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SLA批判のXポストを読んで考えたこと

はじめに

SNSで「SLAの知見で授業が刷新されるなら,学習者の熟達度はもっと上がっているはずだ」という投稿を見ました。もっともに聞こえます。ただ,読み終えたあと,批判の照準が少しズレているのではないかと感じました。この記事では,その自分が感じた違和感を整理し,誰にどの問いを投げるべきかを書いてみます。

何が問われているのか(論点の整理)

この投稿から私が感じたことは次のとおりです。

  • 授業内の言語活動をいくら精密に記述しても,短期には熟達度上昇につながらないのではという疑問
  • 「適切に研究してその成果が適応されていれば能力は上がるはずだ」という短絡的な因果推論への違和感
  • SLAはそもそも授業の即効性を直接示す分野なのか,という素朴な問い

SLAとISLAの役割の仕分け

(私が思う)SLAはメカニズムの説明に重心があり,ISLAは教室(または指導環境)という条件での因果検証に重心があります。SLAの役割は,第二言語がどのように習得されるかという仕組みを記述・説明することです。これにより,介入の設計図に相当する理論的コンパスを提供することもできますが,それは第一義的な目標ではないでしょう。

一方で,ISLAの役割は,教室(指導場面)という条件のもとで,タスクやフィードバックなど,教育的介入や学習方法の違いがどの程度効くかを検証することでしょう。よって,件のポストに対しての一次的な応答責任はここにあります。

ポスト主の方がおっしゃるディスコース研究の価値もあるでしょう。それは,学習の過程を可視化する「街灯」です。どんな学習環境なのか、そこで実際にどんな指導・学習が起こっているのかを記述することは,そこを明らかにできるでしょう。街灯そのものは目的地ではないですが,道を安全に歩かせることができます。こういう研究には,即効性のあるなんらかの処方箋的なものは期待できません。

要するに,「SLAの知見では英語教育は変わらない」という問いを投げるなら,まずISLAの設計と測定に向けて問うのが筋であって,SLA研究に向けられる批判なのかなという気がしてしまいました。

効果検証の設計(ISLAが明示すべきこと)

言語の熟達度というのは,そんなに即効性をもって観察できるようなものでは本来ないはずです。発達は,遅いんです。よくある実証研究であるような短期的な観察で効果を断じるなら,観測設計に対する説明責任が生じますよね。そうなると,ISLAが明示すべき最小セットはこんな感じではないでしょうか。

  • 成果指標は何か(テストスコア,パフォーマンス,転移など)
  • どの時間幅で測るか(短期,中期,追跡)
  • どの比較を置くか(統制群,対照群,事前事後)
  • 効果量と不確実性の示し方をどうするか
  • 測定が中間過程の所見(ディスコース)とどのように結び付くか

これらを明示すれば,「役に立つ/立たない」という印象論から,検証可能な議論へと移行できるのではないかなと思います。それはISLA研究者だけの問題ではなく,その研究の成果を受け取る側も,こういった視点で研究を読むことで,研究の成果に対して過度な期待を抱くことも抑制できるのではないかなと思います。

研究の成果が能力が大きく向上させることはそもそもない

そもそも,私はなんらかの言語教育研究の成果が,何かの能力を大きく向上させる結果を生み出すということはないと思っています。そんな単純なことではない。一般化可能なレベルの知見なんて誰でもわかるような「そりゃそうだろう」クラスのことだと思いますし,新しい発見!なんてものはおそらく別の要因でかき消されてしまうような小さな効果しか生み出さないでしょう。件のポスト主の方も,だからこそ教室ディスコースの大事さを訴えているのかもしれませんが。

おわりに

SLAは仕組みを語り,ISLAは効果を測るのだ,というような役割分担がある気がしています。「SLA」というおおざっぱな括りでの批判の照明を当て直し,誰の主張にだれがどう答えるべきかを私は整理したいのです。SLA一般への不信ではなく,授業の有効性に一次的に答えるのはISLAであって,SLA=メカニズムの説明,ISLA=指導環境での因果検証という前提は,言語教育に関わる人,SLA研究をやっている人,そして得にISLA研究をやっている人,それを広めようとしている人には自覚的であってほしいです。そしてもう一つ大事なこと。言語教育研究が熟達度の大きな向上という結果を教育現場に広く行き渡らせることはないのだ(それは相当に実現可能性の低いことだ)という自覚も同時に必要なのだと思います。SLAだろうがISLAだろうが,研究はそんなに単純なものではないし,それが社会に適応される過程だってそんなに単純なものではないのですから。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

