番目の記事も英語授業に関係する話ですね。4つ目のタイトルが長いものは,Querie.meという質問を募集するサービスでいただいた質問に対して,答えが長くなったのでブログ記事にしたというものです。Querie.meというタグでいくつか記事を書いていますのでもしご興味がおありでしたらお読みいただければ。めんどくさい回答の仕方とかもしていますが,基本的には質問はいただけたら嬉しいので喜んで回答しています。

仕事のこと

2022年度が5年目で,大学教員としていろいろなことが見えるようになってきたなと感じるようになりました。そんな中で,とても大きな変化として学会の事務局長というお仕事を任されるようになったことがあります。今までは運営委員の末席にいたのが,急にそれを仕切る役目を任されることになり,いろんな先生に助けられながらなんとかもうすぐ1年目を終えようとしています。そういう仕事をしている中でも,こういうところは変えたほうがいいとか,このやり方はあまり効率的じゃないとか,そうやって気づいたことは逐一メモするようにしていて,事務局業務に関するメモやメールのテンプレなんかはEvernoteにどんどん蓄積されていっています。

来年度は,また学内で今とは違う役割になることや,授業の担当で大学院の科目をもつようになることなど,今から不安なくらいたくさんのことが待ち受けているので,チャレンジングな2023年になるだろうなと思います。自分の中でも,そこが一つの分岐点というか,一皮むけるために必要な,色々耐える年になるだろうと思っているので,そういうのを楽しみつつ,それらを乗り越えた先に自分が成長したと思えるようになっていたいと思います。

2022年は,それまでなかなか出版までたどり着かせることができていなかったものがいくつか出版になったので少しホッとしています。とはいえ,全然足りないので,もっとやらないといけません。仕事に慣れたら…なんて思っていたらどんどんと新しい仕事が回ってくるので,そういうスタンスじゃこの先研究者として生きていくのは無理なんだということを改めて突きつけられている思いです。

運動習慣

2022年も自転車と筋トレの2本柱をある程度継続してやっていくことができました。ただ,夏にぎっくり腰をやらかしてしまってしばらくお休みしたのと,先日も腰の調子がかなり悪くて運動ができなくなってしまったことなどがあり,あまり強度の高い運動を年の後半にはできていません。20-30分くらいの軽いランニングであれば,腰のサポーターを巻かずに走れるくらいにはなってきていたところだったので,少しショックではあります。

今も継続して整骨院には通っているのですが,そういう体のメンテナンスもしつつ,無理のないように今後も筋トレは続けていきたいなと思います。

プライベートのこと

今年は,実家がなくなったというのが結構自分の中でも大きなことでした。なくなったといっても家を取り壊したとかそういうことではなく,実家を貸家にするために荷物をすべて引き払ったということなのですが。祖母の面倒を見るために,父が祖母と同居することになり,そのために誰も住む人がいなくなった一軒家を貸しているという状況です。私の人生の大部分を過ごしていた場所で,たくさんの思い出の品がありましたが,それもすべてはとっておけないのでほとんど処分することになりました。それはある意味で,自分にとって東京という場所との決別のような感覚もありました。私は東京出身ですが,もはや東京は「帰る」場所ではなくなったという感じです。今後東京に行くことがあったとしても,東京で「ゆっくりする」みたいなことはきっとないんだろうなと思います。

私は別に実家大好きマンとか地元大好きマンというわけでもないので,これからは大阪という場所が自分の街という感覚になっていくのでしょう。また春には同じ市内の中で引っ越しをして,そこが私の家になります。色々大変なことも多いのですが,そういう決断をしたという意味では,2022年は人生の大きな節目になるのかもしれません。春が待ち遠しいですね。

おわりに

2021年の終わりは,とにかく本当にこれまでの人生の中でもっとも落ち込んで,すべてに絶望していましたが,あれから1年経って,その時から比べると2022年の大半は本当に幸せな毎日を送っていると思います。公私ともに,たくさんの方にお世話になりました。直接お会いできた方も,できなかった方も,本当にありがとうございました。このブログを読んでいただいている方も,そうでいない方にも,私に関わるすべての方に感謝申し上げます。

今年も1年お世話になりました。来年もよろしくお願いします。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

大学教員が求める小学校外国語科の授業の在り方は?

Querie.meで頂いた質問に回答を書いていたら少し長くなってしまったのでブログ記事にしてしまおう企画を久しぶりに。いただいた質問はずばりタイトルのとおりです。

回答

さて,まず質問いただいてありがとうございます。あまり頻繁に質問をいただけるわけではありませんので,こうした質問をいただけることを嬉しく思っています。また,このことを私に聞いてみようと思われたことに対しても感謝申し上げると同時に,以下の回答が質問者様が今後,同様のサービス(Querie.meや質問箱等)で私や別の方に質問をされることを妨げるようなことがないことを祈っています(ここまで読んで,一部の人には研究者がよく受け取るメールのテンプレっぽいお断りの文章だなと感じられたかもしれません。私も書きながら,あれこれリジェクト通知かなとか思っています)。

前置きが長くなりました。

まず,私は大学教員の代表としてなにかを論じる立場にありませんので,いただいた質問に対する答えは「わかりません」となります。あるいは,外国語教育に関わる大学教員に限って,その総意としてなにかの意見を求められているのだとしても,その「総意」というのはわかりません。したがって,「お答えできません」と表現する方が良いかもしれません。

もし仮に,「(いち)大学教員(としてのあなた)が求める小学校外国語科の授業の在り方は?」という質問の意図だったとしましょう。つまり,私(田村)個人の意見を知りたいと思っているという質問だということですね。しかし,仮にそういう質問の意図であったとしても,答えはほとんど同じで「わかりません」になるかと思います。または,「私(田村個人)は,何かを求めたりすることはありません」ということになるでしょうか。

