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手元に蓄積されることと共有されることのバランス

はじめに

ひと月前くらいからぼんやり考えていて,ブログにまとめようと思っていてなかなか時間が取れなかったことを書きます。

教科書に何かを書き込めるということは,書き込んだことがいつも学習者の手元にあり,それがいつでもその学習者自身にとって閲覧可能な状態であるということです。その一方で,その状態ではクラスメイトと学習の過程や成果を共有することは難しくなります。そんなジレンマの話。ちなみに,語学授業のことを念頭に置いています。

教科書(または配布資料)への書き込み

語学の教科書には,なにかと空欄があって,そこを埋めることが学習となることがよくあります。数学なんかだと問題自体は教科書にあって,その計算の過程なんかはノートに書いていくみたいなことが多いような自分の小中高の記憶がありますが(大学はどうなんでしょう?),語学の教科書はノートというものを学習者が教科書とセットで使うということがたぶんあんまり想定されていないですよね。中高の英語の教科書はいわゆる「本文」の扱いが大きいからか,大学で使われるような教科書よりも書き込みが求められる部分が少ないようなイメージもあります。とはいえ,教科書に書き込む(それが穴埋めだったり選択肢を選ぶものだったりあるいは短文回答だったりする)ことは語学の授業では日常的に観察される光景だと思われます。

教科書に書き込まれた答えを共有するのは口頭で周りの人と話し合ったり,あるいは教員が学習者を指名して発言することで行われることが多いと思います。その「共有」という営みは,教室の授業の時間の中で行われ,(真面目にメモを取ったりしていない限り)その場で流れていってしまうことになります(そして多くの場合,間違っていたら直す程度で他の人のコメントなりをメモする学習者はかなり少ないと想定されます)。多肢選択の答え合わせ程度であれば,それでも特に問題はないと思いますが,答えが一つに定まらないような問いに答えるようなケースであれば,できるだけその共有がどこかに「ストック」されているほうがいいなと思うことがよくあります。

一方で,教科書をベースにしていても,いわゆる「ワークシート」と呼ばれるような配布物を授業中に配布して,そこに何かを書き込ませる形で授業を進めていく先生も多くいらっしゃると思います。教科書をより発展させたスピーキングやライティングの活動だったり,あるいは教科書とはまったく独立したものをワークシートとして提供したりするケースです。この場合も学習者はそのワークシートに何かしらを書き込み,上で述べたのと同じような共有の過程が授業の中で行われるでしょう。

いずれの場合においても,ペアワークやグループワークを通じてクラスメイトとの意見の交換が求められ,それをメモするスペースが確保されているような場合にはクラスメイトの意見と自分の意見が同じ場所に「保存」されることになります。そうでなければ,先述のように共有のプロセス自体は授業中に行われていてもその共有物自体はそこで流れていってしまうでしょう。

LMSやクラウドサービス等を通じての共有

コロナ禍で「オンライン授業」が全国的に広がったことを背景に,学習者が学習に取り組んだその成果物が教科書に書き込まれたままでは以前のように教室内での共有が難しくなりました。そこで,それを補完する目的でLearning Management System(LMS)やDropboxやGoogle Drive等のクラウドサービスを通じて成果物の教員-学習者間,そして学習者同士の間で共有されるようなケースもでてきたと思います。こうしたオンライン上での共有サービス利用のメリットは,(その仕組み構築のやり方によっては)共有されたものが「流れていってしまう」ことを防ぎ,「ストック」されていくことです。

私の勤務先の大学では,2020年度の秋学期,そして一部オンライン授業もありましたが2021年度も基本的には対面授業が行われました。オンライン授業で得られたそうしたLMSやクラウドサービス等を対面授業でも継続して活用し,対面授業の中でも共有のプロセスが流れていってしまわないようにされた先生方もいらっしゃったのではないでしょうか。

このとき,例えばこれまでであれば教科書に書き込んでいたようなものをLMS上に移植することで,各学習者の答えが教室内だけではなくオンライン上で共有され,そしてそれがいつでも学習者にとってアクセス可能な状態にできるというメリットが生まれます。こうした方法を利用することによって,正答・誤答があるような問題であれば,その場で誤りの傾向に対してフィードバックができるというメリットも生まれます。