どんな研究が必要か

はじめに

私の所属する関西大学外国語教育学研究科には,博士論文研究の計画書を提出し,その計画について口頭試問を行う「研究基礎能力試験」があります。この記事は,その発表を聞いて私自身が考えたことを整理したものです。あらかじめ強調しておきますが,ここで述べるのは特定の方の研究や指導に対する批判ではなく,あくまで一研究者としての私のスタンスです。

当たり前を疑う

私は常々,研究者には「既存の研究を乗り越える視点」を持っていてほしいと思っていますし,自分自身もそうありたいと考えています。本当に面白い研究というのは,多くの人が「当たり前」だと思ってきた前提を揺さぶり,新しい視点を提示するものだと感じています。そうした挑戦がなければ,研究の発展には限界があるでしょう。なぜなら,もし前提に誤りや誤解が含まれていれば,その上に積み上げられる研究も十分な価値を持たなくなってしまうかもしれないからです。

もちろん,先行研究は大切です。しかし「大切である」と「常に正しい」は同義ではありません。すべてを疑ってかかる必要はありませんが,「本当にそうなのか」という視点は,博士論文のような規模の研究プロジェクトでは特に必要だと思います。

既存の枠組みに従って研究を進めるのは比較的容易です。たとえば「先行研究ではA → Bという関係が示されているが,AがCに影響している可能性もある。さらにA → Dの関係は検討されていない。そこで本研究ではA → CやA → Dも扱う」といった展開は典型的です。このように要因の組み合わせを増やしていく研究は確かに進めやすいのですが,それだけを積み重ねても,背後にある本質的な法則や仕組みの理解につながるのかは常に問い直す必要があると思います。

新しい道筋を示す研究の好例

私は常に,「既存の前提を問い直し,そこから新しい道筋を示す」研究には強く惹かれます。実際,最近の研究でその好例と言えるのが,『Revisiting Universal Grammar in L2 acquisition: Weak conformity and linguistic dissonance resolution』という論文です。この研究では,第二言語習得における普遍文法(UG)の役割を見なおし,「UG」が学習者の中間言語(interlanguage)に一時的に現れるUG非整合的なルール(いわゆる “wild grammars”)を検出し,修正へと導く「モニター装置」として機能するという枠組みを提示しています。従来のUGに対する理解を単純に否定するのではなく,より包括的な枠組みとして再定義することで,説明力を拡張しようとするこのアプローチには,非常に示唆を受けました。既存理論の限界を踏まえつつ,新たな理論的視野を開拓する好例だと思います。

研究の成果を社会に直接役立てることは重要ですが,それだけが研究の価値ではありません。研究そのものの営みをより良いものにすること,それ自体が大きな社会的意義を持つはずです。人文学の研究はまさにそうした側面を強く持っています。「SLAは役に立つのか」という議論も,しばしば「役に立つ」という言葉を狭い意味でとらえすぎているのではないかと感じます(関連:英語教育学会に平和を!「教育的示唆」という用語は禁止!)。

おわりに

私が大事にしたいのは,「当たり前」に見える前提を一度立ち止まって問い直す姿勢です。それが回り道に見えても,長い目で見れば研究の厚みや意義を広げていくのだと思います。そういう営みに貢献できる研究者を目指したいですね。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

読書会の中身/形式ってどのようなものなのでしょうか

はじめに

querie.meでいただいた質問です。質問の全文は以下のとおりです。

質問

(自分一人だと読めない本があるため,自分だと選ばない本を読んでみたいため)学術書の読書会に参加してみたい,ゆくゆくは開催してみたいと思います。一概には言えないとは思いますが,読書会の中身/形式ってどのようなものなのでしょうか。Tamさんが参加された或いは開催されたものはどのような流れでしょうか。あるいは開催されるとしたらどのような流れで行われますか?

