読解や聴解と語彙サイズ

Language Teachingにまたこれ系の論文出ましたね。

Schmitt, N., Cobb, T., Horst, M., & Schmitt, D. (2015). How much vocabulary is needed to use English? Replication of van Zeeland & Schmitt (2012), Nation (2006) and Cobb (2007). Language Teaching. Advanced online publication. doi: 10.1017/S0261444815000075

僕自身語彙とかの研究やっているわけではないのですが,「現場受け」しそうだよなぁという印象はありますこういうの。Language Teachingは明示的にreplicationとうたっている研究が最近多い感じしますね。それはいいことだと思います。

ちなみに,今年度後期の授業でvan Zeeland & Schmitt (2012)のレビューをしました。資料はこちら

読解にしろ聴解にしろ,「読めた」「聞けた」「理解できた」とするためには正答率何%が適切なのか?またそれはどのような基準で決めるのか。というのがすごく難しい問題だよなという印象です。

なにをゆう たむらゆう

おしまい。

ベーコンとえのきの和風パスタ

おなか減ったけど冷凍していたご飯もなくなってしまったので夜ご飯はパスタにしました。冷蔵庫にあったのはベーコンとえのき茸のみ。さてなにパスタにしようかなと悩みましたが和風パスタにすることに。かつお節が決め手です。以下,簡単に作り方。

材料

  • パスタ麺:僕の普通は200gで1人前
  • スライスベーコン:今回は贅沢に4枚使いましたが2枚でも
  • えのき茸:1/2袋くらいですかね。1袋使ってもいいでしょう。あとは,エリンギやしめじ,椎茸などでも代用可能です
  • 醤油:大さじ1
  • 酒:大さじ1
  • かつお節:1袋(小さいパック分けのやつ)
  • サラダ油:適量(ごま油でもいいかも)
  • 塩:パスタ茹でる用
  • 塩コショウ:下味用
  • (めんつゆ):あるなら大さじ1/2くらいいれてもいいかも。ないなら砂糖をほんのひとつまみいれましょう
  • (鷹の爪):今回は使ってませんがピリ辛が好きな人は
  • (万能ねぎ):最後にパラパラとかければ色合いもよくなります

作り方

1. まず鍋にたっぷりのお湯を沸かしましょう。

2. お湯を湧かしている間にベーコンを1センチ幅に,きのこ類も準備。エリンギ切るならベーコンと同じくらいの大きさになるようにスライスするとよいでしょう。

3. フライパンに油をひきます。鷹の爪入れる人はここで種とって輪切りにした鷹の爪を入れて弱火で香りをうつします。

4. お湯が湧いたら塩をたっぷりいれてパスタを茹でましょう。ゆで時間はパッケージの時間マイナス1分が目安。

4. フライパンの温度があがったらベーコンを投入して少し炒めて,きのこ類を投入しましょう。

5. きのこ類がしんなりしてきたらちょっと塩コショウして一旦火をとめます。

6. フライパンに醤油,お酒,砂糖orめんつゆ,かつお節パックの半分をいれて,火にかけます。ちょっとまぜまぜして調味料と具材を絡ませましょう。

7. パスタを一本すくって食べてみて,芯がほんの少し残るくらいになったら鍋の火をとめます。

8. 湯切りはせずに,鍋から直接フライパンにパスタを移します。こうすることで,ゆで汁もフライパンに適度に入ってソースがいい感じになります。

9. パスタをフライパンに移したら,具材とすばやくまぜて煽ります。ここでは具材,ソースとパスタを絡めることが目的なので,手早くやるのがポイントです。

10. いい具合に具材とパスタが絡んだら火をとめて,お皿に盛ります。

11. 最後にかつお節パックの残りをパラパラとかけて完成です。万能ねぎがあればパラパラとかけてあげると見た目もぐっとよくなります。

万能ねぎとかパラパラすると色合いよくなりますね

万能ねぎとかパラパラすると色合いよくなりますね

というわけで,ベーコンとえのきの和風パスタでした。グリーンアスパラを薄く斜め切りにして使ってみても和風な味付けと相性いいでしょうね。あとはほうれん草でもいいかも。ちなみに,めんつゆオンリーで味つけしてもそれなりにはなると思いますが,ちょっと甘すぎると思ったので今回は使ってません。かつお節を1パック使うので,それでだしの代わりになりますしね。ソースと具材の組み合わせでいろんな楽しみ方ができるパスタ。かつお節をたっぷりいれるこの和風パスタの作り方,みなさんもお好きな食材で試してみてください。