オンライン上での共有の問題

ところが,いつでも学習者にとって利用可能であるということはメリットである一方で,デメリットもあります。なぜなら,そこ(オンライン上の共有された場所)にアクセスしない限りは利用可能性がないという点です。もちろん,LMS上にログインしてその授業のページを開いて教材をクリックするとか,あるいは教員から送られてきたリンクをクリックすることのハードルがそこまで高いとは言いません。そうは言っても,手元にある教科書を開いて閲覧することに比べると圧倒的にオンライン上へのアクセスを手間だと思う学習者は多いでしょう。そうなると,自分の学習のために共有されたものが教員側の想定のように活用される可能性は,そうした活動を教員側が用意して導かない限りは限りなく低くなってしまうでしょう。

さらに,多くの場合こうした共有物はオンライン上で別々の場所に保存されることがほとんどだと思います。どうやって頑張って工夫をしたとしても,実在物として教科書1冊のなかにまとめられている,あるいはワークシートがファイルにまとめられているというような一覧性を確保することは難しいでしょう。ここに,共有を重視することによってもたらされる弊害が見えてきます。

蓄積と共有のバランス

例えば,過去記事で紹介した『Getting Things Done [Book 1] Tasks for Connecting the Classroom with the Real World』(GTD)のUnit6 “Daily scenes”では,最後の活動で自分の学校の中のある場所を描写するライティングの課題が設けられています。この描写課題は教科書に書き込むスペースが設けられていますので,授業内で他の学習者の書いたものを読む機会を与えたりしない限りは共有ができません。じゃあ,ということで,これは教科書に書かせずにLMS上でタイプして提出させる宿題にすることにしたとします。こうすることで,例えば下の画像のような形で他のクラスメイトの書いたものを一覧で見ることができるようになります。

私の担当した授業の一つで課題として出したエッセイ課題の学生のプロダクトの一部(学生からの見え方)

このような共有の形をとることで,クラスメイトの書いたものと自分の書いたものを様々な観点から比較することができます。特に,ライティングのクラスでは(ちなみに上の画像はライティングのクラスではないです),クラスメイトのプロダクトが閲覧可能な状態であることが自身の学習に役に立ったというコメントを多くもらいました。先ほど例にあげた”Daily scenes”のユニットの最後の課題であれば,読んだ上でどの場所についての描写なのかについて答えさせるリーディングの活動につなげることもできます。

一方で,オンライン上で共有させることで教科書自体にはプロダクトが残りません。もちろん,教科書に書いたものを写真にとってその画像ファイルを提出させるという手段はありますが,やはり画像ファイルはテキストよりも一覧性が落ちます(一つ一つファイルを開いて閲覧しなくてはいけないため)。教科書に学習の成果が蓄積されていくことと,その成果をどのような形で共有し,それによってさらなる学習を生み出していくのか,そのバランスというか良い方法を探っていくというのが,2022年度に意識しようかなと思うところです。結局の所,共有についてもただ共有という状態を作るのではなく,そこから学習を生み出す仕掛けを教員側が用意する必要があるだろうなということは感じています。来年度は新しく担当する科目もあるので,そういった仕掛けをどう組み込んでいくのか,この春休みに少し考えてみようと思っています。

おわりに

この記事では,教科書に書き込むことのメリットとデメリットについて,プロダクトの共有と学習成果の蓄積という観点から考えてみました。教科書を作るという経験をしなければ,そしてコロナ禍が続いてオンライン授業が緊急避難的なものではなくalternativeとして機能するレベルにならなければこうしたことにも考えが及ばなかったかもしれないと思います。2021年は,授業のことについて書こうと思っていたのですが,結果としてほとんど授業に関する記事がアップできない年となってしまいました。2022年は少しはそういう記事も書けたらなと思います(控えめ)。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

slackを利用して,「全員の前で」スピーチさせるスピーキング活動

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はじめに

先月,先々月で記事をいくつか投稿していますが,一般教養英語の遠隔授業(オンライン授業)で,slackを活用してます。

今まで書いてきた記事は,基本的にテキストチャットスペースとしてのslackの使い方の話でしたが,今回はスピーチをメインにした活動の話です。タイトルをおおげさにつけましたが,やってることは目新しくもなんでもありません。ただ音声ファイルを投稿してコメントし合うような活動です。

