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Yu Tamura について

第二言語習得の研究者。博士(学術)。英語教育のことや統計・データ分析に関わること、趣味のサッカーのことなどについて書いています。

修士課程でやっておけばよかったと後悔していることはありますか?

はじめに

Querie.meで頂いた質問に回答を書いていたら少し長くなってしまったのでブログ記事にしてしまおう企画。いただいた質問はずばりタイトルです。

回答

たくさんありすぎます。学部のときにやっておけばと思ったことも,博士後期のときにやっておけばよかったと思ったことも,どれもたくさんあります。

たぶん,そのときにどれだけ一生懸命何かに取り組んでも,あとあと,「あれやっておけば」っていうことって絶対出てくると思います。逆に,「あれやっておいてよかった」と思うことも同じかそれ以上にあるんだと思います。
大事なことは,何歳になっても自分が知らないことを知ろうと努力することで,今,自分の与えられた環境で,がむしゃらに学び続けることなんじゃないかなと思います。それができる人のことを私は尊敬していますし,私の理想もそういう人間です。

修士課程に在籍している方が質問者の方だったとしたら,「今わたしは何をやっておくべきでしょうか?」という質問なのかもしれませんね。あまり答えになっていないかもしれませんが,とにかくできることは何でもやっておいたほうがいい,というのが私の答えかなと思います。これさえやっておけばいいというのもないでしょうし,これはやっておかなくてもいいというのもないと思います。やっておいたほうがいいこと,なんていうのは,わかりません。何がどう未来に役に立つかなんてわからないので。

ちょっと昔話

このブログでも何回か書いているような気もしますが,少し昔ばなしを。

学部時代

学部時代は,正直あまり真面目に勉学に取り組んでいた方ではなかったです。自分の興味あることについては一生懸命に取り組んだ思い出もありますが,日本の大学の修士課程に進学する人たちが入試のために勉強するようなことは私は恥ずかしながらほとんどせずに修士課程に入りました。そのくらいの時期にTwitterを始めて,たくさんの人たちと交流するようになり,私は恐ろしいほどに知らないことがたくさんあると感じました。修士課程のときはとにかく本も論文もたくさん読もうと努力していましたが,じゃあどれだけ読んだら後に後悔しなかったのかと思うと,たぶんどれだけ読んでいても後悔しないことはなかったんじゃないかなと思います。

いま振り返って,学部の1年に”A Student’s Introduction to English Grammar“と格闘していたこと,3・4年次のゼミで”Thinking Syntactically“を読んだこと,学部の先輩にそそのかされて,4年次に別の学部の統語論の授業を受けに行っていたりしていたことなどは,やっていてよかったなぁと思うことですが,それよりもたくさん,もっと学部のときに勉強しておけばよかったと思うことはあります。一方で,学部のときにはなの舞でバイトしまくったことは確実に私の調理スキルを向上させましたし,そこで何度も二日酔いになったことでお酒との付き合い方も学びました。また,たくさん遊んだからこそ,学部卒業後はもっと勉強しようと思えるようになりました。その意味で,どんな経験も今の自分には必要だったのだと思います。

修士課程時代

特に,私は修士課程は実践よりのところでしたから,研究というところについては授業の課題だけでは不十分で,自分でたくさん読まなければいけないことも多かったです(当たり前ですけどね)。もちろん,demo lessonやteaching practicumなど,研究ベースの修士課程では経験できなかった多くのことが自分の英語教師としてのベースになっていることは間違いありません。また,私が修士課程への進学を決めたのも研究者を目指していたからではなく学校の英語教員を目指していたからだったわけで,その選択も後悔してはいません。もっというと,そういうバックグランドが逆に大学教員としての自分の強みにもなっている部分はあるかと思っています。

ちなみに,私の修士論文はタスク系の研究だったのですが,そのためにTBLT関係の論文や本をそれなりに読みました。ただ,それは自分がそこに興味があったからそうしていただけで,それが松村さんとの勉強会につながり,本の分担執筆をすることになり,教材集や教科書を作ることにつながるなんて思ってもいませんでした。

博士後期課程時代

そこから,学校の英語教員になることを諦めて博士後期課程に進学しました。その時は,D1でしたが1年弱研究から離れていたこともあって,修士課程の学生と一緒に授業を取りながら,自分の研究のことも考えながら,非常勤もやりながら,というような感じでした。自分がすごく夢中になってやったことといえば,Rくらいかなと思います。そのときは,ただただRで何かやるのがかっこよくて,Rを使って分析が色々できるようになりたくてやっていただけで,Rがこの先に必要になるからとかそんなこと思っていたわけではありませんでした。Nagoya.RというイベントでRのネタを発表するためにRのことを勉強したり,tidyrやdplyrなんかも出始め当初くらいから触っていました。そうしたら,Rのできる人というような見方をされるようになっていました。テクニカル・レポートなんかを書くようになり,先生から分析を頼まれるようになり,また勉強をして,そうこうしていたら学部で「データサイエンス」と名のつく授業を来年度から担当することになりました。名古屋大学という環境がそういうところだったのでしょうし,周りにいた人たちの影響はもちろんあります。

ただし,それは「Rやっていてよかったな」と思うだけで,もしタイムマシンで過去に戻れるとしても別に自分にあえて「Rやっといたほうがいいぞ」とか「LMEは絶対勉強しろよ」とか言わないと思います。他にも,自分が今知らなくて,もっと時間がある院生時代に勉強しておいたほうがよかったことなんて山程ありますが,そういうことも,その当時,それを勉強しなかったのではなくきっと他のことを勉強していたから知らなかったということだと思うようにしています。そして,そのときに勉強していたことは今の自分に絶対につながっているはずで,もし仮にそれをしていなかったらそれはそれで今のようなキャリアになっていたとも限りません。

だからこそ,「やっておけばよかった」と思ったときに,”It’s never too late to learn”という言葉を思い出して本を買い,そして積ん読になるんですね。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

2022年の振り返り

毎年恒例の振り返り記事です。これまでの振り返り記事も興味がお有りの方はどうぞ。

過去の振り返り記事

ブログのこと

この記事を書いている2022年12月30日時点でのこのブログのpage viewは161,591です。年間のアクセス数は2021年よりもさらに減少して,執筆時点で2022年は17,628となりました。18,000を切ったのは2016年以来でした。今年は投稿数が近年のうちでも少なくここ5年間だと以下のようになっています。

  • 2018: 23本
  • 2019: 25本
  • 2020: 26本
  • 2021: 29本
  • 2022: 22本

昨年は結構一本の記事あたりの分量もかなり多かったのですが,それも少し減っているような感じです。

今年の記事で閲覧数が多かったのは以下のような記事でした。

1番目の話は,いわゆる学内紀要的なものに論文を書く意味があるのかっていう話です。自分の所属先に関わる話ですが,今後もっと色々考えないといけないんじゃないのかなとは思っています。ChatGPTの記事は割と最近ですが,Twitterでも結構反響が大きかったです。英語教師の方々がチラホラとどんなことができるのだろうと色々試しているのが最近よくTwitterにも流れてきています。二番目の記事も英語授業に関係する話ですね。4つ目のタイトルが長いものは,Querie.meという質問を募集するサービスでいただいた質問に対して,答えが長くなったのでブログ記事にしたというものです。Querie.meというタグでいくつか記事を書いていますのでもしご興味がおありでしたらお読みいただければ。めんどくさい回答の仕方とかもしていますが,基本的には質問はいただけたら嬉しいので喜んで回答しています。

