たしかに,「努力すればなんでもできる」という言葉は魅力的である。そう言って学習者の心に火を付けられる指導者がいるとすれば尊敬に値するだろう。しかしながら,「努力すれば何でもできる」は「できなかったのは努力しなかったからだ」も同時に意味することに注意したい(論理学上の対偶である)。
これは本章で見たとおり,明らかにナイーブすぎる社会観である。そればかりか,他者に対する想像力を欠いているという意味で,不誠実ですらある。「努力」をするためのスタートラインにすら立てない人が存在するという事実を初めから無視しているからである。(Ch.2, p.49)
月別アーカイブ: 2015年3月
Nagoya.R #13
参加・発表の申込みはこちらから -> https://atnd.org/events/63359
読解や聴解と語彙サイズ
Language Teachingにまたこれ系の論文出ましたね。
僕自身語彙とかの研究やっているわけではないのですが,「現場受け」しそうだよなぁという印象はありますこういうの。Language Teachingは明示的にreplicationとうたっている研究が最近多い感じしますね。それはいいことだと思います。
ちなみに,今年度後期の授業でvan Zeeland & Schmitt (2012)のレビューをしました。資料はこちら。
読解にしろ聴解にしろ,「読めた」「聞けた」「理解できた」とするためには正答率何%が適切なのか?またそれはどのような基準で決めるのか。というのがすごく難しい問題だよなという印象です。
なにをゆう たむらゆう
おしまい。
ベーコンとえのきの和風パスタ
おなか減ったけど冷凍していたご飯もなくなってしまったので夜ご飯はパスタにしました。冷蔵庫にあったのはベーコンとえのき茸のみ。さてなにパスタにしようかなと悩みましたが和風パスタにすることに。かつお節が決め手です。以下,簡単に作り方。
材料
- パスタ麺:僕の普通は200gで1人前
- スライスベーコン:今回は贅沢に4枚使いましたが2枚でも
- えのき茸:1/2袋くらいですかね。1袋使ってもいいでしょう。あとは,エリンギやしめじ,椎茸などでも代用可能です
- 醤油:大さじ1
- 酒:大さじ1
- かつお節:1袋(小さいパック分けのやつ)
- サラダ油:適量(ごま油でもいいかも)
- 塩:パスタ茹でる用
- 塩コショウ:下味用
- (めんつゆ):あるなら大さじ1/2くらいいれてもいいかも。ないなら砂糖をほんのひとつまみいれましょう
- (鷹の爪):今回は使ってませんがピリ辛が好きな人は
- (万能ねぎ):最後にパラパラとかければ色合いもよくなります
作り方
1. まず鍋にたっぷりのお湯を沸かしましょう。
2. お湯を湧かしている間にベーコンを1センチ幅に,きのこ類も準備。エリンギ切るならベーコンと同じくらいの大きさになるようにスライスするとよいでしょう。
3. フライパンに油をひきます。鷹の爪入れる人はここで種とって輪切りにした鷹の爪を入れて弱火で香りをうつします。
4. お湯が湧いたら塩をたっぷりいれてパスタを茹でましょう。ゆで時間はパッケージの時間マイナス1分が目安。
4. フライパンの温度があがったらベーコンを投入して少し炒めて,きのこ類を投入しましょう。
5. きのこ類がしんなりしてきたらちょっと塩コショウして一旦火をとめます。
6. フライパンに醤油,お酒,砂糖orめんつゆ,かつお節パックの半分をいれて,火にかけます。ちょっとまぜまぜして調味料と具材を絡ませましょう。
7. パスタを一本すくって食べてみて,芯がほんの少し残るくらいになったら鍋の火をとめます。
8. 湯切りはせずに,鍋から直接フライパンにパスタを移します。こうすることで,ゆで汁もフライパンに適度に入ってソースがいい感じになります。
9. パスタをフライパンに移したら,具材とすばやくまぜて煽ります。ここでは具材,ソースとパスタを絡めることが目的なので,手早くやるのがポイントです。
10. いい具合に具材とパスタが絡んだら火をとめて,お皿に盛ります。
11. 最後にかつお節パックの残りをパラパラとかけて完成です。万能ねぎがあればパラパラとかけてあげると見た目もぐっとよくなります。
というわけで,ベーコンとえのきの和風パスタでした。グリーンアスパラを薄く斜め切りにして使ってみても和風な味付けと相性いいでしょうね。あとはほうれん草でもいいかも。ちなみに,めんつゆオンリーで味つけしてもそれなりにはなると思いますが,ちょっと甘すぎると思ったので今回は使ってません。かつお節を1パック使うので,それでだしの代わりになりますしね。ソースと具材の組み合わせでいろんな楽しみ方ができるパスタ。かつお節をたっぷりいれるこの和風パスタの作り方,みなさんもお好きな食材で試してみてください。
なにをゆう たむらゆう
おしまい。
私の考える理想の教科書―音を持ち帰らせよう
anfieldroad先生の
に参加しています(案内のブログ記事はこちら)。
この企画に参加するのはなんだか久しぶりな感じですね。今までで,この企画に参加して書いた記事は以下の様な感じ。もしご興味がお有りでしたら読んでもらえたら嬉しいです。
さてさて,そんなわけで今回の企画は「こんな教科書がほしい!」というもの。色々思い浮かぶのですが,実現可能性とかは考えなくてもいいということですので本当に「理想」の教科書について書きます。といっても,私のオリジナルで革新的なアイデアというわけではなくて,anf先生ある先生が前からおっしゃっていたことです。ちなみに,想定は中高の教科書ですが,高等教育でも当てはまることだと思います。
家で教科書音声を再生できれば、それぞれがディクテーション練習できるのになぁ。教師向けの「教具」を「デジタル教科書」なんて呼んでないで、早く生徒が家でも英語の音に触れられる教科書を作って欲しい。
— anf (@daordleifna) 2013, 11月 21