回答

経験談

最初に私が読書会と呼ばれるものに参加したのは,院生時代のSkype読書会かもしれません。最初にやったSkype読書会は,私がアメリカにいるときで,学部時代にお世話になっていた先生に誘われて,Rod EllisのLanguage Teaching Research and Language Pedagogyを読む読書会だったと思うのですが,私だけひとりアメリカからSkypeで参加していました。たしか単発で私は一度だけ参加したとおもいます。

その後,私が名古屋大学大学院で博士後期課程をやっているときにも日本と世界をつないだ読書会をやっていました。あれは定期的にやっていましたね。当時は,非対面の集まりそれ自体が珍しい時代でしたので(10年前くらい),その珍しさで,大修館書店の『英語教育』に遠隔地をつなぐSkype読書会というようなタイトルで短い記事を寄稿したくらいです。

その読書会は,毎回報告の担当になる人が決まっていて, その報告者の人が資料を準備してレビューを行い,その都度質問を挟んでいったり,あるいは後の方でまとまってディスカッションをしたり,という形でやっていたのではないかと記憶しています。もうあれも私がD2かD3くらいのときじゃないかと思うので,10年近く前ですね。信じられない豪華メンバーだったと思います。このときは,本というよりも論文のレビューも結構やっていたと思います。

あとは,発表者のいないパターンの読書会もありましたね。福田さんが呼びかけて,LangackerのCognitive Grammarを読むことになりました。あれはまじで1人では到底読めない重厚さと難解さでした。そのときは,日時とその回に何ページから何ページを扱うのかを決めて集まり,個々にわからなかったことや重要だと思ったことについて自由にコメントし合ってディスカッションするという形式だったと思います。司会的なものを設けたりもしていなかったですねおそらく。主催者の福田さんが回す役を担っていたところはあるとは思いますが。

Cognitive Grammarを読み終わった流れで,たしかGoldberg本の訳書を読み,その後に読書会に参加していたメンバーの一部で用法基盤モデルをベースにした実証研究の論文もいくつか読んで,そこから着想を得て研究プロジェクトというかたちになり,2023年度にEuroSLAで発表した研究(現在投稿中)につながりました(Goldbergの本と論文は読んだ順番が逆かもしれないです)。

発表者がいるかいないか

発表者がいるパターンといないパターン,どっちにもメリットとデメリットがありますよね。発表者がいるパターンだと,自分が発表ではない回に参加者それぞれがどれだけエンゲージメントを高められるかというのが重要になります。変な話,自分が発表ではない回に,一部の参加者が「聞くだけ」でも別にそこまで問題になったりはしません(もちろん,読書会に参加している人数にはよりますが)。

一方で,発表者がいないパターンの読書会だと,自分から積極的にディスカッションに貢献しようという気持ちが全員になければそもそも成り立ちません。その意味で,事前に読むという段階でのエンゲージメントもそれなりにないとそもそも発言することすらできないでしょうし,誰かの言ったことに対して誰も反応しなければ会そのものが成り立たないという時点で,そのメンバー間の関係性みたいなものも結構重要になるでしょう。全然見ず知らずの人達と,自由にディスカッションをする,というのは,トピックがなんであれそんなに簡単なものではないでしょうから。

自分が開催するってことが今後あるのかどうかわからないですが,その時のメンバーとか,目的に合わせて形態は決めることになるのかなと思います。

おわりに

最近は,なかなか時間がなくて読書会に参加する時間もとれないスケジュール感なんですが,読書会があるから読む・読める本っていうのは絶対にあると思うので,参加したいですね…。子どもがもう少し大きくなって保育時間が伸びたらそういうこともできるのかなぁ…。

私に質問したい方は下記URLからどうぞ。

https://querie.me/user/tam07pb915¥

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

jsPsychで自己ペース読み課題を作りました

はじめに

querie.meで次のような質問をいただいたのがきっかけで,この記事を書いています。ただ,今回は直接的な回答をブログ記事にしたというわけではありません。

Jspsychで自己ペース読解を作りたいと思っているのですが、なかなか良いリソースにたどり着けません。 何を参考にして作成されましたか。

https://querie.me/answer/FoiIeOGRo0FxWcSAnwvx

参考までに,私が作ったものを公開しましたというお話です。

jsPsychというJavaScriptのライブラリを使って,Webブラウザ上で実験を行うことができます。私もコロナ禍以降,オンラインでできる実験プログラムの構築を色々と模索していて,様々なものに手を出したりしたのですが,最終的にはjsPsychでいくことにしました。特に理由はないんですが,コードベースだとやっぱり細かいところに手が届くっていうのが大きいかなと思います。心理学分野だと,心理学の様々な実験のサンプルを見ることができるのですが,残念ながら言語実験はあまりサンプルがないんですよね。そこで,jsPsychで私が作った自己ペース読み課題をGitHubに公開しました。