仕事のこと

2022年度が5年目で,大学教員としていろいろなことが見えるようになってきたなと感じるようになりました。そんな中で,とても大きな変化として学会の事務局長というお仕事を任されるようになったことがあります。今までは運営委員の末席にいたのが,急にそれを仕切る役目を任されることになり,いろんな先生に助けられながらなんとかもうすぐ1年目を終えようとしています。そういう仕事をしている中でも,こういうところは変えたほうがいいとか,このやり方はあまり効率的じゃないとか,そうやって気づいたことは逐一メモするようにしていて,事務局業務に関するメモやメールのテンプレなんかはEvernoteにどんどん蓄積されていっています。

来年度は,また学内で今とは違う役割になることや,授業の担当で大学院の科目をもつようになることなど,今から不安なくらいたくさんのことが待ち受けているので,チャレンジングな2023年になるだろうなと思います。自分の中でも,そこが一つの分岐点というか,一皮むけるために必要な,色々耐える年になるだろうと思っているので,そういうのを楽しみつつ,それらを乗り越えた先に自分が成長したと思えるようになっていたいと思います。

2022年は,それまでなかなか出版までたどり着かせることができていなかったものがいくつか出版になったので少しホッとしています。とはいえ,全然足りないので,もっとやらないといけません。仕事に慣れたら…なんて思っていたらどんどんと新しい仕事が回ってくるので,そういうスタンスじゃこの先研究者として生きていくのは無理なんだということを改めて突きつけられている思いです。

運動習慣

2022年も自転車と筋トレの2本柱をある程度継続してやっていくことができました。ただ,夏にぎっくり腰をやらかしてしまってしばらくお休みしたのと,先日も腰の調子がかなり悪くて運動ができなくなってしまったことなどがあり,あまり強度の高い運動を年の後半にはできていません。20-30分くらいの軽いランニングであれば,腰のサポーターを巻かずに走れるくらいにはなってきていたところだったので,少しショックではあります。

今も継続して整骨院には通っているのですが,そういう体のメンテナンスもしつつ,無理のないように今後も筋トレは続けていきたいなと思います。

プライベートのこと

今年は,実家がなくなったというのが結構自分の中でも大きなことでした。なくなったといっても家を取り壊したとかそういうことではなく,実家を貸家にするために荷物をすべて引き払ったということなのですが。祖母の面倒を見るために,父が祖母と同居することになり,そのために誰も住む人がいなくなった一軒家を貸しているという状況です。私の人生の大部分を過ごしていた場所で,たくさんの思い出の品がありましたが,それもすべてはとっておけないのでほとんど処分することになりました。それはある意味で,自分にとって東京という場所との決別のような感覚もありました。私は東京出身ですが,もはや東京は「帰る」場所ではなくなったという感じです。今後東京に行くことがあったとしても,東京で「ゆっくりする」みたいなことはきっとないんだろうなと思います。

私は別に実家大好きマンとか地元大好きマンというわけでもないので,これからは大阪という場所が自分の街という感覚になっていくのでしょう。また春には同じ市内の中で引っ越しをして,そこが私の家になります。色々大変なことも多いのですが,そういう決断をしたという意味では,2022年は人生の大きな節目になるのかもしれません。春が待ち遠しいですね。

おわりに

2021年の終わりは,とにかく本当にこれまでの人生の中でもっとも落ち込んで,すべてに絶望していましたが,あれから1年経って,その時から比べると2022年の大半は本当に幸せな毎日を送っていると思います。公私ともに,たくさんの方にお世話になりました。直接お会いできた方も,できなかった方も,本当にありがとうございました。このブログを読んでいただいている方も,そうでいない方にも,私に関わるすべての方に感謝申し上げます。

今年も1年お世話になりました。来年もよろしくお願いします。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

大学教員が求める小学校外国語科の授業の在り方は?

Querie.meで頂いた質問に回答を書いていたら少し長くなってしまったのでブログ記事にしてしまおう企画を久しぶりに。いただいた質問はずばりタイトルのとおりです。

回答

さて,まず質問いただいてありがとうございます。あまり頻繁に質問をいただけるわけではありませんので,こうした質問をいただけることを嬉しく思っています。また,このことを私に聞いてみようと思われたことに対しても感謝申し上げると同時に,以下の回答が質問者様が今後,同様のサービス(Querie.meや質問箱等)で私や別の方に質問をされることを妨げるようなことがないことを祈っています(ここまで読んで,一部の人には研究者がよく受け取るメールのテンプレっぽいお断りの文章だなと感じられたかもしれません。私も書きながら,あれこれリジェクト通知かなとか思っています)。

前置きが長くなりました。

まず,私は大学教員の代表としてなにかを論じる立場にありませんので,いただいた質問に対する答えは「わかりません」となります。あるいは,外国語教育に関わる大学教員に限って,その総意としてなにかの意見を求められているのだとしても,その「総意」というのはわかりません。したがって,「お答えできません」と表現する方が良いかもしれません。

もし仮に,「(いち)大学教員(としてのあなた)が求める小学校外国語科の授業の在り方は?」という質問の意図だったとしましょう。つまり,私(田村)個人の意見を知りたいと思っているという質問だということですね。しかし,仮にそういう質問の意図であったとしても,答えはほとんど同じで「わかりません」になるかと思います。または,「私(田村個人)は,何かを求めたりすることはありません」ということになるでしょうか。

外国語学部に所属していて,一応外国語教育にも片足は突っ込んでいる大学教員の立場であったとしても,小学校外国語科に,あるいは学校教育に,いや「大学教員が求める○○の在り方は?」の「○○」の部分に何が入っていても,それに対して何かを求めるようなことはないというように思っています。もしも,「(いち)大学教員(としてのあなた)が求める教授会の在り方は?」くらいだったら,まあ一応自分も大学教員として学部の教授会の構成員ではありますので,学部の教授会がどういうものであったらよいかということに対しては自分の意見がないわけではないです。ただ,それでも自分が何かを求めるような立場だろうかということについては考えてしまいますね。よく言えば,抑制的,悪く言えば消極的と言えるでしょうか。

そういうことを考えた上でもとの質問に戻って,「大学教員が求める小学校外国語科の授業の在り方は?」という質問に対して私がなぜ違和感を覚えているのかということを考えてみます。つまりは,この質問に何の疑問も挟まずに答えるというのは,小学校外国語科の授業の在り方に対して,自分自身が何かを言うこと,つまりそこに何らかの影響を与えようとする気があって,なおかつそのことに対して責任を負うことができる,そういうことだと思うわけです。「求める」というのはそういうことですよね。単なる意見ではなく,その意見を述べる対象に対して影響力を与えようとする意図がなければ「求め」ないわけですから。

さらに,「在り方」という言葉にも引っかかっているのだと思います。「在り方」というのは「あるべき姿」ということです。「小学校外国語科の授業のあるべき姿」を問われているわけですね。この「あるべき」というのも,私にとっては畏れ多い言葉です。「大学のあるべき姿」とかを問われたのであれば,大学教員として,大学の運営の末端を担う自分にもそれを考える責務や,そのことを発信する勇気は必要でしょう。しかし,「小学校外国語科の授業のあるべき姿」は私にとっては自分がコミットしている領域であると捉えていないのだと思います。もし仮に,「日本の政治のあるべき姿」を聞かれたとすれば,それに答えないのはどうなんだと自分でも思いますが(とか言って,私は政治の専門家ではないので…なんて答えたりしそうですよね)。

さらに,一応ウェブ上で,私は素性を明かしてブログを書いたりTwitterに投稿したりしています。そして,私はもうブログを始めた当初の無名のどこの馬の骨ともわからぬ若造でもなくなってしまいました。そうなると,そう簡単に,あるいは軽率に,私が「求める」「小学校外国語科の授業の在り方」について語ることはできなくなってしまいました。私がもし仮に小学校外国語科の授業について専門的に研究している研究者であれば,まだ何かを言うことができたかもしれませんが。

