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Yu Tamura について

第二言語習得の研究者。博士(学術)。英語教育のことや統計・データ分析に関わること、趣味のサッカーのことなどについて書いています。

基礎研論集2015の論文に修正を加えました

むかしむかし,D2のときに,下記のテクニカルレポートを出しました。

田村祐(2016)「外国語教育研究における二値データの分析-ロジスティック回帰を例に-」『外国語教育メディア学会中部支部外国語教育基礎研究部会2015年度報告論集』29–82.

外国語教育研究って,二値データを扱うことが結構多いのにそれを全部割合だったりに変換して線形モデル使ってるけど,ロジスティック回帰したほうがよくないですか?という話を,Rのコードとサンプルデータとともに分析の流れを紹介したものです。

当時はまだまだコードとデータを共有するというのが一般的ではなく,researchmapの「資料公開」という場所にデータとコードを置いて,そのリンクをbit.lyをかませて論文中の附録としてつけて,読者が実際にコードを走らせながら分析を学べるようにしていました。とはいっても,私は統計の専門家ではないので,当時自分が学んだことをまとめたかったことと,分析の相談を受けた際に「これ読めばできます」と言って済ませたかったのでした。

最近,知り合いから,リンクが死んでるんだけど,どっかに移した?みたいな連絡を受けて,そんなはずはないけどなと思って確かめてみると,確かに論文中のリンクからはアクセスできなくなってしまいました。おそらくですが,researchmapの仕様変更でURLが変わってしまったためかと思われます。それはちょっとまずいなと思い,コードとデータをOSFに移行し,そちらのリンクを論文中に貼り付けたものを訂正版として,編集委員長にお願いして訂正版のPDFを公開してもらいました(bit.lyのリンク修正は有料でないとできなかったので断念。またOSFのほうが利便性高そうなので)。一応もとのPDFにもアクセス可能です。編集委員長様,迅速な対応ありがとうございました。

7年も前のコードで(D2が7年前という衝撃),当時学びたてだったdplyrなんかは今と書き方が異なる部分も多いので,おそらく今の環境では動かなくなってしまっているコードも結構あるのではと思いますが,それも全部書き直すだけの余裕はちょっとなかったので,それはしていません。ただ,読み直していたら表番号の参照がずれているのに気づき,それは直した上で後ろに正誤表をつけました。

何年ぶりかにファイルを開いたら,Word上での見た目がなぜか公開されているPDFファイルの見た目と異なり,ページの設定は同じはずなのに行送りが微妙にずれていたりして若干もとの論文とページ数が異なる箇所がありますが,内容は変わっていません。researchmapを見ると,コードは300件以上,論文中のサンプルスタディ1は600件以上のダウンロードがあり(この差はなんで?),LET中部のサイト上にある論文PDF自体も400件近くダウンロードされています。

おそらくですが,附録のリンクが機能せず,「なんやねん!しばくぞボケ!」ってなった方も100人くらいはいらっしゃるのではないかと思います。申し訳ありません。データとコードは私のresearchmapの「資料公開」にあります。また,OSFは以下のURLです(余談ですが,researchmapはURLに日本語が含まれているのでそれまじでやめてほしい)。

https://doi.org/10.17605/OSF.IO/2FS9B

別に引用はされないですけれども(そもそもこの論文が引用されていても通知も来ないしわからないと思います),今でも閲覧しようと思う人(まあ知り合いなんですが)がいるというのは,あのとき頑張ってよかったなぁとなんとなく思います。時間があったからできたことではあるのですけれど。

最近はRT(not retweet but reaction time)使う分析しかしていないので,ロジスティック回帰はやっていませんが(…とまで書いて,共著でロジスティック回帰使っている研究が先日リジェクトされたことを思い出したんですが),この論文のRコードのアップデートはなかなか難しそうなので,ロジスティック回帰やってる論文が出たらそのときはおそらくRのコードとデータも当然公開すると思いますので,そちらでご勘弁ください。

余談

LET中部支部は新しいウェブサイト(https://letchubu.org/)が動いているので,いずれ今の基礎研論集のページのURLも変わったりするのかなと思いつつ,これ全部移行するの業務委託とかじゃなく誰かがやるのだとしたら100万くらいもらっていいのではと思ったり(LET関西支部もウェブサイト再構築検討中ですが委託です)。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

最近出た論文

2022年度にいくつか論文が出たので,ちょっとした宣伝です。

International Review of Applied Linguistics in Language Teachingの論文

この論文は最近といっても実際には春頃に出版されたものです。 概要は自分のウェブサイトに書いたのでそちらを引用します。

L2英語学習者が英語母語話者のように効率性を重視した数の一致処理を行っているかどうかについてを検討した論文で,Tamura et al. (2021)の追研究の位置づけです。Tamura et al. (2021)では,L2英語学習者は母語話者と違って,there | is/are | a | cat | and | とandを読んだ際に,複数一致の文(e.g., there are a cat and….)の読みが早くなる傾向が見られることを明らかにしました。そして,それは”A and B”のような等位接続名詞句は常に複数であるという明示的な知識の影響である可能性を指摘しました。今回は1つ目の実験で,there is/are |a cat and a dog| behind the sofa.のようにフレーズ単位での自己ペース読み課題を行い,単語単位の呈示ではなくフレーズ全体として等位接続名詞句をどう処理しているかを調査しました。結果として,やはりL2学習者は複数の読みが早くなることが明らかになり,there構文内の等位接続詞を複数として処理していることがわかりました。2つ目の実験ではTamura et al. (2021)同様に再度単語単位呈示での自己ペース読み課題を行いました。Tamura et al. (2021)では呈示順の影響が考慮されていなかったためです。例えば,andの後ろも名詞句が後続するとは限りません(e.g., there is a pen and it is broken)し,理論的にも,数の一致を再解釈する可能性があるとすれば2つ目の名詞句を処理した際であると仮定されています。したがって,Tamura et al. (2021)でandの時点で複数の読みが早くなった原因は,実験中にthere構文内に等位接続名詞句が生起する刺激文に晒されたことで複数一致の読みを予測するようになったからかもしれないからです。2つ目の実験の結果,there | is/are | a | catの段階では複数一致で遅れがみられ,直近の一致は単数で行う効率優先の処理が行われている可能性が示唆されました。ところが,この影響は実験が進むにつれて薄れていき,逆に実験が進むにつれて2つ目の名詞の領域で複数読み条件の読解時間が早くなる傾向があることが明らかになりました。これらの結果から,直近の動詞と名詞で数の一致を完結させる効率駆動型処理はL2英語学習者にも利用可能であることが示唆されました。しかしながら,2つ目の名詞句で一致を再解釈し直す現象はL2英語学習者に特有の現象であり,この原因として実験中に等位接続名詞句が埋め込まれたthere構文のインプットを受けることによって学習者の持つ等位接続名詞句は常に複数であるという明示的な知識が活性化され,それが言語処理に影響している可能性を指摘しました。

https://tamurayu.wordpress.com/2022/04/05/tamura-et-al-2022/

この論文は,もともと明示的知識・暗示的知識の枠組みで行っていた研究でしたが,研究を進めていくにしたがってそのフレームワークを使うよりも,第二言語の文処理研究として論文にするほうが話がスッキリすると考え直し,ほぼすべて書き直しました。第一言語話者と異なり,第二言語話者が持つ知識が文処理中にユニークな形で用いられているのではないかということを示唆したというところが面白いポイントかなと思っています。

オープンアクセスにはなっていませんが,著者原稿は上記の概要のページからダウンロードできますのでご興味がおありのかたはどうぞ。また,英語ですが,論文をできるだけ専門用語を使わずに説明したOASIS Summaryがありますので,そちらもお読みいただければと思います。

Journal of Psycholinguistic Researchの論文

この論文はつい最近出た論文で,私の博士論文研究の後続研究的な位置づけです(その博士論文の実験の研究はまだ査読中で,こっちが先に出ることになってしまったのですが…)。