https://github.com/tam07pb915/spr-jspsych-experiment

詳しくはこのレポジトリを見てもらえたらと思いますが,補足的なことをこのブログ記事にも書いておこうと思います。

メインの部分

自己ペース読み課題にはいろいろなバージョンがありますが,私が作ったのは単語提示・移動窓方式と呼ばれるもので,一語ずつ,左から右に読み進めるタイプのものです。以下のリンクから短いデモができます。

https://tamura-jspsych-demo.netlify.app/spr-demo.html

自己ペース読み課題のトリッキーなところは,刺激は文として作るけれども,それを単語に分割して提示するっていう部分なんですよね。その仕組みのところは,

Week 4 practical | Online Experiments for Language Scientists

というページがかなり参考になりました。これをベースに,ChatGPTやClaudeに手伝ってもらいながらカスタマイズをしたという感じです。Githubには,私が実際のデータ収集に使ったフル実験のバージョンと,上のリンク先のデモ課題の2つを載せています。フル実験の方には,単なる自己ペース読み課題だけではなく,同意取得や質問紙のページがあったりします。また,異なるリストのランダム化や,途中で休憩を挟む,プログレスバーを入れる等々の違いがあります。

基本的には,

  1. 下線のみが画面に提示される
  2. スペースキーを押すと下線の1つが単語に変わる
  3. スペースキーを押して読み進めると,読んだ単語はまた下線に戻る
  4. 最後までいくと,次の画面でTrue/Falseの理解質問が出るので,FまたはJキーで回答する
  5. 試行と試行の間には「スペースキーを押して次にいってください」みたいな文言がある

という流れで進むようになっています。フル・サンプルのどちらにも練習セクションとメインタスクセクションがあり,練習セクションでは理解質問の回答に対して,CORRECT/INCORRECTのフィードバックがあります。メインタスクセクションではフィードバックはありません。

少しコードをいじれば、任意の記号(例えば”|”)で区切られた英文をその区切りごとに例えばフレーズ単位で提示することもできると思います。

全体的なこと

Firebaseとの連携

私は実験をfirebaseと連携させて,そこにデータを蓄積するという感じでデータ収集をしています。よって,firebaseと連携するための仕組みもコードの中に入っています。ただ,firebaseをどう使うのかみたいなところはウェブ上にたくさん資料が転がっているので,それを見て自分で勉強してみてくださいという感じにすみませんが今のところはなっています。

データ分析

jsPsychで得られたデータはJSONフォーマットになっています。これはそのままではデータ分析に適していないので,JSONデータをテーブルデータに変換する必要があります。これはそこまで難しくなくて,オンライン上でフォーマットを変換してくれるサービスもありますし,今なら生成AIに頼んだら多分やってくれる(またはコードを提案してくれる)と思います。とはいっても,その部分も結構大事ではあるので,一応サンプルの出力をRで読み込んで整形する過程もRmarkdownでドキュメントにしました。下記リンクからご覧いただけます(もとの.Rmdも含めてGithubのレポジトリに入ってます)

https://tam07pb915.github.io/spr-jspsych-experiment/sample-experiment/sample-data-transformation.html

使っている刺激

フル実験のメインタスク部分は,number attractionを見るための刺激文が入っていて,私の自作です(まだ発表すらできていないデータ…)。サンプルの方は,下の論文の実験1に使われた英文の一部を使っています。

Trueswell, Tanenhaus, & Garnsey (1994) Semantic influences on parsing: Use of thematic role information in syntactic ambiguity resolution. Journal of Memory and Language, 33(3), 285-318. https://doi.org/10.1006/jmla.1994.1014

理解質問は自作です(Copilotが勝手にサジェストしたものを使いました)。

刺激はコードの中に埋め込まず,別ファイルで用意してそれを読み込むという方法もあると思います。しかしながら,今回はすべてコードの中に刺激を埋め込む形にしています。Excelファイルで一般的には実験刺激は管理されるでしょうから,そこからjsPsychで扱われる形式への変換が必要です。これもおそらくはそこまで難しいことではないと思いますが,いずれRの例を作ろうと思っています。

注意点

私が公開したコードを,様々な実験に応用しようとすると,刺激の部分を入れ替えるだけではおそらくうまく動かないと思います。というのは,読み込んだ刺激の形に応じて,記録されるデータを選択しているからです。例えば,サンプルの実験では,実験要因として主語名詞句の有生性しか入れていません。1要因の実験というわけです。よって,そのサンプルコードを使って2要因以上の実験を行おうとすると,記録されるデータに反映されない要因が出てくることになります。もちろん,事後的に復元することは可能ではありますが。そのあたり,ここをいじったらここも必ず変えてねみたいな丁寧なコメントアウトまでは残念ながらできていません。ご了承ください。汎用性を意識してどんどん機能を追加して選べるようにするみたいなのはちょっと素人の私には難しいです。

おわりに

この記事では,心理言語実験で使う自己ペース読み課題のプログラムをjsPsychで実装して、GitHubに公開しましたという記事を書きました。冒頭の質問者様の役に立ちますように。自己ペース読みよりロジックは簡単ですが,プライミング語彙性判断課題のプログラムも手元にあるので,反響があればまた公開しようと思います。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

先行研究のレビューや良い批判の仕方は、どうすれば学べますか?