深く考えすぎかもしれません。もしかすると質問者様の意図は,「(いち)大学教員(としてのあなた)が求める(考える)小学校外国語科の(理想の)授業の在り方は?」という質問であったのかもしれません。

つまり,「求める」というのは「考える」くらいの意味であって,「あなたは小学校外国語科の授業の在り方についてどう思いますか?」ということを聞きたかっただけなのだと。その可能性もありますよね。しかし,質問の意図を解釈しようとするだけでこれだけのことを私は考えてしまうわけです。

もしも質問者様がこの回答ブログ記事を読んで,「めんどくさ!もう質問なんかしねーわ!」

と思わなかったのであれば,またこの質問の回答のところから関連する質問をしていただければと思います。

以上です。

私に質問されたい方は質問お待ちしています。

https://querie.me/user/tam07pb915

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

ChatGPTで英語授業の教材づくりをしてみる

はじめに

ChatGPTという,OpenAIが公開したチャットができるAIがあり,話題を呼んでいます。私は,教員という立場で,これをなにか授業の準備などに活かせないかなと考えています。

ライティングのフィードバックなんかを考えたり,あるいは学生にライティングさせる際には使い方次第でツールとして利用できるかもしれないなと思います。ただし,他にも教材を作る際には結構労力がかかるもので,それをChatGPTで代替できたら結構楽かもしれないなと思いました。以下,私が試しにやってみたものを紹介します。

  1. 物語の続きを書かせる
  2. 語彙を簡単なものに書き換える
  3. 文章の書き換え
  4. オリジナルのストーリーを書かせる
  5. 文章の要約を書かせる
  6. 内容理解の問題を作らせる
  7. 内容理解問題の選択肢を作らせる

1. 物語の続きを書かせる

プロンプトを入力して,その続きとなる物語を書かせるとどうなるかやってみました。使用したのは,『Getting Things Done: Book1』のUnit13にある”Safe Driving”の冒頭です。

PDFからコピペしたので”This driver isjust”のところ,スペースがないのにあとから気づきましたが,まああまり問題になってなさそうです。

元の文章のほうがもっと面白いですが,まあ面白い物語にしてくれとかお願いするともっと違うんでしょうね。オリジナルのストーリーのcreativityにそれでも勝てるかどうかはわかりませんね。もしかしたらそのあたりはまだ人間が強いのかもしれません。

2. 語彙を簡単なものに書き換える

ChatGPTの大きな特徴として,前の会話の内容を覚えているというものがあります。したがって,一度入力したものは同一スレッド内であれば記憶されているので,”the story”とするだけでいけます。すごいですね。

夫が亡くなったというくだりが無くなっているのは,子ども向け,としたからかもしれません。

ちなみに,どれだけ簡単になったのかを,New Word Level Checkerを使って見てみると次のようになりました。参照するWord ListにはNew JACET 8000を指定しています。まずは元の文章から。

これでもほとんどはL1, L2で,L4までで96%くらいなので,そこまで難しい語彙が使われているわけではありません。では,書き換え後を見てみましょう。

書き換え後の文章はL3までで98.27%です。sawが黄色になっていますが,これはおそらくseeの過去形ではなく「のこぎりで切る」の意味のsawだと認識されているためかと思います。よって,実際にはこのパーセンテージはもっとあがるでしょうね。

3. 文章の書き換え

次は,同じ教科書のUnit20にある不動産広告の文章を書き換えたものを作ってもらいました。

2つの似たような文章を読んで,類似点や相違点を比較するようなタスクを想定しています。これも,自作しようと思えば結構難しい部分もありますが,1つの文章さえあればそれを書き換えるのは割と容易にできるようです。指示の与え方を工夫すれば,条件に沿った書き換えなどもできるかもしれませんね。ただし,仮にそうしたことが可能であったとしても違いがどこにあるのかは自分で見つけないといけなかったり,「教材研究」的な部分が教員に求められるということには変わりないでしょう。また,自分で作ればその過程自体が教材研究を兼ねることにもなりますから,機械にやらせることで自分の教材作成力を磨く機会が損なわれることにもなるかもしれません。

4. オリジナルのストーリーを書かせる

では,お題を与えてオリジナルのストーリーを書かせるというのはどうでしょう。1つ目の文章の続きを書かせるパターンに似ていますが,出だしではなくトピック的なものを与えて書かせるパターンです。

ちなみにこれも,Getting things done: Book1で扱われている話のほうがもっと面白いです。

5. 文章の要約を書かせる

要約というのは教師の英語力が問われる部分というか,そこに英語教師としてのプロフェッショナリティが求められる部分ではあります。ただ,時間がある程度かかるというのは間違いないんですよね。そこをChatGPTなら数秒でこなしてくれます。

もうちょい文構造や単語などを書き換えた上で内容を保持してほしいところはあります。要約する箇所は適切かと思いますが。

6. 内容理解の問題を作らせる

文章を入力して,その文章の内容理解を問う問題を作ったらどうだろうと思ってやってみました。

7. 内容理解問題の選択肢を作らせる

問題を作ってもらったはいいものの,選択肢がなかったので,4つの選択肢も作ってもらいました。

1と2の問題が関連しているどころか,2の正答が3の選択肢に含まれていることなど,テスティング的には全然いい問題だとは言えないですね。また,4も物語のオチを言っちゃっている上に,正答は元の文章に使われている単語そのものです。このあたりは,人間の手で修正を加えなければいけないでしょう。あるいは,人間が作成する問題のほうが(少なくともテスト問題作成に熟知した人であればですが)上だと言えそうです。テスティング・評価関係の授業で,この問題の何がいけないのか,自分ならどのように作り変えるのかなどを学生に考えさせる課題のネタとしては良い教材かもしれません。

おわりに

今回はすべて文章を扱いましたが,もちろん会話文の出力もできます。

ちなみに,ですが,ChagGPTへの指示の入力は命令文でOKです。別にCan you…?とお願いする必要はありません。その部分の書き方の違いで出力が異なることはおそらくないでしょう。ただ,細かい部分では出力されるものに違いが出る可能性はあります。そのあたりは試していくしかないでしょうね。また,もし出力されたものに納得いかなければ,違うものを出してくれます。

アクセスが混み合っているとページが表示しにくかったり,入力を頻繁に入れていると,”slow down”と言われたりします。また,今後もずっとオープンに無料で使えるかどうかはわかりませんよね。ただ,現時点では色々試して活用していけるレベルではあるのかなとは思いました。

ただし,出力されたものを見てプロダクトの質を判断する英語力だったり,授業で扱うときに注意しなければいけないポイントがないかどうかを見極める英語教師の「目」のようなものは求められるのだろうなとは思います。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

2023.03.01追記

この記事の内容に関連するトークをしたときの投影資料があるので置いておきます。上記のうち,「物語の続きを書かせる」,「オリジナルのストーリーを書かせる」,「文章の要約を書かせる」の3つに絞ってそれぞれを少しずつ丁寧に扱っています。

2023.06.27追記

画像生成AIのMidjourneyを使って視覚教材を作る,教科書本文とタスクの定義を与えて教科書本文に関連したタスクを作る,等の話と,ChatGPTのようなものが登場しても語学教師が廃業しないためには,という話などをしたので投影資料を置いておきます。

文章の断片を並び替えるタスクに現れるもの

はじめに

コミュニケーション・タスクのアイデアとマテリアル』のpp.96-97に,”Put the Story in Order”というタスクがあります。このタスクは,英語力の「ごまかし」がきかない課題だなと実感したというお話。

