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学期はじめのスピーキング・ストラテジー指導

はじめに

私は現在4つ教養外国語の英語科目を担当していますが,そのうちの3つはlistening&speakingのクラスです(うちの大学ではreading&writing, listening&speakingでおおまかに科目が分かれています)。その授業の学期の最初のほうでいつも取り入れているストラテジーの指導があるのでその話です(初級クラスでもできると思いますが中級のほうがしっくりくるとおもいます)。2点あって1点目は「ストラテジー」というよりはset expressionを覚えてしまうという話ですが。

学期が始まる前に書けばもっと参考にしてもらえると思うのですが,学期が終わる頃にこの記事を書くというタイミングの悪さはお許しください。

なぜストラテジー指導?

はじめに,なぜストラテジー指導をしておくかという話です。「英語でやりとりを続けさせるため」というのが大きな理由ですが,もう少し細かくわけていくことができると思います。重複するところもありますが,パッと思いつくのは以下の3つです。

  1. 日本語に逃げ(させ)ないため
  2. 意味交渉の機会をたくさん作り出すため
  3. そもそも会話を継続させるためにどんなことが必要かを知らないため

日本語に逃げさせない

日本語という共通言語が通じる相手に対して英語を使うわけですから,英語でやりとりを続けるのが難しくなったら日本語で言ってしまうことはよくあります。ただ,困ったときにどうしたらいいかを教えておけば,なるべく日本語を使わずに,または日本語は最小限に抑えたまま英語でやりとりを続けることができます。

意味交渉の機会をたくさん作り出すため

これは結構大事にしています。言語習得の(または言語習得にとって有用な事象が起こる)機会をとにかく教室の中でたくさん発生させたいと思って授業をしています。と同時に,困難にぶち当たったときにそこをどう乗り越えるかというのは教室外の言語使用場面でも要求されることが多くあると思いますので,そういったときに立ち向かえること,そしてそういう困難があるかもしれないとわかっていてもトライする勇気を身に着けてもらえることを目指しています。そのためにはある程度ストラテジーの指導が有用だと思っています。

そもそも会話を継続させるためにどんなことが必要かを知らないため

日本語だったらできる(または無意識にやっている)ことでも,英語になったらできなくなってしまうということも結構あると思っています。だからこそ,日本語だったらこういうことやるよね?みたいなことも含めながら,別に英語に限らずコミュニケーションをうまくやるためにはこういうことを意識するといいよなんて話をしています。

具体的に教えること

教室内で使える便利表現のリストをネームカードの後ろにつける

もともとはanf先生がブログにあっぷしていた表現のリストがあって,もう少し長いものだったのですが,そこから厳選したものをネームカードの後ろにつけるようにしています。いつも机の上にネームカードを置かせているので,授業中はそれを「チラ見」することができるというわけです。このネームカードの後ろにset expressionを載せるというのは,名大にいたときの私の副指導教官の先生が実践されていたのを真似しています。

ダウンロードはこちら -> ネームカード

これを授業の最初の帯活動でウォームアップ的にペアで練習してもらうということを最初の数週間はやっています。

この中でも私が特に重視して伝えていることは,相手の言ったことがわからなかったときなどに使える表現です。

What does it mean?

Could you say that again?

わからないことがあったときにわからないことを伝えずにわかったふりをしてしまうことは言語を問わずわりとあったりするものですが,勇気を持ってわからないことはわからないと言おうというように指導しています。これが意味交渉の機会を生み出すからですね。わからないと言われた相手は相手にわかるように発音を工夫したり,または別の言い方に言い換えたりする必要が迫られます。また,わからなかった方はわからなかったことがわかるようになる,理解可能なインプットを得る機会が生まれるからです。

3つのストラテジーを教える

いくつかの便利表現をストックとして持たせたあとは,もう少しスキル的な部分の指導をやります。色々教えるべきことはあると思いますが,私がいつも取り上げているのはecho, reaction, follow-up questionの3つです。

1. echo

相手の言ったことを繰り返す練習をします。実際に学生のうちの一人に簡単な質問をして,

Where are you from?

I’m from Nara.

Oh, you’re from Nara.

のように繰り返す見本をみせます。別に全文を言い換えて繰り返す必要はなく,できたらそれにチャレンジしてみて,難しそうならこの場合なら”Nara”のようにキーワードだけでいいから繰り返すようにしてみようと伝えます。

このechoが大事なのは,次のような点であることも伝えます

  • 相手の言っていることを理解していることを示せる
  • 相手の話に興味を持っていることを示せる
  • 相手の言っていることを聞いていますよということを伝えられる
  • 自分の理解を確かめられる

とくに,最後の自分の理解を確かめるという点を強調していて,繰り返したときにそれが間違っていたら自分が聞き間違えていることになり,それを相手が修正してくれるので会話を進める上では大事だと伝えています。

例:

I’m from Tokyo.

Oh, you’re from Kyoto!

No, no. Tokyo. Not Kyoto.

こういう話をしたあとに,出身,専攻,趣味など,3つくらいの簡単な質問をして,echoを使う練習をします。ここでは,特に会話を広げたりはしなくても良いことにしています。

2. reaction

次がreactionで,相手の答えに対してただechoするだけではなく,なにか一つコメントを入れる練習です。ここでもやりとりの例を見せます。

What are you going to eat for lunch?

I’m going to eat ramen.

Ramen. Sounds nice.

正直このreactionについては,なにか決まったフレーズで覚えておけばいいというものがあるという感じでもないですが,一応次のようなものを例として提示しています。

センゲージラーニングの”Free Talking: Basic Strategies for Building Communication ” (p.25)から持ってきてます。echo, reaction, follow-up questionの3つを取り上げているのはこの教科書を使った2年前より以前からなので,そこはたまたまです。

ここでもまた3つくらい質問を作って,さきほどのようにechoを使ったあとに一言reactionを追加するというようにします。echoもした上でreactionするというのがポイントです。

3. follow-up question

次はfollow-up questionです。相手の答えに対してさらなる追加の質問をするということですね。ここでは以下のような質問とそれに対する回答の例を見せます。

What would you eat for your last supper (dinner)?

I would eat sushi.

この回答に対してどんなfollow-up questionsが考えられるかを学生に少し考えてもらって,いくつか回答を出してもらって黒板に書いていきます。

Where would you like to eat it?

Why would you eat sushi?

What kind of sushi would you eat?

Who would you want to eat with?

How much would you spend on it?

など,WHの疑問文がおそらく出てくることが多いと思いますが,

Did you eat sushi recently?

などのYES/NO疑問文もあり得ることも補足します。

その上で,また新たに3つの質問を学生に与えて,それを質問して,相手に対する回答についてecho, reactionとここまでに練習したものも使った上でさらに今度はfollow-up questionも使ってみようということでトライさせます。

とりあえずfollow-up questionは1つのお題につき1つ尋ねることができればいいことにしています。ここでも,「便利表現」を使う機会があれば積極的に使うように促しています。

もし質問に対して答えるのに困ったらI don’t know…と言ってもいいし,英単語がわからなければ”How do you say 豪邸 in English?”のようにパートナーや教師に聞いてもいいわけです。また,聞き取れなかったら”Could you say that again?”と言ってもいいのです。ただし,学生は「意味が理解できない」とおもったら反射的に”One more”と言い出す事が多いですし,それを乗り越えて”Could you say that again?”が言えたとしてもどんなときでもそれを使ってしまいがちです。そのため,WHの疑問詞を埋め込んだ形で文を作って聞き返すこともこのときに教えます。

つまり,ただたんに聞き取れなかったのではなく,聞き取れはしたけどその一部がわからなかったという場合には,その聞き取れなかった部分だけを相手に言ってもらうほうが,相手も何が伝わらなかったのかがわかるのでコミュニケーション・ブレイクダウンを解消しやすいわけです。

I would want to buy a big house.

と言われたときに”a big house”が聞き取れなかったら,

Sorry, you would want to buy what?