関西大学に着任して,若手研究者育成研究費という学内研究費をいただいたので,それで行った研究です。関西大学に来てから始めたもので,また単著は久しぶりでした。内容としては,名詞の有生性階層というものを参照し,日本語と英語で名詞の複数形の許容される部分が異なるという点に着目してその複数形の習得について調査した研究です。

日本語には「たち」や「ら」といった複数形の標識がありますが,これらは主に有生名詞に付与するという特徴があり,無生名詞につく例はあまり多くありません(実際に日本語のコーパスを見てみると用例がないわけではありませんが非常に限定的です)。一方で,英語は有生名詞でも無生名詞でも複数形形態素が付与します。そこで,無生名詞の複数形の処理は有生名詞の複数形の処理よりも難しいのではないかという予測を立てました。この予測は,私の博士論文研究の結果の考察に一部依拠しています。

この研究で行った実験は,第二言語習得研究ではほとんど用いられていない特殊なものでした。参加者は,画面に表示された単語が1語が2語かをすばやく判断することが求められるというものです。母語話者を対象とした先行研究では複数形名詞を1語と判断するほうが,単数形名詞を1語と判断するよりも遅れることが明らかになっています。これは,複数形に付与される意味が1語という語数の判断に干渉するためだという解釈です。いわゆるストループ効果です。伝統的なストループ課題では,参加者は書かれている文字の色を答えるように指示されます。実験では,色を表す文字がその文字が示す色と異なる色で提示されたりします。

,のような感じですね。このように提示されると,のように,文字の色と文字が表す色が一致している場合よりも反応が遅れたり,あるいは判断を間違えてしまったりするというのがストループ効果の代表例です。これを数に応用したのが語数判断課題ということになります。

結果はどうだったかというと,有生名詞でも無生名詞でも複数形の判断は単数形の判断よりも遅れるという結果になりました。つまり,有生性は関係なかったということです(ズッコケ)。ちなみに,有生性の影響が見られなかったことについては,上述のように日本語でも無生名詞に複数形を表す「たち」や「ら」などが用いられるケースがあることに言及しています。

ただし,それはつまり複数形名詞が持つ意味を,言語処理中に第二言語学習者が用いている可能性が高いということでもありますので,少なくとも複数形の形態素を無視して単数形と同じように処理しているという可能性はないだろうということは言えるかなと思っています。数の一致処理は第二言語学習者にとって難しいとされていますが,その原因が複数形形態素の処理である可能性が低いのではないかということも論文の中では議論しています。ただし,今回の実験参加者に対して数の一致処理が求められる課題は行っていませんので,あくまで推測です。

ちょっとした裏話

実は,このJournal of Psycholinguistic Researchに載った論文は,国内の学会紀要で不採択となったものです。国内の査読のほうが厳しいのだなと勉強になりました。院生時代に,「落ちたら国際誌」というブログ記事を書いたことがあり,まさか自分がそういうことをする日がくるとは当時は思っていませんでした。普通,まずはチャレンジとして国際誌に論文を投稿し,不採択であったら,国際誌よりも通りやすいであろうとおそらく多くの人が思うであろう国内の学会紀要に出すと思います。その逆(国内落ちたら国際誌)は私の敬愛する福田パイセンくらいしか例を知りません(経験者の方いたらQuerie.meで教えて下さい)。ちなみに,私がブログ記事を書くきっかけになったのはある後輩の発言なのですが,その時は普通に国内誌に通ったので結果として「落ちたら国際誌」にはなりませんでした。

査読で不採択となるというのはそれ相応の理由があり,今回のケースも通らなかったことについては自分自身でも納得しています。査読のプロセスでいただいたコメントを元に加筆した部分も多くありますが,決定的な理由を改善する事はできなかったのでそこについては「ママ」で再投稿しました。Journal of Psycholinguistic Researchはそんなに査読が厳しくないので,それで通ってしまったという感じです。個人的にも,この論文がそこまで面白いとも自信があるとも思っていないですが(そういうのは一生かかっても書けないと思っています),とりあえず,出版されたこと自体についてはホッとしています。2019年にとった研究費の研究で,「成果」を必ず出さなければならず,論文がなかなか出ずに事務の方に毎年催促されていたので…。

この論文もオープンアクセスにはしていませんが,Springerはオンライン上であれば無料で論文が読めるシステムになっていますので,ダウンロードはできませんが,完成版の原稿は以下のURLから無料で読むことができます。

https://rdcu.be/cYGjZ

採択後の校正からオンライン公開までのプロセスがめちゃくちゃ早くてびっくりしたのですが,Journal of Psycholinguistic Researchの論文はしょっちゅうCorrectionが出ているイメージなので,ちょっと不安もありつつ,ツイッターで共有してくださっている方も何人かいらっしゃってありがたい気持ちです。

おわりに

私が第一著者ではないですが,私の敬愛する福田パイセン(2回目)が第一著者の論文も3月に出ました。

こちらはオープンアクセスになっていますので,どなたでも無料でお読みいただけます。Journal of Second Language Studiesは割と新しいジャーナルですが,このジャーナルで現在の”Most Read This Month”の論文となっています。個人的にはこれはめちゃくちゃ尖っていて多くの人に読まれてほしいやつですので,上の2つの論文よりはこちらをお読みください(余談ですが偶然にも”Most Cited”は私と福田パイセンの博士課程時代の指導教官である山下先生の論文です)。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

「仕事に慣れる」日は一生来ないっぽい

はじめに

就職して2年目に,下記の記事を書きました。

「2年目のが忙しい」説

就職して1年目が一番忙しいのか,2年目の方が忙しいのか,みたいな話です。当時の自分の感覚としては,2年目のほうが慣れてくるので忙しいと感じる度合いが低くなるという結論でした。

さて,そこから3年ほどが経ち,今は5年目です。そして,表題のようなことを考えた,というのが今回の記事の内容です。

1つ慣れたらまた新しい仕事が増える

これはここ数年感じていることなのですが,ある年に新しく仕事を覚えて,それがその次の年度も継続することがわかっていると,「だいたい仕事はわかってきたから,来年度は少し余裕ができそうだな。」と思ったりしてきます。しかし,そう思っているとその次の年度に新しく別の仕事をやることになる,みたいなことがほぼ確実に発生している感覚があります。少し余裕ができそうだな…なんて思っていたら何か頼まれる,その繰り返しです。

考えてみればそれは当たり前の話で,同じことの繰り返しでは成長もありません。また,年を重ねればそれだけ任される仕事も増えてくるのは当然のことです。しかしなぜか,私は年を重ねるごとに仕事に慣れてくるので時間的・精神的余裕が出てくると思い込んでいました。しかし,そんなことは一生ないなということに比較的最近気づきました。

任される->任せてもいいと思ってもらっている

仕事って,増えないほうがありがたいじゃないですか。誰だって,同じ給料なのであれば仕事の時間は短いほうがいいと思うでしょう。そう思わない仕事大好き人間もいるでしょうけれども,私はやらなくていいならやりたくはないよねっていう気持ちのほうが強いです。

しかしながら,ポジティブに物事を捉えれば,仕事を頼まれるのはその仕事ができると思ってもらっているからで,それはすなわち自分自身の評価であると考えることもできます。この人に頼んでも碌なことにならなそうだとか,この人じゃ回せなさそうだと思うような人には仕事を頼まないでしょう。そういう印象のようなものは,自分が今までやってきたことの蓄積に対する評価です。自分が直接関わりのある人であれば,その人との関係性とかも判断材料になるでしょう。直接関わりがなかったとしても,自分が関わりのある人が自分に対してポジティブな印象を持っていたとすれば,それが「評判」となって別の人に伝わっていくことはありえます。

「圧倒的成長」とかは言わないけど

私の抱えている仕事は,同僚の私よりも忙しい他の多くの先生方の数分の一ですので,別に私は忙しいとかなんとか言いません。そして,「えーうそん」と思うような依頼があったときに,「これは大変かもしれないけれど,圧倒的成長だ!」みたいなことを言ったりもしません。ただ,そういう時期もあるし,それが自分の学びや成長につながると思えることであれば頑張ろうという気持ちでいます。