どんなタスクか

この課題では,学習者は1つの物語を行ごとに切断してバラバラにしたものの片方を受け取ります。そして,ペアの相手の学習者はもう半分の行を持っています。「文」ではなく「行」と表現しているのは,1つの「ピース」は必ずしも完全な文ではないからです。自分の持っている行の束を見せ合うことなく,元の物語の順番にそれぞれの行を並び替えるというのがこの課題のゴールとなります。1行目は片方の学習者に与えられており,2行目以降を考えます。必ず交互にくるように,つまり自分が1行目を持っていたら2行目は必ず相手が持っている,のように課題を構成するかどうか,そしてそれを活動前に学習者に伝えるかどうかによって難易度の調整が可能です(もちろん,交互でさらに学習者にそれを伝えると難易度は下がります)。

この課題は情報合成と呼ばれるタイプの課題で,分割された情報を組み合わせることによって1つのものができあがるという性質を持っています。お互いに与えられた情報の間にギャップがあり,それを埋めることを求められるという意味では間違い探しのような典型的な情報交換タスクと似ている部分もありますが,情報交換タスクではパズルのピースを組み合わせるようなことは求められていません。その意味で,情報合成タスクは情報交換タスクとは異なります。

課題のポイント

この課題では,言語的な知識の側面と,議論をすすめるためのメタ的な会話,の2つの要素が重要となります。この重要性は,例えば同じ情報合成タスクでも複数コママンガの並び替えのような課題で必要とされるものとは比較にならないほど高くなります。例えば,自分の持っている文が”I think that”で終わっていれば,その次に来るのは

  1. 主語+動詞(thatが節のマーカー)
  2. 助動詞+動詞(thatが指示代名詞で節内の主語の場合。I think that would be interesting….のように続く時など)
  3. 現在形の動詞(これもthatは代名詞で主語になる。I think that requires a lot effort….のように続くときなど)
  4. 名詞(thatが「その」の意味の指示形容詞の場合。I think that man you saw was the suspect….のように続くときなど)

などのような可能性が考えられます。ここまで明示的な知識がなかったとしても,どのような単語のつながりは文法的にありえて,どのようなつながりはありえないのかについてを判断する知識を持っていなければ,この課題の達成は非常に困難となります。つまり,意味中心のやりとりで文法的な部分の理解が多少あやふやでも相手とのやりとりを重ねてゴールに近づいていけるようなタスクとは異なるアプローチが必要になってくるということです。

さらに,文法用語,最低でも品詞(動詞,名詞,形容詞,副詞,前置詞くらい)を英語で表現できないと,文法的なルールをヒントにして文の並び替えを行うことは難しくなるでしょう(し,もっといえば文法規則についての明示的な知識がなければ,そもそもこの課題を文法の規則をベースに解決しようという発想にすらいたらないかもしれません)。

また,自分たちがどのような「作戦」を取るのかを話し合う必要も出てくるでしょう。学習者たちのやりとりを見ていると,この「作戦」がタスクの成功の鍵を握っていると感じる場合も多いです。例えば,この課題を進めるにあたって私が教室内で4つのペアを観察した限りは次のようなパターンが有りました。

  1. 次の行を探す際,自分も意思決定に参加できるように,相手が持っている文をすべて読み上げてもらい,どれが自分の持っている行の前あるいは後ろに来そうかを考えるようにする
  2. 1の派生とも言えますが,相手の読んだ文をすべて書き写そうとする(これやると書き写した後は個人で課題の達成ができてしまうので,基本的には非推奨だと思います)
  3. 行の順番を特定する前に,バラバラの状態のお互いの持っている行に任意の記号(アルファベット)を付与する(これによって,記号を使ってやりとりできる)
  4. 1->2->3…と最初から順番に特定していくのではなく,最後の語と最初の語の組み合わせで比較的容易に繋がりそうな行を先に特定し,その上で話しの流れを踏まえて最終的な順番を特定していく
  5. 文法的なことよりもむしろ意味内容に焦点をあて,ストーリー全体の流れを大まかに予測し,それに沿うように行を並べていく(ただ,基本的には文法を考えるほうが圧倒的に短い時間でタスクが達成できると思います)

もちろん,これらは「最初からそうしようと決めて始めた」というケースと,途中で「こうしたほうがよさそうだ」と気づいてそのようなストラテジーをとったケースとがありました。いずれにせよ,こうした「課題の進め方」に関する意思疎通は,ただ情報を交換するよりも難易度が高くなります。

チャレンジングな部分

私が持っているクラスの学生で,例えば複数コママンガの並び替えはこちらの想定したくらいの時間でゴールまでたどり着くような場合でも,文章の並び替えとなるとその2倍から3倍以上の時間を必要としていました。

ちなみに,私がこのブログ記事を書くに至ったきっかけはテストでの学生たちのパフォーマンスを見て,です。学期中に一度この”Put the Story in Order”をやって,別の素材で同じ課題をやったのですが,少し文章が難しいかなとは思っていたのですが,私が思っていた以上に全員が苦戦していて,おそらく私が4月から見てきた中で初めて「難しすぎてモチベーションが急降下した」瞬間を目の当たりにしてしまったのです。学生には本当に申し訳ない気持ちになりました。

苦戦していた学生は,言語的な部分もそうですし,意味的な部分も統合しながら,つまり,文法的にも意味的にも文として成立するか,”That doesn’t make any sense.”とはならないかについての判断を適切に下すことができていないように思いました。ここが,私が「ごまかしが効かない」と冒頭で表現したことにつながります。タスク遂行中は基本的に意味のやり取りに焦点があたります。したがって,consciousness-raising taskのように意図的に学習者の注意を文法的側面に向けさせるような課題でなければ,たとえ文法項目のターゲットを学習者には直接伝えない形で設定したfocused taskであっても,学習者は文法面に注意を向けることが難しくなります。なおかつ,文法的な正確性に欠ける発話であったとしても,相手に自分の言いたいことが伝わっていればタスク達成に著しく支障をきたすようなことはあまりないと思います。ところが,この並べ替えタスクではその「曖昧さ」が許容されないことがしばしばあります。もちろん,行をどこで区切るのかで言語的なつながりの見つけやすさ・見つけにくさを変動させることは可能ですが,基本的には「なんとなく」では最後までたどり着けないことが多いです。絵の並べ替えタスクとの違いはここにあると言えるでしょう。

ただ,これは絵の並べ替えタスクが「なんとなく」でできるというわけではなく,絵の並べ替えタスクも絵の微妙な差異や変化を言語的に表現できなければ順番が特定できないということもあります。しかしながら,絵の情報をどうやって伝えるのかは学習者の工夫次第で乗り越えられる部分がある一方で,行の並び替えはそういった学習者の表現方法の工夫で乗り越えられる要素があまりないのではないかと思います。

おわりに

この課題は,文章という素材があればあとはそれを行ごとに区切って分割するだけなので,どのような素材を用いてもタスクを作成することができます。さらに,文法的な知識も要求される課題ですので,「タスクをやらせると盛り上がるけど,でも文法がおろそかになってしまわないだろうか…」ということを懸念される先生方にとっても取り組みやすいのではないかと思います。

事前に品詞の英単語くらいは与えておくことはやっておくのがよいかと思います。もちろんなくてもできなくはないと思いますが,特に高校段階くらい以上だと品詞の概念を使うほうがいいと思います。また,課題作成時の注意点として,文章のすべてを並び替えるのは難しいので,出だしの部分は全体で共有し,内容理解を済ませた上で,物語の中盤から後半あたりの並び替えをするようにしたほうがよいと思います。

他のタスクに取り組んでいるときとはまた違う学生のパフォーマンスが見れるので,今後もこういう系のタスクを適宜取り入れて授業をやっていきたいなと思います。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

基礎研論集2015の論文に修正を加えました

むかしむかし,D2のときに,下記のテクニカルレポートを出しました。

田村祐(2016)「外国語教育研究における二値データの分析-ロジスティック回帰を例に-」『外国語教育メディア学会中部支部外国語教育基礎研究部会2015年度報告論集』29–82.