と聞くことで,その部分がわからなかったことを相手に伝えることができます。ただ,これは結構高度な能力が必要で,一回練習しただけで身につくものでもないので,普段の授業の中でも繰り返し意識させるようにしています。

授業の中でも毎回意識させる

私はlistening&speakingの授業では毎回英語でのやりとりが必須となるタスクを用意していますので,そのタスクに取り組ませる際には必ず,

  • set expressionはいつでもチラ見できるようにしておくこと
  • echo, reaction, follow-up questionsを使えるときには積極的に使うこと
  • わからないことがあったときは素直にわからないと伝えること
    • 何がわからなかったのか,できるだけ具体的に伝えること
    • 「わからない」と言われたときはパニックにならず,例を挙げる,別の表現で言い換えるなどで伝えてみること
    • 英語でなんて言ったらいいかわからなかったら積極的に手をあげて教師を呼ぶこと

も伝えています。

こういうのも,学期を通して,または年間を通して最終的に身に着けてくれていたらいいと思っていることなので,とくにこれらができていないことで毎回のタスクの評価にいれるとかはしていません(そもそもそういうプロセスの評価は毎回はできないですしね)。

机間巡視しながら,「もっかい言って?」なんていうのが聞こえたら,”You can say ‘could you say that again?'”なんてフィードバックをしたりしていますし,自分の言っていることがなかなか相手に伝わっていなくても諦めずにトライしている学生のことはできるかぎりencourageしてあげて,必要なら私が言葉を補ってあげることもあります。

タスク後は言いたかったけど言えなかったことの指導にあてることが多いですが,気づいたらうまい言い換えをしていた例(e.g., disagreeやbe againstのような表現が出てこず,say noのように言っていたとか)をとりあげたり,相手の意見を自分の言葉で言い換えていた例(e.g., I think that he should…をSo, you think it is better for him to do…のように言ってたりとか)をとりあげたりすることを意識しています。

特に,相手の言っていることを自分が理解できているかを確認する意味でも,ただOKOKとかechoだけにとどまらない形でcomprehension checkを行えるのはとても大事なので,こういうのは積極的にやっていこうねというのは言うようにしています。これもストラテジー指導の一環としてとりあげて教えてもいいかもしれないのですが,実は意味順もちょっとやってるので90分でなかなか収まらないんですよね。結果として,授業の中で取り上げて指導するという形に今はなっています。

おわりに

本記事では,やりとりを要求するタスクに取り組ませる前の段階としてどういうことを指導しているかということを書きました。こうやって記事にしてまとめてみるとちょっと不十分というか穴があるかなと感じるところもあったので,そこは来年度以降もう少し工夫してやっていこうかなと思います。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

「英語を使う必然性」の呪縛

Photo by Max Fischer on Pexels.com

はじめに

もうかれこれ2ヶ月前くらいですが,大阪府の英語コーディネーター連絡会というものでお話する機会をいただきました。その準備をしながら,また関係者の方々とお話をさせていただく中で思ったことをブログ記事にまとめようとして,下書き状態のままずるずるとここまで来てしまいました。

実は学会のようなイベント以外でお話するというのは今回が初めての経験でした。学校英語教員を目指していた私が偉そうにこういうところに呼ばれてお話するようになったのかと思うと,権威性が自分の意図とは関係なくまとわりついてしまうものなのだなとも思いました。そこに自覚的でなくてはいけないなと。

そのお話の中では,タスクの定義というレンズを通して様々な活動を見てみることで,その活動に何が足りないのか,どういう目的でその活動が行われるのかといったメタ的な視点が手に入り,それが授業内の活動を設計するために有用ではないかという話をしました。関連して,真正性(authenticity)という概念をとりあげ,コミュニケーション場面の具体性(その場面を学習者が将来的に経験する可能性があるかどうか)を過度に重視する必要もあまりないということも述べました。

打ち合わせをする中で,「英語を使う必然性」というものが強く求められているような状況があり,そこに苦労されている先生が多いということも伺いました。私の答えは以下に述べるとおり,コミュニケーションの必然性,は大事であっても「英語を使う」必然性に拘る必要はないかなというものです。

英語を使う必然性とはなにか

英語を使う必然性というのは,「なぜ英語でそれをやるのか」ということであるのでしょう。連絡会前の打ち合わせでも「それって英語でやる必要ないよね?日本語でもよくない?」というようなことが話題にあがるという話を聞きました。そもそも,日本のような外国語として英語を学ぶ環境では,「英語を使う必然性」というのは教室外ではないに等しく,教室の中で英語を使う必然性というのは,「英語の授業だから英語を使う」以外に設定できないと思います。そもそも,日本語話者同士で英語でやりとりするわけですので。

必然性の重視は実用性論争にもつながる

それって英語でやる必要ある?は悪手

この問自体が少なくとも日本の学校教育における英語教育ではあまりいい問ではないと思います。英語教育の存在自体を自明視するという文脈であればまた別の議論になると思いますが,教室内の活動の質を高めようという営みにおいては大事なことはそこではないというのが私の考えです。

必然性が実用性につながってしまう

学校教育に対して実用性を求めるような人たち(最近で言えば三角関数の話)への反論で,実社会における実用性の過度な重視に反論するような人たち)でも,英語教育においては実用性を求めているのではというようなケースも見られる気がしています。最近(と言っても書いたのはこの記事を公開するよりもだいぶ前なんですけど)英語教育で道案内とかやるよりはウェブ上で(例えばYouTubeで)自分の手に入れたい情報にたどり着けるかどうかとかそういうほうが実用性高いと思う,というようなTweetが私のタイムラインに流れてきたりもしました。その比較でいえばそうかもしれませんが,だから授業でそれをやればよいかというと,そういうわけにもいかないと思います。

学校教育の内容が実用性という観点のみにおいて構成されることは結構危ういと思うからです。誰がその実用性を決めるのかという問題がありますし,その実用性が学校教育を受ける世代が「社会」に飛び出したときに実用性があるかもわからないからです。教育がもたらす恩恵というのは,変化の激しい社会においても揺らぎができる限り少ないものを対象にすべきであるのではないかと思いますし,変化が激しいからといってそれに合わせて頻繁にコロコロと内容が変わるべきものでもないような気がします。そう考えれば,今の世の中で必要になっているものがこの先も同じ程度に必要であるとは限りませんし,未来にどんなものが必要になるかを私達は予想することはできません。

その観点で言えば,道案内もYouTubeの動画検索も学校教育における英語教育の目標として適切であるというようには私は思いません。私たちが現実にその具体的行動を英語を用いて行うことがあり得るか,そしてそれができるように学校教育における英語授業の活動が構成されるべきか,とは思わないということです。むしろ,一見するとそんなことは私たちの実生活では起こりようがない,というような活動の背後にある,あるいはそこで発生する言語使用を抽象的なレベルで観察したときに,そこに私たちが日常的に行う言語行為に近似したものが含まれているのかどうか,ということを考えるほうが有用だと思うのです。

真正性(authenticity)という考え方

2つの真正性: 状況的真正性(situational authenticity)とやりとりの真正性(interactional authenticity)

やりとりの真正性とは,その行為自体が現実には起こり得ないとしても,そこで発生する情報のやりとりであったり,言語を使用する際に頭の中で起こることが,現実場面のものと同じ(または限りなく近い)ということを意味します。Michael Longは前者を重視する立場で,Rod Ellisは後者の役割も認める立場で,私個人的にも後者の立場です。なぜなら,言語学習の明確な目的を設定できるような場合以外ではsituational authenticityを重視したタスクを中心に授業を計画することの妥当性が疑われるからです。

状況的真正性を過度に重視することの妥当性

なんらかの職業訓練の一環としての言語教育などは,言語の使用場面が非常に限定的であり,学習者が身につけるべき言語能力も基本的にはそうした場面で適切に言語を使用して業務を遂行できるためのものになります。しかしながら,日本のような英語を外国語として学ぶ環境で,なおかつ学校教育において行われる英語教育では学習者全員が身につけるべき具体的な場面における言語使用を定義することがほぼ不可能であるといえます。したがって,そうした場面を考えるよりもむしろ一段階抽象度をあげて,描写する,比較する,説得する,説明する,順位付けをする,取捨選択をする,などの行為が含まれるようなタスクを考えるほうが現実的でしょう。

「必然性」を活かす手はある

ここまで,英語を使う必然性というのはあまり有用ではないというスタンスで述べてきましたが,私が批判的に考察したのは必然性に縛られすぎることで,その英語を使う必然性というのを活かすことはありえると思います。その一つがALTの活用です(人という存在に対して活用というのはあまり良くないかもしれないですが他に表現が思い浮かびませんでした)。ALTは多くの学習者たちにとっておそらく唯一コミュニケーションの際に英語を使う必然性の生まれる存在だと思います。その特性を生かして,ALT相手に何かをプレゼンさせたり質問させたりするような仕組みを作っている方も多くいらっしゃると思います。仮にALTは日本語であったり,あるいは日本語話者が犯しがちな誤りが発話に含まれていても理解できたとしても,”What do you mean?” “What does X mean?”などと聞き返してもらうようにすることも不自然ではありませんから,そこにnegotiation for meaningも生まれるでしょう。下記のanf先生の記事で紹介されているのはそうした活動かと思います。