なにをゆう たむらゆう

おしまい。

私の考える理想の教科書―音を持ち帰らせよう

anfieldroad先生の

『英語教育ブログ』みんなで書けば怖くない!企画第8回

に参加しています(案内のブログ記事はこちら)。

この企画に参加するのはなんだか久しぶりな感じですね。今までで,この企画に参加して書いた記事は以下の様な感じ。もしご興味がお有りでしたら読んでもらえたら嬉しいです。

「なんで英語なんか勉強するの?」と訊かれたら

「英語教育,この一冊」

さてさて,そんなわけで今回の企画は「こんな教科書がほしい!」というもの。色々思い浮かぶのですが,実現可能性とかは考えなくてもいいということですので本当に「理想」の教科書について書きます。といっても,私のオリジナルで革新的なアイデアというわけではなくて,anf先生ある先生が前からおっしゃっていたことです。ちなみに,想定は中高の教科書ですが,高等教育でも当てはまることだと思います。

というものです。つまりは,極端にいえば今の紙の教科書をすべてやめて,教科書で文字として触れるインプットの音源のみを教科書とするということです。理由は様々ありますが,一番大きいのはインプット量を増やすということがまず一番です。とにかく英語を聞くという機会が圧倒的に少ないんです。教科書の音声を聞く以外に,帯活動でリスニングをやるようなこともあるかもしれません。また,先生が授業内での英語のインプットを増やすというのも考えられます。でもそれでも十分というには少なすぎる(じゃあどれだけのインプットが必要なのかという議論はここでは置いておきます)。だからこそ,家でも英語を聞くという機会をなんとかして作ってあげたいわけです。もちろん,ちまたにはたくさんの教材がありますし,それこそネット上にも英語のインプットの素材となりうるものは山ほどあります。しかしながら,それらを自学自習のために使えるのは,ある程度自立した学習者であり,また英語学習に対する動機付けも高い学習者に限られてしまうでしょう。こちらが,こんなサイトがあるよとかこんな教材があるよと紹介したところで,それにアクセスして英語を聞くというのはなかなか期待のできることではありません。さらに,インターネットにはアクセスの問題もありますし。

アクセスの問題という点では,音源を教科書にした場合にそれを聞く手段を生徒全員が持ちあわせているのかという問題は十分に起こり得ます。私も昨年度,なんとかして生徒全員に教科書音源のCDを配れないかと検討しましたが,やはりクラスに数人はCDの再生環境がないという生徒がいました。スマホ使うけどパソコンはあまり使わないということもあるでしょうし。この辺はクリアしなければならない現実的な問題です。それから,値段の問題もあります。実際,今でも教科書音声CDは売っているものの,とても生徒全員に購入させるような金額ではありません(確か2,000-3,000円くらい)。著作権の問題があるのでこちらでコピーを配布ということもできませんし,教員が教科書本文を読み上げたものを録音して配るのもちょっとグレーっぽいですよね。ですから,アクセスと価格の問題がクリアできたらなあと。(その辺りにも触れているのはanfieldroad先生のこの記事)。

以上のような問題点も音声教科書にはあります。でも,私は音声CD教科書というのが本当に実現してほしいと思いますし,自分がそのために何かできるならなにかやりたいとも思います。インプット量の確保ということに絡みますが,私が音声教科書を熱望するのは,音声だけは教員がどう頑張っても生徒に持って帰ってもらうことができないからという理由もあります。