外国語学部に所属していて,一応外国語教育にも片足は突っ込んでいる大学教員の立場であったとしても,小学校外国語科に,あるいは学校教育に,いや「大学教員が求める○○の在り方は?」の「○○」の部分に何が入っていても,それに対して何かを求めるようなことはないというように思っています。もしも,「(いち)大学教員(としてのあなた)が求める教授会の在り方は?」くらいだったら,まあ一応自分も大学教員として学部の教授会の構成員ではありますので,学部の教授会がどういうものであったらよいかということに対しては自分の意見がないわけではないです。ただ,それでも自分が何かを求めるような立場だろうかということについては考えてしまいますね。よく言えば,抑制的,悪く言えば消極的と言えるでしょうか。

そういうことを考えた上でもとの質問に戻って,「大学教員が求める小学校外国語科の授業の在り方は?」という質問に対して私がなぜ違和感を覚えているのかということを考えてみます。つまりは,この質問に何の疑問も挟まずに答えるというのは,小学校外国語科の授業の在り方に対して,自分自身が何かを言うこと,つまりそこに何らかの影響を与えようとする気があって,なおかつそのことに対して責任を負うことができる,そういうことだと思うわけです。「求める」というのはそういうことですよね。単なる意見ではなく,その意見を述べる対象に対して影響力を与えようとする意図がなければ「求め」ないわけですから。

さらに,「在り方」という言葉にも引っかかっているのだと思います。「在り方」というのは「あるべき姿」ということです。「小学校外国語科の授業のあるべき姿」を問われているわけですね。この「あるべき」というのも,私にとっては畏れ多い言葉です。「大学のあるべき姿」とかを問われたのであれば,大学教員として,大学の運営の末端を担う自分にもそれを考える責務や,そのことを発信する勇気は必要でしょう。しかし,「小学校外国語科の授業のあるべき姿」は私にとっては自分がコミットしている領域であると捉えていないのだと思います。もし仮に,「日本の政治のあるべき姿」を聞かれたとすれば,それに答えないのはどうなんだと自分でも思いますが(とか言って,私は政治の専門家ではないので…なんて答えたりしそうですよね)。

さらに,一応ウェブ上で,私は素性を明かしてブログを書いたりTwitterに投稿したりしています。そして,私はもうブログを始めた当初の無名のどこの馬の骨ともわからぬ若造でもなくなってしまいました。そうなると,そう簡単に,あるいは軽率に,私が「求める」「小学校外国語科の授業の在り方」について語ることはできなくなってしまいました。私がもし仮に小学校外国語科の授業について専門的に研究している研究者であれば,まだ何かを言うことができたかもしれませんが。

深く考えすぎかもしれません。もしかすると質問者様の意図は,「(いち)大学教員(としてのあなた)が求める(考える)小学校外国語科の(理想の)授業の在り方は?」という質問であったのかもしれません。

つまり,「求める」というのは「考える」くらいの意味であって,「あなたは小学校外国語科の授業の在り方についてどう思いますか?」ということを聞きたかっただけなのだと。その可能性もありますよね。しかし,質問の意図を解釈しようとするだけでこれだけのことを私は考えてしまうわけです。

もしも質問者様がこの回答ブログ記事を読んで,「めんどくさ!もう質問なんかしねーわ!」

と思わなかったのであれば,またこの質問の回答のところから関連する質問をしていただければと思います。

以上です。

私に質問されたい方は質問お待ちしています。

https://querie.me/user/tam07pb915

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

「仕事に慣れる」日は一生来ないっぽい

はじめに

就職して2年目に,下記の記事を書きました。

「2年目のが忙しい」説

就職して1年目が一番忙しいのか,2年目の方が忙しいのか,みたいな話です。当時の自分の感覚としては,2年目のほうが慣れてくるので忙しいと感じる度合いが低くなるという結論でした。

さて,そこから3年ほどが経ち,今は5年目です。そして,表題のようなことを考えた,というのが今回の記事の内容です。

1つ慣れたらまた新しい仕事が増える

これはここ数年感じていることなのですが,ある年に新しく仕事を覚えて,それがその次の年度も継続することがわかっていると,「だいたい仕事はわかってきたから,来年度は少し余裕ができそうだな。」と思ったりしてきます。しかし,そう思っているとその次の年度に新しく別の仕事をやることになる,みたいなことがほぼ確実に発生している感覚があります。少し余裕ができそうだな…なんて思っていたら何か頼まれる,その繰り返しです。

考えてみればそれは当たり前の話で,同じことの繰り返しでは成長もありません。また,年を重ねればそれだけ任される仕事も増えてくるのは当然のことです。しかしなぜか,私は年を重ねるごとに仕事に慣れてくるので時間的・精神的余裕が出てくると思い込んでいました。しかし,そんなことは一生ないなということに比較的最近気づきました。

任される->任せてもいいと思ってもらっている

仕事って,増えないほうがありがたいじゃないですか。誰だって,同じ給料なのであれば仕事の時間は短いほうがいいと思うでしょう。そう思わない仕事大好き人間もいるでしょうけれども,私はやらなくていいならやりたくはないよねっていう気持ちのほうが強いです。

しかしながら,ポジティブに物事を捉えれば,仕事を頼まれるのはその仕事ができると思ってもらっているからで,それはすなわち自分自身の評価であると考えることもできます。この人に頼んでも碌なことにならなそうだとか,この人じゃ回せなさそうだと思うような人には仕事を頼まないでしょう。そういう印象のようなものは,自分が今までやってきたことの蓄積に対する評価です。自分が直接関わりのある人であれば,その人との関係性とかも判断材料になるでしょう。直接関わりがなかったとしても,自分が関わりのある人が自分に対してポジティブな印象を持っていたとすれば,それが「評判」となって別の人に伝わっていくことはありえます。