活動の概要

私は,現在受け持っている一般教養英語の授業の全4クラスでslackを利用しています(すべてが違う科目・レベル)。そのうち2クラスで,ペアやグループ活動ではなく,個人で1分程度のスピーチを録音したものを投稿してもらうという課題を出しました。そして,任意の人数にコメントをし,コメントをもらったら必ず返信をすることも求めました。時間はいつものペア・グループワークに費やしているのと同じ時間で,授業開始30分後から授業終了10分前までの50分です。

これまでの3, 4週は基本的に事前にペアやグループを作っておき,その中でなにかしらのタスクを与えるようにしていました。ただ,一応テキストに関連付けたタスクを毎回考えているので,教科書の内容によってはタスクを作りづらい場合もあります。たまたま2つのクラスがそういう状況で,どうしようか考えあぐねていたときに,別にペア・グループワークに拘る必要もないし,スピーキング&リスニングのクラスなんだからスピーキングさせる機会,そしてそれを聞く機会があってもいいよねというのがきっかけでした(もちろん,LMS上で音声ファイルを提出させたりリスニングの課題を出したりはしています)。

いつも,LMS課題の最後にslack上でやる課題の簡単な指示を日本語の資料として載せているのですが,そこにいつもとは違って今回はスピーチを録音したものを投稿する課題にするということを事前に連絡しておきました。また,私がサンプルとしてスピーチを録音したものを課題の公開と同時にslackにアップロードすることで,どういうスピーチをすればいいのかわからないという場合に,言語面や内容・構成面などで役立ててもらうリソースを提供しました。

この活動をやるにあたって,私の教師としての狙いはいくつかありましたが,ぱっと整理すると次のようにまとめられます。

  • 全員の前でスピーチをするわけではないにしろ,全員が聞ける場所に音声ファイルを投稿するのだから,普段教師だけにファイル提出するよりも緊張感がある(ので普段よりクオリティにこだわるはず)
  • クラスメートのスピーチから学ぶことが多くある
    • 内容的に(そういう意見あるのかとか,単純に面白いなとか)
    • 言語的に(発音が上手とか,真似したい表現とか)
    • delivery的に(聞きやすい喋り方はどんなものか)
  • 純粋に,クラスメートの「声」を聞けるだけでも今はプラスになるはず
  • グループワークにもそろそろ慣れとともに飽きがきてるかもしれないので,ここで少し違ったものを挟んでおきたい
  • リスニングすることに意味づけができる(内容を理解してコメントしないといけないので集中して聞くため)

このような活動をするのに,やっぱりslackは適しているなぁと思いました。

なぜslackが適しているか

ダウンロードしなくていい

まず,slackは音声ファイルをいちいちダウンロードしなくても再生ができます。パソコンであれば,タイムライン上で再生が可能なので,教師としても聞いてフィードバックをしたりするのが楽です。スマホアプリだと,再生するための画面に切り替わりますが,それでもいちいちファイルを保存しないといけない制約がないだけで聞くのはずいぶんと楽になります。

自分のペースで聞ける

これは,slackの良さというよりも,対面で人のスピーチを聞く課題ではないからこその良さと言えると思います。誰か1人のスピーチを聞き直したり,一時停止したりすることができるので,聞き漏らす心配をする必要がありません。もちろん,本当にスピーチを聞く際には聞き漏らさずに聞く必要があるわけなので,そこがゴールである以上はこの課題はあくまで”simplified version of the target task”と言えます。

もう一つ,自分で聞きたい人のものを,好きな順番で聞けるという意味での「自分のペース」というのもあります。これは例えばポスター発表的な形式をとると自由度が確保されていますが,全員またはグループの中で誰か1人が話すという形式では聞く側には順番を選ぶ権利はありません。これも前段の話と同様で,そもそもスピーチを聞くときに選ぶことができないのが普通なんです。そこは私も理解しています。その上で,ある程度学生側に選択が委ねられているというある種の「ゆるさ」は授業の中に持たせておきたいというのが個人的な信念です。とくに,今は状況が状況であるがゆえに,極端にガチガチのルールに縛られた授業か,そうでなければ無法地帯のように学生に丸投げされる授業に二極化しているような印象があります(あくまで印象です)。その中で,学生がsecured and comfortableな心理的状態で授業に臨むためには,学生の側に選択権がある状況というのも意味があると考えています。