はっきり言って,文字のインプットや,絵・写真などの視聴覚的な補助資料などは,印刷して配ることが可能なわけです(これも版権が絡む?)。ですから,プリントを配れば読んだり書いたりということは宿題にできます。でも,聞くことはどうしてもそうできないわけです。また,読むということに関連して,「教科書を音読する」というようなことのサポートも期待できます。英語の処理の下位技能として,デコーディング能力はとても重要です。教室環境ならば,「読めない(文字を音にできない)」という状況に直面した生徒には,教員がモデルを示してあげることができます。しかし,もし,1人で音読の練習をしようとしたときに,「あれ?これなんて読むの?」みたいなことになったら,そこで「あーもうできないからいいや」なんてことになってしまうかもしれません。そうした状況で,もしモデルの音声にアクセスできる状況ならば,聞いて確認してみるということができますよね。何回もモデル音声を確認できるので,苦手な子にはありがたいのではないでしょうか。再生スピードの調整とかも機器によってはできますし。さらに,音読がすらすらできるようになった子には,文字を見ないで「シャドウイングやリピーティングをやってみようね」なんて課題も出すことができます。意味があるのかもよくわからないノート作りだって,ただ教科書の英文を写すだけじゃなくて,音声CDを聞きながらやってみようなんていうこともできますよね。繰り返しになりますが,文字ベースの補助はこちらが出せるんですよ。自作のプリントなりワークシートを作って授業をやる先生も多いでしょう。それをむしろ補助的な教材として,音声をメインにする。音でわからない時に文字の助けを借りる。こういう習慣付けが大事だと思うのです。

音声にして配布したところで,どれだけ授業外でそれにアクセスしてくれるかは正直わかりません。しかしそれは紙の教科書でも同じことのような気もしています。家で教科書をどれだけ見て「学習」しているのかを考えれば,その問題は音声CDの問題とはいえませんしね。ただし,もしも家で音声を聞くことや,聞きながら教科書を音読してみたり,聞きながらディクテーションしてみたりといったことが定着して当たり前にできるようになれば,実際に教室でそれらに費やしていた時間をもっと他の活動時間に使えますよね。それこそ,教員がいるからできること(フィードバックとか),または1人ではできないこと(ペアやグループの意味交渉を狙ったタスクとか),をメインに授業を組み立てることができるわけです。自宅での学習時間でかなり差がついてしまうということはもう1つ考えなくてはいけない問題かもしれませんが,これも教科書の形態が変わることの直接的な影響とまではいえないでしょう。

というわけで,私の理想の教科書は,音声CD教科書です。別に紙撲滅ということではなくて,むしろ共存しても全然OKですが,それだとコストがただ増えるだけなので,紙にかかるコストをCDに振り分けるというのはどうかなぁという提案です。私がお亡くなりになるまでには実現していたらいいな,ぜひともさせたいな,と思っています。

なにをゆう たむらゆう

おしまい。

一人暮らしのプチ贅沢すき焼き

スタンディングネギ鍋という言葉をご存知だろうか。

詳細はググっていただくとして,とにかくうまかった。しかしそれはスタンディングネギ鍋がうまいのではなくすき焼きがうまかったのだ。すき焼きは豪華すぎて貧乏一人暮らしには向かない?いやそんなことはない。普通に鍋をするのと変わらない。そして生卵くらい冷蔵庫には入っているはずだ。できる。今すぐやってみよう。

作り方(適当)

1. 醤油とみりんをおたまに1杯ずつとって鍋にいれる。お酒はおたま半分。そこに砂糖大さじ2/3をいれる。醤油とみりんがない?そんな奴は今すぐ出直して来い!その場合は急いで買ってこよう。

2. 火にかける。沸騰したら弱火で数分。煮詰まったら計量カップかなにかに移そう。

3. 食材の準備。私が使ったのは白菜,えのき,春菊(←イチオシ),豚ロースのしゃぶしゃぶ肉,そしてスタンディングのネギ鍋ということで長ねき。

4. スタンディングネギ鍋にこだわらなければ食材をさきほどの鍋にどさっとならべる。スタンディングしたいなら長ネギを中央に立たせて残りの食材で周りをかためる

5. 計量カップにうつした割り下をかける。そこに水を足す。食材のちょい下くらいで平気。

なんか冴えないアート作品みたいになっていることは気にしない

なんか冴えないアート作品みたいになっていることは気にしない

6. ふたをして火にかける。沸騰したら中火にして,おたまで煮汁をまわしかけながら少し煮る

7. いい感じになったら火をとめて,あとは溶き卵にからめて食うべし!!