「圧倒的成長」とかは言わないけど

私の抱えている仕事は,同僚の私よりも忙しい他の多くの先生方の数分の一ですので,別に私は忙しいとかなんとか言いません。そして,「えーうそん」と思うような依頼があったときに,「これは大変かもしれないけれど,圧倒的成長だ!」みたいなことを言ったりもしません。ただ,そういう時期もあるし,それが自分の学びや成長につながると思えることであれば頑張ろうという気持ちでいます。

幸いというか,私は割りと自分が関わりのある方々に対してのloyalityが高いという自負があります。したがって,そういう関係のところから来るお仕事であれば,「この人のためなら頑張ろう」という気持ちになります。そして,そういう関係ってとても大事だよなと思うわけです。私はまだまだ各所にお仕事を頼むような上の立場ではありませんけれども,そういう立場になったら,私自身がそうやって「この人のためなら頑張ろう」と思ってもらえるような,そういう人間でありたいなと思います。

余裕が出てきたら研究しようは無理

結局はここにつながりますね。来年度はもう少し余裕ができそうだからもっと研究を…とか思っても,絶対何か新しく仕事が増える。よって,余裕ができそうな来年度なんて一生来ないわけです。だからこそ,強制的に研究の時間を確保する工夫が求められるんですよね。一周回ってここに戻ってきたように思います。

要するに,自分が意識的にコントロールしないといけないことであって,偶発的な要因とか自分がコントロールできない要因の影響が絶対にあるので,そういうことの影響を受けないような態勢でいないと容易に仕事に忙殺されてしまうということですね。

おわりに

なぜこういう記事を書こうと思ったかというと,2021年の後半から2022年の前半は自分のこれまでの人生の中でもすごく大変な時期を過ごして,そこから戻ってきてはいるのですが,2023年は今から自分でも少し不安があるくらい忙しくなりそうだからです。様々な変化がドッとやってきそうなので,そこに対して今から心の準備をしておかないといけないなということを思っていたときに,今回の記事に書いたようなことを考えたのでした。

ということで,ひと月ぶりのブログ更新でした。秋学期も頑張ります。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

教師になって一年目です。自分のやりたいことやビジョンがなく、先輩に怒られてしまいました…

はじめに

Querie.meで頂いた質問に回答を書いていたら少し長くなってしまったのでブログ記事にしてしまおう企画第2段。

いただいた質問は以下です。

教師になって一年目です。自分のやりたいことやビジョンがなく、先輩に怒られてしまいました。Tam先生は自分のやりたいことや、こうしたいと言う思いはいつ頃から持つようになりましたか?

回答

1年目ってとにかく目の前のことをこなすのに必死でやりたいこととか先のこと(ビジョン)とか考える余裕もないですよね。その先輩の先生にはぜひそういう質問者さんのような1年目の教員がやりたいことやビジョンを見つけられるようなサポートをしてほしいなと思います。

やりたいこととかこうしたいとか,そういうのは学部時代からわりとある方だったかもしれません。教科教育法の授業でいわゆる達人の授業みたいなビデオとか見るのがあって,「こんな風に授業できるようになりたいなぁ」みたいな漠然とした憧れというか。あとは本の影響も大きいと思います。例えば私が学部の頃とかだと,田尻先生(なんといま同僚なんですが)の本とか読んで「うおおおお」ってなったり。

その後大学院に進学して,私は英語教授法の修士課程だったので,授業の構想とか実践みたいなことを考える機会がたくさんありました。大学附属の語学学校で教えている先生の授業観察もたくさんありましたし,学生同士での模擬授業もたくさんあったので,そういう経験をしている中でも自分がこうありたい,こういうことができるようになりたいという思いは常に持っていたかもしれません。

日本に帰ってきて中学校で働いていたときは,同僚の先生(教科問わず)の授業をフラフラと見に行って(空きコマの時間とかにもっと他の先生の授業見に行ったほうがいいよと言われていたのでたまに行ってました),発問の仕方とか,授業のテンポの作り方とか,ああこんな風にできたらなぁと思うこともありました。正直自分の中から何かが湧き出てくるというよりは,本を読んだり授業を見たり,自分で日々の授業を振り返ったりするなかで,「こんな風にやりたい」みたいなのが出てきて,そこに向かって試行錯誤する中で自分の個性が活かされる形のmy wayが見つかっていくのではないかなと思います。

教師としてということもそうですが,人間としてどういう人でありたいのか,自分がどういう人生を生きたいのか,っていう問いはめちゃくちゃ重要だと思います。私がこの前豊中市の教員研修に市民枠で参加したときにガンバ大阪OBで元サッカー日本代表の加地さんも同じことおっしゃっていました。子どもにどうなってほしいかじゃなくて,自分が先生としてどうありたいか,それだけを考えて,そのために必要なことをやっていけばきっと子どもたちもついてくると思いますと。子どもたちにどうなってほしいかを考えると,それって自分の外に結果を求めることになるんですよね。でも本来自分の外のことは自分にはどうすることもできないことだし,そこで自分が思うようにいかなかったときに原因を誰かに求めてしまうことにも繋がります(私はこんなに頑張ってるのに子どもがついてこないとか)。自分のことは自分で変えられますから(まあそれだって難しいんですけど)。もちろん,その「どうありたいか」が独りよがりで子どものことを全く考えていないようなものだと良くないと思いますが,教員をやっている方はやっぱり子どもと関わる中でなにかポジティブな働きかけをしたいと思っている方だと思います。したがって,そういう方であれば,「自分がどうありたいか」という問いを立てて,それを突き詰めていくことは子どもたちにとってもポジティブに働くだろうなというのは想像できます。

まずは身近にいる先生のことをよく観察してみると,自分のなりたい姿も見つかるかもしれませんね。ちなみに,これもサッカー選手の言葉ですが,ウッチーこと鹿島アントラーズからドイツのシャルケに移籍して活躍した内田篤人選手は「こうなりたい」じゃなくて「こうはなりたくない」で自分の軸を決めているというようなことを著書の中に書かれていました。「教員1年目の新人に,ビジョンがないからといって怒るような先輩教員にはなりたくない」っていう感じですかね。まあ私はその文脈というか背景がわからないので,怒った先輩教員の方の話を聞いたら「そりゃ怒りたくもなりますね」って思うのかもしれませんが。

おわりに

というわけで,私に質問されたい方は質問お待ちしています。

https://querie.me/user/tam07pb915

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

今の仕事をしていなかったら何をしますか?今の仕事の魅力は何ですか?