はじめに

Querie.meでいただいた質問シリーズ。質問は以下です。

先行研究のレビューや良い批判の仕方は、どうすれば学べますか? 参考になる本や、ご自身がどうやっているか教えてほしいです。

これまた私に聞くの?ってやつですね。私に「良い批判の仕方」を聞くのはちょっと良くないですね。私,「良い批判」ができないことで有名ですから…(ウッ

回答

とにかく大量のインプット

人から学ぶ

自分がどうやって学んだかっていうことを考えると,誰かと一緒に論文や本をたくさん読む経験をしたっていうことが一番大きいような気がします。「誰かと一緒に」がポイントです。自分一人で論文や本を読みまくって,鋭い視点でコメントができるようになる人もいるとは思いますが,そういう人は一部だと私は思っています。私のような凡人は,誰かから学んでいくしかありません。授業でもゼミでも,学外の研究会や勉強会でも,ときにはお酒の席でも,とにかく自分より研究キャリアの長い人がどうやって論文や本を読んで,どういうところに着目しているのか,そういうことを学びながら,だんだん自分もそういう読み方ができるようになっていったのではないかなと思います。

私が博士課程を過ごしたときの環境は,別に自分から求めなくても毎日延々と研究のことを喋り続ける人がいたので,夏の暑い日も,冬の寒い日も,雨の日も風の日も,雪の日も,そういう人たちの話を一生懸命聞いて,その話になんとか自分もついていくということに必死だった記憶があります。

私が博士後期課程1年目の春だったか夏前くらいだったか,先輩が「例えばな,この男と付き合いたいと思うか思わないかっていうのを0/1で考えるロジスティク回帰をするとするだろ。こういう曲線だな」みたいなことを言ったとき,頭の中で「ロジスティック回帰ってなに???」って思ってわけがわからなかったの,今でも鮮明に覚えています。そのあと必死に勉強して,その2年後くらいにRでロジスティック回帰をやるテクニカルレポートを書くことになったわけですけど。

学会でも,発表を理解することとともにどのような質問があがるのかということにすごく意識を集中させて聞いていました。すべての質問が良い質問ではもちろんないわけなのですが,そういうところでも,学びの機会はあります。オンラインの学会だとなかなか「会場の雰囲気」みたいなものを感じることもないですし,そもそも質問も出てきづらいことも多いので難しいかもしれません。ただ,2023年度からは対面開催の学会もまた戻ってくるでしょうし,行くのはめんどくさいですけど行ったら絶対に学び(と出会い)があると思って学会に行きましょう(自分にも言い聞かせる)。

学会のような大きなイベントではなくても,小規模の勉強会や読書会のようなものがあれば,勇気を出して飛び込んでみることをおすすめします。知り合いからそういう話を聞いたら,とりあえず行ってみる,若いうちはとくに誘われたら基本は参加,でいいと思います。英語教育系の院生さんや若手の研究者の方で(いや別に若手である必要もまったくないですが),私が毎月参加している研究会(輪読+アルファ)に興味がある方がいたら,ご連絡いただければ詳細お伝えします。たしか3月の開催日は28日だったかなと思います。

概説書を読む

大量のインプットというのは,自分の知識量を増やすという意味もあります。結局,その分野の枠組みみたいなものを理解していないと,個別の研究をそこに位置づけることもできませんし,それができなければその研究の価値も評価できないわけです。そういう状態では,「良い批判」はおそらくできないのではと思います。そのためには,個別の論文を読むことよりもむしろ概説書を何冊も何冊も読むことが大事なのではないかと,これは博士課程終わる頃くらいに思うようになりました。