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春菊ぅぅぅぅぅぅぅぅ

 

うまい!

うおおおお!

春菊!!!

残った汁にはうどんもいいだろう。

超カンタンで高級感にひたれる。もちろん牛肉だってよいし鶏肉でもうまいはずだ。お好みの鍋用食材をいれて楽しんでほしい。

なにをゆう たむらゆう

おしまい

パイロットスタディはなんのためにやるか

なんでもいいけれど,パイロットスタディの結果から何かの効果を示したいとか母集団への一般化をしたいとかいうことなら統計的仮説検定なりモデリングなりすればよいでしょう。
だけれども,「パイロットだから一般化線形モデルで結果を一般化するのはどうなの」とかいうのを聞くと,じゃあなんでt検定はいいの?となるわけです。一般化線形モデルの一般化(generalized)というのは結果を一般化しますという意味ではないでしょう?正規分布しか扱えない一般線形モデルの拡張という意味で「一般化」と呼ばれているのです。結果を「一般化」することを目的としているのは統計的仮説検定でもモデリングでも一緒でしょう。それぞれにアプローチの仕方が違うだけで,得られた標本から別の集団や標本にも適応される何かを見つけるということですよね(ものすごくおおざっぱにいうと)。

パイロットスタディの結果はパイロットスタディでの標本にいえることのみで議論するのだという立場をとるなら記述統計のみで議論すれば良い話。なんのためにパイロットスタディするのか。なんのためにに統計的仮説検定やモデリングをするのか。というかなんのために研究するのか。そういうことをよくよく考えないといけない,ということを再確認したのでした。

なにをゆう たむらゆう

おしまい

業績づくりを野球に例えてみる

空白の業績欄に「量より質」と書いてあったのを見てなんだかもやっとしたので少しだけ。

「業績づくり」という表現自体があまり好ましい言い方ではないと思いますが,わかりやすさを重視しています。要するに,研究したことを学会なり,論文なりで発表することをここでは意味しているとお考えください。

「研究は量より質だ」という言説があったとします。「◯◯は量より質だ」というテンプレートに,研究という言葉をあてはめただけだとここではお考えください。

研究を野球に例えることが適切かはわかりません。それは読者の方の判断を仰ぎたいと思います。

まず,上述の「研究は量より質だ」というのは,言外の意味として「量が多い=質が低い」,「量が少ない=質が高い」という関係が成り立っていることが示唆されています。つまり,量より質だという人は,数が少なくても質の高い研究をやっていくべきだという主張をしているわけです。一方で,「研究は質より量だ」という立場の人がいたとします。先ほどの「量が多い=質が低い」,「量が少ない=質が高い」という前提を共有していると仮定すると,「質より量」を主張する人は,多少質が低くてもたくさん発表して論文を書くべきだと主張をしていることになります。

ここでもう1つ確認しておきたいのは,「質の高い研究は質の高いジャーナルに掲載されるべきである」という前提です。もしも,その研究に本当に価値があると考えているならば,より多くの人に読まれる場所でその研究成果を発表したいと考えるであろうということです。私の分野でいえば,例えば,Studies in Second Language Acquisition, Language Learning, Applied Linguistics, TESOL Quarterlyあたりでしょうか。