幸いというか,私は割りと自分が関わりのある方々に対してのloyalityが高いという自負があります。したがって,そういう関係のところから来るお仕事であれば,「この人のためなら頑張ろう」という気持ちになります。そして,そういう関係ってとても大事だよなと思うわけです。私はまだまだ各所にお仕事を頼むような上の立場ではありませんけれども,そういう立場になったら,私自身がそうやって「この人のためなら頑張ろう」と思ってもらえるような,そういう人間でありたいなと思います。

余裕が出てきたら研究しようは無理

結局はここにつながりますね。来年度はもう少し余裕ができそうだからもっと研究を…とか思っても,絶対何か新しく仕事が増える。よって,余裕ができそうな来年度なんて一生来ないわけです。だからこそ,強制的に研究の時間を確保する工夫が求められるんですよね。一周回ってここに戻ってきたように思います。

要するに,自分が意識的にコントロールしないといけないことであって,偶発的な要因とか自分がコントロールできない要因の影響が絶対にあるので,そういうことの影響を受けないような態勢でいないと容易に仕事に忙殺されてしまうということですね。

おわりに

なぜこういう記事を書こうと思ったかというと,2021年の後半から2022年の前半は自分のこれまでの人生の中でもすごく大変な時期を過ごして,そこから戻ってきてはいるのですが,2023年は今から自分でも少し不安があるくらい忙しくなりそうだからです。様々な変化がドッとやってきそうなので,そこに対して今から心の準備をしておかないといけないなということを思っていたときに,今回の記事に書いたようなことを考えたのでした。

ということで,ひと月ぶりのブログ更新でした。秋学期も頑張ります。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

[レシピ] 桜えびと焼きナスのパスタ

はじめに

超久しぶりの料理記事です。昨日美味しい焼きなすと桜えびのパスタを食べたんで(下記写真参照),そこからアイデアを得て作ってみました。

ナスがトロットロだったんですよね。上にかかっているのは黒七味です。

麺はイカ墨が練り込んであるものだということでした。ただ,そんなものは普通は手に入らないので,スーパーで売ってる麺(DE CECCO No.11)でトライすることに。また,黒七味も手に入りませんでした。そこで,ニンニクをしっかり使うことと,イタリアンパセリを使うことでアーリオ・オーリオの方向性で仕上げることにしました。

材料(1人前)

  • パスタ麺(多分80gくらいですかね。100gよりは少なかったです。1.6mmで作りましたけど太くてもいいと思います)
  • ナス1本(焼くのが簡単なので普通のひと袋3本とかのやつでやりました)
  • トマト小1個(普通のトマトより小ぶりなやつで私はラウンドレッドと書いてあるやつを使いました)
  • 桜えび(たぶん一袋13g入を半分弱くらい使ったかなと思います)
  • にんにく2かけ(私はたまたまひとかけが大ぶりだったのでひとかけ使いました)
  • オリーブオイル適量
  • イタリアンパセリ(あれば。もしかすると大葉などの香りの強い野菜でもいいかも)
  • 塩(パスタの茹で汁に使うのとソースにちょっと使う)
  • 鷹の爪は今回入れなかったですが,入れてもいいかなと思います

ちなみに,4人家族でパスタ4人前作るとかになったらもう一つのフライパンで「うまく作る」みたいなの諦めたほうが良いと思います。炒飯もそうですが,2人前以上で1つのフライパン(中華鍋)で「うまく作る」のは多分無理です。炒飯なんか特に1人前うまく作れる人でも2人前の分量で同じように作るのは難しいと感じると思います。まあコース料理のパスタみたいな感じで1人前が50gとかだとしたら,上の分量を単純に2倍して作れるかなと思いますが。

手順

  1. お湯沸かす
  2. 茄子に切れ目を入れてからグリラーで焼く(10分くらい焼きましたが,とろとろにならなかったのでもっと焼いてもいいかもしれないですとくに頭の方)※追記
  3. にんにくをみじん切りにして,オリーブオイル(適当,思ってるより多め)を入れたフライパンで弱火にかける
  4. トマトのヘタをくり抜いて,すこーし切れ目を縦方向に一周入れて湯剥き(私はめんどくさがりなので,パスタ茹でるお湯が湧いたらそこにトマトぶっこんでさっと湯通ししてからお玉ですくい上げでそのお湯でそのままパスタ茹でました)
  5. トマトは横半分に切って種をくり抜き,ダイスカット
  6. にんにくがすこーしこんがりと色づいてきたところにトマトを投入して中火の弱火で炒めます
  7. パスタ麺茹でるのは茄子が焼き上がってからくらいがいいかなと思います。茹でてる時間(6分。茹で時間9分と書いてありますが,6分です。9分なんて絶対に茹でません。ミートソースぶっかけるとか以外のソースと和える系であればだいたい袋に書いてある時間の2分マイナスでOKというのが個人的な感覚です)で残りの工程こなすのは焦るので
  8. 茄子が焼きあがったらボールに入れて,ラップをして蒸らす(こうすることで冷ますのと同時に皮がふやけて向きやすくなります
  9. このくらいのタイミングでパスタを茹でましょう。茹で汁にしっかり塩味がついていることが重要かつ塩以外で味付けしないのでしっかり目に(1%ちょい)。
  10. 茄子の皮を剥いたら横に3等分くらいにして長さを短くして,手で裂きます(熱いので注意。一回茄子を触ったら濡れた布巾で指を冷ますを繰り返すとかしないとやけどします)
  11. スルッと茄子が裂けなければまあ一口サイズに切るとかでもOKです
  12. 茄子が裂けたらにんにくとトマトの入ったフライパンに投入し,少しヘラで潰しながら炒めましょう
  13. ここに桜えびも投入して,塩をひとつまみ入れて炒めます
  14. イタリアンパセリある人はイタリアンパセリをここで切っておきます(5mm幅くらいですかね。適当です)
  15. さてたぶんここでいいタイミングでパスタが茹で上がると思います。パスタをフライパンに投入します。私はめんどくさがりなので,鍋の火をとめて,フライパンを鍋にくっつけてパスタをトングで掴んでそのままフライパンにぶちこんでいます。湯切りするとザル洗わないといけないですからね。
  16. パスタをフライパンに移したら,パスタの茹で汁をフライパンに加えます(適当ですが,お玉1杯弱くらいでたぶん30-40ccくらいなんじゃないかと)
  17. 火を中火から強火にして(一回火から離すことでライパンの温度が下がるため),イタリアンパセリを加え,ここで手早くフライパンを回すように動かしながら煽ります
  18. アーリオ・オーリオ系のパスタはここでもう一度オリーブオイル加えると思いますが,私はすっかり忘れてました。たぶんオリーブオイルここで加えるとよりオリーブオイルの香りが立つと思います。ピュアオリーブオイルだとそこまで香りが強くないですが,エクストラヴァージンオリーブオイルだと桜えびの香りが負けちゃうかなという気がするのでなくてもたぶん大丈夫です
  19. お皿に盛ります

完成…!!

もっと茄子をトロットロにしたかった〜

見た目はレストランのパスタと異なりますが,これはこれで全然アリでした。桜えびの旨味が出てますし,イタリアンパセリもアクセントとして効いてます。塩しか味付けに使っていないのに,しっかりと旨味が出ます。ニンニクも結構多めでしたが,そこまでニンニクのパンチが効いてるということでもなく(もしかすると餃子の王将でニンニク激増し餃子食べてるせいでニンニクのパンチ力の基準がおかしくなってるかもですが),ベースとしての旨味に貢献していました。もしかするとトマトは半分で茄子を1.5倍にするともっと茄子が前に出てくるかなと思いました。つまり,2人前で茄子2本,トマト1個くらいでちょうどいいかもという感じですかね。

おわりに

いやー料理していないわけではないんですが,こうやってレシピ的なブログ記事というのはなかなか書くハードルが高いですね。ただ,書くと細かいところとかで色々気づくことがあって次に料理するときのクオリティ向上には役立ちそうですね。まあたぶん今は夏休みだからこんなことしている余裕があるだけで,またしばらくやらないと思いますが(笑)

というわけで,夏野菜でもある茄子とトマト,そして桜えびを使ったパスタです!お試しあれ!!