目的・場面・状況

少し関連するかもしれないのが,学習指導要領のキーワードにもなっている「目的・場面・状況」というワードです。外国語科の目標に入っている文言ですね。個人的には,「目的・場面・状況」というのがセットになっていると活動の構想が難しく,あえてそれらの文言を使うとすればまずは目的を先に設定し,そのあとに場面と状況を考える,というようにすることが多いです。具体的には次のような手順で活動を構想するのがやりやすいと思っています。

  1. タスクタイプ(e.g., 情報伝達,情報合成,問題解決,意思決定,意見交換)を決める
  2. タスクの目的(goal)を決める(e.g., 順位付けする,選択肢の中から選ぶ,アイデアを生み出す)
  3. 場面と状況を決める
  4. 実施形態を決める

1と2は一緒に考えることになる,または2が先に来ることもありうるかと思いますが,私はまず最初に,「教科書の今回のユニットの内容は意思決定タスクでやろう」のように決め打ちしてまうことが多いです。そうすると,必然的に考えなくてはいけないことが狭まるからです。そのタスクで求められることに合わせて場面を構成していくほうが,それらを全部合わせて考えるよりも楽だと思っています。意思決定タスクに決めたら,次はどのような意思決定をさせるのかを考えます。年老いた父親の介護という問題に直面している夫婦の話(私が担当している授業の一つで使っているImpact Issues2のUnit 9にでてきます)であれば,この夫婦に対して何かアドバイスを考えてメールを書く,ということをタスクのゴールに設定したとしましょう。そこが決まったら,場面と状況を考えます。夫婦たちとの関係性はどうなのか(友人,親族,隣人,etc.)とか,教科書には描かれていない夫婦の背景的なところ(e.g., 親との関係性,夫婦の家族の状況,etc.)とかを考えるわけです。仮にその年老いた父親が自分の父親でもあるという設定(これでも自分が長女・長男なのかどうかで随分話は変わりますけど)であれば,親の介護の問題は他人事ではなく自分ごとになります。一方で,いくら仲良しでも友人としてアドバイスを,ということなら,家族の問題は非常にセンシティブな問題ですから,そこに対してのアドバイスは相手から求められていてもかなり慎重さが求められるはずです。

しかし,そのような場面や状況の設定は,あくまで最終的なゴールである「アドバイスをする」という部分を変えるわけではありません。あくまで,どのような内容を伝えるか,それをどのように伝えるか,に変化を与えるいわば「設定」の部分なわけです。前述のように,そしてまた以下のスレッドで亘理先生が指摘しているように,そこが曖昧であればタスクに取り組みにくくなるのは当然です。

設定の部分をタスクに実際に取り組む学習者の想像に委ねてしまうことになるわけで,まずはその想像しないといけない部分をペアやグループですり合わせる作業が必要になるからです。もちろん,そこをプレタスクとしてしまうのも一つの手ではあると思いますが。例えば,うちのペアはこういう関係性の友人としてのアドバイスです,とか,うちのペアは自分が怠け者長男で,妹が介護を引き受けようとしているという設定にしました,とか。そのうえでタスクに取り組ませれば,友人なのでこういうところに気をつけました,とか,怠け者の長男にもこれこれこういう事情があって….というように様々な場面や状況で学習者は言語を使うことになるでしょう。そして,そのバリエーションの差によって生まれる言語使用の差を取り上げて形式面に着目させるのも一つの授業でしょう。

少し脱線しましたが,場面と状況が決まったら実施形態を決めます。ペアでやるのか,グループでやるのかというのもそうですし,準備は何をどのようにどれくらいの時間をかけてやらせるのか,タスク後にはどんなことをさせるのか,というようなことを考えるわけです。タスクを考える,そしてゴールを決める,そのあとに場面と状況を決めるというのが私がいつも授業を考える道筋です。タスクを考えるほうが楽,というのはもちろん私のドメイン知識に依存する部分も大きいとは思いますが,本当にそう思っています。そして,「思考・判断・表現」をどうするかということを考える上では,タスク(タイプ)を考えることから始めるというのは一つのストラテジーでありなんじゃないかな,ということですね。下記のツイートで言いたかったのはそういうことでした。

おわりに

なんだかタイトルからだいぶ脱線してしまいました。記事を書き始めたときから2ヶ月近く経ってしまったからですね。ただ,後半部分の話は先日の学会のときのTwitterでのやりとりをきっかけに考えたことでもあるので,学会をきっかけに思考が刺激されるという体験は結構久しぶりだったな,なんて思ってしまいました。良くないですね。このブログの記事の更新スピードも下がっていますが,まだいくつか下書き状態の記事があるので,また時間をみつけて記事を更新していきたいと思います。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

学生からの質問と回答の蓄積

はじめに

学生からの英(単)語学習についての質問を受けつけるというのを同僚の先生と一緒に担当している授業の学期の最初の方で毎年やっています。昨年度から,個別に返すのではなく学生からの質問とこちらからの回答をセットにしてQ&A集としてまとめ,それを学生と共有して資料にすることにしました。

なんか今年はコメントの質&量が違う?

この科目を担当しだしたのは着任2年目(2019年度)からでした。2019年と2020年は,学生からの質問は個別にLMS上で返すようにしていました。2021年は,質問と回答をまとめてWordファイルにして,そこにどんどん追記していく形にしました。それをクラウド上で学生が見れるようにしていて,今年度は,昨年度作ったQ&A集を見てから学生にコメントを求める形式に変更しました。昨年度以前も鋭いコメントを書いてくる学生はちらほらいましたが,今年度はコメントの質・量ともに昨年度よりあがっているような感覚が個人的にあります。もちろん,全体の中でいうとやっつけっぽいコメントがあったりとか,本当に資料を見てから書いているのかな?と思うコメントもあります。ただそれ以上にびっしりコメントを書いている学生が多いような印象がするのです(LMSからダウンロードして昨年度と今年度の文字数を比較したらどちらが多いかわかりますけどめんどくさいのでそこまではしません)。

1年生のこの時期は非常に真面目なので,同じ課題をもう少し時期をずらしてやったら全然違う結果になるだろうなとは思いますけどね。ただ,鉄は熱いうちに打てじゃないですけど,そうやって一生懸命書いてくれたことにたいして,こちらも全力でぶつかろうじゃないかという気持ちでいます。その中で,私が研究しているようなことだったり,あるいは言語そのものだったりに興味を持つ学生が少しでも増えてくれたらいいなと思います。

自分自身の研鑽にもなる

私は着任5年目ですが,英語科目(と基礎ゼミ)以外の専門科目を教えたことがないので,学生からの質問に対して,自分の持っている専門的な知識で答えるということがあまりありません。専門科目を教えていらっしゃる先生方は日常的に自分の専門に関わる質問を学生から受けているのだろうなと思うと,専門科目を担当すること自体が研究的な意味での自分自身の研鑽になるなと思いました。自分と同年代でそういう(専門科目を担当する)機会があるという話を聞くと単純に羨ましいなと思います。もちろん授業の準備は大変でしょうけど。ただ,専門科目の授業準備は研究とも繋がっているはずなので,英語の授業の準備とはまた全然違いますよね。自分がそういう科目を任されていないのは,それだけの知識があるとみなされていない(研究者としての力量が不足している)ということだと思うので,講義を任せてもらえるように勉強・研究に励みたいと思います。

いつか講義資料になったらいいな(希望的観測)

さて,冒頭で紹介したQ&A集の中には,研究に言及しながら質問に答えている部分もあります。そういう部分を書いていると,昔読んだ論文をまた読み直したり,あるいは関連する新しい論文を探したりして,結構楽しいです。今は私がそうやって時間を費やして回答したものがどれだけの学生に読まれているのかということはわかりませんが,いずれ,今書いているようなものが自分が専門の授業を担当したときの講義資料の一部になったらいいなと思ったりしています。

1年生に向けて書いているということもあって,柔らかめの言葉遣いで文章を書いています。ただ,いつか講義資料になったらいいなということを念頭に置きながら文章を書こうとすると,内容的な部分でそういう講義資料の一部になってもおかしくないようなクオリティの文章を書かないといけないという気持ちになります(気持ちになるだけで実際にクオリティがあがるかどうかというとまた別の話なんですが)。

絶対に読まないといけない資料ではなく,「読んでね☆」くらいで提示しているものなので,まあ興味のある学生しか読まないのだろうとは思いますけれど,それでもなんていうかこういうところでしか自分の研究者としての知識を授業にダイレクトに反映させる機会もないので,なんか気合いが余計に入っちゃうんですよね。正直言ってそこをサボったところで授業の質が落ちるわけでもないと思うのですが,なんか楽しいから頑張っちゃうんですよね。いつか「あーあのとき頑張っててよかったナイス自分」と思える日が来るといいなと思います。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