それがいいかどうかは別として,発表する場所や媒体によってその研究がもつ価値はどうしても変わってきますよね。もちろんその基準が1つであるとも思いません。ただし現実には,地方学会の発表より国内学会の全国大会での発表が,全国大会での発表より国際学会での発表が高く評価されます。論文も,査読のない紀要や雑誌よりも査読のある紀要や雑誌のほうが評価が高く,また国内誌よりも国際誌のほうが評価が高くなるのが一般的であると思います(それが良いか悪いか,適切か適切でないかは別問題としておきます)。評価が高いというのは数量的に言えば点数が高いということです。地方学会の発表1件が1ポイントで,全国大会の発表1件は2ポイントになるとか,査読なし論文1本が1ポイントで,国際誌1本が10ポイントとかいう具合です(あくまで例えです。私の価値観ではなく)。

要するに,「研究は量より質だ」ということは,数少ない研究で多くの点数を稼ぐことと言い換えられるのではないでしょうか(その人が得点稼ぎを目指しているかどうかは別として)。そして「研究は質より量だ」というのは点数は低くともたくさんの研究をやって多くの点数を稼ぐことといえるでしょう。

では,業績づくりを無理やり野球に例えます。「研究は量より質」の人は,数少ない手数で多くの点数を稼ぐことと同義だと先ほど述べました。これは野球でいうと,ホームランを打つことになるのではないでしょうか。野球は,ランナーがホームに戻ってくると1点です。つまり,シングルヒットなら最低でも4本必要です(場合によってはシングルヒットで2塁から生還できる場合もあるが便宜上そういう状況は考えないこととします)。しかし,ホームランなら一振りで1点です。ヒット4本で1点に対し,ホームラン1本で1点。「量より質」とは,ホームランで得点を稼ごうとすることだといえるのではないかということです。もちろんヒットを打つことでも難しいことです。優秀な打者でも打率は3割,つまり10回に3回しかヒットにはできません。さらに,打者であればヒットを打てない人はいないでしょうが(そもそもヒットも打てない打者は試合にすら出られない),だれでもホームランを打てるでしょうか。そりゃ打席に立てる打者なら打てないことはないでしょうが,コンスタントに打てる人は本当に限られているはずですよね。それほどにホームランを打つことは難しいことなはずです。

さて,ここでまた野球の話を研究の話に戻して,打者というのを研究者に置き換えてみたいと思います。優秀な研究者であっても,accept率は3割,つまり,10本に3本しかpublishできません。なんてことはないでしょうが,研究者であればヒットを打てない人はいないというのはtrueでしょう。発表できないor論文書けないなんて人はそもそも研究者にすらなれないか,あるいは肩書は研究者でも「研究」という「試合」には出場していないということです。さらに,研究者であればホームランを打つこと(majorなjournalに載せて1本で高得点を稼ぐこと)はできる「はず」ですが,コンスタントにそれが出来る人は本当に限られていますよね。少なくとも私の分野ではそうだと思います。

結局のところ何が言いたいかと言いますと,「ヒットを打てない人にはホームランは打てないでしょう」ということなのです。シングルヒット4本で1点を取れる人はホームランを打つこともできるでしょうが,ヒットすらも打てない人,または打ったこともない人が,ホームランを打とうなんてなに言ってんだおいってなりませんかね。いいから打席に立ってとにかくバット振れと。まずヒットを打ってこいと。そうなりませんかね。「質より量」ができる人が「量より質」を重視できるのではないでしょうか。また,「質が低い」とはいっても「ヒット」にはなっているわけですよね形はどうあれ。綺麗なセンター返しではないボテボテの内野ゴロかもしれませんし,セカンドとライトの間にうまく落ちたポテンヒットかもしれません。それでも「ヒット」です。質の高い研究を目指すことはなんら批判されるべきことでもなく,むしろそれを目指して研究をするべきではあると思います。ただし,「量より質」というのは,せっかく回ってきた打席でホームランが打てそうにないからとバッターボックスに立たないことのようにも思えてしまいます。打席に立ち続けずにホームランって打てるものなのでしょうか?ホームランバッターだって,時には三振したり凡打でチャンスを潰してしまったりするわけですよね(実験をとってはみたけれどうまく結果が出なかったとか,意気込んで書いた論文がリジェクトされたりとか)。繰り返しになりますが,普通のバッターにもなってないのにホームランバッターになれるのかな?と思います。中にはまれに,もうそんなに内野安打ばかり狙ってないで,どっしり構えて,ホームラン狙って強振したらどうですか?そのガタイなんだし。っていう人もいたりするんですけれど。