外国語教育研究って,二値データを扱うことが結構多いのにそれを全部割合だったりに変換して線形モデル使ってるけど,ロジスティック回帰したほうがよくないですか?という話を,Rのコードとサンプルデータとともに分析の流れを紹介したものです。

当時はまだまだコードとデータを共有するというのが一般的ではなく,researchmapの「資料公開」という場所にデータとコードを置いて,そのリンクをbit.lyをかませて論文中の附録としてつけて,読者が実際にコードを走らせながら分析を学べるようにしていました。とはいっても,私は統計の専門家ではないので,当時自分が学んだことをまとめたかったことと,分析の相談を受けた際に「これ読めばできます」と言って済ませたかったのでした。

最近,知り合いから,リンクが死んでるんだけど,どっかに移した?みたいな連絡を受けて,そんなはずはないけどなと思って確かめてみると,確かに論文中のリンクからはアクセスできなくなってしまいました。おそらくですが,researchmapの仕様変更でURLが変わってしまったためかと思われます。それはちょっとまずいなと思い,コードとデータをOSFに移行し,そちらのリンクを論文中に貼り付けたものを訂正版として,編集委員長にお願いして訂正版のPDFを公開してもらいました(bit.lyのリンク修正は有料でないとできなかったので断念。またOSFのほうが利便性高そうなので)。一応もとのPDFにもアクセス可能です。編集委員長様,迅速な対応ありがとうございました。

7年も前のコードで(D2が7年前という衝撃),当時学びたてだったdplyrなんかは今と書き方が異なる部分も多いので,おそらく今の環境では動かなくなってしまっているコードも結構あるのではと思いますが,それも全部書き直すだけの余裕はちょっとなかったので,それはしていません。ただ,読み直していたら表番号の参照がずれているのに気づき,それは直した上で後ろに正誤表をつけました。

何年ぶりかにファイルを開いたら,Word上での見た目がなぜか公開されているPDFファイルの見た目と異なり,ページの設定は同じはずなのに行送りが微妙にずれていたりして若干もとの論文とページ数が異なる箇所がありますが,内容は変わっていません。researchmapを見ると,コードは300件以上,論文中のサンプルスタディ1は600件以上のダウンロードがあり(この差はなんで?),LET中部のサイト上にある論文PDF自体も400件近くダウンロードされています。

おそらくですが,附録のリンクが機能せず,「なんやねん!しばくぞボケ!」ってなった方も100人くらいはいらっしゃるのではないかと思います。申し訳ありません。データとコードは私のresearchmapの「資料公開」にあります。また,OSFは以下のURLです(余談ですが,researchmapはURLに日本語が含まれているのでそれまじでやめてほしい)。

https://doi.org/10.17605/OSF.IO/2FS9B

別に引用はされないですけれども(そもそもこの論文が引用されていても通知も来ないしわからないと思います),今でも閲覧しようと思う人(まあ知り合いなんですが)がいるというのは,あのとき頑張ってよかったなぁとなんとなく思います。時間があったからできたことではあるのですけれど。

最近はRT(not retweet but reaction time)使う分析しかしていないので,ロジスティック回帰はやっていませんが(…とまで書いて,共著でロジスティック回帰使っている研究が先日リジェクトされたことを思い出したんですが),この論文のRコードのアップデートはなかなか難しそうなので,ロジスティック回帰やってる論文が出たらそのときはおそらくRのコードとデータも当然公開すると思いますので,そちらでご勘弁ください。

余談

LET中部支部は新しいウェブサイト(https://letchubu.org/)が動いているので,いずれ今の基礎研論集のページのURLも変わったりするのかなと思いつつ,これ全部移行するの業務委託とかじゃなく誰かがやるのだとしたら100万くらいもらっていいのではと思ったり(LET関西支部もウェブサイト再構築検討中ですが委託です)。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

最近出た論文

2022年度にいくつか論文が出たので,ちょっとした宣伝です。

International Review of Applied Linguistics in Language Teachingの論文

この論文は最近といっても実際には春頃に出版されたものです。 概要は自分のウェブサイトに書いたのでそちらを引用します。

L2英語学習者が英語母語話者のように効率性を重視した数の一致処理を行っているかどうかについてを検討した論文で,Tamura et al. (2021)の追研究の位置づけです。Tamura et al. (2021)では,L2英語学習者は母語話者と違って,there | is/are | a | cat | and | とandを読んだ際に,複数一致の文(e.g., there are a cat and….)の読みが早くなる傾向が見られることを明らかにしました。そして,それは”A and B”のような等位接続名詞句は常に複数であるという明示的な知識の影響である可能性を指摘しました。今回は1つ目の実験で,there is/are |a cat and a dog| behind the sofa.のようにフレーズ単位での自己ペース読み課題を行い,単語単位の呈示ではなくフレーズ全体として等位接続名詞句をどう処理しているかを調査しました。結果として,やはりL2学習者は複数の読みが早くなることが明らかになり,there構文内の等位接続詞を複数として処理していることがわかりました。2つ目の実験ではTamura et al. (2021)同様に再度単語単位呈示での自己ペース読み課題を行いました。Tamura et al. (2021)では呈示順の影響が考慮されていなかったためです。例えば,andの後ろも名詞句が後続するとは限りません(e.g., there is a pen and it is broken)し,理論的にも,数の一致を再解釈する可能性があるとすれば2つ目の名詞句を処理した際であると仮定されています。したがって,Tamura et al. (2021)でandの時点で複数の読みが早くなった原因は,実験中にthere構文内に等位接続名詞句が生起する刺激文に晒されたことで複数一致の読みを予測するようになったからかもしれないからです。2つ目の実験の結果,there | is/are | a | catの段階では複数一致で遅れがみられ,直近の一致は単数で行う効率優先の処理が行われている可能性が示唆されました。ところが,この影響は実験が進むにつれて薄れていき,逆に実験が進むにつれて2つ目の名詞の領域で複数読み条件の読解時間が早くなる傾向があることが明らかになりました。これらの結果から,直近の動詞と名詞で数の一致を完結させる効率駆動型処理はL2英語学習者にも利用可能であることが示唆されました。しかしながら,2つ目の名詞句で一致を再解釈し直す現象はL2英語学習者に特有の現象であり,この原因として実験中に等位接続名詞句が埋め込まれたthere構文のインプットを受けることによって学習者の持つ等位接続名詞句は常に複数であるという明示的な知識が活性化され,それが言語処理に影響している可能性を指摘しました。

https://tamurayu.wordpress.com/2022/04/05/tamura-et-al-2022/

この論文は,もともと明示的知識・暗示的知識の枠組みで行っていた研究でしたが,研究を進めていくにしたがってそのフレームワークを使うよりも,第二言語の文処理研究として論文にするほうが話がスッキリすると考え直し,ほぼすべて書き直しました。第一言語話者と異なり,第二言語話者が持つ知識が文処理中にユニークな形で用いられているのではないかということを示唆したというところが面白いポイントかなと思っています。

オープンアクセスにはなっていませんが,著者原稿は上記の概要のページからダウンロードできますのでご興味がおありのかたはどうぞ。また,英語ですが,論文をできるだけ専門用語を使わずに説明したOASIS Summaryがありますので,そちらもお読みいただければと思います。

Journal of Psycholinguistic Researchの論文

この論文はつい最近出た論文で,私の博士論文研究の後続研究的な位置づけです(その博士論文の実験の研究はまだ査読中で,こっちが先に出ることになってしまったのですが…)。

関西大学に着任して,若手研究者育成研究費という学内研究費をいただいたので,それで行った研究です。関西大学に来てから始めたもので,また単著は久しぶりでした。内容としては,名詞の有生性階層というものを参照し,日本語と英語で名詞の複数形の許容される部分が異なるという点に着目してその複数形の習得について調査した研究です。