WebClassのtips

自分の所属先のFDで,3月10日にWebClassというLMSのtips紹介みたいなことをやりました。他の大学でもWebClassを使っているところがあれば参考になるかもしれないなと思い,当日使ったファイルの共有リンクを貼っておきます。

https://www.dropbox.com/s/khjzajqeys3qbs8/2022MarchFD_Tamura.html?dl=0

HTMLファイルになっていて,Dropbox上でのプレビューが見れないと思いますので,ダウンロードしてご自身のデバイスで御覧ください。

大学でどういった運用をしているかや設定等によって使えない機能があったり見た目が違うということもあるかと思いますのであくまで参考としてください。細かいことについては私は開発者や導入者ではないのでわかりかねます。その点ご了承ください。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

手元に蓄積されることと共有されることのバランス

はじめに

ひと月前くらいからぼんやり考えていて,ブログにまとめようと思っていてなかなか時間が取れなかったことを書きます。

教科書に何かを書き込めるということは,書き込んだことがいつも学習者の手元にあり,それがいつでもその学習者自身にとって閲覧可能な状態であるということです。その一方で,その状態ではクラスメイトと学習の過程や成果を共有することは難しくなります。そんなジレンマの話。ちなみに,語学授業のことを念頭に置いています。

教科書(または配布資料)への書き込み

語学の教科書には,なにかと空欄があって,そこを埋めることが学習となることがよくあります。数学なんかだと問題自体は教科書にあって,その計算の過程なんかはノートに書いていくみたいなことが多いような自分の小中高の記憶がありますが(大学はどうなんでしょう?),語学の教科書はノートというものを学習者が教科書とセットで使うということがたぶんあんまり想定されていないですよね。中高の英語の教科書はいわゆる「本文」の扱いが大きいからか,大学で使われるような教科書よりも書き込みが求められる部分が少ないようなイメージもあります。とはいえ,教科書に書き込む(それが穴埋めだったり選択肢を選ぶものだったりあるいは短文回答だったりする)ことは語学の授業では日常的に観察される光景だと思われます。

教科書に書き込まれた答えを共有するのは口頭で周りの人と話し合ったり,あるいは教員が学習者を指名して発言することで行われることが多いと思います。その「共有」という営みは,教室の授業の時間の中で行われ,(真面目にメモを取ったりしていない限り)その場で流れていってしまうことになります(そして多くの場合,間違っていたら直す程度で他の人のコメントなりをメモする学習者はかなり少ないと想定されます)。多肢選択の答え合わせ程度であれば,それでも特に問題はないと思いますが,答えが一つに定まらないような問いに答えるようなケースであれば,できるだけその共有がどこかに「ストック」されているほうがいいなと思うことがよくあります。

一方で,教科書をベースにしていても,いわゆる「ワークシート」と呼ばれるような配布物を授業中に配布して,そこに何かを書き込ませる形で授業を進めていく先生も多くいらっしゃると思います。教科書をより発展させたスピーキングやライティングの活動だったり,あるいは教科書とはまったく独立したものをワークシートとして提供したりするケースです。この場合も学習者はそのワークシートに何かしらを書き込み,上で述べたのと同じような共有の過程が授業の中で行われるでしょう。

いずれの場合においても,ペアワークやグループワークを通じてクラスメイトとの意見の交換が求められ,それをメモするスペースが確保されているような場合にはクラスメイトの意見と自分の意見が同じ場所に「保存」されることになります。そうでなければ,先述のように共有のプロセス自体は授業中に行われていてもその共有物自体はそこで流れていってしまうでしょう。

LMSやクラウドサービス等を通じての共有

コロナ禍で「オンライン授業」が全国的に広がったことを背景に,学習者が学習に取り組んだその成果物が教科書に書き込まれたままでは以前のように教室内での共有が難しくなりました。そこで,それを補完する目的でLearning Management System(LMS)やDropboxやGoogle Drive等のクラウドサービスを通じて成果物の教員-学習者間,そして学習者同士の間で共有されるようなケースもでてきたと思います。こうしたオンライン上での共有サービス利用のメリットは,(その仕組み構築のやり方によっては)共有されたものが「流れていってしまう」ことを防ぎ,「ストック」されていくことです。

私の勤務先の大学では,2020年度の秋学期,そして一部オンライン授業もありましたが2021年度も基本的には対面授業が行われました。オンライン授業で得られたそうしたLMSやクラウドサービス等を対面授業でも継続して活用し,対面授業の中でも共有のプロセスが流れていってしまわないようにされた先生方もいらっしゃったのではないでしょうか。

このとき,例えばこれまでであれば教科書に書き込んでいたようなものをLMS上に移植することで,各学習者の答えが教室内だけではなくオンライン上で共有され,そしてそれがいつでも学習者にとってアクセス可能な状態にできるというメリットが生まれます。こうした方法を利用することによって,正答・誤答があるような問題であれば,その場で誤りの傾向に対してフィードバックができるというメリットも生まれます。

オンライン上での共有の問題

ところが,いつでも学習者にとって利用可能であるということはメリットである一方で,デメリットもあります。なぜなら,そこ(オンライン上の共有された場所)にアクセスしない限りは利用可能性がないという点です。もちろん,LMS上にログインしてその授業のページを開いて教材をクリックするとか,あるいは教員から送られてきたリンクをクリックすることのハードルがそこまで高いとは言いません。そうは言っても,手元にある教科書を開いて閲覧することに比べると圧倒的にオンライン上へのアクセスを手間だと思う学習者は多いでしょう。そうなると,自分の学習のために共有されたものが教員側の想定のように活用される可能性は,そうした活動を教員側が用意して導かない限りは限りなく低くなってしまうでしょう。

さらに,多くの場合こうした共有物はオンライン上で別々の場所に保存されることがほとんどだと思います。どうやって頑張って工夫をしたとしても,実在物として教科書1冊のなかにまとめられている,あるいはワークシートがファイルにまとめられているというような一覧性を確保することは難しいでしょう。ここに,共有を重視することによってもたらされる弊害が見えてきます。

蓄積と共有のバランス

例えば,過去記事で紹介した『Getting Things Done [Book 1] Tasks for Connecting the Classroom with the Real World』(GTD)のUnit6 “Daily scenes”では,最後の活動で自分の学校の中のある場所を描写するライティングの課題が設けられています。この描写課題は教科書に書き込むスペースが設けられていますので,授業内で他の学習者の書いたものを読む機会を与えたりしない限りは共有ができません。じゃあ,ということで,これは教科書に書かせずにLMS上でタイプして提出させる宿題にすることにしたとします。こうすることで,例えば下の画像のような形で他のクラスメイトの書いたものを一覧で見ることができるようになります。

私の担当した授業の一つで課題として出したエッセイ課題の学生のプロダクトの一部(学生からの見え方)

このような共有の形をとることで,クラスメイトの書いたものと自分の書いたものを様々な観点から比較することができます。特に,ライティングのクラスでは(ちなみに上の画像はライティングのクラスではないです),クラスメイトのプロダクトが閲覧可能な状態であることが自身の学習に役に立ったというコメントを多くもらいました。先ほど例にあげた”Daily scenes”のユニットの最後の課題であれば,読んだ上でどの場所についての描写なのかについて答えさせるリーディングの活動につなげることもできます。

一方で,オンライン上で共有させることで教科書自体にはプロダクトが残りません。もちろん,教科書に書いたものを写真にとってその画像ファイルを提出させるという手段はありますが,やはり画像ファイルはテキストよりも一覧性が落ちます(一つ一つファイルを開いて閲覧しなくてはいけないため)。教科書に学習の成果が蓄積されていくことと,その成果をどのような形で共有し,それによってさらなる学習を生み出していくのか,そのバランスというか良い方法を探っていくというのが,2022年度に意識しようかなと思うところです。結局の所,共有についてもただ共有という状態を作るのではなく,そこから学習を生み出す仕掛けを教員側が用意する必要があるだろうなということは感じています。来年度は新しく担当する科目もあるので,そういった仕掛けをどう組み込んでいくのか,この春休みに少し考えてみようと思っています。

おわりに

この記事では,教科書に書き込むことのメリットとデメリットについて,プロダクトの共有と学習成果の蓄積という観点から考えてみました。教科書を作るという経験をしなければ,そしてコロナ禍が続いてオンライン授業が緊急避難的なものではなくalternativeとして機能するレベルにならなければこうしたことにも考えが及ばなかったかもしれないと思います。2021年は,授業のことについて書こうと思っていたのですが,結果としてほとんど授業に関する記事がアップできない年となってしまいました。2022年は少しはそういう記事も書けたらなと思います(控えめ)。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