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

2020-08-10追記

アドバイスいただきました。

修士課程を卒業して、博士課程や研究者へのあこがれがありましたが、結婚・育児・家事などにかまけて…

はじめに

Querie.meで頂いた質問に回答を書いていたら少し長くなってしまったのでブログ記事にしてしまおう企画第3段。

いただいた質問は以下です。

修士課程を卒業して、博士課程や研究者へのあこがれがありましたが、結婚・育児・家事などにかまけて、単なる非常勤講師としてもう何年も過ぎてしまいました。非常勤は不安定で、いつ契約が切られるかもわかりませんので、社会保険に入れる安定した仕事につきたいです。今となっては学会で研究発表する気力もありません。人生どうすればよいのでしょうか。

回答

まずはじめに何点かお断りさせてください。私は質問者様の背景について,上の質問で書かれていること以上のことは想像でお答えるすることしかできません。また,想像でお答えしますので質問者様の実際の状況や心情に沿った回答にならないかもしれません。そうした前提の上で,書かれていることのみを元に,私なりに精一杯質問に対する私の考えを述べさせていただきます。さらに,無料での匿名のご質問に対する回答ですので,質問者様の人生について私は一切の責任も持つことはできません。「お前が言うな」ですとか,「お前にそんなこと言われたくない」と思われてしまうかもしれないことを百も承知で,ただし私は全力で以下の文章を書きました。

私の個人的なこと

私と質問者様の共通点として「アカデミアという業界にいる」ということはおそらく間違いないのではと思います。ただし,分野が同じかどうかということはわかりかねます。したがって,私がいる分野で私が見ている景色,を前提に書かせていただきます。

私は生存バイアスの塊といいますか,本当に今のキャリアを私が歩めているのは本当に私の実力であるとか言うことではまったくなく,本当に運とめぐり合わせでここまで来たと思っています。そのような私が,不安定な非常勤の立場の方になにかアドバイスを差し上げること自体がとても心苦しいといいますか,どれだけ質問者様の気持ちを慮ろうとしても不可能であると思います。ただ,私と質問者様で抱えている悩みが全く異なることは,偶然でしかなかったということは思っています。

ライフプラン

質問者様の「結婚・育児・家事などに」というお言葉から,おそらくですが現在もパートナーの方がいらっしゃって,その方と家庭を作られているのではないかと想像します(そうではないということでしたら申し訳ありません)。そうしますと,「非常勤は不安定」といったときの「不安定」さはパートナーの方がどのようなお仕事をされているのかということにも依存してくることかと思います。質問者様のジェンダーも質問の内容のみから推測することはできませんが,ジェンダーの規範(男が稼いで等)はいったん置いておいて,パートナーの方と力を合わせてどのように生きていくのが良い選択なのかということをお考えになるのが良いのではないでしょうか。

もちろんいわゆる二馬力で世帯年収を高くするのが質問者様にとってもパートナーの方にとってもリスクを軽減する道だとは思います。しかしながら,パートナーの方がメインの稼ぎ手を担って,質問者様はパートタイムで働きながら家庭の負担を軽減するという道もあるのではないかと思います。そのことによって,自分が思い描いていたような専任職への道が絶たれてしまったとしても,それは質問者様が何を人生の最優先事項と考えていらっしゃるかという問題でしょう。

あこがれについて考える

「博士課程や研究者へのあこがれ」ということを考えたときに,研究の道に進むということに対してご自身がどの程度のあこがれを抱いていたのか,そして,なぜあこがれを抱いたのかについてもう一度考えてみてはいかがでしょうか。

先日,私がよく見ているインターネット番組で,サッカー元日本代表の内田篤人さんはこんなことをおっしゃっていました。

もしサッカー選手になりたければ、夢を叶えるためにサッカーを続けていく。でも、苦しいな、嫌だけど練習に行こうかなと思っていたら、多分その夢は違うと思う。僕はサッカー選手になれたのは、なろうと思ってサッカーを始めたけど、ずっとなろうと思ってサッカーをやっていたわけではない。楽しくて楽しくて朝も早く起きて、みんなとやって行った結果、プロになれた。努力しよう、何かを頑張ろうと思わなくていい。普通に生活してサッカーにのめり込んだ方がいい。そしたら結果的になれましたというのが理想的だと思う

子どもたちの“夢”に対する質問に内田氏が伝えた言葉とは。「僕はずっとなろうと思ってサッカーをやっていたわけではない」 | 内田篤人のFOOTBALL TIME

「今となっては学会で研究発表する気力もありません。」という質問者様のお言葉から察するに,研究活動が楽しいものではなく,つらいものだとお感じになっていらっしゃるのではと推察します。研究が楽しいと思ってやっている研究者の方が100%だとは私は思いませんし,私自身も研究に臨むにあたっての苦しみというのは常に味わっています。しかし,それでも今の仕事を私が続けていけるのは,そこに人生をかけられるくらいには研究が辛くないということなのだと思います。

もしも,研究の道にいくのがつらいとお感じになっているのであれば,なにか別の道を探されるのも一つの選択肢としてありえるのではないかと思います。博士号を取得して研究者になることだけが人生の幸せでもありませんし,ご自身がどうありたいのか,自分にとって何が幸せなのかということが最も重要なことであると思います。それがもし「博士号を取得して研究者になること」であれば,一念発起してそこに邁進するべきでしょう。その選択を取れないとお考えであれば,なにか別の道がきっと質問者様には合っているのだと思います。

私は結婚をしていない独身ですので(バツイチ子なしです),育児や家事などに割かなければいけないリソースは,ご結婚されていて家事・育児をされている方に比べれば相当少ないはずです。だからこそやっていけていると思うところもあります。正直に申し上げますと,家事・育児をやりながら研究もバリバリやられている方ははっきり言って超人です。真似などできません。私はそう思うからこそ,ご結婚されて,育児や家事などに取り組まれている質問者様のことを尊敬しています。私のような者よりもよほど社会に貢献していらっしゃいます。そのことを誇っていいと思うのです。

その上で,ご自身にとって,「安定した仕事」に何を求めているのか,それは自分の夢ややりたいことなのか,お金なのか,そうしたことを考えることで,この先の人生どうすればよいのかということについて,何かしらのヒントが得られるのではないかと思います。

おわりに

正直に申し上げまして,今回いただいた質問はこれまで頂いた質問の中でも最も回答するのが困難でした。質問者様の切実さは十分に伝わっていますが,私が果たして回答者でいいのか,私が回答することがなにか質問者様のプラスになるのか,という不安が拭えません。私が上に書いた回答は,また何年後かに同じ質問に答えるとしたら変わっている可能性も十分にあります。ただ,今の私が無い知恵を絞って考えた,私なりの精一杯の回答です。質問者様が今後幸せな人生を送られることを切に願います。

以上です。

私に質問されたい方は質問お待ちしています。

https://querie.me/user/tam07pb915

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

2022-08-10追記

アカデミアの道を目指して,そして方向転換された方としてとても参考になる記事を書いてらっしゃる方がいるのでご参考まで。

文系博士課程修了後の一般企業への転職活動記録

教師になって一年目です。自分のやりたいことやビジョンがなく、先輩に怒られてしまいました…

はじめに

Querie.meで頂いた質問に回答を書いていたら少し長くなってしまったのでブログ記事にしてしまおう企画第2段。

いただいた質問は以下です。

教師になって一年目です。自分のやりたいことやビジョンがなく、先輩に怒られてしまいました。Tam先生は自分のやりたいことや、こうしたいと言う思いはいつ頃から持つようになりましたか?