日本語には「たち」や「ら」といった複数形の標識がありますが,これらは主に有生名詞に付与するという特徴があり,無生名詞につく例はあまり多くありません(実際に日本語のコーパスを見てみると用例がないわけではありませんが非常に限定的です)。一方で,英語は有生名詞でも無生名詞でも複数形形態素が付与します。そこで,無生名詞の複数形の処理は有生名詞の複数形の処理よりも難しいのではないかという予測を立てました。この予測は,私の博士論文研究の結果の考察に一部依拠しています。

この研究で行った実験は,第二言語習得研究ではほとんど用いられていない特殊なものでした。参加者は,画面に表示された単語が1語が2語かをすばやく判断することが求められるというものです。母語話者を対象とした先行研究では複数形名詞を1語と判断するほうが,単数形名詞を1語と判断するよりも遅れることが明らかになっています。これは,複数形に付与される意味が1語という語数の判断に干渉するためだという解釈です。いわゆるストループ効果です。伝統的なストループ課題では,参加者は書かれている文字の色を答えるように指示されます。実験では,色を表す文字がその文字が示す色と異なる色で提示されたりします。

,のような感じですね。このように提示されると,のように,文字の色と文字が表す色が一致している場合よりも反応が遅れたり,あるいは判断を間違えてしまったりするというのがストループ効果の代表例です。これを数に応用したのが語数判断課題ということになります。

結果はどうだったかというと,有生名詞でも無生名詞でも複数形の判断は単数形の判断よりも遅れるという結果になりました。つまり,有生性は関係なかったということです(ズッコケ)。ちなみに,有生性の影響が見られなかったことについては,上述のように日本語でも無生名詞に複数形を表す「たち」や「ら」などが用いられるケースがあることに言及しています。

ただし,それはつまり複数形名詞が持つ意味を,言語処理中に第二言語学習者が用いている可能性が高いということでもありますので,少なくとも複数形の形態素を無視して単数形と同じように処理しているという可能性はないだろうということは言えるかなと思っています。数の一致処理は第二言語学習者にとって難しいとされていますが,その原因が複数形形態素の処理である可能性が低いのではないかということも論文の中では議論しています。ただし,今回の実験参加者に対して数の一致処理が求められる課題は行っていませんので,あくまで推測です。

ちょっとした裏話

実は,このJournal of Psycholinguistic Researchに載った論文は,国内の学会紀要で不採択となったものです。国内の査読のほうが厳しいのだなと勉強になりました。院生時代に,「落ちたら国際誌」というブログ記事を書いたことがあり,まさか自分がそういうことをする日がくるとは当時は思っていませんでした。普通,まずはチャレンジとして国際誌に論文を投稿し,不採択であったら,国際誌よりも通りやすいであろうとおそらく多くの人が思うであろう国内の学会紀要に出すと思います。その逆(国内落ちたら国際誌)は私の敬愛する福田パイセンくらいしか例を知りません(経験者の方いたらQuerie.meで教えて下さい)。ちなみに,私がブログ記事を書くきっかけになったのはある後輩の発言なのですが,その時は普通に国内誌に通ったので結果として「落ちたら国際誌」にはなりませんでした。

査読で不採択となるというのはそれ相応の理由があり,今回のケースも通らなかったことについては自分自身でも納得しています。査読のプロセスでいただいたコメントを元に加筆した部分も多くありますが,決定的な理由を改善する事はできなかったのでそこについては「ママ」で再投稿しました。Journal of Psycholinguistic Researchはそんなに査読が厳しくないので,それで通ってしまったという感じです。個人的にも,この論文がそこまで面白いとも自信があるとも思っていないですが(そういうのは一生かかっても書けないと思っています),とりあえず,出版されたこと自体についてはホッとしています。2019年にとった研究費の研究で,「成果」を必ず出さなければならず,論文がなかなか出ずに事務の方に毎年催促されていたので…。

この論文もオープンアクセスにはしていませんが,Springerはオンライン上であれば無料で論文が読めるシステムになっていますので,ダウンロードはできませんが,完成版の原稿は以下のURLから無料で読むことができます。

https://rdcu.be/cYGjZ

採択後の校正からオンライン公開までのプロセスがめちゃくちゃ早くてびっくりしたのですが,Journal of Psycholinguistic Researchの論文はしょっちゅうCorrectionが出ているイメージなので,ちょっと不安もありつつ,ツイッターで共有してくださっている方も何人かいらっしゃってありがたい気持ちです。

おわりに

私が第一著者ではないですが,私の敬愛する福田パイセン(2回目)が第一著者の論文も3月に出ました。

こちらはオープンアクセスになっていますので,どなたでも無料でお読みいただけます。Journal of Second Language Studiesは割と新しいジャーナルですが,このジャーナルで現在の”Most Read This Month”の論文となっています。個人的にはこれはめちゃくちゃ尖っていて多くの人に読まれてほしいやつですので,上の2つの論文よりはこちらをお読みください(余談ですが偶然にも”Most Cited”は私と福田パイセンの博士課程時代の指導教官である山下先生の論文です)。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

「仕事に慣れる」日は一生来ないっぽい

はじめに

就職して2年目に,下記の記事を書きました。

「2年目のが忙しい」説

就職して1年目が一番忙しいのか,2年目の方が忙しいのか,みたいな話です。当時の自分の感覚としては,2年目のほうが慣れてくるので忙しいと感じる度合いが低くなるという結論でした。

さて,そこから3年ほどが経ち,今は5年目です。そして,表題のようなことを考えた,というのが今回の記事の内容です。

1つ慣れたらまた新しい仕事が増える

これはここ数年感じていることなのですが,ある年に新しく仕事を覚えて,それがその次の年度も継続することがわかっていると,「だいたい仕事はわかってきたから,来年度は少し余裕ができそうだな。」と思ったりしてきます。しかし,そう思っているとその次の年度に新しく別の仕事をやることになる,みたいなことがほぼ確実に発生している感覚があります。少し余裕ができそうだな…なんて思っていたら何か頼まれる,その繰り返しです。

考えてみればそれは当たり前の話で,同じことの繰り返しでは成長もありません。また,年を重ねればそれだけ任される仕事も増えてくるのは当然のことです。しかしなぜか,私は年を重ねるごとに仕事に慣れてくるので時間的・精神的余裕が出てくると思い込んでいました。しかし,そんなことは一生ないなということに比較的最近気づきました。

任される->任せてもいいと思ってもらっている

仕事って,増えないほうがありがたいじゃないですか。誰だって,同じ給料なのであれば仕事の時間は短いほうがいいと思うでしょう。そう思わない仕事大好き人間もいるでしょうけれども,私はやらなくていいならやりたくはないよねっていう気持ちのほうが強いです。

しかしながら,ポジティブに物事を捉えれば,仕事を頼まれるのはその仕事ができると思ってもらっているからで,それはすなわち自分自身の評価であると考えることもできます。この人に頼んでも碌なことにならなそうだとか,この人じゃ回せなさそうだと思うような人には仕事を頼まないでしょう。そういう印象のようなものは,自分が今までやってきたことの蓄積に対する評価です。自分が直接関わりのある人であれば,その人との関係性とかも判断材料になるでしょう。直接関わりがなかったとしても,自分が関わりのある人が自分に対してポジティブな印象を持っていたとすれば,それが「評判」となって別の人に伝わっていくことはありえます。

「圧倒的成長」とかは言わないけど

私の抱えている仕事は,同僚の私よりも忙しい他の多くの先生方の数分の一ですので,別に私は忙しいとかなんとか言いません。そして,「えーうそん」と思うような依頼があったときに,「これは大変かもしれないけれど,圧倒的成長だ!」みたいなことを言ったりもしません。ただ,そういう時期もあるし,それが自分の学びや成長につながると思えることであれば頑張ろうという気持ちでいます。