[宣伝] タスク・ベースの英語教科書:Getting Things Done Book1

【2022年度新刊】タスクで教室から世界へ[ブック1]

はじめに

このたび,私が編著者として関わる英語の教科書が三修社さんから出ることになりました。その宣伝記事です。以前,三修社さんから『コミュニケーション・タスクのアイデアとマテリアル:教室と世界をつなぐ英語授業のために』というタスク教材集が出ました。この本では,いわゆるメインタスクの部分が中心として紹介されています。そのメリットとしては,「料理」の仕方でどのようにも使えるということがあります。目の前の学習者に合わせて様々な調整を加えて使ってほしいというのが著者陣の願いです。とはいっても,やっぱり準備にも時間がかかるし,どうやって1コマ分の授業を構成するのかというのは悩むところでもあると思います。そこで,その素材を「料理」して「一食分の食事」という形でパッケージングした教科書を作りました。それが,Getting Things Done (GTD)です。この本で言われているタスク(Tasks)というのは,タスク・ベースの言語指導(Task-based Language Teaching)の文脈でのタスクですので,コミュニケーション活動のようなものとほぼ同義で使われるゆるい「タスク」とは違うというのは強調しておきたいです。

ちょっとした背景

もともと,「教師用ブック」と「学生用ブック」という形で先生向けのものと学生向けのものを2つ作るという構想のもとで制作がスタートしました。教師用ブック(『コミュニケーション・タスクのアイデアとマテリアル』)は先生が購入し,必要に応じて素材をコピーするなどして教室で使うことが想定されていました。それに対応させる形で学生用ブックを作ったわけですが,この教科書だけで完結するものがよいのかどうかというのはかなり議論を重ねました。構想段階では,教師用と学生用が合わさってはじめて使えるようなものが考えられていました。つまり,教師用ブックの購入が前提だったわけですね。なぜなら,もしも学生用ブック単体で利用できるのであれば,教師用ブックが売れなくなってしまうのではないかということを懸念したからです。かといって,教師用ブックを別途購入しなければ使えない教科書であったとすれば,すでに教師用ブックを購入されている人にはいいけれども,教師用ブックは買っていない人が学生用ブックを教科書として授業で使おうとするのはハードルが高くなりますよね。

こういった議論を重ねたあとで,あくまで学生用ブック単体で「教科書」という体裁をとりながらも,教師用ブックに掲載されているオリジナリティのある「アイデア」の部分は教師用ブックを参照してもらうという方向性にしました。イメージとしては,教師用ブックのほうは「唐揚げ」みたいな感じで載っていて,付け合せのヒントみたいなのも載っている感じ。学生用ブック(GTD)の方は,唐揚げ定食というユニットになってるというか。唐揚げって書いてあるだけだと,他に何品か作ってあって,「あと一品なにかないかなー」というときに,「あ,冷凍の唐揚げチンして出しちゃおうか」みたいな使い方もできますし,「今日のメインはこの冷凍の唐揚げで酢鶏にしちゃおう」というのもできますよね。素材っていうと唐揚げというよりは「鶏もも肉」と例えるほうが適当だとは思うのですが,それはまあ置いておきましょう。

一方でGTDは前述のとおり,唐揚げ定食です。「今日のご飯は何にしようかな,あ,唐揚げ定食でいいか」,という。献立はもうあるので,何を作るかは考えなくていいわけですね。それが嫌いな人もいるだろうし,楽な方が良いという人もいるでしょう。それはやっぱり万人受けするものを作るのは難しいですからね。アレンジが大好きな人は教科書はなし,教師用ブックに載っている素材で15回分の献立を考えてもらって構いません。ただ,15回分の献立を考えるのは難しいという方はGTDを教科書として採用してもらったらいいですよということです。

中身の話

GTDの中身ですが,なんと三修社さんのGTD紹介ページから期間限定(2022年3月31日まで)で全ページサンプルがダウンロードできます。

https://www.sanshusha.co.jp/text/isbn/9784384335101/

教科書のサンプルってだいたい1つのユニットだけ限定とかが多いと思いますが,三修社さんは全ページのPDFが見れます。この方式は,GTDのような教科書の採用を検討される際にはぴったりだと思います。ぜひこの機会にサンプルPDFを見ていただければと思います(もちろん見本の請求もできます)。なぜ全ページ見れるといいのかというと,ユニットのメインタスクによって,プレタスクやポストタスクでどのようなことをやるのかもまったく異なるからです。

多くの場合,教科書の構成というのはユニット間で統一感があり,ユニットの一番最初にやるのは単語の確認とか,最後はミニプレゼンとか,やることが決まっていることが多いと思います。しかしながら,GTDはセクションタイトルは全ユニット共通(下記参照)ですが,そこで学習者は多種多様な活動に取り組むことになります。

  1. Getting warmed-up: トピックの導入
  2. Getting ready: メインタスクへの準備
  3. Getting into it: メインタスク
  4. Getting better at it: 言語形式に焦点をあてた振り返り
  5. Getting further: タスクの繰り返しや発展
  6. Getting it done: まとめ(多くの場合ライティング)

実はこうした構成になっていることがGTDの特徴である一方で,制作段階では逆にハードルになりました。つまり,活動のアイデアは一度出せば全ユニット共通で使えるものでないわけですから,すべてのユニットでそのユニットのメインタスクを最も引き立てるプレ・ポストタスクを考えなければいけなかったということです。毎回最初はきんぴらごぼうで最後はゆずシャーベット,みたいなわけにはいかないということですね。もちろん全部が全部異なっているわけではないのですが,それでも殆どのユニットで学習者は飽きることなく様々な活動に取り組むことになると思います。こうした教科書を作ることができたのも,合計6人の著者陣がいたからだと思います。1人や2人だと,アイデアもなかなか多く生まれにくいところでしたが,6人いることでそれぞれが自分の特徴を最大限に発揮し,個性豊かなユニットを作り上げることができたと考えています。私は編著者として,そこにゆるやかな統一感をもたらし,教科書としての質を高めることに注力しました。

もう一つのGTDの特徴は,教授用資料(Teacher’s Manual)の充実具合だと思います。当初は,答えが必要になるもの(間違え探しの答えなど)だけを提示した簡素な冊子体を教授用資料とするという方向で進めていました。そうすることで,詳しいことは教師用ブックを買って読んでくださいねという販促が可能だからです。ただ,私はこのGTDはタスク・ベースの考え方に馴染みがない(またはそうした授業展開を経験したことがない)先生方にとっては非常にハードルの高い教科書になってしまわないかということを懸念していました。

前述のとおり,この教科書はユニットごとに各セクションで行われる活動が異なります。つまり,大枠での意図(メインタスクへの準備等)は同じでも,その中で実際に学習者が取り組むことが語彙にフォーカスを当てているのか,あるいは自分の意見を考えるアイデア・ジェネレーションなのか,というのが異なってくるわけです。それはサブタイトルという形で教科書本体に記載されています。しかし,それだけでは不十分ではないかと思ったのです。そこで,そのセクションがどういった意図をもってデザインされているのか,そしてそこで気をつけるべきことはどういったことなのかということを説明することで授業準備の負担を軽減したいと思いました。また,教室内でどのようなことが起こるか,あるいは教員はどう振る舞うべきなのかなどを事前にシミュレーションすることもTMを読むことで可能になると思います。

かといって,TMもついているから教師用ブックは買わなくてもいいね,ということにはならないようにしました。活動のバリエーションや活動条件,タスクを成功させるためのtipsやタスク・ベースの言語指導に関する基本的な知識などについてはやはり教師用ブックを読んでいただかなくてはいけません。ちなみに,GTDを50部以上採用いただいた先生には三修社さんから教師用ブックを献本いただけるということです。詳しくは三修社さんにお問い合わせください。

TM内では,各ユニットの冒頭で授業前に必要な準備というセクションをつけました。これも,各ユニットで毎回同じ準備をすればよいわけではない教科書だからこそ必要になるものです。そこに「とくになし」とあれば,実際に何も準備をせずに「えいやっ」と教科書を持って教室に行くこともできます。そして,印刷物があれば印刷が必要だというのが一瞬でわかります。そうやって,まずはTMの一番最初の部分を見るというクセができたとしたら,おそらくそこに書いてある他のことも見てもらえるでしょうし,見てもらえれば必ず授業がよくなる情報を提供しているという自負があります。もしかすると,TMはあまり読まれないかもしれませんが,著者陣全員が,そして編集担当の方も,教科書本体に向けた情熱と同じかそれ以上の情熱をTMにも注いでいると思います。TMに書いてあることは見る人によっては「そんなこと言われなくてもわかる」というようなことかもしれません。ただ,タスク・ベースの言語指導に馴染みのない先生方にも安心してGTDを使っていただくことを念頭に置いてTMを作ったということはご理解いただければと思います。TMに書かれていることは,必ずしもGTDを使っていただく一人ひとりの先生方の自由な発想を制限するものではありませんので。