後か不幸か,英語教育とか第二言語習得という分野は入門とか概論とかIntroductionというのがつく本が大量にあります(cf. 英語科教育法 「僕・私のこの一冊」 懐かしい思い出と未来への展望と)。中には同じ話をしていることもありますが,同じ話でもどういう文脈でその話が出てくるのかというのは著者のスタイルというか分野の眺め方によって違うわけで,同じ事象を別の角度から眺めることを繰り返すことで知識が深まっていくし,そのベースがあるからこそ個別の研究を批判的に読むことができるようになるのではないかと思います。

むかし,ある人が,「俺が学部生のとき,指導教員だった○○先生は論文より本を読みなさいってずっと言ってて,でも俺は論文を読みたかったんだ…!」って言ってたのを覚えています。彼がいま,このことをどう思っているのかはわかりませんが。私は,その先生の指導があってこそのいまの彼なんじゃないかなと思っています。概説書に書いてあるものは全部知ってることなんだから,新しい知識を得られないじゃないかって思いがちですし,概説書だけ読んでればいいってことはないわけですが,論文読むのと同じくらいそれは大事なことでは?って思うようになりました。

最初からうまくはいかない

誰かと一緒に論文を読むとか,学会に参加するとか,そういう場所では最初はなかなかコメントできずに周りの話に圧倒されるかもしれませんが,それでも声には出さなくても頭はフル回転させて「何を言ったらいいか」を考え続ける事が大事かなと思います。もちろん黙っているだけよりは何か言ったほうがいいわけですが,最初のうちは私も全然議論に参加できていなかったこともありましたから。場数を踏めばそのうち何かコメントできるようになるはずです。それが「良い批判」かどうかはわかりませんが,最初からなにかクオリティの高いものが出せると考えているほうが間違いです。どんなに有名な研究者でもoutput -> feedback -> revisionというプロセスを経て良いものを作り上げていくはずです。そういうことを繰り返していくうちに最初のoutputの質もあがっていくのだと考えたら良いでしょう。私もまだまだ修行の身です。

私は,自分が日々考えていることを文章としてウェブ上に残すという作業を10年以上続けてきました。そのことは,思考->言語化の部分の訓練にはなったと思います。その中には,読んだ本や論文などのレビューも含まれていたと思います。決してうまくまとめられていたとは思いませんが。それでも,ただ読んで考えて終わり,だけではなく,メモ書きで残して終わりでもなく,ある程度まとまった文章にするという作業をすることは,先行研究のレビューにもつながる練習ではあるかなと思います。

もしも,身近に誰かから学びをえるような環境がなかったり,ブログ書くとかそういうのはちょっとハードルが高い…と思うようであれば,書評だったり論文のレビューなんかをウェブ上で発信している人の記事を読むのも有意義だと思います。今はブログで発信している人の数も私の周りでは減ってきてしまっていますけれど。それでも,とにかく色んな人の色んな意見を読むというのは大事ですから。

また,「先行研究のレビュー」というのが,自分の研究に関連する先行研究に関するレビューを書くということを指しているのだとすれば,自分の先行研究のレビューが一番参考になるように思います。もちろん,自分の領域とは違う論文でも,論文を出しまくっている人はレビューが上手なことが多いですから,この人のパブリケーションすごいな,と思う人の論文を読んで,その人がどうやってレビューをしているのかを分析してみるのも良いのではないでしょうか。

このときに,論文のレビューセクションがどういう構造になっているのかを読み解く必要があるわけですが,その際の基礎的な知識として,下記の本は参考になるかと思います。

論文の書き方指南書ですが,「ムーヴ」(Move)という概念を獲得することにより,レビューの構造を把握しやすくなると思います。

それから,分野は違いますが,こんな本もあります。

文学の批評は論文や研究に対して批判的なコメントをすることとはまた異なるものですが,文章の読み方や書き方に関するヒントはたくさんあると思います。

おわりに

あとなにかまだ書こうと思っていたことがあったような気がするのですが,忘れてしまったのでこのへんでおしまいにします。

https://querie.me/user/tam07pb915

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

論文執筆環境を教えてもえらえますか?特に論文執筆中に活用しているアプリやツールなど

はじめに

Querie.meでいただいた質問シリーズ。このサービスを始めた当初は別に質問をいただいたらブログ記事を書こうなどとは微塵も思っていなかったのですが,気づいたらブログに書くのがルーティンみたいになってきました。いつの日か,質問に答えるのもめんどくさくなる日が来るのかもわかりませんが,そういう日が来るまでは今のスタイルで行きます。質問はズバリタイトルのとおりです。