回答

1年目ってとにかく目の前のことをこなすのに必死でやりたいこととか先のこと(ビジョン)とか考える余裕もないですよね。その先輩の先生にはぜひそういう質問者さんのような1年目の教員がやりたいことやビジョンを見つけられるようなサポートをしてほしいなと思います。

やりたいこととかこうしたいとか,そういうのは学部時代からわりとある方だったかもしれません。教科教育法の授業でいわゆる達人の授業みたいなビデオとか見るのがあって,「こんな風に授業できるようになりたいなぁ」みたいな漠然とした憧れというか。あとは本の影響も大きいと思います。例えば私が学部の頃とかだと,田尻先生(なんといま同僚なんですが)の本とか読んで「うおおおお」ってなったり。

その後大学院に進学して,私は英語教授法の修士課程だったので,授業の構想とか実践みたいなことを考える機会がたくさんありました。大学附属の語学学校で教えている先生の授業観察もたくさんありましたし,学生同士での模擬授業もたくさんあったので,そういう経験をしている中でも自分がこうありたい,こういうことができるようになりたいという思いは常に持っていたかもしれません。

日本に帰ってきて中学校で働いていたときは,同僚の先生(教科問わず)の授業をフラフラと見に行って(空きコマの時間とかにもっと他の先生の授業見に行ったほうがいいよと言われていたのでたまに行ってました),発問の仕方とか,授業のテンポの作り方とか,ああこんな風にできたらなぁと思うこともありました。正直自分の中から何かが湧き出てくるというよりは,本を読んだり授業を見たり,自分で日々の授業を振り返ったりするなかで,「こんな風にやりたい」みたいなのが出てきて,そこに向かって試行錯誤する中で自分の個性が活かされる形のmy wayが見つかっていくのではないかなと思います。

教師としてということもそうですが,人間としてどういう人でありたいのか,自分がどういう人生を生きたいのか,っていう問いはめちゃくちゃ重要だと思います。私がこの前豊中市の教員研修に市民枠で参加したときにガンバ大阪OBで元サッカー日本代表の加地さんも同じことおっしゃっていました。子どもにどうなってほしいかじゃなくて,自分が先生としてどうありたいか,それだけを考えて,そのために必要なことをやっていけばきっと子どもたちもついてくると思いますと。子どもたちにどうなってほしいかを考えると,それって自分の外に結果を求めることになるんですよね。でも本来自分の外のことは自分にはどうすることもできないことだし,そこで自分が思うようにいかなかったときに原因を誰かに求めてしまうことにも繋がります(私はこんなに頑張ってるのに子どもがついてこないとか)。自分のことは自分で変えられますから(まあそれだって難しいんですけど)。もちろん,その「どうありたいか」が独りよがりで子どものことを全く考えていないようなものだと良くないと思いますが,教員をやっている方はやっぱり子どもと関わる中でなにかポジティブな働きかけをしたいと思っている方だと思います。したがって,そういう方であれば,「自分がどうありたいか」という問いを立てて,それを突き詰めていくことは子どもたちにとってもポジティブに働くだろうなというのは想像できます。

まずは身近にいる先生のことをよく観察してみると,自分のなりたい姿も見つかるかもしれませんね。ちなみに,これもサッカー選手の言葉ですが,ウッチーこと鹿島アントラーズからドイツのシャルケに移籍して活躍した内田篤人選手は「こうなりたい」じゃなくて「こうはなりたくない」で自分の軸を決めているというようなことを著書の中に書かれていました。「教員1年目の新人に,ビジョンがないからといって怒るような先輩教員にはなりたくない」っていう感じですかね。まあ私はその文脈というか背景がわからないので,怒った先輩教員の方の話を聞いたら「そりゃ怒りたくもなりますね」って思うのかもしれませんが。

おわりに

というわけで,私に質問されたい方は質問お待ちしています。

https://querie.me/user/tam07pb915

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

[読書感想] ナーゲルスマン流52の原則 ②

はじめに

前回の記事が長くなってしまったので,後半です。

原則37:ダイヤモンドは圧力によって育てられる

ダイヤモンドは圧力によって育てられる。選手が特別なパフォーマンスを引き出すには、特別な重圧が必要だ。特に、過去に多くの成功を収めてきた選手には

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プレッシャーがかかることによってそれがより良いパフォーマンスを引き出す事ができるということですね。多くの成功を収めてきた選手ほどどこかに慢心が生まれるかもしれない,そこの余地をなくすためにも重圧のかかる場面というのは重要ということもあるのかもしれません。私自身は「重圧」というわけではないかもしれませんが,自分が成長できる機会があればトライするということは心がけるようにしています。

原則39:気分屋タイプを受け入れる

すぐにベンチに座って、仲間を応援できる選手もいる。もちろんそれがベストだ。でも、それが苦手な性格の選手もいる。レロイはきっと自分自身に腹が立っていて、その姿を誰にも見せたくなかったんだろう。そういう気持ちを理解してあげるべきだ。監督として問題視していない。イライラしてベンチに座るより、ロッカールームで自分と向き合った方が効果的な時もある」

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途中交代した選手がベンチに座らずロッカールームに戻ってしまった,そのことについてのナーゲルスマンのコメントです。なかなかこんなコメントできるもんじゃないですよね。Jリーグでは元C大阪(現清水)の乾選手が途中交代後に監督との握手を拒否,その後のロッカールームでも素行が悪かった等が原因でクラブから活動停止の処分を受け,結局C大阪を退団するということがありました。実際にどういうことが起こったのかはわかりませんし,この引用部分で紹介されている選手の素行と単純に比較はできません。ただ,選手個人の個性として受け入れるところにナーゲルスマンのすごさがあると思いました。その後にこういう発言も紹介されています。

私はサネのようなタイプが好きなんだよ。人によって意見が分かれるところがあるかもしれない。ただ、それは彼が人が理解できないような発想をするからなんだ

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チームとしての規律はもちろん大事,ただ,多様性のない組織にはもろさもある。きっとそういうことを考えているのでしょう。人とは違う発想ができること,その創造性がもたらす効果をポジティブにとらえてチームマネジメントに組み込む姿勢,そしてそれができる監督としての力量,そこがナーゲルスマンを一流の監督にしている理由なのかもしれません。

原則41:社会問題に対して、自分の立場をしっかり発言する

公的な立場の人間には、社会的な責任が伴う。黙って他の人が答えるのを待つ、というスタンスは取るべきではない。社会問題に対して自分の立場をしっかり持ち、それを表現することが大事だ

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これができる人も多くはないでしょう。とくに,社会問題に対してはなかなか発言がしにくいことは想像に難くありません。しかしながら,監督という仕事には社会問題に対して自分の意見を明確に表現することも含まれると考えていること,そしてそれを実行できる覚悟があることは尊敬に値します。研究者は「公的な立場の人間」とはまた違うかもしれませんが,社会問題に対して自分の立場を明らかにする人はあまり多くありません。私もその一人です。言及する問題にもよりますが,やっぱり発言するまでに要する思考と時間が私にとっては負担が大きいと思うことが一番の理由です。瞬発力がある人なら的確なコメントがすぐに出てくるのでしょうが,私はそういうタイプではないので。言い訳っぽいですが,私はまだナーゲルスマンのようにはなれそうにありません。

原則42:魅力的なサッカーを展開する

もしホームの観戦に45ユーロ払ってシュートがわずか2本で0‐0のドローに終わったら、ファンはどう思うだろう?そんな試合が日常になったら、サッカーに未来はない」

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勝利するだけでは十分ではない,圧倒的に勝つことを是とする姿勢は,現在のJ監督でいうと2連覇中の川崎F鬼木監督が思い浮かびます。毎試合必ず3点取る,ということをよくインタビューでも述べていますし,勝てばいいのではなく観客を魅了する試合を見せた上で勝ちたいという気持ちが試合後のインタビューでもよく伝わります。

2点取られても3点とって勝つという攻撃サッカーで一時代を築いたわがガンバ大阪も,近年は低迷が続いていて得点数も基本はJ1で下位。ナーゲルスマンのように魅力的なサッカーをしたいという願望は監督も選手も持っていることでしょう。しかし現実はなかなかそのようにはいかない。残留争いというのは辛いものですね…

原則43:好きなように生きる

もし仕事上で自分を偽らなければならない日が来たとしたら、もうその仕事をやろうとは思わない。私は他の人が望む人間になるのではなく、自分が望む人間になりたいんだ。自分の考えを口にできなければ、もはやそれは自分ではない