割と長く文章書けそうな質問をQuerie.meでもらったのでブログ記事書いちゃいます。

タイトルの通り,

今の仕事をしていなかったら何をしますか?今の仕事の魅力は何ですか?

というもの。一つずつ答えていきます。

今の仕事をしていなかったら?

まず,そもそも私は小学生の時から学校教員志望でした。24歳で教員採用試験を受ける時まで,本気で学校英語教員になろうと思っていました。それが,まあ教員採用試験に落ちたので,研究の道に進んだのです。私の分野では博士号取得後は大学教員のポストに就くというのが王道ルートというか,それ以外の選択肢はほとんどないので大学教員の就職を目指して,関西大学外国語学部に着任することになりました。

大学教員に実際になってみて思うのは,まあ世の中には他にも色々な仕事があるだろうけれども,今の待遇で自分の能力が発揮できそうな仕事で,ワーク・ライフ・バランスもある,そういう仕事ってなかなかないだろうなと思います。そう考えると,今の仕事してなかったら死んでるかもしれないですね。

もしも,一日中ひたすらRでデータ処理とかデータ分析とかしていれば良い裁量労働制の仕事で今と同じ給料もらえるのなら転職してもいいです。

今の仕事の魅力はなんですか?

仕事というと「大学教員」というカテゴリになるかと思いますが,正直言って大学ごとに環境は全然違いますし,もっといえば同じ大学でも学部が違えば風土も全然違います。よって,仕事の魅力を語ろうと思うと今の職場の魅力を語ることに必然的になってしまいますね。

待遇とワーク・ライフ・バランス

そういうことを断った上で魅力を考えてみます。まずは上にも書きましたが,待遇が良いのとワーク・ライフ・バランスがあるというのは魅力だと思います。就職したのが30歳で貯金も微々たるもの&数百万の借金抱えてるところからスタートなので,それなりに待遇良くないとやっていけないというのはありますが,それでも全国に数ある大学の中で待遇はいいほうだと思います。それは魅力的ですね。待遇がいいと労働時間が長いというのもセットでついてきそうですが,裁量労働制なのでそこは自分次第でコントロールできます。勤務時間に自由が効くというのは非常に魅力的ですよね。水曜日や金曜日にサッカーの試合を見に行ける,これは誰もが得られる環境ではないと思います。

人間関係

私が自分の中で仕事に関して一つの軸として持っていることがあって,どっかで誰かが言ってた話(たぶん津田大介さんがどこかで話してた)なんですが,仕事を続けるか辞めるかの選択をするときには次の3つのうち2つが満たされていれば続ける,1つしか満たされていないなら辞める,というものです。

  1. お金
  2. 人間関係
  3. 自分のやりたいことができる

上述のように,お金はクリアしています。では2番目の人間関係はどうかというと,これも非常に恵まれていると断言していいです。就職して5年目ですが,同僚の先生には感謝してもしきれないですね。特に,この人のためなら頑張りたいと思える人たちがたくさんいること,悩みを相談できる人たちがいること,は本当に大きいです。

色々ストレスが溜まる仕事はやってきますが,それは別に人間関係が悪いから発生する仕事では全くありません。むしろ人間関係が良いからこそストレスが溜まる仕事も乗り越えられると思っています。ただ,私はあんまりコミュニケーションを積極的に取りに行くタイプでもないので,お昼ごはんを一緒に食べに行くとか,帰り道一緒に帰るとかはほとんどありません。学内で会ってもそんなに長く立ち話をしたりもしないし,「あ,こんにちは」とか「お疲れ様です」だけのこともよくあります。でもそれは同僚の先生が好きじゃないとか大切に思っていないとかそういうことではなく,そういうのがすこぶる苦手というだけです。

2018, 2019年度は毎学期終わりにお疲れ会みたいな飲み会をしていましたが,2020年度になってそういう大人数で集まる機会はなくなってしまったのが残念です。最近は少人数での飲み会はしていて,そうやって誘われて飲みに行っていろいろな話をできるのは恵まれているなと思います。特に,私は大阪に昔からの友人がいないので,職場の人達との人間関係が悪かったら本当に人付き合いゼロですからね。別に一人でいるのは好きだから楽でいいんですけど。

ちなみに,事務の方々もみなさん良い方ばかりで,気持ちよく仕事をできています。そういうところの「同僚」というか「人間関係」もいいですね。

自分のやりたいことができる

これは,まあ満たされていると言っていいのかなと思います。もちろん,専門科目を持ちたいけどこれまで持たせてもらっていないことは,自分がやりたいことができていないということではあります。ただ,一生そうじゃないのがわかっていて,いずれそういう科目を担当することになるという道筋が見えていることでそこまで不満を持つことにはなりません。

英語を教えることだってそれなりに好きなことだからこういう仕事をやっているわけですしね。自分が担当したくない授業をやらされたり,研究の時間も取れないほどのコマ数を担当させられることもありません。

学内業務についても,ある程度仕事を任せてもらえること,自分の意見を反映させる機会が確保されていることは,働く上でとても大事なことだと思います。全部指示されるまま,思っていることは言えない,というわけではなく,年齢とかキャリアに関係なく思ったことは会議で発言できますし,疑問に思ったことはすぐに聞けるという環境です。