回答

まず質問を見て思ったのは,「それ聞く人あってる?」です。こういう質問が来る人って,すごくproductiveでめちゃくちゃ論文書きまくってる人なんじゃないかっていう勝手なイメージがあるんですよね。こういう質問をする方っておそらくですが自分のproductivityをあげたいと思っていて,そのために便利なツールやアプリを知りたいっていう動機なのではないかと思うわけです。それを質問するのが全然論文出していない私っていうのはもうなんというか私以外のもっとproductiveな皆さん質問箱でもマシュマロでもQuerie.meでもやってくださいって思います。それか,私だったらなんでも答えてもらえるからまあ聞いておくかみたいな感じなのかもしれないですね…。

長文はScrivener一択

おそらくですが2016年くらいから,論文や本のチャプターなどの長文を書くのはScrivenerというアプリを使っています(MacもWindowsもありますし後発でiOSアプリもできました)。安いものではないので院生さんのような方におすすめするというのはちょっと躊躇します。また,今値段見たら私が買ったときよりももっと高くなっていて,円安か…と思ったりしています。ただ,サブスクのようなシステムではなく一度買ったらずっと使えるという感じなので,その価値はあるかなと個人的には思っています。無料のトライアルもあるので,それで30日間使ってみるというのもありでしょうね。

Scrivenerを一度使い始めたら他のアプリでは論文を書けなくなりました。最後の最後の段階までScrivenerで書いて,最終的にはWordファイルに出力して整えるって感じの使い方をしています。

機能を色々使いこなせているかというとたぶんそういうわけでもないのですが,一番いいのはセクションごとにターゲットの語数を決められることと,全体のターゲットの語数を決められることですね。自分がそのセクションでどれだけ書いているのか,全体の目標語数までどれくらいなのかがわかって,執筆のモチベーションになります。執筆のデッドラインの目標とかも作れます。執筆日は週何日で,いつまでに何語書かないといけないのかとかを入力すると,執筆日に何語書かないといけないのかを計算してくれます。サボったらその分だけ1日のノルマが増えるとかもやってくれるのです。そういう設定を利用しなくてもその日に何語書いたのかとかもわかるので,「今日は100語だけしか書いていないけど,でも何もしていないよりよっぽどマシじゃないか。ビール飲もう」とか,「今日はディスカッションのうちの1節のターゲット語数をクリアできたぞよしよしビール飲もう」とか,そうやってお酒を飲むきっかけ作りにもなります(すな

もちろん構成を考えたりとか,文章の別の箇所や全体像を参照しながら書くとかもすごくやりすいと個人的には思います。やっぱり論文は頭から書くものじゃなくて,書けるところから書いていき,同時に各パートの一貫性も整えながら,最終的に一本に仕上げるっていう感じだと思うんですよね(もちろん人によりますけど)。そういう書き方で進める文章にとって,パーツを自分の好きなように作れるということと,それを好きなように積み上げられること,そしてそのパーツに書く本文とメモ的なものを分けられるっていうのはすごくメリットがあることだと個人的には思っています。

『考えながら書く人のためのScrivener 入門』(https://amzn.asia/d/eNtvvSN)という本も買って読みました。使いながら慣れるっていう感じだと時間がかかる人もいると思うので,Scrivenerを買ってた人にとってはこの本は買って損はないと思います。ウェブ検索するとScrivenerについて書いている記事も結構見つかるのでそれらを読んでみてからScrivenerの購入を検討するのもありでしょうね。以下,検索して上位に出てきた記事3本です。

高機能アウトラインプロセッサ『Scrivener』のメリット・デメリット

Scrivener3徹底レビュー:小説・論文作成のベストアプリ【使い方も解説】

文章執筆統合ソフト「Scrivener3」を使ってみた

3つ目の記事でもあるように,合う人と合わない人がいると思います。機能はモリモリですが,直感的に使いやすいというわけではありませんので。ただ,基本的な機能を一通りマスターしたら全然Wordで書くよりいいので私は気に入っています。プロジェクトをDropboxのようなクラウドサービスと連携させておけば異なるデバイスでも執筆できますしね。

メモ的なものはObsidian

私がメインで使っている,それこそなんでもかんでも放り込む的なものはEvernoteです。パーソナルプラン(年8,100円)で使っていて,これはもう10年以上とにかくなんでもかんでも放り込んでます。特にウェブの記事をクリップできるのがめちゃくちゃ気に入っていますね。読んだもの,あとから読むもの,とにかくなんでもかんでもEvernoteに入れています。