幸いというか,私は割りと自分が関わりのある方々に対してのloyalityが高いという自負があります。したがって,そういう関係のところから来るお仕事であれば,「この人のためなら頑張ろう」という気持ちになります。そして,そういう関係ってとても大事だよなと思うわけです。私はまだまだ各所にお仕事を頼むような上の立場ではありませんけれども,そういう立場になったら,私自身がそうやって「この人のためなら頑張ろう」と思ってもらえるような,そういう人間でありたいなと思います。

余裕が出てきたら研究しようは無理

結局はここにつながりますね。来年度はもう少し余裕ができそうだからもっと研究を…とか思っても,絶対何か新しく仕事が増える。よって,余裕ができそうな来年度なんて一生来ないわけです。だからこそ,強制的に研究の時間を確保する工夫が求められるんですよね。一周回ってここに戻ってきたように思います。

要するに,自分が意識的にコントロールしないといけないことであって,偶発的な要因とか自分がコントロールできない要因の影響が絶対にあるので,そういうことの影響を受けないような態勢でいないと容易に仕事に忙殺されてしまうということですね。

おわりに

なぜこういう記事を書こうと思ったかというと,2021年の後半から2022年の前半は自分のこれまでの人生の中でもすごく大変な時期を過ごして,そこから戻ってきてはいるのですが,2023年は今から自分でも少し不安があるくらい忙しくなりそうだからです。様々な変化がドッとやってきそうなので,そこに対して今から心の準備をしておかないといけないなということを思っていたときに,今回の記事に書いたようなことを考えたのでした。

ということで,ひと月ぶりのブログ更新でした。秋学期も頑張ります。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

[レシピ] 桜えびと焼きナスのパスタ

はじめに

超久しぶりの料理記事です。昨日美味しい焼きなすと桜えびのパスタを食べたんで(下記写真参照),そこからアイデアを得て作ってみました。

ナスがトロットロだったんですよね。上にかかっているのは黒七味です。

麺はイカ墨が練り込んであるものだということでした。ただ,そんなものは普通は手に入らないので,スーパーで売ってる麺(DE CECCO No.11)でトライすることに。また,黒七味も手に入りませんでした。そこで,ニンニクをしっかり使うことと,イタリアンパセリを使うことでアーリオ・オーリオの方向性で仕上げることにしました。

材料(1人前)

  • パスタ麺(多分80gくらいですかね。100gよりは少なかったです。1.6mmで作りましたけど太くてもいいと思います)
  • ナス1本(焼くのが簡単なので普通のひと袋3本とかのやつでやりました)
  • トマト小1個(普通のトマトより小ぶりなやつで私はラウンドレッドと書いてあるやつを使いました)
  • 桜えび(たぶん一袋13g入を半分弱くらい使ったかなと思います)
  • にんにく2かけ(私はたまたまひとかけが大ぶりだったのでひとかけ使いました)
  • オリーブオイル適量
  • イタリアンパセリ(あれば。もしかすると大葉などの香りの強い野菜でもいいかも)
  • 塩(パスタの茹で汁に使うのとソースにちょっと使う)
  • 鷹の爪は今回入れなかったですが,入れてもいいかなと思います

ちなみに,4人家族でパスタ4人前作るとかになったらもう一つのフライパンで「うまく作る」みたいなの諦めたほうが良いと思います。炒飯もそうですが,2人前以上で1つのフライパン(中華鍋)で「うまく作る」のは多分無理です。炒飯なんか特に1人前うまく作れる人でも2人前の分量で同じように作るのは難しいと感じると思います。まあコース料理のパスタみたいな感じで1人前が50gとかだとしたら,上の分量を単純に2倍して作れるかなと思いますが。

手順

  1. お湯沸かす
  2. 茄子に切れ目を入れてからグリラーで焼く(10分くらい焼きましたが,とろとろにならなかったのでもっと焼いてもいいかもしれないですとくに頭の方)※追記
  3. にんにくをみじん切りにして,オリーブオイル(適当,思ってるより多め)を入れたフライパンで弱火にかける
  4. トマトのヘタをくり抜いて,すこーし切れ目を縦方向に一周入れて湯剥き(私はめんどくさがりなので,パスタ茹でるお湯が湧いたらそこにトマトぶっこんでさっと湯通ししてからお玉ですくい上げでそのお湯でそのままパスタ茹でました)
  5. トマトは横半分に切って種をくり抜き,ダイスカット
  6. にんにくがすこーしこんがりと色づいてきたところにトマトを投入して中火の弱火で炒めます
  7. パスタ麺茹でるのは茄子が焼き上がってからくらいがいいかなと思います。茹でてる時間(6分。茹で時間9分と書いてありますが,6分です。9分なんて絶対に茹でません。ミートソースぶっかけるとか以外のソースと和える系であればだいたい袋に書いてある時間の2分マイナスでOKというのが個人的な感覚です)で残りの工程こなすのは焦るので
  8. 茄子が焼きあがったらボールに入れて,ラップをして蒸らす(こうすることで冷ますのと同時に皮がふやけて向きやすくなります
  9. このくらいのタイミングでパスタを茹でましょう。茹で汁にしっかり塩味がついていることが重要かつ塩以外で味付けしないのでしっかり目に(1%ちょい)。
  10. 茄子の皮を剥いたら横に3等分くらいにして長さを短くして,手で裂きます(熱いので注意。一回茄子を触ったら濡れた布巾で指を冷ますを繰り返すとかしないとやけどします)
  11. スルッと茄子が裂けなければまあ一口サイズに切るとかでもOKです
  12. 茄子が裂けたらにんにくとトマトの入ったフライパンに投入し,少しヘラで潰しながら炒めましょう
  13. ここに桜えびも投入して,塩をひとつまみ入れて炒めます
  14. イタリアンパセリある人はイタリアンパセリをここで切っておきます(5mm幅くらいですかね。適当です)
  15. さてたぶんここでいいタイミングでパスタが茹で上がると思います。パスタをフライパンに投入します。私はめんどくさがりなので,鍋の火をとめて,フライパンを鍋にくっつけてパスタをトングで掴んでそのままフライパンにぶちこんでいます。湯切りするとザル洗わないといけないですからね。
  16. パスタをフライパンに移したら,パスタの茹で汁をフライパンに加えます(適当ですが,お玉1杯弱くらいでたぶん30-40ccくらいなんじゃないかと)
  17. 火を中火から強火にして(一回火から離すことでライパンの温度が下がるため),イタリアンパセリを加え,ここで手早くフライパンを回すように動かしながら煽ります
  18. アーリオ・オーリオ系のパスタはここでもう一度オリーブオイル加えると思いますが,私はすっかり忘れてました。たぶんオリーブオイルここで加えるとよりオリーブオイルの香りが立つと思います。ピュアオリーブオイルだとそこまで香りが強くないですが,エクストラヴァージンオリーブオイルだと桜えびの香りが負けちゃうかなという気がするのでなくてもたぶん大丈夫です
  19. お皿に盛ります

完成…!!