もっとトップダウンな大学の話とかを聞いたことがあるので,大学教員一人ひとりの意見を尊重する職場の雰囲気は居心地がいいです。ただ,それが故に会議が長くなることがしばしば発生するんですが。とはいえ,会議は短いほうがいいというコンセンサスを持っている人はいますので,サクサク会議を進めようとしてもらえるのはありがたいです。そういう人たちのおかげで私は教授会のあとにサッカーを見に行くことができます。まあ,私は幸い夜までかかる会議にはまだ参加していないので不満に思っていないだけかもしれませんけど。

研究支援も手厚く(自分は感じています),個人研究費も使いやすく額もそれなりにありますし,科研費に応募しようと思えば特に若手教員は添削サービスや講習会みたいなものを無料で受けられますし,むしろ大学的にも科研費獲得を支援するサービスを教員に積極的に使ってもらうことを推奨しています。私も今もらっている科研費を取るまでは随分サポートしていただきました。また,学内研究費もいくつかあって,2年目に若手研究者育成経費というのに応募して採用されました。最初の年にスタートアップ支援に通らず,次の年の若手研究も落ちた私としては学内研究費で研究資金を得ることができたのは非常に助かりました。

実験をメインにやる私としては謝金の支払いがめんどくさいことだけが唯一改善してもらいたいなと思うところで,いつもストレスが溜まりますが,まあそれくらいですよね。できるだけ大学教員側の手間がかからないような仕組みづくりをしようというのは私が着任して以降も見られてますので,仕事をしやすくしよう,という風土があるのは感じられます。

個室が与えられる

最後にこれ。個人研究室というものがあって,そこが仕事場です。つまり,自分ひとりだけの空間があって,そこで自分のしたいように仕事ができる。これは超絶魅力的だと思います。普通の職場ではかなりの役職にならないと個室が与えられることってないんじゃないでしょうか。私の部屋がどんな感じかは私のウェブサイトのトップページに写真があるので御覧ください。

私は多分大学教員の中でもかなり自分の研究室が好きな方で,一日のほとんどの時間をそこで過ごしていて,家は帰って寝るだけという日が多いです。長いときだと7時-23時とかで職場にいることもあります。でも別にそのうちの2時間を昼寝とかしてたっていいわけですしね。個室があるからこそ研究室で筋トレができますし,冷蔵庫も電子レンジも置いているので食事も容易にとれますし,なんでもできます。シャワールームがついてたらと思ったことあるのは私だけではないでしょう(笑)

誰にも邪魔されない自分だけの,自分が一番快適に過ごせる空間がある。しかもそこをいつでも使える(別に終電なくなろうが徹夜しようが誰かになにか迷惑をかけたりはしない)というのは今の仕事の大きな魅力の一つでしょうし,それに憧れるという人も結構いるんじゃないでしょうか。

おわりに

というわけで,Querie.meで質問されたので,ブログ記事にしちゃいました。私に質問されたい方は質問お待ちしています。

https://querie.me/user/tam07pb915

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

「業績的価値」が低く見積もられる論文を書く意味

はじめに

水曜の会議で,研究科の紀要への投稿が少ないみたいな話題が出ていました。私は(研究科の担当をしていないため)厳密には研究科委員会の構成員ではないのですが,慣例で学部教授会構成員は出るような感じなので大学院はこういう感じなのだなぁといつも思いながら話を聞いています。この話題に関しては思うところがちょっとあったので,Twitterに書いたことも含めて再構成してまとめておこうと思います。ちなみに,分野横断的に通じる話ではないと思いますので,私が所属しているのは外国語学部(そしてその上にあるのは外国語教育学研究科)であるということを念頭に以下をお読みください。

「業績的価値」

一応カッコ書きにしました。研究の価値を決めるための代理指標としては一定程度論文が掲載される媒体というのが機能している部分は否めないと思います。そして,そのことを研究者(または研究組織)の業績評価に使用している部分もあると思います。査読システム自体を全否定するほどラディカルな意見は私は持っていません。ただし,現状の査読システムは問題も多いとは思っています。今回はその話はしません。あくまで現状として,査読があるかないか,紀要であれば地方レベルか全国レベルか,国内誌か国際誌か,国際誌でいえばSJRはどれくらいかというような,それなりに研究者が持っていそうな(あるいは表立ってはいないけれども組織内で数値的に優劣がつけられていそうな)「業績的価値」が低いと考えられているような媒体へ投稿することにはどんな意味があるだろうか,そこに院生が投稿しようと思えるにはどうしたらいいのか,そういうことを書きます。

そもそも研究科の紀要とはどういったものか

ウェブで公開されている情報が少ないですが,編集規定は以下のようになっています

ポイントとしては,

  • 学生主体で刊行(院生協議会の会員は在籍院生に限られるという規約があります)
  • 研究科に在籍している院生しか投稿できない(費用が院生の学費から捻出されているという理由で修了生の投稿が認められなくなったらしいです)
  • 原稿のタイプは論文だけに限らず割と幅広い(実践報告や書評もある)
  • オンラインで公開されていない

あたりでしょうか。「5. 論文の掲載」の記述がややこしいですね。査読があるとは書いてありませんが,「掲載を許可される」というのは,拒否されることもあるというようにも読めます。ただし,院生の研究成果を報告する様式では「その他紀要等(査読なし)」のカテゴリに「【『千里への道』を含む】」とあります。したがって,無査読という扱いになっているのは間違いないでしょう。