なにをゆう たむらゆう

おしまい。

lmer関数とglmer関数(Nagoya.Rの発表の補足)

もう2ヶ月くらい前の話ですが,Nagoya.R #12で発表しました。

今更って感じなのですが,ちょっと今お手伝いでLMEをやっていて,自分でも理解があやふやな点がぼろぼろと出てきたのでメモ的に。

僕は発表中にlmer関数と,モデル比較に使えるstep関数の使い方を説明したのですが,どうやらstep関数はlmer関数で出力したもののみに対応している模様。というか,正規分布を仮定したモデルにしか適用できないみたいです。なので,lmerでfamily指定を使ってポアソン分布(poisson) や二項分布(binomial)を指定した場合には出力がされません。また,lmer関数でfamily指定すると警告メッセージでglmer関数を使うようにと言われます。なので,正規分布以外でやるときはglmer関数を使うほうがいいかもしれません。回帰の式の入力はほぼ一緒です。

ただし,glmer関数は結果の出力の解釈が実はちょっと難しくて,一発だけじゃ全水準の多重比較までみれないんですよね。なので,ダミー変数にいれたものの順番を入れ替えて計算を回していくようなのですが,それに使う引数がstartってやつっぽいのですよね。そんないちいちダミー変数入れ替えるなんてめちゃめんどくさいわけで,これで引数指定して一番最初にいれる水準を指定できるようになっているみたいなのです。ただしちょっと使い方がまだよく理解できていなくてですね…

実際に自分の研究でちゃんと使えるようになるにはここは避けて通れないわけなのですが,そっちばっかりに手を回しているわけにもいかず,RのヘルプやマニュアルとにらめっこしてはGoogle検索して…とかやってたらなんか1日終わっているみたいな幸せなのか不幸せなのかわからない昨日今日です。

いろいろ終わってません

なにをゆう たむらゆう

おしまい。

 

2014年の振り返り

さてさて,今年も気づけばあと2日で終わってしまうようですね。何言ってんだお前と思った方もカレンダー確認してみてくださいね本当ですよ。というわけで,やらなければいけないことは山積みなのですが,備忘録もかねて今年も振り返っておきたいと思います。

2014年の一大イベントといえばなんといっても名古屋に来たことです。1月から3月の間はまだ中学校で臨任していまして,その最終勤務日の夜にはレンタカーに段ボール箱と布団を突っ込んで東名道爆走してましたね。そんなわけで,名古屋で博士後期課程の院生になりました。と同時に,専門学校で非常勤講師としても働き出しました。もう4月から生活がガラッと変わったわけです。私は博士後期課程の学生ですが,M1の学生と一緒に授業に出ていたりもしていました。技術的なことを身につける必要もありましたし,1年弱研究から離れていたことのブランクを埋めるという理由もありました。それと同時に,春は学会の発表申し込みだったり,学振の申請書を書いたり(1次で落ちましたけど)しました。6月はCELESでの発表があり,8月はJASELEでの発表があり,その後には投稿論文の〆切があり,9月にはJABAETでの発表,長野のメソ研に参加,そして静岡の合同ゼミ合宿に基礎研メンバーとして参戦という怒涛の日々でした。10月にはことばの科学会で大阪に行き,そしてまた投稿論文の〆切があり,学会発表の申し込みがあり,11月には研究助成の申請書を提出し,LET中部で発表し,そして今月12月はNagoya.R #12で発表がありました。つい先日はメタ分析の論文輪読会に参加して論文2本をレビューしました。そしてこれからは来月〆切の論文1本,査読が返ってきた修正原稿の〆切2本(1本はほぼ終わり),そしてなんともう今から憂鬱感が半端じゃないんですがD1報告があります。博論…どうしよう…