スレッド機能とメンション機能

この記事の最初の方でリンクを貼っている記事でも書いていますが,音声ファイルの投稿に対してスレッド形式でコメントが書き込まれることで,チャンネルのタイムライン上では音声ファイルが並びます。そして,何件コメントが有るのかも一目瞭然なので,コメントがあまりついてないファイルを探してコメントすることも簡単にできます。

もらったコメントに返信をするときにはメンション機能を使えば,誰のコメントに返信したのかを明らかにすることができるので,会話の流れも追いやすくなります。

私が驚いたことは,スレッドへの書き込みをチャンネルのタイムラインにも流す機能を意図的に使っていた学生がいたことでした。チャンネルのタイムラインへの書き込みは,クラス全体への通知にもつながる(もちろん通知切ってれば来ないですけど)ので,「みんなこれ面白いよ!」的なコメントをメインのタイムラインに流していたようでした。

目印としてのreaction

slackには絵文字でリアクションすることができます。学生のコメントに対して,「いいね」の意味で絵文字をつけることもありますが,私が重宝している使い方は,チェックしたという目印です。いつものペアワークをやる際も,タスクが完了して,私がOKを出したスレッドには目の絵文字(👀)をつけて,終わっていないのがどこのグループかがわかるようにしています。今回のスピーチは聞いたら耳(👂)で,課題として私がこういうことを含めるように,という条件を満たしたスピーチをしていたら100点(💯),スピーチはしているけれど,その情報が含まれていない場合にはなにもつけないというようにしました。こうすることで,その場で簡易的に採点しておくことができますし100点(💯)がついていない学生に対してはその情報がないことをフィードバックすることも簡単にできました。

今回の課題の最初の部分。一番上が私のサンプルの音声で,音声ファイルを聞いたら耳(👂)のリアクションをつけ,課題の要件を満たしたスピーチの場合に100点(💯)のリアクションをつけています。

学生からの感想

学生からの感想を読んでいると,概ね上記の私の狙い通りに活動ができたのではないかと思っています。

例えば,質問しないといけないのでより注意して聞くし,他の人が質問していないことを考えるのに頭を使ったというようなコメントがありました。ただ質問するだけではなく,他の人の質問を読んだ上で質問を考えるのは,実は今回が初めてではありませんでした。授業の初回で実施した自己紹介タスクでも,音声ファイルではなく書き込む形でしたが,自分の自己紹介を投稿してコメントを○人につける,という課題をやったので,そこで必要だったスキルと同じです。もしも,他の人が聞いていないことをコメントすることに対するハードルが高いと感じられれば,自然と時間的にあとの方に音声が投稿されていて,まだコメントがついていない学生のファイルを聞いてコメントすればいいので,何も指示しなくても自然とある程度コメントがばらつくようにはなっていました。

基本的には早く投稿すればするほどコメントが集まりやすいので,早く投稿して自分が思った以上にコメントが集まって返信が大変だったという「嬉しい悲鳴」も聞こえました。でもやっぱり,自分が言葉を使ったことに対して,レスポンスがもらえるっていうのは,誰でも嬉しいことだと思うんですよね。そういう経験をしたことで,この活動に対してポジティブな印象を抱く学生が多かったのかなと思っています(注)。

私がサンプルとして音声を投稿していたのが参考になったという意見もありましたし,何をコメントすればいいかわからなかったけど,他の人のコメントを参考にすることができたというコメントもありました。この,他の人の取り組みを参考にできるのがslackを利用する際のメリットだというのが,私がまさにTASK TALK で話したことでした。

タイトルにつけたように,全員に聞かれるということを考えて録音するのはすごく緊張したというコメントや,(自分のパフォーマンスが未熟なので)恥ずかしかったというコメントもありました。この事自体はネガティブに捉えられるかもしれませんが,普通に30人の前で話すことよりはハードルが低いはずで,しかも録音なのでやりなおしもできます。前述の通り,全員の前で話すことをゴールだとしたら,その前の練習課題として,ここで紹介したような活動は効果的かも知れません。