音読大好きな安河内さん入ってるなら、教科書を「音声」で配布するくらいの思い切って提案して欲しいなぁ。
— anf (@daordleifna) 2014, 2月 4
というものです。つまりは,極端にいえば今の紙の教科書をすべてやめて,教科書で文字として触れるインプットの音源のみを教科書とするということです。理由は様々ありますが,一番大きいのはインプット量を増やすということがまず一番です。とにかく英語を聞くという機会が圧倒的に少ないんです。教科書の音声を聞く以外に,帯活動でリスニングをやるようなこともあるかもしれません。また,先生が授業内での英語のインプットを増やすというのも考えられます。でもそれでも十分というには少なすぎる(じゃあどれだけのインプットが必要なのかという議論はここでは置いておきます)。だからこそ,家でも英語を聞くという機会をなんとかして作ってあげたいわけです。もちろん,ちまたにはたくさんの教材がありますし,それこそネット上にも英語のインプットの素材となりうるものは山ほどあります。しかしながら,それらを自学自習のために使えるのは,ある程度自立した学習者であり,また英語学習に対する動機付けも高い学習者に限られてしまうでしょう。こちらが,こんなサイトがあるよとかこんな教材があるよと紹介したところで,それにアクセスして英語を聞くというのはなかなか期待のできることではありません。さらに,インターネットにはアクセスの問題もありますし。
アクセスの問題という点では,音源を教科書にした場合にそれを聞く手段を生徒全員が持ちあわせているのかという問題は十分に起こり得ます。私も昨年度,なんとかして生徒全員に教科書音源のCDを配れないかと検討しましたが,やはりクラスに数人はCDの再生環境がないという生徒がいました。スマホ使うけどパソコンはあまり使わないということもあるでしょうし。この辺はクリアしなければならない現実的な問題です。それから,値段の問題もあります。実際,今でも教科書音声CDは売っているものの,とても生徒全員に購入させるような金額ではありません(確か2,000-3,000円くらい)。著作権の問題があるのでこちらでコピーを配布ということもできませんし,教員が教科書本文を読み上げたものを録音して配るのもちょっとグレーっぽいですよね。ですから,アクセスと価格の問題がクリアできたらなあと。(その辺りにも触れているのはanfieldroad先生のこの記事)。
以上のような問題点も音声教科書にはあります。でも,私は音声CD教科書というのが本当に実現してほしいと思いますし,自分がそのために何かできるならなにかやりたいとも思います。インプット量の確保ということに絡みますが,私が音声教科書を熱望するのは,音声だけは教員がどう頑張っても生徒に持って帰ってもらうことができないからという理由もあります。
はっきり言って,文字のインプットや,絵・写真などの視聴覚的な補助資料などは,印刷して配ることが可能なわけです(これも版権が絡む?)。ですから,プリントを配れば読んだり書いたりということは宿題にできます。でも,聞くことはどうしてもそうできないわけです。また,読むということに関連して,「教科書を音読する」というようなことのサポートも期待できます。英語の処理の下位技能として,デコーディング能力はとても重要です。教室環境ならば,「読めない(文字を音にできない)」という状況に直面した生徒には,教員がモデルを示してあげることができます。しかし,もし,1人で音読の練習をしようとしたときに,「あれ?これなんて読むの?」みたいなことになったら,そこで「あーもうできないからいいや」なんてことになってしまうかもしれません。そうした状況で,もしモデルの音声にアクセスできる状況ならば,聞いて確認してみるということができますよね。何回もモデル音声を確認できるので,苦手な子にはありがたいのではないでしょうか。再生スピードの調整とかも機器によってはできますし。さらに,音読がすらすらできるようになった子には,文字を見ないで「シャドウイングやリピーティングをやってみようね」なんて課題も出すことができます。意味があるのかもよくわからないノート作りだって,ただ教科書の英文を写すだけじゃなくて,音声CDを聞きながらやってみようなんていうこともできますよね。繰り返しになりますが,文字ベースの補助はこちらが出せるんですよ。自作のプリントなりワークシートを作って授業をやる先生も多いでしょう。それをむしろ補助的な教材として,音声をメインにする。音でわからない時に文字の助けを借りる。こういう習慣付けが大事だと思うのです。
音声にして配布したところで,どれだけ授業外でそれにアクセスしてくれるかは正直わかりません。しかしそれは紙の教科書でも同じことのような気もしています。家で教科書をどれだけ見て「学習」しているのかを考えれば,その問題は音声CDの問題とはいえませんしね。ただし,もしも家で音声を聞くことや,聞きながら教科書を音読してみたり,聞きながらディクテーションしてみたりといったことが定着して当たり前にできるようになれば,実際に教室でそれらに費やしていた時間をもっと他の活動時間に使えますよね。それこそ,教員がいるからできること(フィードバックとか),または1人ではできないこと(ペアやグループの意味交渉を狙ったタスクとか),をメインに授業を組み立てることができるわけです。自宅での学習時間でかなり差がついてしまうということはもう1つ考えなくてはいけない問題かもしれませんが,これも教科書の形態が変わることの直接的な影響とまではいえないでしょう。
というわけで,私の理想の教科書は,音声CD教科書です。別に紙撲滅ということではなくて,むしろ共存しても全然OKですが,それだとコストがただ増えるだけなので,紙にかかるコストをCDに振り分けるというのはどうかなぁという提案です。私がお亡くなりになるまでには実現していたらいいな,ぜひともさせたいな,と思っています。
なにをゆう たむらゆう
おしまい。