とまぁとっても充実した1年間だったのではないかと思います。辛い時もたくさんあったけれど,でも本当に名大に来てよかったと思います。一緒に頑張る仲間がいるっていう環境は,何事にも代えがたいですね。とくに,隣の隣の人や隣の隣の隣の人にはとても感謝しています。彼らがいなかったら名大に来ていなかったでしょうから。まぁゆくゆくはみんな別々のところにいってしまうわけで,一緒の空間で過ごす時間は残り少ないんですけどね。それを今から考えるだけでも寂しいですが,それでも頑張っていけるようにならないといけません。自分の色が少しずつ出せるように。二人に少しでも追いつけるように。そして一人でも頑張れるように。来年(度)の目標はとりあえずそこですね。それから,心身ともに健康な1年を過ごすことです。心身ともにとはよくいいますが「心」の部分の健康がとても大事なんだなというのは名古屋に来てから強く感じるようになりました。息抜きやリフレッシュの仕方もちゃんと考えないといけないなと思います。もちろん「身」も大事。今年は持病のヘルニアが悪化することはありませんでしたが,いつ悪くなってもおかしくないので。

というわけで今年もたくさんの方にお世話になりました。皆様どうぞ良いお年をお迎えください。

 

なにをゆう たむらゆう

おしまい

P.S. メタ分析の読書会で私がレビューした論文のレジュメを置いておきますので興味のある方はどうぞ。一本目はタスクの複雑さに関する認知仮説のメタ分析。二本目はL2研究における効果量の解釈に関するメタ分析です。

Jackson, D. O., & Suethanapornkul, S. (2013). The cognition hypothesis: A synthesis and meta-analysis of research on second language task complexity. Language Learning, 63, 330–367.

Plonsky, L., & Oswald, F. L. (2014). How big is “big”? : Interpreting effect sizes in L2 research. Language Learning, 64, 878-912.

久しぶりに「英語で」授業をちょっとだけやった話

どうもこんばんは。昨日のNagoya.R #12のまとめもしておきたいところなのですが,金曜日にやった授業の話を。

ついこの前に福田さんに授業を見に来てもらって,その感想を書いていただいたりしました。

彼のブログ記事はこちら→ https://fukutajunya.wordpress.com/2014/11/30/%E6%8E%88%E6%A5%AD%E8%A6%8B%E5%AD%A6%E3%81%AE%E6%84%9F%E6%83%B3%EF%BC%91/

その中でも言及されているのですが,後期は単語テストとリーディングをつなげるような授業をやっています。毎週単語テストをやって,前週に単語テストに出た単語が出てくる物語文の読解をやるという感じ。物語文は私自身が毎週書き下ろしています。主人公の名前が私の名前で,妻がいて不倫しているという設定ですw

普段はスクリーンのある大きな教室で授業をしていて,2時間続きのうちの後半ではTED動画を見ながらリスニング活動をやっています。ところが,金曜日の授業に行くと,いつもの教室が使えないとのこと。おいおいそりゃもっと早く言っておいてくれなきゃ困るよスクリーン使えないとできない授業をやっているからわざわざ大きい教室でいつもやっているんじゃないかと思ったりはしましたが,そんなこと言っても仕方ないので急遽別の活動をやることに。

授業開始まで30分というところで私が思いついたのは,物語文を素材にした活動でした。毎週やっている物語文(前週までで9話)を順番がわからないように1枚ずつ印刷して,それを読んで4コマ漫画にまとめてからコマを描写するライティング活動です。ただしそれだけだと90分はもたないということで,それぞれに1話ずつをランダムに配布するようにしました。それぞれがまとめた文章だけをもとにして,全員で協力して正しい順番になるように並べ替えるという感じ。これを英語でやろうということです。

まずは各自がそれぞれのエピソードを読んで,まとめる作業。話し合いの段階では元の文章は回収することをあらかじめ伝えておきました。

完全に思いつきだったのであまり細かいことは考えていませんでしたが,今考えると,先に文章から4コマだけを作らせて,文章を回収してから漫画のサマリーを書くという順序にすればよかったなと反省。あるいは読ませて回収してから書かせるというのでもよかった。もう少し難易度を下げるとすると,例えば各コマに対してキーワードを3つだけ書いてよいとかにしても良かったのかも。そしてそれをもとに文を書かせるという。