おわりに

この記事では,slackにスピーチを録音したファイルをアップロードし,それに対してコメントし合うスピーキング活動を紹介しました。今回は全員が同じチャンネルで活動しましたが,いくつかの大きなグループに分けた上で別々のチャンネルでやらせることもできると思います。また,ファイルをアップロードする順番や時間を指定すれば,それこそ全員がほとんど同時に同じスピーチを同時に聞くような状況を作り出すこともできるかもしれません。

slackはテキストチャットメインで使っていましたが,残り半分の中であと何回かは今回のような形式の課題を取り入れてみようかなと思っています。

注. そもそも,授業後にコメントをわざわざ残すような学生はengagement高いだろうというツッコミはあるかと思いますし,それは差し引いた上で考える必要はあると思っています。ただ,一応苦情・改善要求なども受け入れるようにしていて,最初の数週間は改善要求コメントもかなり多くありました。それと比較してポジティブなコメントが多いので,控えめに見積もってもそれなりには機能したんだろうなと考えています。

オンラインで語学の授業をする際に取り入れたい「やりとり」のためのSlack活用

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はじめに

新型コロナウィルスの影響で,オンライン授業を模索する動きがどんどんと広がっていて,ウェブ上でも様々な情報がシェアされています。この記事では,わりと多くの方が情報を共有してくださっていると思う講義型やゼミ形式の授業ではなく,(大学における)語学の授業を前提としています。その中でも対面授業では積極的に学習者同士のやりとりを取り入れていたのに,オンラインでそれをどうしたらいいのかわからない…という方のための参考になればと思い,こうした授業をオンラインに移行する際のSlackの活用法を,私の経験をもとにかなり具体的なレベルまで踏み込んで紹介してみようと思います(結構長いです)。

先に言っておきますと,所属先のLMS等で学習者同士のやりとりをさせやすいものが整っているという場合は以下お読みいただかずにそちらを利用される方がいいと思います。私の所属先のLMSではかゆいところに手が届かないと感じているので,Slackのほうが私のニーズに合っていると現時点では感じているというわけです。

前提

同期型の授業を考えれば,Zoomでグループごとに活動させる方法などもありますが,同期型の授業や動画配信型の授業では,通信量の負担という点での懸念が各所であがっています。そこで,非同期型(もちろんリアルタイムチャットのように使えば同期型とも言えるかもしれませんが)で学生同士のやりとりを授業の中に取り入れようというのが出発点です。

想定としては,授業のすべてをSlackで行うことは考えていません。課題の提出&管理,Q&A形式の課題(リスニング・リーディング素材の内容理解確認問題や単語テスト等)についてはLMS等を活用し,やり取りの部分についてはslackで行うというように考えています。学生側からすれば,複数の媒体に分散された課題を行うことや,他の授業と互換性のないアプリケーション(slackを他の授業でも使っていれば別ですが,そうではないだろうと想定)の使い方に習熟するというのは,とくに1年次の学生にとっては負担が大きいかもしれません。後述するその他の懸念事項も考慮に入れて,それでも学生のやりとりを授業に取り入れることのメリットのほうが上回ると考えられる場合にはSlackの導入を検討するのがよいと思います。

Slackとは

Slackとは簡単にいうとワークチャットアプリで,ワークスペースという単位で運用していきます。そのワークスペースの中に,トピックごとにチャンネルを作っていくという仕様です。チャンネルは,全員が参加可能なものと特定の人だけが参加できるチャンネルの両方が設定できます。また,チャンネル内ではスレッド形式での対話が可能です。この点が,LINEなどとは異なります。LINEでは,返信機能もありますが,基本的にはメインのタイムラインにすべてのメッセージが流れます。一方で,Slackのスレッド機能は,メインのタイムラインに流すか否かを選択できます。よって,メインのタイムラインにも投稿しないようにすれば(これがデフォルト),ペアまたはグループごとのやりとりでタイムラインが埋まることはありません。