ただ,研究に関してのメモはObsidianにするように1年前くらいですかね?なりました。きっかけは確かanf先生が様々なツールを試していた際に言及していたことだと思います。

Obsidianという刺客が現れた→どうする?→roam researchから乗り換えた

考えるための名前のない技術(2)

思い浮かんだことはとりあえずDraftsに入れて、使いみちを考えるのはその後

私はマークダウン記法信者でもあるので,マークダウン記法が使えるエディタがいいなと思っていて,様々なノートをある程度自動的に結びつけることができる機能があるObsidianに興味が出て使い始めました。

私がScrivenerを使い始めるのは,「この論文を書く」っていうのが決まったときなんですよね。その手前のアイデア段階のものは,Scrivenerで作業し始めるほどのレベルに達していないと個人的には感じます。そうは言ってもアイデアが浮かんだらメモくらいはしておきたいなというときにObsidianを使っています。また,論文を読んだときのメモもObsidianに書くようになりました。

論文のメモは昔はMendeleyという論文管理ツールを使っていたのですが,あるとき急に同期の不具合があってそれまで自分がMendeleyを使ってとっていたメモも含めて全て消失したんですよね。復元もできなくなって。Mendeley死ねクソがと思ってそれ以来,文献管理ソフト上でメモを取るのをやめました(今はZoteroを使っています)。あまりにもリスクが大きいので。外部のソフトウェアを使えば,そのファイル自体は自分のデバイスに保存されますからね,例えばObsidianなら”.md”というマークダウンファイルで保存されますし,その保存先をDropboxやOneDriveなどのクラウドサービスにしておけば,まず間違いなくメモが消えることはありません。

表現的なものはAcademic Phrasebank

論文を書いているときに,表現のvarietyを持たせたかったり,こういうときに便利な表現ないかなーと思ったときにはAcademic Phrasebankにお世話になってます。結構有名なのでご存じの方も多いとは思いますが。

イントロ,バックグラウンド,メソッド,ディスカッション,コンクルージョンとセクションごとによく使われる表現がまとめられている上に,機能(”Being critical”, “Compare and contrast, etc.)ごとにも表現が見つけられるので便利です。ライティングの授業でも学生に紹介しているウェブサイトです。

NTCとNRCは大好きなアプリ

最後に,論文執筆と直接関係はないんですがお気に入りのアプリを2つ。

Nike Training ClubNike Running Clubです。NTCはワークアウトアプリで,ヨガからストレッチから結構ハードな筋トレまで,めちゃくちゃたくさんのメニューがあります。短いものだと5分くらいで終わりますし,自重だけでできるワークアウトも豊富なのでわざわざジムに通う必要もなく家でもできます。トレーナーの人が一緒に同じワークアウトをしている動画を見ながらできるので,パーソナルトレーナーのついた筋トレのような雰囲気を味わえるのを気に入っています。

NRCはランニングアプリで,距離や時間などに応じて多様なメニューが用意されています。今日は走りたくないけど…というときには10分程度で終わるものがあったり,距離別だと1キロ,1マイル,5キロなどもありますし,コーチが音声ガイダンスで指示してくれます。インターバルトレーニングや,マインドフルネスに特化したプログラムもあり,ただ走るだけではなく音声コンテンツを楽しみながらランニングができます。私自身は2020年は月100キロとか走っていたときもあったのですが,もともとヘルニア持ちで腰からくる股関節痛を発症してからは日常的に走ることはなくなってしまいました。ただ,NRCは本当にランニングのお供としてめちゃくちゃお世話になりました。

もともとNikeが好きということもあり,バッシュ(もう全然最近バスケしてないですが),スニーカー,アパレル(普段着も運動着も),ほぼほぼNikeという影響もあってNikeのアプリに親近感をもったこともあるとは思いますが, NTCとNRCなしでは私の運動習慣は継続していないと思います。論文執筆に直接的に関わるわけではないですが,運動することによって心も身体もリフレッシュできます。さらに,運動しているときって,自分の身体のことだけに自分の意識を集中することになるので,仕事やプライベートの雑念を頭の中から追い出すことができるんですよね。そういった「デトックス」的な時間が日常の中に埋め込まれていると,creativeな仕事も捗るんじゃないかなと勝手に思っています(※因果関係は定かではありません為念)。

おわりに

この記事は,王将で生中×3のあとに帰宅してハイボール×3をしながら書いています。

私に質問したい方は下記URLからどうぞ。

https://querie.me/user/tam07pb915

今のところは割と質問に答えるのを楽しんでいます。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。