院生にとってのメリット

さて,投稿する院生にとってどういうメリットがあるのかなと考えてみます。まず,論文を書いて出版するということの(私が考える)最も大きな動機は自分の研究を多くの人に届けたい(そしてそのことによって研究者コミュニティやもっと広く社会に貢献したい)ということがあると思います。そう考えると,インターネット上で公開されているかどうかというのは非常に大きな要素になります。学内紀要のようなものであっても,大学の学術レポジトリに登録されていればインターネットに接続した世界中の人たちがアクセスできるわけですから,たとえその「業績的価値」が低く見積もられたとしてもそこに投稿するメリットはあると言えるはずです。なんなら学部生とかに論文を探してこさせるとその多くは学内紀要みたいなものだったりすることもしばしばあります。そういうところに掲載されたものは読者側に価値判断をする力がないといけないことが多く,その判断力に乏しい学生が内容を鵜呑みにしてしまうと良くないという問題がありますが,これは今回の記事の内容からずれるので深堀りしません。

院生忙しい問題

これは特にうちの研究科に特有の問題である気もしますが,院生からすると「そんなとこに書いてる暇ない」というのがありそうな気がしています。フルタイム院生の数があまり多くないので,例えば私が名古屋大学大学院に所属していたときのように常時フルタイム院生が一定数いて,なおかつ毎日研究室に来るほど熱心な院生が多かった(ちなみに研究室に行くことを私の半径数メートル以内では「出勤」と言っていました)環境とは訳が違います。そういった環境なら,就活に求められる業績を目指しつつも,そのレベルではないなという論文を出す先としては無査読の媒体があればそこに出す選択を取れる院生もいました。また,フルタイムだからこそ,「なんか書いて出して」って言われたら書いて出せるくらいの余裕はありました。そして,それが『基礎研報告論集』であったわけです。

基礎研論集の話

名古屋大学大学院の学生の多くは外国語教育メディア学会中部支部に所属していました。私がちょうど入学する前くらいの当時の院生を中心に,その支部学会の研究部会として,「外国語教育基礎研究部会」というものが発足しました。部会の活動の一環として,毎年報告論集を発行しています。この報告論集は学会の所属とはまったく関係なく投稿を受け付けているので(というか部会の活動自体が学会員限定になっていないはず。昔の例会の発表は除く),過去の論集を見ると「え!この人が!」みたいなのがあったりします(2014年度報告論集)。とはいえ,投稿者の多くは名古屋大学大学院の学生が占めてきていたと思います。私も過去に部会長をやっていましたし,投稿の経験があります。過去に「キソケンとはなんだったか」という記事でこの組織がどういうものだったかというのを振り返って書いたりしているので気になる方はそちらをお読みいただくとして,論集に関してはこう書いていました。少し長いですが引用です。

…報告論集についても,「書きたいことを書いて載せられた」という点で自分にとっては良かったです。私は2014年度から2016年度まで,つまり私が博士後期課程に在籍している間は毎年1本を報告論集に投稿していました。キソケンの報告論集は査読なし扱いなので,査読なしだから出しても意味がないというように思う人もいるかもしれません。それはそれで有りだと思います。ただ,私にとってはだからこそ,「書いて残しておきたいもの」ではあるけれども「ジャーナル論文にするような性格のものではないようなもの」を書いて出すのにちょうどよい場所でした(そういうアイデアが当時割とあったとも言えます)。例えば,2014年度には「実験研究の過程と手法のよりよい理解のためにーマイクロリサーチ体験という試みー」と題した論文を出しました。これは,2014年度に静岡で行った学生向けのワークショップについてまとめたものです。マイクロリサーチ体験というのは,事前テスト-処遇-事後テスト-分析-結果-議論といった一連の流れをその場で実演し,研究の進め方についての理解を深めるというものでした。これは,キソケンのメンバーで行ったWSであったので基礎研論集に出したということもありますが,例えばどこかの学会誌に出そうとしたとしてもどの枠で出せばいいのかわかりません。ただ,どうしてもやって終わりではなく文章として形にしておきたかったのです。

2015年度は,「外国語教育研究における二値データの分析ーロジスティック回帰を例にー」というテクニカルレポートを書きました。これは,当時自分で勉強していたことをまとめたかったことと,Rのコードとともに残すことで自分の後輩にも読んでもらいたかったという意図がありました。院生時代にもデータ分析に関する相談を受けることは多く,その際に一般化線形モデルや一般化線形混合モデルを使ったらどうでしょうということがしばしばありました。そのときに,もちろんそれに関する書籍を紹介することもできましたし,グーグル検索すればロジスティック回帰に関する記事はたくさん見つけることができます。ただ,外国語教育研究の例で,Rのコードとともに,ということになるとなかなか例がありませんでした。そこで,「この論文がウェブで無料で公開されていますので読んでください」と言いたかったということです。これも,もちろんmethodological reviewというような形でジャーナルに投稿することもできたかもしれません。私にはその力はなかったというのもありますが,そこにリソースを割くよりも手っ取り早くpublishしたかったというのもあります。

2016年度は査読付き雑誌に2回落ちた論文を横流しする形で出したので,それまでのものとはやや性格は異なります。ただ,これも「教育実践について形になった論文をとにかく出したかった」ということと,同じような研究をやっている方々に読んでもらうためにオープンにウェブで公開したかったということが理由です。実際,自分も関わったプロジェクトに関する論文で引用したりもしました。草薙さんと共著で書いた「外国語教育研究における事後分析の危険性」という論文も,読まれる価値はあるけれども,学会誌等の投稿規定にはそぐわないだろうということがあって基礎研論集に書きました。

キソケンとはなんだったか

院生の業績ハードルもあがってる(下がってる?)