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これは仕事を今後続けていく上で指針にしたい言葉だなと思いましたね。なんとなく,この引用を読んでも「そうは言ってもね…」という人もきっとたくさんいるのではないかと思います。自分がそう思わないということ,少なくとも今は自分の考えを口にできるということ,どちらも良かったなと思います。

原則44:間違ったら、潔くミスを認める

私は自分の意見をはっきり言うタイプだ。同時に、もし自分がミスをしたら謝る人間でもある。

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これ,教師という役割を演じているときは特に難しいなと思います。やっぱり,教師は正しくないといけない,間違ってはいけないということを児童・生徒・学生も思っているでしょうからね。同じことが,「知らないことは知らないと言える」ということにも当てはまると思っています。教師はなんでも知っていると思われていて,そして知らないということは学ぶ側からの信頼が低下する要因になりうると思ってしまいがちです。実際そういうこともあるでしょう。ただ,私は間違ったら潔くミスを認める教師,そして知らないことは知らないから調べると言える教師であり続けたいなと思います。

原則51:オートマティズムの罠にはまらない

判断が伴わない「自動化」には限界がある

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オートマティズムには他のデメリットもある。選手がその瞬間にふさわしいと判断して行動するのではなく、『練習したからやらなきゃ』という思考停止に陥らせてしまう恐れがある。

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これは言語教育における機械的な練習に対しての批判としても捉えられるかもしれません。よく,考えなくても口をついて出てくるくらいに練習するとか,それが言語能力の基盤になるというようなことを見たり聞いたりします。サッカーと言語使用はまた違うかもしれませんが,言語使用場面でも様々な判断が求められることは普通にあり,その判断力を養うことが重要なのだと思っています。思考停止に陥る可能性についても同様ですね。

学習者に様々な場面で判断が求められる課題を課すこと,そして,その判断の指針を提示すること,これを意識して授業をやっていきたいですね。

COLUMN:名将たちとの縁

すべての局面を包括して考える

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これは,トーマス・トゥヘル(現チェルシー監督)の練習をナーゲルスマンが描写している場面です。シュート練習,パス&コントロール練習といったように個別に取り上げたり,アップ->基礎練習->試合形式の練習のように線形で考えるのではなく,「試合をトレーニングにマッピングする複雑な練習をしていた」とナーゲルスマンは語っています。この考え方を言語教育にも応用できないかなというのが,ちょうど1年前くらいからずっと考えていることです。

おわりに

教師論,授業論,仕事論,そんなレンズを通してこの本を無意識的に自分が読んでいるのだなと思いました。サッカー観戦それ自体はサッカーを純粋に楽しんでいますが,サッカー関係の書籍,特に指導とかが関わってくるものだとやっぱり自分の仕事とかに引きつけて読みがちですね。色々と刺激をもらうことができました。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

[読書感想] ナーゲルスマン流52の原則 ①

はじめに

サッカーファンとして,ナーゲルスマンという人は名前は知っているけどそこまでどういう監督かということは知りませんでした。footballista会員になってからはよく名前を見るようになり,サッカーのトレーニングと語学教育みたいなことを考えることも最近は多いので,それで気になって読んでみたという感じです。

過去のサッカー×語学教育の記事

今ならその内容の一部について解説しているコラム記事がfootballistaで無料(7/24公開なので今月末までと思われます)で読めますので,気になる方はまずそちらをお読みいただけるといいのではと思います。

サッカーファン視点というわけではありませんが,色々なるほどなと思うところがいくつかあったので当該部分を引用しながらちょっとした読書感想記事を書いておきます。気になった部分はやっぱりサッカーの部分よりも「第2章 指導・人生の原則」のほうが多かったので,そちらが多めの読書感想です。

原則4:シュタイル・クラッチュで奇襲する

「例外のない規則はない」(Keine Regel ohne Ausnahmen)

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「シュタイル・クラッチュ」はいわゆるポスト役の選手が後ろの味方にダイレクトで落とすポストプレーですが,その際に角度をつけること(つまり真正面ではなく,斜め方向に落とすこと)をナーゲルスマンは求めているようです。この前までの部分で,ナーゲルスマンはダイレクトプレーよりも2タッチのプレーを好むという原則が紹介されています。なぜなら,ダイレクトプレーでは正確性に劣るからです。一度ボールを止めてから蹴るほうが正確にキックできるので,基本的には2タッチプレーというのが「規則」というわけです。ただし,「例外」としてシュタイル・クラッチュというダイレクトプレーも使うということです。言語(使用)も規則と例外が混在するものです。ただ,学習者は規則の方に縛られがちで例外に対しての寛容度があまり高くないというのが個人的な印象です。規則の提示やその発見は意識しつつ,例外との付き合い方とでもいうようなものをどうやって授業で扱っていくのかというのは教師としては悩ましいところです。

COLUMN:「個人主義者」:「チームプレーヤー」の公式

ピッチ上の安定性がとても大事だ。だから7人の『チームプレーヤー』と3人の『個人主義者』を先発に選ぶ

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これはチームマネジメントというかそういう点でなるほどなーと思いました。ちなみに,このあとの場面で,チーム戦術の練度があがってきたら徐々に個人主義者の割合を増やしていくというようなことも書いてあります。ここでもあくまで7:3は「原則」であるが,それだけに縛られるわけではないということですね。ガンバ大阪では誰が個人主義者で誰がチームプレイヤーなのかなというのももちろん考えましたし,自分が所属する学部や学会の運営組織など,色んなところでこういう法則を考えたくなりましたが怖くなってやめました。

原則31:戦術は30%、残り70%は人身掌握

結局のところ、100%正確にタスクを実行するものの50%しか気持ちが入っていない選手より、常に正確にタスクを実行できるわけではないが100%気持ちが入っている選手の方が試合ではるかに効果的なんだ」

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この部分を読んだときに真っ先に思い浮かんだガンバ大阪の選手が倉田秋選手ですね。彼はここ数年パフォーマンスが落ちていて,サポーターの間でももう放出したほうがいいなんて言われることもしばしばあります。しかしながら,彼は今シーズンのキャプテンですし,怪我で離脱しているとき以外はほぼ必ず試合に出ます。そして,試合に出ればやっぱり彼はサポーターが見ていて「気持ちが入っている」と思わせるプレーが印象に残ります。思わず拍手を送りたくなるような,頑張れと応援したくなるようなプレーを見せる。そういう選手なのです。もちろん,無鉄砲にプレスにいくことで空いたスペースを使われるなんてこともあるのでただがむしゃらにボールを追いかければよいということではないんですが。ただ,倉田選手が使われるのはこういうところかもしれないですね。ちなみに,見ていて「気持ちが入っている」といつも思うガンバ大阪の選手でいうと福田湧矢選手もその一人かなと思います。

この原則では,ナーゲルスマンが選手とよくコミュニケーションを取るという話が出てきて,それがすなわちマネージメントにおいては7割は人心掌握だということなのですが,まさに今のガンバ大阪の片野坂監督もそうなのかなと思うところは多いです。もちろん,戦術家として知られているわけですが,選手たちのコメントからは,また,ガンバ大阪への移籍を決断する選手のコメントからも片野坂監督が優秀なモチベーターであることは明らかです。きっと,人心掌握というところも大事にしているのでしょう。私は相変わらず下っ端も下っ端ですが,自分が全体をマネージメントする立場にたったときのことを想像すると人心掌握って難しいなと。そういうコミュニケーションが苦手なので。

原則34:特別と普通の違いはわずかなエクストラ

「普通と特別の違いは、わずかなエクストラ」(The difference between ordinary and extraordinary is that little extra)

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このセリフは,アメフトのヘッドコーチ,ジミー・ジョンソンの名言で,それを会見でナーゲルスマンが引用したことがあるということで紹介されています。ナーゲルスマンはアメフトのファンで,アメフトからの影響も受けているらしいです。