最後に

このブログ記事には書いていないGTDのコンセプトについては,見本PDF(https://www.sanshusha.co.jp/text/isbn/9784384335101/に期間限定でリンクがあります)のpp. 1-5に書いてありますので,そちらをお読みいただければと思います。すでにお気づきの方もいらっしゃるかとは思いますが,Book1というのがタイトルについていまして,Book2も鋭意製作中です。来年度の冬には同じように宣伝ができると思います。もうすでに来年度のシラバスや教科書の採用が決まってしまっているかもしれませんが,ぜひGTDの採用をご検討いただき,また実際に使ってみての感想等もお寄せいただければ幸いです。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

Task-basedなレッスンにおける教員が与えるインプット

以前,タスク教材集が出ましたという記事を書きました。これに関連する話です。

この本では,タスクそのものをタイプ別に掲載してあります。一応そのままでも授業に使えるように,デフォルトの「レシピ」的なものは書いてあります。ただし,これを使って例えば大学の90分の授業を「真面目に」成立させようと思うと,タスクの前の活動(pre-task)とあとの活動(post-task),タスクの繰り返し(task repetition)等も考えないといけないのでひと手間かかります。今年は自分が担当する授業のうちの1つでこの本に掲載されているタスクでシラバスを作ってやろうと思っています。というわけで,掲載されているタスクをレッスンプラン的なものに落とし込むようなことをやっています。

そこで,私としては最も重要視したいと思っているのが「まずはインプットから」という大原則。学習者同士のやりとりがメインだとしたら,その前にインプットをたくさん与えたいわけです(もちろんメインがinput-taskでもその前にinputがほしい)。その際に重要になるのが,教師自身がinput providerになれるかどうかということだなと感じています。教員が教室内で話す(または書く)英語が,挨拶,”Open your textbook…”みたいな指示英語,repeat after meのモデルというだけではなく,いわゆるインプットの素材として,学習者が聞いたり読んだりする意味のあるものであることが非常に重要ではないかと思っています。そして,既製の音源ではなく教師がやれば,活動の幅がぐっと広がる上に,学習者のレベルに合わせてインプットを調整することもできるわけです。授業をやっていく上でこのことの利点を活かさない手はありません。学習者に描写させるのであれば,教師自身がまず描写してみせる,というように。これって言ってることは簡単なんですが,実際にはそれなりにchallengingであり,教員のスキル(英語そのもののスキルと指導のスキル)が要求されます。そこに自信がないのであれば,自分が達成する自信がないと思うような課題を学習者に与える教員てどうなの?ってなりますよね。そこはプライドを持って教員もトライしたいところです。ただ,そういう意味でいうと,task-basedなレッスンをやるのは敷居が高いと敬遠されてしまうのも理解できるかもしれないと思ったりしてしまいました。

英語の先生になると信じて疑わなかった学部生の自分に要求できるかというと,正直難しいなと思ってしまったことも事実です。学部3年で教育実習に行ったとき,英語で授業することに非常に苦労をして自分の英語力に絶望し(もともと英語が得意だと思っていたからこそ英語教員を目指そうと思ったのに),このままじゃ自分に自信がないからと教員採用試験を受けずに学部を卒業してから北米の大学院に行って英語教授法の修士号を取り,中学校で臨時任用教員として10ヶ月勤務し,そこからさらに博士課程に進学し,非常勤講師として専門学校や大学で英語を教えました。今の職場に来て今年で4年目です。それでも,まだまだ学習者にとってベストなインプットを与えられるような授業ができているかと問われると,まだまだ改善すべき点は多いなと毎週感じます。

実際に授業をやってみたリフレクションなんかの記事も今年度は更新していけたらいいなと思います。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

活動の足し算と引き算

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はじめに

大学で使用されることを想定とした教科書を作るっていうのを考えたとき,必要最小限の核となる部分だけを提供して,あとは自由にやってくださいねっていうスタンス,つまり教師に足し算な考え方を要求する場合と,逆に盛り盛りにアクティビティを盛り込んで適宜飛ばしてくださいっていう引き算的な思考を要求する場合(注),どちらがいいんだろうなっていう話です。

足し算のメリット・デメリット

メインだけ決まっていてあとは自分で,という場合,当然ながら教師が考えることは多くなりますよね。事前にどういう活動をやるか,あるいは事後にどういう活動をやるか,みたいなことも含めて。これって自分の中にある程度こういう授業をやりたいみたいな軸があって,それに合わせて教科書を選ぶような人だったら授業をやりやすいでしょうね。今日のメインは唐揚げです!ってだけ言われたら,揚げ物に合わせてなんかさっぱり目の副菜作ろうかなとか,むしろ唐揚げをアレンジして酢鶏的なもの作ろうかなとか,そういうの考えるの好きな人だったり,自分が食べたいものがはっきりしている人だったらその考える過程も楽しめるでしょう。自由にできるというのはメリットです。一方で,考えたいけど考える時間はない,準備する時間もない,とにかくすぐにご飯を食べたい(食べさせたい)という人にとっては,献立が全部きっちり書いてあったり,あるいはもうすぐに食べられるようなお惣菜がある方が便利なわけですよね。つまり,同じことを別の角度から見たらデメリットにもなります。

「授業を考えることを放棄するなんて知らん!メニューくらい自分で考えろ!」と思う気持ちは一定程度理解する一方で,何校も非常勤掛け持ちしている先生だったり週に10-12コマとか教えている先生に支えられて成り立っている自分の勤務先の英語教育のことを考えたらそこまで突き放す気にもなれません(おそらく色んな所でも似たような状況なのではないでしょうか)。

引き算のメリット・デメリット

いろんな大学用教科書見てきていますけど,その多く,というかほぼすべてはどちらかというとこちらのスタンスなのではないかと思うことが多いです。こんな盛り盛りでいろんな活動が載っててこのユニット数あったら,どう頑張っても時間足りなくないですか?みたいな。私はどちらかというと自由度が高めであるほうが嬉しいタイプです。ところが,「どの教科書を選んでもとにかくてんこ盛り,なおかつ活動自体は別に面白くもなくてドリル的なものが多めでつまらなそう。」って思うことが多いです。そうなると,いわゆる素材というかテーマというか,扱っている内容が面白いものを選択することが多いです。それが面白ければ,あとはこっちでそれをもっと面白くするようなタスクに落とし込んで授業を考えればいいからです。そういう視点でみたら,わざわざ引き算するのめんどくさいからもう素材だけくださいってなります(教科書を使う縛りがなかったら使わないと思います)。

ただし,上述したように足りなくて足すよりは何も考えなくても教科書に載っている活動をやれば授業として成立するほうが嬉しいと思う方もたくさんいらっしゃるのでしょう。だからこそそういう教科書が売られていて,そういうのが売られているということはそれが売れるから,ということだと思いますし。あれもこれもついてきますみたいなのどんどん増えてきている気もしますもんね。オンラインで学習させられるとか,テストがついているとか。

おわりに

確かにありがたいのはありがたいと思うし,自分が作る教材だったりタスクだったりテストだったりがそんなに優れているのかと問われたらそこまで自信を持ってはいと答えられるわけではないのですが,一応英語教師としても飯食ってるわけですから,自分で授業を考えることだけはやめたくないなと個人的には思います。それを自分以外の人にどれだけ求めていいのか,というのが悩ましいと思っているところです。自由度が高すぎることを不親切だと思う人も絶対いると思うので。

でも,本当のところ,(一般的な意味での)ミニマリスト的教科書と活動が豊富に掲載されている教科書どちらがいいんでしょうね。というわけでアンケート置いてみました(初の試み)。Twitterでやったほうが回答集まりそうですけどねw

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。


注:いや飛ばしてほしいと思ってないです。全部やってもらいたいと思っていますということで教科書作られているかもしれないですけどね。

内容の負荷が高いときのタスクの作り方

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はじめに

英語(語学)の授業において,タスクを作るときの基本的な考え方として,最近自分の中でしっくりきたことについて書きます。簡単に言うと,タスクの内容的な負荷が高いときは,タスク自体がもたらす負荷を軽減させることによって学習者が取り組みやすいようにするということです。