これは私たち(mid 30世代。いいですか私達がもうmid 30ですよ)世代よりも下の世代で顕著になってきているのかなと思います。海外の大学院でPh.Dをやっていて,院生時代から国際ジャーナルにどんどん論文を出している世代と同世代の国内の院生は結構プレッシャーに感じているところもあったりするんじゃないかなと思っています。昔(私が大学院生の頃とかそれより前も多分)なら院生で国内全国誌に通っていればとりあえずはまあ院生としてはいい方だという認識もあったように思います。ただ,今では院生でも国際雑誌に投稿するのは何も珍しくないことになってきているように思います(私も投稿自体は院生時代に何回かした経験があります)。そうなると,それが「当たり前」のような雰囲気になっているところがあるような気がします。ある意味では,国際誌投稿のハードルが下がっていると捉えることもできるとは思いますが,自分が院生時代にその環境だったらどうだっただろうと思うと,きついよねぇと思います。御存知の通り,どこに投稿するにせよ国際雑誌投稿は出版までにかかる査読のプロセスにかかる労力がすごいです。最近はOpen Data, Open Materialとか事前登録とか国際雑誌の基準自体もあがっていますから,そこに出そうと思ったら査読なしのところに出している余裕なんかあるかいなとなりますよね。

また,もしそこに出せなかったとしても,査読付きの国内誌や地方学会紀要に出すという判断も当然理解できます。特に,うちの研究科では博士号の審査にかかるときに「いいとこ」に載っていることが推奨されるので,査読なしの論文に手をかける暇なんてないでしょうね。私の記憶が正しければ,私が名古屋大学大学院国際開発研究科で博士号をとったときはそもそも博士論文の内容が査読付き雑誌に載った論文の内容に基づいていることすら要件ではなかったと思います。査読付き雑誌に2本?だったか論文が掲載されたことがあるというのは要件だったと思いますが。このことは私が着任した1年目か2年目に研究科委員会でも話題になったように記憶しています。要するに,「いいとこ」に載っている論文の内容がベースなら博士論文の質も担保されるでしょうというようなロジック。それ自体は私も十分理解できます。

それに加えて,上述のようにそもそもフルタイムの院生が少なく,博士号取得にかかる期間も長い人が多いわけですから,より一層とにかく学位取得に全エフォートを注ぎ込まないといけないという状況になっているのだと思います。そういう環境に身を置いていたら,そりゃあ査読なしで公開もされない学内紀要に投稿なんてしないという判断を責められないですよね。だってその仕組みをつくっているのは教員なんですから。

先輩・後輩の縦横つながり問題

また,そういう院生が自分の学位論文取得に注力せざるを得ない状況というのはもう一つ,縦の関係の意味でもあんまりよくないんだろうなと思います。院生時に論文を出版できるかどうかは,教員の引き上げかもしくは院生同士の切磋琢磨,この2つの要因が大きいのではと個人的に思っています。この中で後者の部分においては,(院生指導していないので実態はよくわかっていないですが),少なくとも自分が経験した大学院生活とはずいぶん違う環境なんだろうなとは思っています。フルタイムの院生が少ないと,そもそも院生同士のつながりがそこまで強固に形成されにくいんだと思います。私がいた名古屋にいた頃は「全寮制なんでしょ?」といじられるほどに縦横のつながりが外部からも認識されていたわけですが,おそらくうちの研究科にはそういうものはなさそうです。そうなると,先輩が後輩の面倒を見て論文の出版を後押しするみたいなことや,院生同士で「なんかネタない?」とか,「あれちょっと書いてまとめとこうや」みたいなことにもなりづらいんだと思います。

大学院を担当される先生方は授業担当という意味でも,学内のその他の業務担当という意味でも私のような若手(学内だと次の公募で私より下の方が来なかったらまだ私が当分は最若手では…?)よりも業務量が多いです。となると,そういう先生たちも学位論文指導以外の面で院生の研究をサポートするところまでできるというようにはあまり思えません(繰り返しますが実際に先生方がどうなさっているかは知りません)。また,教員側からしても投稿するメリットを学生になかなかアピールしづらかったり,そもそもそれを言いづらい(学位論文に注力してもらわないと困るわけなので)という現状もあると思います。

そもそも査読なし媒体自体の価値が見出しづらい?

メソ研論集も一時期すごい活気があったように思いますが,あれも投稿が集まりづらいのは時代なのかなぁと思ったりもします。もちろん,10年前くらいに今の私たちくらいの年齢でイケイケだった人たちが今や学内組織や学会組織を回す側になり,研究以外の業務で忙しくなってしまったので余裕がなくなってしまったというのもあるでしょう。メソ研論集や基礎研論集はそれでもインターネット上でオープンに公開されていますから,それでもなかなか集まらないとなったらインターネット上でも公開されていないものに投稿が集まらないなんて当然では?と思います。なんのために発行しているの?という媒体そのものの価値を見直さない限りは投稿も増えることは見込めないでしょう。私としては,上で自分の過去記事を引用したような部分が査読なし媒体の存在価値だと思っていますので,利用する機会がなくなったりはしないかなと思います。

ただし,やっぱり広く読まれるのは国際誌だと思っていて,例えば全国英語教育学会紀要(ARELE)に載ってもたいして引用されないですよね。自分のやった研究が学術コミュニティの議論に貢献しているのかなと思うので,よほど理由がなければ(あるいは国際誌に出すほどではないかぁという質のものでなければ)国際誌を基本的には目指してやるだろうなぁと思います。先日届いたARELEの編集後記に投稿数が減っているみたいなことが書いてありましたが,昔ならARELEに出していたようなものを国際誌に投稿するようになっているんだと思います。コロナで研究活動が滞っているということも原因としてなくはないでしょうが,今後も国内の紀要は全国誌・地方誌,査読ありなしに関わらず存在意義を突きつけられていくのではないでしょうか。

公開はまずい的議論

査読なしで公開することに関して,「やばいのが公開されたらやばい」というロジックで公開に後ろ向きな人がいるのだろうなぁとか,そういう議論がされてきたこともあるだろうなぁということは想像できます。つまり,公開しないのは質が低いから,みたいな話です。一理あるとは思いますが,別に査読がないからといって著者以外の誰も原稿に目を通さずに公開に至ることはないわけですし(「専門家の講評」があると編集規定に書かれていますし),教員や院生同士で投稿前の原稿をそれなりのレベルに引き上げるプロセスをすればいいだけでは?と個人的には思います。教員側にその余裕がないのであれば,院生同士が自主的に切磋琢磨しあえる環境を作るようにしていけばいいですし,それも難しいのであれば院生限定でしか投稿できない媒体を維持すること自体が難しいという結論になると思います。