もっと茄子をトロットロにしたかった〜

見た目はレストランのパスタと異なりますが,これはこれで全然アリでした。桜えびの旨味が出てますし,イタリアンパセリもアクセントとして効いてます。塩しか味付けに使っていないのに,しっかりと旨味が出ます。ニンニクも結構多めでしたが,そこまでニンニクのパンチが効いてるということでもなく(もしかすると餃子の王将でニンニク激増し餃子食べてるせいでニンニクのパンチ力の基準がおかしくなってるかもですが),ベースとしての旨味に貢献していました。もしかするとトマトは半分で茄子を1.5倍にするともっと茄子が前に出てくるかなと思いました。つまり,2人前で茄子2本,トマト1個くらいでちょうどいいかもという感じですかね。

おわりに

いやー料理していないわけではないんですが,こうやってレシピ的なブログ記事というのはなかなか書くハードルが高いですね。ただ,書くと細かいところとかで色々気づくことがあって次に料理するときのクオリティ向上には役立ちそうですね。まあたぶん今は夏休みだからこんなことしている余裕があるだけで,またしばらくやらないと思いますが(笑)

というわけで,夏野菜でもある茄子とトマト,そして桜えびを使ったパスタです!お試しあれ!!

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

2020-08-10追記

アドバイスいただきました。

修士課程を卒業して、博士課程や研究者へのあこがれがありましたが、結婚・育児・家事などにかまけて…

はじめに

Querie.meで頂いた質問に回答を書いていたら少し長くなってしまったのでブログ記事にしてしまおう企画第3段。

いただいた質問は以下です。

修士課程を卒業して、博士課程や研究者へのあこがれがありましたが、結婚・育児・家事などにかまけて、単なる非常勤講師としてもう何年も過ぎてしまいました。非常勤は不安定で、いつ契約が切られるかもわかりませんので、社会保険に入れる安定した仕事につきたいです。今となっては学会で研究発表する気力もありません。人生どうすればよいのでしょうか。

回答

まずはじめに何点かお断りさせてください。私は質問者様の背景について,上の質問で書かれていること以上のことは想像でお答えるすることしかできません。また,想像でお答えしますので質問者様の実際の状況や心情に沿った回答にならないかもしれません。そうした前提の上で,書かれていることのみを元に,私なりに精一杯質問に対する私の考えを述べさせていただきます。さらに,無料での匿名のご質問に対する回答ですので,質問者様の人生について私は一切の責任も持つことはできません。「お前が言うな」ですとか,「お前にそんなこと言われたくない」と思われてしまうかもしれないことを百も承知で,ただし私は全力で以下の文章を書きました。

私の個人的なこと

私と質問者様の共通点として「アカデミアという業界にいる」ということはおそらく間違いないのではと思います。ただし,分野が同じかどうかということはわかりかねます。したがって,私がいる分野で私が見ている景色,を前提に書かせていただきます。

私は生存バイアスの塊といいますか,本当に今のキャリアを私が歩めているのは本当に私の実力であるとか言うことではまったくなく,本当に運とめぐり合わせでここまで来たと思っています。そのような私が,不安定な非常勤の立場の方になにかアドバイスを差し上げること自体がとても心苦しいといいますか,どれだけ質問者様の気持ちを慮ろうとしても不可能であると思います。ただ,私と質問者様で抱えている悩みが全く異なることは,偶然でしかなかったということは思っています。

ライフプラン

質問者様の「結婚・育児・家事などに」というお言葉から,おそらくですが現在もパートナーの方がいらっしゃって,その方と家庭を作られているのではないかと想像します(そうではないということでしたら申し訳ありません)。そうしますと,「非常勤は不安定」といったときの「不安定」さはパートナーの方がどのようなお仕事をされているのかということにも依存してくることかと思います。質問者様のジェンダーも質問の内容のみから推測することはできませんが,ジェンダーの規範(男が稼いで等)はいったん置いておいて,パートナーの方と力を合わせてどのように生きていくのが良い選択なのかということをお考えになるのが良いのではないでしょうか。

もちろんいわゆる二馬力で世帯年収を高くするのが質問者様にとってもパートナーの方にとってもリスクを軽減する道だとは思います。しかしながら,パートナーの方がメインの稼ぎ手を担って,質問者様はパートタイムで働きながら家庭の負担を軽減するという道もあるのではないかと思います。そのことによって,自分が思い描いていたような専任職への道が絶たれてしまったとしても,それは質問者様が何を人生の最優先事項と考えていらっしゃるかという問題でしょう。

あこがれについて考える

「博士課程や研究者へのあこがれ」ということを考えたときに,研究の道に進むということに対してご自身がどの程度のあこがれを抱いていたのか,そして,なぜあこがれを抱いたのかについてもう一度考えてみてはいかがでしょうか。

先日,私がよく見ているインターネット番組で,サッカー元日本代表の内田篤人さんはこんなことをおっしゃっていました。

もしサッカー選手になりたければ、夢を叶えるためにサッカーを続けていく。でも、苦しいな、嫌だけど練習に行こうかなと思っていたら、多分その夢は違うと思う。僕はサッカー選手になれたのは、なろうと思ってサッカーを始めたけど、ずっとなろうと思ってサッカーをやっていたわけではない。楽しくて楽しくて朝も早く起きて、みんなとやって行った結果、プロになれた。努力しよう、何かを頑張ろうと思わなくていい。普通に生活してサッカーにのめり込んだ方がいい。そしたら結果的になれましたというのが理想的だと思う

子どもたちの“夢”に対する質問に内田氏が伝えた言葉とは。「僕はずっとなろうと思ってサッカーをやっていたわけではない」 | 内田篤人のFOOTBALL TIME

「今となっては学会で研究発表する気力もありません。」という質問者様のお言葉から察するに,研究活動が楽しいものではなく,つらいものだとお感じになっていらっしゃるのではと推察します。研究が楽しいと思ってやっている研究者の方が100%だとは私は思いませんし,私自身も研究に臨むにあたっての苦しみというのは常に味わっています。しかし,それでも今の仕事を私が続けていけるのは,そこに人生をかけられるくらいには研究が辛くないということなのだと思います。

もしも,研究の道にいくのがつらいとお感じになっているのであれば,なにか別の道を探されるのも一つの選択肢としてありえるのではないかと思います。博士号を取得して研究者になることだけが人生の幸せでもありませんし,ご自身がどうありたいのか,自分にとって何が幸せなのかということが最も重要なことであると思います。それがもし「博士号を取得して研究者になること」であれば,一念発起してそこに邁進するべきでしょう。その選択を取れないとお考えであれば,なにか別の道がきっと質問者様には合っているのだと思います。

私は結婚をしていない独身ですので(バツイチ子なしです),育児や家事などに割かなければいけないリソースは,ご結婚されていて家事・育児をされている方に比べれば相当少ないはずです。だからこそやっていけていると思うところもあります。正直に申し上げますと,家事・育児をやりながら研究もバリバリやられている方ははっきり言って超人です。真似などできません。私はそう思うからこそ,ご結婚されて,育児や家事などに取り組まれている質問者様のことを尊敬しています。私のような者よりもよほど社会に貢献していらっしゃいます。そのことを誇っていいと思うのです。

その上で,ご自身にとって,「安定した仕事」に何を求めているのか,それは自分の夢ややりたいことなのか,お金なのか,そうしたことを考えることで,この先の人生どうすればよいのかということについて,何かしらのヒントが得られるのではないかと思います。

おわりに

正直に申し上げまして,今回いただいた質問はこれまで頂いた質問の中でも最も回答するのが困難でした。質問者様の切実さは十分に伝わっていますが,私が果たして回答者でいいのか,私が回答することがなにか質問者様のプラスになるのか,という不安が拭えません。私が上に書いた回答は,また何年後かに同じ質問に答えるとしたら変わっている可能性も十分にあります。ただ,今の私が無い知恵を絞って考えた,私なりの精一杯の回答です。質問者様が今後幸せな人生を送られることを切に願います。

以上です。

私に質問されたい方は質問お待ちしています。

https://querie.me/user/tam07pb915

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

2022-08-10追記

アカデミアの道を目指して,そして方向転換された方としてとても参考になる記事を書いてらっしゃる方がいるのでご参考まで。

文系博士課程修了後の一般企業への転職活動記録