内容の負荷

内容の負荷とは,ここでは内容の難しさのような意味で使っています。私がもってる授業のうちの1つのクラスで使っている教科書では,数回に一回ほどの割合で,社会的な問題(環境問題等)をテーマとして扱うものが出てきます。こういうテーマは,学生が普段どれだけこういう問題について考えているかということによってかなり左右されるので,例えば旅行とか食事とか,そういう学生にとってより身近だと考えられるテーマよりは英語を使ってやりとりする負荷があがります。こういう内容的に難しい話題を扱おうとするとき,タスク自体がもたらす負荷も高いものだと失敗する確率があがります。

タスクの負荷

では,タスクの負荷とはなんでしょうか。これも本当にいろいろな要因があって,一概にタスクの負荷を決めることはできないのですが,それでもbeginnerレベルでも取り組みやすいタスクとそうでないタスクはあります。例えば,意見を交換して合意形成を求めるような意思決定タスクは決める内容が簡単であったとしても難しいです。自分で意見を考えないといけないうえに,相手を説得するような論理的思考が求められるからです。一方で,情報のギャップがあってその情報のギャップを埋めるようなタスクは,事前にその情報が与えられていて,相手に情報を伝え,そして相手から情報を得ることさえできればいいので負荷は低いということになります。

内容の負荷×タスクの負荷

内容の負荷が高く,なおかつタスクの負荷も高ければ非常に難しいタスクになり(e.g., 少子高齢化問題への解決策を4人グループの中でそれぞれが提案し,最も良い案を1つ選ぶ),内容の負荷が低く,なおかつタスクの負荷が低ければ易しいタスクになります(e.g., すでに与えられた予定を見て,自分のパートナーの相手と遊びに行ける日時を探し出す)。

このことを念頭においておけば,すでに内容が与えられている状態でタスクを構想する際に役に立ちます。つまり,今回の教科書の内容は社会的な問題(内容の負荷が高い)ということであれば,タスクの負荷が低くなるようなタスクを構成すればよいということです。

もちろん,内容の負荷が高いからこそインプットタスクを充実させて,内容的・言語的な負荷が下がるように工夫したり,タスクの条件面で準備時間を増やす等をすることでもきます。そういう方法もありますが,タスク自体の工夫もできますよねというのが今回の記事の趣旨です。

例えば,環境問題をテーマにしたタスクを作ろうとするのであれば,意思決定タスクにするのではなく情報交換型タスク(e.g., 2人または4人等のグループ内で情報を共有し,どの国でどの問題が深刻なのかの表を完成させるとか)を作ることを考えるということです。ちなみに,情報交換は分割数が多くなれば難しくなります。1つの情報を2人で分割してやるより4人がバラバラの情報を持っている方が難しいということです。

おわりに

これまでに私自身がタスクを考えるときは,基本的にまず教科書の内容と相性の良いタスクのタイプを選んでタスクを構想していました。ただ,内容と相性がいいからと言って内容が難しい意思決定タスクを作ると,やっぱり自分の中での手応えがあまり良くないことが多くありました。そういうことを考えていたときに,思い切ってタスクの負荷を下げてみればいいのでは?と思って,普段よりもかなりタスクのゴール達成が容易になるようにタスクを作ったら,意外とむしろそれが程よい難易度で,学生も達成感を味わっているように見えました。

この記事ではタスクのタイプの詳細についてあまり詳しく説明することはしませんでしたが,それも今度出る教材集にタスクタイプごとに豊富な例がありますのでそちらをぜひ御覧ください。

コミュニケーション・タスクのアイデアとマテリアル 教室と世界をつなぐ英語授業のために

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

Slackを授業で使ってみてわかった課題

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はじめに

ちょうどオンライン授業だなんだということで,様々なツールの授業利用の情報がネット上に溢れ出した頃,私は下記のような記事を書きました。

オンラインで語学の授業をする際に取り入れたい「やりとり」のためのSlack活用

Slackを授業で使ってみて,色々課題が見つかったので,どんなふうに使っているのかということと,どんな課題があるのかということをここに書いておこうと思います。

基本的な利用方法

  1. 学生は授業開始時間になったらLMSにアクセスし,教科書に沿った課題を順番にこなす
  2. LMSでの課題が終わったら,slackに移動し,#discussionというチャンネルに投稿されたトークテーマでペアと会話する

おおまかな授業の構成はこの2点です。1の部分では基本的にリスニングやリーディングベースの課題をやります。その内容に基づいたペアまたはグループのインタラクションをslackでやるというのが2の部分です。slackでのやりとりについては,下記のような資料をLMS上にアップして見れるようにしています。slackでは英語でしかinstructionを出さないことにしているので,ポスト機能を使って英語版の資料を投稿しています。

1. 10時より前にここまでたどり着いた人は,一旦休憩してください。

2. 10時になったら,Slackを開いて,ShufflからのDMを確認しましょう。DMが一緒に来た人が今日会話するメンバーです。

3. まず,はじめましての挨拶だけして,誕生日を確認しましょう。誕生日が一番早い人が,最初に#discussionのチャンネルに投稿をして会話のスレッドをスタートさせます。例えば,”Let’s talk, @AAA and @BBB!”のように投稿してみましょう(AAAとBBBには同じグループの人の名前を入れます。こうすることで,どのスレッドに自分が参加すればいいのかグループメンバーがわかりやすくなります)。

4. グループの中で一番誕生日が遅い人は,司会役として会話をうまく回す役です。まず誰の話から聞くかなどを考え,全員が均等に発言できるように工夫しましょう。目安としては,1人が5回以上発言することが最低ラインです。

5. グループの中で誕生日が真ん中の人は,会話のまとめ役です。全員が5回以上発言し,話題も出尽くしたなと思ったら,会話を終わらせます。この合図は,”Shall we invite Mr. Tamura to this thread?”です。みんなが,同意したら,私にメンションをつけて会話が終わったことを教えて下さい。”@Yu Tamura We finished!”みたいに。この投稿があったら,私が確認しに行きますので,少し待っていてください。私からOKをもらったら,グループワークは終了。この日の授業は終わりとなります。グループメンバーにお礼を行って終わりましょう。出席登録だけ忘れないようにしてください。

25名以上のクラスはShufflというappを使ってペアリングまたはグルーピングをしています(注)。ただこのappは平日の指定した曜日の午前10時にDMを送るという仕様なので,1限の授業(私は全学教養英語の4つの担当のうち3つが1限)だと授業時間中に自分がだれとワークするのかを知ることになります。1限だと,9:00-10:00でLMSの課題,10:00-10:30はslackでコミュニケーションタスクという分け方にしています。

見えてきた課題

時間配分の問題

上記の方法でやって最初に困ったのは,グループの指定が10時で,そこから役割分担決めて話し始めるまでに10-15分くらいかかってしまうという点です。もちろんこれは慣れの問題で,回を重ねれば解決するのかもしれませんが,始まるまでの時間が長くかかると,やり取りの時間が実質短くなってしまい,授業時間中にタスクを完遂できなくなってしまいます。また,グルーピングの時間に余裕をもたせておかないと,グループが集まらなかったときに話をスタートできない人ができてしまいます。教室のときのように自分のペアの相手,グループのメンバーが欠けている(欠席orLMSの課題が遅れていて間に合ってない等)というときに,slack上での課題に入れないことになります。教室であれば,グループやペアができていないことは見れば一目瞭然ですが,なにせこちらも学生から報告されないとわからないので,問題の発見,報告,対応も対面授業に比べて遅れてしまいます。自分の相手と連絡がつかなかったときのガイドラインは作っておいたほうが良さそうです。例えば,

  • 3分経って相手から連絡が来なかったら教員に連絡
  • 連絡の際は,「ペアの人がいません」とかではなく,「私の今日の相手は○○さんですが,XX時XX分にこちらから連絡をしましたが反応がありません」のように情報を伝えること
  • 教員からの指示を待って,Shufflで指定されたペアとは違う人とタスクをやるように指示された場合,自分につけられたメンションを確認し,会話に参加すること

というような感じです。appを使ったペアリング・グルーピングは,こちらで誰と誰が組んでいるのかわからないため,「相手がいません」と言われても教員は対応ができません。そこで,「相手誰?」と聞くので1ターン分のロスが生まれてしまいます。最初に相手がわかれば,LMSのログイン状況や課題の進捗を見て,そもそもLMSの課題をやってなかったら欠席の可能性が高いし,課題をやっているのであればあとどのくらいでslackに来そうかもある程度予想がつきます。グループであれば,情報が分割して与えられているようなジグゾー系のタスクでない限りは人数が欠けていてもとりあえず,スタートはできます。ペアだと相手がいなければどうしようもないので,すぐに対応しないと待ちぼうけで時間を無駄にしてしまいますので,対応方法は明確にしておく必要があります。