さらに身もふたもないことを言えば,公開されたからといってそんなにたくさん「読まれない」とも思います。有名な研究者の書いたものならまだしもどこの者ともしれぬ院生が出した論文であれば,データベースに載ったりしない限りは研究者の目に引っかかることもあまりないでしょう。研究者の目に引っかからないということはつまり,厳しい目で読まれることもないわけですから,「こんなやべえ論文出してる組織やべえな」ってなることもあまりないように思います。多くの場合は,へーこんな研究やってる院生がいるのねーとか,ここの院生は頑張ってるねーくらいの感じで目次やアブストを眺めるくらいなんじゃないでしょうか。基礎研論集だってちゃんとダウンロードして中身読んだらこれ大丈夫か?みたいなのも見たことありますよ。それでどういう評判になっているかは私のところに聞こえてくることはないですけれども。

それに,審査のプロセスがあった上で「やばい」のがあったら審査した側の責任も問われるべきだと思いますが,無査読であれば(よほど倫理的にやばいみたいなのを覗いて)研究の質が低い・論文の質が低い,みたいなものの責任を負うのは執筆者自身でしょう(編集規定にも「応募論文に関する一切の責任は執筆者が負う」とあります)」。そのことで組織の評判が落ちることを気にするのであれば,やっぱり教員が介入するなり院生同士のネットワークを強化するなりして,院生の投稿を支援する仕組みづくりが欠かせないはずです。あとは,大学院の授業のタームペーパーとして論文のベースになりそうなものを求める授業があるかどうかということも院生の投稿を促すことにつながると思います。実際,名大ではそういうケースでMの院生がタームペーパーをもとに論文化することがありましたし,それは今でもおそらくそうなっていると思います。

おわりに

一言でまとめると,院生が「出してみようかな」と思える環境にそもそもなっていないというか,それを後押しする要素が欠けているということに尽きるのではないかと思います。よって,査読なしであっても院生が投稿しようと思うような媒体にすること(ウェブ公開)と,組織としてそれを支援する仕組みを作ること(教員のサポート&院生同士の切磋琢磨)が取り組むべき課題かなというのが私の結論です。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

2021年の振り返り

毎年恒例の振り返り記事です。今年はギリギリの更新になってしまいました。これまでの振り返り記事も興味がお有りの方はどうぞ。

過去の振り返り記事

ブログのこと

この記事を書いている2021年12月31日時点でのこのブログのpage viewは143,927です。2020年はこのブログを開設して以来の最多view数(26,805)でしたが,2021年は21,592と少し減りました。20,000は超えたのでよかったかなと個人的には思っています。ただ,投稿数はむしろやや増えていて,月2本よりも少し多いペースでした。年々一つの記事あたりの分量は増えていて,長文の記事が多くなってきているなぁというのが感覚としても,そして実際の記録を眺めてみていても思うことです。

今年の記事で閲覧数が多かったのは以下のような記事でした。

2つとも,研究に関わる記事ですね。前者のほうが閲覧数が後者の倍くらいはあります。

仕事のこと

今の所属先にきてから4年目になり,初めての業務を担当しています。授業のコマ数もそれまでよりも少なかったのもあって,割と研究にも時間を割くことができるようになったと感じます。

教科書の編集作業に携われたことは,自分としては貴重な経験になったなと思います。

Getting Things Done [Book 1] Tasks for Connecting the Classroom with the Real World

論文を投稿するプロセスもようやく回り出してきて,これまで溜めてしまっていたものを少しずつではありますが出版に近づけられているという感覚はあります。とはいえ,夏以降にはプライベートでショッキングな出来事があったのと,その時期に2週連続でまったくテーマの違う講演の依頼があったことで研究にまったく手をつけられなくなってしまいました。

共同研究の論文は私のせいでとめるわけにはいかないのでなんとかしてますが,査読中の自分が第一著者の論文二編は結局年内に修正を終えて再投稿するところまでいきませんでした。1月以降はまずこれを最優先にしてやっていきたいです。

運動習慣

2020年に身につけた運動習慣は,2021年も継続してできました。ただ,2020年はかなりランニングをやっていたのですが,股関節痛を発症してしまい一年近く整骨院に通っていて,走ると痛みが出るのでほとんど走らなくなってしまいました。その代わり,通勤で自転車に乗る機会が増えたことと,筋トレの強度をあげるようになりました。対面授業でキャンパスに出勤するときでも,研究室においてあるダンベルを使って筋トレをすることや,雨の日など自転車に乗れないときは最寄り駅を使わずに2キロ歩くということを寒い・暑い関係なく億劫ならずにできたことは自分を褒めて上げてもいいのではないかなと思います。

8月から体重が6キロ近く落ちて,体脂肪率も5%近く落ちたので,かなりしまった身体にはなってきている実感があります。腹筋も見え始めているので,この調子で心の目で見なくてもしっかりと腹筋が見えるような締まった身体づくりを2022年は目指したいなと思います。一時期はお酒を飲まずには寝られないというレベルでお酒に依存していましたが,今はそういうこともなくなりました。やっぱり健康は大事ですね。

おわりに

2021年は,とくに最後の数ヶ月で自分が周りの方たちにどれほど支えられているのかを強く実感しました。このブログを読んでいただいている方も,そうでない方も,私に関わるすべての方たちに,感謝の気持ちを届けたいです。ありがとうございます。

最後になりましたが,みなさん,今年1年お世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。

今年の大晦日は,だいぶ久しぶりに一人で過ごすことになりました。なんか勢いでこれから映画を見ます。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。