天才というか,スターというか,そういう人,すごいなこの人って思うような人たちと自分のような凡人の差って,本当にその”little extra”だよなぁと思いました。けど,その”little extra”が少しのように見えて,その少しを実現できるかどうかっていうのは本当に自分自身だけの力ではなかなか難しいんですよね。私の場合,周りから受ける影響でその”little extra”を頑張ろうと思うことが多いです。

教員としても,向上心をもって勉学に励む学生にそんな”little extra”を頑張ろうと思えるような働きかけができるようになりたいなと思っています。

原則35:罰則で組織をハッピーにする

さまざまな罰を書いたルーレットを回し、違反した選手がダーツを投げて刺さった箇所の罰を実行するというものだ。

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私たちは新しいやり方を考案した。まずクラブに携わる全スタッフに、金額に応じて欲しい物をメモに書いてもらう。ルール違反をした選手は箱の中からメモを引き、そこに書かれている物を対象の従業員にプレゼントするんだ。最近は、クラブに出入りしている清掃業者のスタッフが旅行チケットをゲットして喜んでいたよ。一体感を強める効果があると確信している」唯一の例外は監督だ。ルール違反をした時ではなく、試合に勝利した時に箱から1枚引かなければならないのである。これもチームの雰囲気を明るくするのに一役買う。

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このアイデアはなるほどなと思いました。もしも学級担任を持つようなそういう学校教員の仕事をしていたら,自分のクラスで似たようなルールを導入していたかもしれません。もしかしたらすでに実践されている方もいるかもしれませんね。遅刻をしたとき,提出物を忘れたとき,物を壊してしまったときなどにダーツを投げるとか,くじ引きをするとか。ちなみに,ダーツには「バツなし」というのも含まれていると書いてありました。また,どんな組織でもこういうことをするのではなく,RBライプツィヒではこういう取り組みをしていたけれどもバイエルンの監督になってからはよくあるような「XをしたらY円罰金」のような「ペナルティカタログ」を作るやり方にしていたようです。チームの雰囲気・風土に合わせて柔軟にやり方を選択できるというのも,ここまで見てきた臨機応変さと通底するものがあります。

おわりに

ちょっと長くなってきたので,ここで一旦この記事は終わりにして,続きは別の記事で書こうと思います。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

[R] 1列だけの選択ならselect関数よりpull関数を使う

はじめに

dplyr使いの方で,select関数を使って特定の1列に対して何かしらの処理をするということをしたいときにエラーが出る人はpull関数を使いましょうという話です。ちなみに,$使えば問題は解決です。今回は,それ以外の方法で,というお話。

具体的になにをしようとしたか

私がどんな処理をしようとしたかについて少し触れておきます。ここはスキップしてもらっても構いません。

ある列の単語(1単語または2単語の英単語が入っている)の文字数をカウントするということをやろうとしていました。ピリオドが含まれていたり(e.g., “dogs.”),2語の場合は間に空白もあるので(e.g., “beautiful lake”,それらを除去して文字数を数える必要があります。そのためには,str_extract,str_replace, str_lengthなどの文字列処理関数を使う必要があります。しかし,これらの関数はベクトルを受け取って処理をするので,データフレームを渡してもエラーが出てしまうという問題に直面しました。

select関数の挙動

データフレームからある特定の列を引っ張ってくるというとき,もちろん$を使って,dat$wordのようにするのが一番簡単なのでそれでもいいのですけども,dplyr使いの方はselect関数を使っている方も多いのではと思います。ただし,select関数はデータフレームの中から特定の列を引っ張ってくると,それがたとえ1列であってもdata.frame型になります。

よって,処理に使う関数がベクトル型を要求するものだとエラーが発生することになるわけです。しかもやっかいなのは,「じゃあas.vector()関数」を噛ませればいいやんとやってみてもそれでは解決しないからです。理由はよくわかりません。

  dat %>% 
  select(word) %>% #wordという列に文字数カウントしたい文字列があるとする
  as.vector() %>%
  is.vector() #このコードではFALSEとなります

pull関数がすること

pull関数は,要するにdat$x1のように$を使って,またはdat[, x1]のように[,]を使ってデータフレームの中の特定の列を指定するのと同じ挙動をするということです(参考)。よって,pull関数の出力はベクトル型になります。

  dat %>% 
  pull(word) %>%
  is.vector() #このコードではTRUEとなります

というわけで,1列だけ持ってくるときに関数を使う場合はpull()関数を使いましょうというのが結論です。私は結局こういう感じで文字数カウントをしました。

  dat %>% 
  pull(word) %>%
  str_extract(.,"[^\\.]+") %>% #ピリオドを除去
  str_replace(.,pattern = "\\s",replacement = "") %>% #半角スペースを除去
  str_length()->rt_dat$length #文字数をカウント

$を使うと次のようになります。

  str_extract(dat$word,"[^\\.]+") %>% #ピリオドを除去
  str_replace(.,pattern = "\\s",replacement = "") %>% #半角スペースを除去
  str_length()-> dat$length #文字数をカウントしてlengthという列に入れる

$を使ったほうが行数が少なくなるので,そっちのほうがいいような気もしますが,工程の見やすさでいうとpull関数を使うほうが上かなという感じがします。

おわりに

もともと文字数はカウントしてあったのですが,ちょっと査読者の指摘でフィラー項目も入れて分析をやり直さないといけなくなってこういった処理が必要になりました。データ型って基本といえば基本なのですが,以外に気づかずにエラーで困ることもあるので,select関数の挙動について勉強になるいい機会でした。

ということで,pull関数とselect関数,場合によって使い分けましょう。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

学期はじめのスピーキング・ストラテジー指導

はじめに

私は現在4つ教養外国語の英語科目を担当していますが,そのうちの3つはlistening&speakingのクラスです(うちの大学ではreading&writing, listening&speakingでおおまかに科目が分かれています)。その授業の学期の最初のほうでいつも取り入れているストラテジーの指導があるのでその話です(初級クラスでもできると思いますが中級のほうがしっくりくるとおもいます)。2点あって1点目は「ストラテジー」というよりはset expressionを覚えてしまうという話ですが。

学期が始まる前に書けばもっと参考にしてもらえると思うのですが,学期が終わる頃にこの記事を書くというタイミングの悪さはお許しください。

なぜストラテジー指導?

はじめに,なぜストラテジー指導をしておくかという話です。「英語でやりとりを続けさせるため」というのが大きな理由ですが,もう少し細かくわけていくことができると思います。重複するところもありますが,パッと思いつくのは以下の3つです。

  1. 日本語に逃げ(させ)ないため
  2. 意味交渉の機会をたくさん作り出すため
  3. そもそも会話を継続させるためにどんなことが必要かを知らないため

日本語に逃げさせない

日本語という共通言語が通じる相手に対して英語を使うわけですから,英語でやりとりを続けるのが難しくなったら日本語で言ってしまうことはよくあります。ただ,困ったときにどうしたらいいかを教えておけば,なるべく日本語を使わずに,または日本語は最小限に抑えたまま英語でやりとりを続けることができます。

意味交渉の機会をたくさん作り出すため

これは結構大事にしています。言語習得の(または言語習得にとって有用な事象が起こる)機会をとにかく教室の中でたくさん発生させたいと思って授業をしています。と同時に,困難にぶち当たったときにそこをどう乗り越えるかというのは教室外の言語使用場面でも要求されることが多くあると思いますので,そういったときに立ち向かえること,そしてそういう困難があるかもしれないとわかっていてもトライする勇気を身に着けてもらえることを目指しています。そのためにはある程度ストラテジーの指導が有用だと思っています。

そもそも会話を継続させるためにどんなことが必要かを知らないため

日本語だったらできる(または無意識にやっている)ことでも,英語になったらできなくなってしまうということも結構あると思っています。だからこそ,日本語だったらこういうことやるよね?みたいなことも含めながら,別に英語に限らずコミュニケーションをうまくやるためにはこういうことを意識するといいよなんて話をしています。

具体的に教えること

教室内で使える便利表現のリストをネームカードの後ろにつける

もともとはanf先生がブログにあっぷしていた表現のリストがあって,もう少し長いものだったのですが,そこから厳選したものをネームカードの後ろにつけるようにしています。いつも机の上にネームカードを置かせているので,授業中はそれを「チラ見」することができるというわけです。このネームカードの後ろにset expressionを載せるというのは,名大にいたときの私の副指導教官の先生が実践されていたのを真似しています。

ダウンロードはこちら -> ネームカード

これを授業の最初の帯活動でウォームアップ的にペアで練習してもらうということを最初の数週間はやっています。

この中でも私が特に重視して伝えていることは,相手の言ったことがわからなかったときなどに使える表現です。

What does it mean?