おそらくですが,slackのやりとりだけで1時間くらいの余裕をもたせても良いのかなと思いました。実際にやりとりが始まってから終わるまでは,平均して30-40分くらい,投稿数としてはだいたい20-30 per threadくらいでした。ただ,始まる前の時間を確保し,その上である程度余裕を持って終了するためには(そうでないとやり取りを急ごうとしてしまうので機械的に終わらせようとしてやりとりが無味乾燥になる),1時間くらいの余裕を持ってやるのがいいかもいしれないなと思いました。むしろもっと長くてもいいかもしれません。これが慣れによって改善されるのかどうかはもう少し回数を重ねてみないとわかりませんが,少なくとも30分という時間設定では不十分であることは間違いありません。

となると,shufflの指定を前日10時にしておいて,前日にはメンバーがわかっていて,役割分担も確認できていて,10時になったらすぐに対話をスタートさせられるようにしておいたほうがいいのかもしれません。slackで行う対話の内容自体はLMSでのインプットベースの課題に基づいているので,LMSをやってからslackへという流れだけは変えたくありません。つまり,LMSはアクセスの時間を1日中,あるいは1週間可能にして,slackだけ授業時間中にやるというのはしたくないしできないと思っています。ただ,LMSの課題を1時間で終わらせるのが厳しい学生もいるようでした(こちらとしては授業開始と同時にスタートすれば30分程度で終わると見込んで作っています)。

時間配分問題の解決策

1. 授業開始即slack

大幅な仕様の変更になってしまいますが,授業開始と同時にslackを始める仕様にするという手があります。 そうすると,グルーピングについて2つの方法が考えられます。1つは,shufflでグルーピングするタイミングを前日に設定しておき,役割分担も授業開始時点では完了するように指示するというもの。2つ目は,こちらであらかじめ毎週のグループ(ペア)リストを作って公開し,それを見て各自がグループDMを作って役割分担をしておくというものです。リストの中でグループDM作る人を指定しておき,グループDMの始め方の資料も作っておけばなんとかなりそうですが,学生がどこまでできるのかは未知数なので不安があります。

上記いずれの方法を取ったとしても,授業開始時点からslackをするのであれば,授業開始前にインプットタスク部分であったりoutputのpreparation部分(自分の考えを決める等)が終わっている必要があります。それが可能となるためには,前週から授業週までの1週間で準備となる課題を終えて(これについては授業時間内に終わらせなくていいこととする)おくように授業計画を変更することが必要になってきます。

むしろ,前もってグループがわかっていれば,役割分担の確認も前もって終えた状態で授業に臨めるので,会話スタートまでの時間をタスクそのものに費やすことができるかもしれません。そうなれば,これまで通りの時間でも十分にタスクを完遂できる可能性もあります。

授業時間後にすぐslackスタートという案は大幅な授業計画の変更になりますが,その一部分であるグループ(・ペア)リストの公開は考えてしまってもいいかもしれません。

2. slackは授業時間内でなくても良いとする

2つ目の解決策は,slackのやりとりを授業時間内で終わらせることに限定せず,むしろLINEのグループチャット的な使い方(時間のあるときに返信する)とするものです。こうすれば,なにかトラブルが発生してもそれに余裕をもって取り組めますし,時間を空費してしまうリスクは抑えられます。一方で,ライブ感が損なわれてしまいます。また,学生がslackの通知設定をどうしているのかに依存してしまうので,「返事忘れてました」となる可能性もかなりあります。

逆に,24/7でslack課題から逃れられないというプレッシャーを与える可能性もあります。これは,亘理先生が先日ブログで書いていた授業内外の話にもつながりますが,授業の時間内という縛りをなくすことによって,slackの課題が他の日常生活の時間や学生が受講している他の授業との競合を迫られることになります。場合によっては昼夜問わずにslackの返信が迫られる(ように学生が感じてしまう)かもしれません。もちろん,学生が自分で様々なことに費やす時間の管理やタスク管理をできれば問題はありません。ところが,「社会人」とか「オトナ」であってもタスク管理の本がわんさか世に溢れ,そのためのアプリケーションやライフハック術を求める人がたくさんいるわけです。つまり,かなりレベルが高い,身につけるのが難しいスキルなわけです。自律的学習者の育成という意味では大学生のうちにそういったマネージメントスキル的なものを身につけてもらいたいという思いもある一方で,それをすべて学生側に投げることもあまり誠実とはいえないような気がします。

以上のような理由で,2つ目の解決策はメリットもありますが,個人的にはデメリットも大きいなと思っています。

教師の介入のタイミング

時間配分の問題は,どちらかというと授業の運営上の問題でした。2つ目の問題は,むしろ指導技術に関わるものです。それは,学習者同士の会話にどうやって介入するか,どのタイミングで介入するのかという問題です。

私は先週の授業である「失敗」をしました。その日のslack課題は,「教科書の登場人物の情報を読み取り,その人達が参加するパーティに自分も招待されたとしたとき,誰と一番仲良くなりたいと思うか?その人にどんな話題で話しかけるか?」を考えるというものを各自で考えて,意見交換するというものでした(合意形成は必要なし)。

この課題に対して,いきなり”What’s yoru hobby?”とペアの相手に話しかけているペアがいたのです。私はそれを見て,「しまった。課題が正しく理解されていないぞ」と判断して,”Why are you two talking about hobbies?”ってすぐ突っ込んでしまったのです。ところが私のその投稿の直後に,メインの話題に入ろうかという言う話になっていたのです。その時に「あ,そういうことか。趣味の話はconversation starterだったのか」となったんです。その意識が自分にはまったくなかったので,反射的に流れを乱してしまったことを反省しました。ランダムに話す相手決めてるので,いきなり話すんじゃなくなにか最初にアイスブレイクじゃないけどそういう会話を入れるというのを,誰にも何も言われていないのにできるというのは素晴らしいことですよね。もちろん,そこでいきなりWhat’s your hobby?が適切なのかっていうのはあります。ただ,コミュニケーションとして大事な要素を意識してやりとりしようとしたという行動に何か水差してしまったなぁと思いました。

教員側としては,勘違いして変な方向に行ってしまうのはなるべく早く止めて軌道修正してあげたいとは思うわけです。ただし,それを仮に教員が指摘しなくても自分たちで「あれ?この話でいいの?」などとやりとりしながら,「先生!この話であってますか?」とか「もう一回インストラクション読み直そう!」とかいうやりとりをして自分たちの力で軌道修正ができるのだとしたら,それ最高っていうかそれが英語でできるというのは素晴らしいことだと私は思います。むしろ,それこそが私が身につけてほしい「英語力」だと思っています。その学びを奪うことは絶対にしたくありませんが,かと言ってそれを黙って見てるのももどかしいというのがジレンマです。

また別の視点で見れば,合いの手を入れるタイミングもテキストチャットは独特です。誰かがタイピングしている最中であればそのことがSlack上で表示されるとはいえ,何十人も同時にやっているので自分がコメントしようとしてる学生が何か書いてるのかまでは把握できません。そうすると,スレッドが止まっているのは沈黙なのか,はたまた書いてる最中だから止まってるのか,ということはわかりません。沈黙しているから何か会話を促すような投稿をしてみよう,と思って何か質問を書き込みんだらその直後に次の話題に移行するような投稿がされてしまって逆に対話の流れをそいでしまったりということもありました。意外にというか,教師の介入は結構難しいなというのがリアルタイムのインタラクションをテキストチャットでやらせてみての正直な感想です。

このように邪魔をせずに何かしらのメッセージを伝える方法としては,reactionの活用も可能かもしれません。つまり,絵文字でレスポンスすることですね。slackには豊富な絵文字があるので,いくつかに絞ってフィードバックを関連付けておけば,会話を邪魔せずに何らかのフィードバックを与えることもできそうです。

また,このリアクションをうまく利用して成績に反映させる事も考えられます。今のところ,「いいね!」と思った投稿には100点のマーク(:100:)をつけておくようにしています。それをあとからslackのAPIを利用してログを取得して,どの学生が何回そのマークをもらったかを集計するというものです。このことはまた別の記事で紹介できればと思います。

おわりに

とりあえず,slackを利用して何回か授業をやってみてわかった課題と,それをどうしたら解決できそうかについて書いてみました。前回の記事を書いたときは,まだ実際に実践をしてみる前の段階でしたので,この記事に書いたようなことは見えていませんでした。これからまた授業を重ねるごとに,新しい問題が出てきたり,あるいはここに書いた課題を克服できたりといったこともあるかもしれないので,また時間をみつけて記事を書こうと思います。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

注. ちなみに,Shufflは無料でも2人,3人,4人と人数が選べます。一方で,donutだと時間の設定やhostをペアリングから外す等の設定は便利ですが,無料版では2人しか選択できないので,Shufflとdonutは一長一短という印象です。