
はじめに
最初に断っておくと,私はまだ現在の勤務先である関西大学の外国語学部に着任して3年目で,なおかつ3, 4年次生の授業を担当したことがありません。よって,この記事で書くことは見聞きした話と想像だけで書いています(自分が直接就活している学生に聞いたわけでもなく,就活している学生の指導(授業担当)はしていません)。一応念頭に置いているのは自分の所属先の学生ですが,どんな外国語学部の学生さんにももしかすると参考になるかもしれません。いや,ならないかもしれません。
もう一つ断っておくと,私自身はいわゆる一般的な意味での企業への就職を目指した就職活動を経験したことがありません。採用の面接の経験というのは,教員採用試験時の面接と,現在の勤務先の採用面接のみです。よって,タイトルの「AIに代替されるぞ」も聞いただけの話(後述)です。
背景
先日(といっても結構前),弊学のキャリアセンターの方から,近年の就職状況の話みたいなのとともに,うちの学部生の就活に関する「ホンネ」というような話も聞きました。その中で,「語学をアピールしようとしても,『そんなのAIに代替されてしまう』と言われてしまう」(大意)みたいなのがありました。
これに対してのアプローチは私の中ではとりあえず2つあって,1つは語学×somethingのsomethingを就活の前までに身につけようというものです。やっぱり語学とあとなにか一つ自分の強みがあれば,そしてその掛け合わせを持っている人があまりいないのであれば,それは自分の強みになるし,需要もあると思います。ただ,今回はそちらの話はあまりしません。むしろ,「AIって言葉にビビらないように知識を持っておこう」という話です。
今回の記事では,外国語学部の学生とか,自分の語学力をアピールポイントにして就活をしようと考えている学生さんを念頭に書くので,AI(人工知能)というのも,画像認識とかよりも言語理解が関わるようなところにだけフォーカスします。
川添愛さんの本を読め
とりあえず,難しい専門書とかをいきなり読む必要はないかなと。まずはこの本を読んでおけば,AIのこととか,言語を理解することとはどういうことなのかというのが理解できると思います。同時に,いま現段階でのAIの限界点もわかってくると思うので,そうなれば「AIに代替されるぞ」なんて言われても,少しは反論(就活で反論していいのかは知らない)もできるかと思うのです。見た目が結構難しそうなのですが,かなり易しく書かれているので就活に臨む段階の学部生の知識レベルであれば問題なくついていけると思います。むしろ,後半部分の言語に関わる部分で理解が難しいと感じるならば,メタ言語的知識というか,言語学的な知識をつけることが必要かもしれません。
うちの学部に限って言えば,カリキュラム上1年生で語学のスキル系の授業を履修し,2年次に留学し,という感じで,どちらかというと「言語を使う」方を重視する傾向にありますが,言語に関する知識を持っているというのは,AIがこれからもっと精度があがっても重要となる知識だと思います(今のカリキュラムはそれはそれでいいところもあるし,現状2年になったときに留学に耐えられる英語力を身に着けさせようと思ったらやむを得ないところもあるので否定はしませんけども)。
あとは,以下の本(物語)も面白いです。
これを読むと,機械への命令(入力する言葉)がいかに重要か,そして機械は世の中の誰でもが使いこなせるものでもない(もちろん訓練すればできるようになるわけですけど)ということが理解できると思います。できれば,物語を読む中で王子の命令がうまくいかないのはなぜか,自分なりの答えを考えてから先に読み進めていってもらいたいなと思います。そういう思考訓練をすると,自分の言語の知識も再構築されるのではないでしょうか。そして,その知識は「AIに(簡単には)代替されないだろう」ということもわかると思います。
別に,私はAIについて楽観論というか,別に大したことないという意見を持っているわけではなくて,言語の理解ってめちゃくちゃ難しくて,まだまだ明らかにされていないことだらけなのだということを言っています。
そもそも,人間の言語に関わる謎って,めちゃくちゃいっぱいあるんですよ。もちろん,それが全部明らかにならないと人工知能がうまくいかないわけではないのですけど。でも今のディープラーニングの技術でいくのであれば,中身は人間にも理解できない仕組みで動くわけですから,エラーが起こったときの原因を突き止めたりできません。これは色んなところでも指摘されていることですね(上述の『ヒトの言葉・機械の言葉』の72-75ページとか)。
入力と出力の関係がわかってないということはつまり,出力がうまくいっているのかを人が判断しないといけない場面はどれだけディープラーニングを使った翻訳ソフトが発展してもなくならないということではないでしょうか。その判断ができるのは,言語の知識を持っている人に限られるわけで,その知識がある,と言えるのであれば,就活で脅されても対応できるのではないでしょうか。
おまけ
で,もう少しビジネス方面にも目を配っておこうとしたら,次の新書も読んだらどうでしょうか。
こちらの本はもっと人工知能の実装の部分の話も多いですが,基本的な理解の部分では『ヒトの言葉・機械の言葉』の第一章と重なる部分もあります。こういう話でもっと知識を得たいと思ったら,参考文献欄に載ってる本を読んでみたらいいのではないでしょうか。
おわりに
別にここで紹介した本を読んだら万事解決ってわけではないんですけど,AIって言われたら全知全能の神みたいな存在だと思ってしまってる人って採用側の人にもいたっておかしくないと思うのです。そのときに,怯まず冷静に会話できるくらいの知識はもっていてほしいなというのが私の願いですね。知識だけ知ってたって現場じゃ役に立たないぞとか言われるのかもしれないんですが,人工知能のことをよくわかってもいないのにAIのことを語る人のほうがよっぽど役に立たないんじゃないのかなとか思いますけどね。
この記事で言いたかったのは,新書レベルでも本を読んで知識を持っておくことは(それがある程度自分の専門である「言語」という部分にも関わるのであるからなおさら)大事ですよということが1つです。もう一つは,「言語のプロフェッショナル」という謳い文句を体現しようと思ったら,言語そのものについての知識(言語学的知識)も大事ですよということです。うちの学部でも言語学系の科目は開講されてますし,曜限があわないとかだったら文学部の授業に出させてもらうとかもありだと思いますよ。私も学部のときに,ゼミで扱ってた統語論の授業に興味を持って,違う学部の言語学の授業に出させてもらったことがありました。そこまで熱意をもってやるのは難しいなぁという方は,『ヒトの言葉・機械の言葉』だけでも読んでみてほしいなと思います。
なにをゆう たむらゆう。
おしまい。