Could you say that again?

わからないことがあったときにわからないことを伝えずにわかったふりをしてしまうことは言語を問わずわりとあったりするものですが,勇気を持ってわからないことはわからないと言おうというように指導しています。これが意味交渉の機会を生み出すからですね。わからないと言われた相手は相手にわかるように発音を工夫したり,または別の言い方に言い換えたりする必要が迫られます。また,わからなかった方はわからなかったことがわかるようになる,理解可能なインプットを得る機会が生まれるからです。

3つのストラテジーを教える

いくつかの便利表現をストックとして持たせたあとは,もう少しスキル的な部分の指導をやります。色々教えるべきことはあると思いますが,私がいつも取り上げているのはecho, reaction, follow-up questionの3つです。

1. echo

相手の言ったことを繰り返す練習をします。実際に学生のうちの一人に簡単な質問をして,

Where are you from?

I’m from Nara.

Oh, you’re from Nara.

のように繰り返す見本をみせます。別に全文を言い換えて繰り返す必要はなく,できたらそれにチャレンジしてみて,難しそうならこの場合なら”Nara”のようにキーワードだけでいいから繰り返すようにしてみようと伝えます。

このechoが大事なのは,次のような点であることも伝えます

  • 相手の言っていることを理解していることを示せる
  • 相手の話に興味を持っていることを示せる
  • 相手の言っていることを聞いていますよということを伝えられる
  • 自分の理解を確かめられる

とくに,最後の自分の理解を確かめるという点を強調していて,繰り返したときにそれが間違っていたら自分が聞き間違えていることになり,それを相手が修正してくれるので会話を進める上では大事だと伝えています。

例:

I’m from Tokyo.

Oh, you’re from Kyoto!

No, no. Tokyo. Not Kyoto.

こういう話をしたあとに,出身,専攻,趣味など,3つくらいの簡単な質問をして,echoを使う練習をします。ここでは,特に会話を広げたりはしなくても良いことにしています。

2. reaction

次がreactionで,相手の答えに対してただechoするだけではなく,なにか一つコメントを入れる練習です。ここでもやりとりの例を見せます。

What are you going to eat for lunch?

I’m going to eat ramen.

Ramen. Sounds nice.

正直このreactionについては,なにか決まったフレーズで覚えておけばいいというものがあるという感じでもないですが,一応次のようなものを例として提示しています。

センゲージラーニングの”Free Talking: Basic Strategies for Building Communication ” (p.25)から持ってきてます。echo, reaction, follow-up questionの3つを取り上げているのはこの教科書を使った2年前より以前からなので,そこはたまたまです。

ここでもまた3つくらい質問を作って,さきほどのようにechoを使ったあとに一言reactionを追加するというようにします。echoもした上でreactionするというのがポイントです。

3. follow-up question

次はfollow-up questionです。相手の答えに対してさらなる追加の質問をするということですね。ここでは以下のような質問とそれに対する回答の例を見せます。

What would you eat for your last supper (dinner)?

I would eat sushi.

この回答に対してどんなfollow-up questionsが考えられるかを学生に少し考えてもらって,いくつか回答を出してもらって黒板に書いていきます。

Where would you like to eat it?

Why would you eat sushi?

What kind of sushi would you eat?

Who would you want to eat with?

How much would you spend on it?

など,WHの疑問文がおそらく出てくることが多いと思いますが,

Did you eat sushi recently?

などのYES/NO疑問文もあり得ることも補足します。

その上で,また新たに3つの質問を学生に与えて,それを質問して,相手に対する回答についてecho, reactionとここまでに練習したものも使った上でさらに今度はfollow-up questionも使ってみようということでトライさせます。

とりあえずfollow-up questionは1つのお題につき1つ尋ねることができればいいことにしています。ここでも,「便利表現」を使う機会があれば積極的に使うように促しています。

もし質問に対して答えるのに困ったらI don’t know…と言ってもいいし,英単語がわからなければ”How do you say 豪邸 in English?”のようにパートナーや教師に聞いてもいいわけです。また,聞き取れなかったら”Could you say that again?”と言ってもいいのです。ただし,学生は「意味が理解できない」とおもったら反射的に”One more”と言い出す事が多いですし,それを乗り越えて”Could you say that again?”が言えたとしてもどんなときでもそれを使ってしまいがちです。そのため,WHの疑問詞を埋め込んだ形で文を作って聞き返すこともこのときに教えます。

つまり,ただたんに聞き取れなかったのではなく,聞き取れはしたけどその一部がわからなかったという場合には,その聞き取れなかった部分だけを相手に言ってもらうほうが,相手も何が伝わらなかったのかがわかるのでコミュニケーション・ブレイクダウンを解消しやすいわけです。

I would want to buy a big house.

と言われたときに”a big house”が聞き取れなかったら,

Sorry, you would want to buy what?

と聞くことで,その部分がわからなかったことを相手に伝えることができます。ただ,これは結構高度な能力が必要で,一回練習しただけで身につくものでもないので,普段の授業の中でも繰り返し意識させるようにしています。

授業の中でも毎回意識させる

私はlistening&speakingの授業では毎回英語でのやりとりが必須となるタスクを用意していますので,そのタスクに取り組ませる際には必ず,

  • set expressionはいつでもチラ見できるようにしておくこと
  • echo, reaction, follow-up questionsを使えるときには積極的に使うこと
  • わからないことがあったときは素直にわからないと伝えること
    • 何がわからなかったのか,できるだけ具体的に伝えること
    • 「わからない」と言われたときはパニックにならず,例を挙げる,別の表現で言い換えるなどで伝えてみること
    • 英語でなんて言ったらいいかわからなかったら積極的に手をあげて教師を呼ぶこと

も伝えています。

こういうのも,学期を通して,または年間を通して最終的に身に着けてくれていたらいいと思っていることなので,とくにこれらができていないことで毎回のタスクの評価にいれるとかはしていません(そもそもそういうプロセスの評価は毎回はできないですしね)。

机間巡視しながら,「もっかい言って?」なんていうのが聞こえたら,”You can say ‘could you say that again?'”なんてフィードバックをしたりしていますし,自分の言っていることがなかなか相手に伝わっていなくても諦めずにトライしている学生のことはできるかぎりencourageしてあげて,必要なら私が言葉を補ってあげることもあります。

タスク後は言いたかったけど言えなかったことの指導にあてることが多いですが,気づいたらうまい言い換えをしていた例(e.g., disagreeやbe againstのような表現が出てこず,say noのように言っていたとか)をとりあげたり,相手の意見を自分の言葉で言い換えていた例(e.g., I think that he should…をSo, you think it is better for him to do…のように言ってたりとか)をとりあげたりすることを意識しています。

特に,相手の言っていることを自分が理解できているかを確認する意味でも,ただOKOKとかechoだけにとどまらない形でcomprehension checkを行えるのはとても大事なので,こういうのは積極的にやっていこうねというのは言うようにしています。これもストラテジー指導の一環としてとりあげて教えてもいいかもしれないのですが,実は意味順もちょっとやってるので90分でなかなか収まらないんですよね。結果として,授業の中で取り上げて指導するという形に今はなっています。

おわりに

本記事では,やりとりを要求するタスクに取り組ませる前の段階としてどういうことを指導しているかということを書きました。こうやって記事にしてまとめてみるとちょっと不十分というか穴があるかなと感じるところもあったので,そこは来年度以降もう少し工夫してやっていこうかなと思います。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。