その後に順番を並び替えさせるにあたって,どういうスタイルにするかは悩みました。全員で9人しかいないとはいっても,9人で話し合わせるのは議論が活発にならないだろうし,かといって半分に分けるとすると,分けた4人の順番には穴があくので(例えば1話と4話と7話と9話みたいになる),それをもう半分と合わせるたときに順番を考えるのが難しいかなと思ったり。今考えると,先にグループを分けて前半組には1~4話,後半組には5~9話みたいにする手もあったなと思います。そうすれば,グループ内での並び替えはシームレスになるので。結局その場でいいアイデアが思い浮かばずに9人で1つにすることに。

全員が個人でまとめる作業に入っている間,黒板に話し合いで使えそうな英語表現を書いておきました。

  • 順番を表す:first, second, third; then, finallyなど
  • 前後関係を表す: before ~, after~

みたいな感じ。あとはfollowやprecedeなんかも書いておいて,全員がまとめ終わったら表現をちょっと解説。最初の”I’ll talk about~”や最後の”That’s all.”なんかも書いておきました。本当は自由に英語でdiscussionしながらやれたらよかったんですけれど,いきなりそれはちょっと難しいと。

そんなわけで,順番に自分がまとめた英文を読み上げるような感じにしました。読んだ人が次の人をどんどん指名していく感じ。聞いている人は,メモを取って誰の次に誰が来るかを考えさせるようにしました。

全員が読み終わったあとに,「さぁみんなで考えよう!」みたいにやっても「シーン」ですよね当然。なので,私自身がコーディネーターというかオーガナイザーみたいになって,英語でみんなの意見を聞いていくようにしました。”Whose story do you think comes first?”みたな感じで。これでもシーンてなるので,指名しながらやりました。”What do you think, ◯◯?”とか言いながら。文で発話するのは難しいんですけれど,”×× first”みたいなことをいったら,”OK. ◯◯ thinks ××’s story comes first. What do you think, ××?”みたいな感じで回すと。間違ってたら”No.”とかいう学生がいたりして,”Then, who do you think read the first one?”とか聞いてみたり。何人かに聞いて同じ人の名前があがったら,その人にもう一度読み上げてもらって内容を再確認。ここでまたメモを足している学生もいました。次は誰かとか聞いてみると手をあげたりする学生がいて”Do you think your story follows ××’s one?”とか聞いていく感じ。本当なら,”Why?”とか聞いたらいいかもしれないのですが,これに答えるのは意外に難しくて,多分答えに詰まっちゃうだろうなと思ったのであえて聞きませんでした。こうやって,適宜順番を確認しながら,残っているのは誰だっけー?みたいにしつつ,最終的に1~9の順番を割り振って「ちゃんとつながったねー!」という感じでおしまい。

この活動は,「クラスメイトが読んだ内容を耳で聞いて理解する」ということと,「その情報をもとに順番を並び替える」という2つのことが要求されます。リスニングすることの積極的な意味付けをするのってちょっと難しかったりするので,一生懸命聞き取って内容をメモしていたのを見るとある程度は機能していたのかなと感じました。感想を見ると「やりがいがあった」という声や「難しかったけど,最後に全員のがつながって感動した」という声もありました。「面倒でした」という感想もありましたが…

はっきり言って一番英語力がアップする機会があったのはその場で情報を整理したり,聞き出したり,意見を求めたり,とかを英語でやっていた私自身だと思います(苦笑)。ただ,教師と学生の目標言語のインタラクションの機会って最近の授業ではあまりなかったので,新鮮ではあったのではないかと思います。「久しぶりに英語だけの授業楽しかったです」という感想もありました。インタラクションを通じたインプットを与えるのも,少人数だから結構機能するし,やらないともったいないですね。ちょっとこれからはそういうのも考えながら授業の活動を作っていこうかなと思いました(今さら…)。

なにをゆう たむらゆう

おしまい。