チャンネル内でのやりとり以外に,メンバーは個別またはグループのDMもできます。DMでのやりとりは,基本的にDMをやりとりする人以外は見れないようになっています。

Slackの利点

ペアリングやグルーピングが簡単

ペアやグループでやりとりをさせるためには,まずはペアやグループを作る必要があります。私の所属する関西大学では,webclassというLMSが導入されています。このLMSにも,チャット機能や掲示板機能が実装されているので,それを利用することでLMS上でやりとりさせることもできます。ただ,チャット機能を使う場合にはペアやグループごとにチャットルームを作る必要があるので,教員側は手間がかかります。また掲示板機能は全員参加で個別に返信機能を使っていけば,ツリーができていくので個別のやりとりも可能ですが,表示されるのはメインのタイムラインなので少しみづらさがあります(少なくとも弊学のシステムはそうというだけで,LMSでやりとりさせる便利な機能があるならSlack導入の必要はないと思います)。

Slackには,様々なbotがあり,その中にはdonutというものがあります。これをワークスペース内に入れることで,ランダムなペアやグループを自動で作成する事が可能です。もともとは社内コミュニケーション促進のためのボットで,ペアになる人にDMを送信して,「あなたのペアはXXXです。コーヒーでも行ったらどうですか?」とか送ります(英語です)。デフォルトではチャンネル内のすべてのユーザーが含まれるため,監理者(教員自身)も含まれてしまいます。設定で自分がペアリングから外れるようにしないと「え。なんで私先生とペアなの」となってしまうので注意が必要です。ペアリングの人数は2人,3人,4人と設定ができ,2人で割り切れない場合は3人のグループも自動で作ってくれます。ペアリングをアナウンスする日時の設定と繰り返しの設定もできます。私の場合,毎週決まった日時(授業開始の30分前)にアナウンスするようにしています。あまり前もって(例えば数日前とかに)アナウンスするようにしてしまうと,誰とペアかを忘れてしまったりということがありえるので直前にしています。

donutでペアリングする際の注意点

これまでは,Slackを対面授業と合わせて私は使っていました。つまり,donutでペアリング->授業内でペア活動->授業外課題として同じ相手とSlack上でペア活動という流れです。そのため,学生によっては自分でDMをチェックせずに教室に来てから「俺の相手のひと〜?」と言ってペアを見つけたりするので,未開封DMが溜まって「先生,今週のペアがわかりません」とかなるケースも多くありました。これについては,DMは毎週開くように指示することが必要です。また,Slackのスマートフォンアプリでは,DMはぱっと見では時間しか表示されません。よって,複数のDMが未開封の状態だと最新のものがわかりづらくなります。このため,日付を確認するには一度タップしないといけないことは指示が必要になります。この点は,対面授業と合わせて使う際の注意点にはなるので,すべてオンラインの場合はそこまで気にする必要はないかもしれません。

もう一点注意が必要なのは,教員は誰と誰がペアリングされたかがわからないところです。そのため,学生が「自分の相手が誰かわからない」というときに,教員が調べることができません。質問してきた学生に対して,DMを確認させる(DMの見方を指示する)ことしかできないので,基本的なSlackの使い方については別途資料を用意するなどの指導が必要になります。

さらに,対面授業でやるようにペアやグループをダイナミックに組み替えるようなことはできないという点にも注意が必要です。対面授業では,ペアとペアをくっつけてグループにしたり,ペアを組み替えてやりとりさせるようなこともありますが,donutでやろうとすると(仕組み上できなくはないですが)逆に混乱を招く可能性が大きいと思います。これはオンラインでテキストチャット形式のやり取りをする際にはどんな場合でも起こると思いますので,割り切って1回分の授業では相手を固定するのがいいかと思います。

具体的なペア・グループ活動のさせ方

donutでペアリングができていて,学生は誰とやりとりすればわかっているという状態だとします。この状態で,チャンネルにディスカッションクエスチョンのようなものを教員が投稿します。学生はそれを見て,そのお題を自分のペアとthread形式でやりとりしてもらいます。こうすることで,教員はトークテーマをポストするだけであとは学生にテキストチャットのやりとりをしてもらい,場合によっては教員も介入してフィードバックを出したりしていきます。

“/remind”のコマンドを使えば,日時指定の予約投稿も可能なので,時間があるときにまとめて予約投稿しておくこともできます。これは非常に便利で,決まった時間にslackに手動で投稿する必要がなくなります。基本的なコマンドの使い方は,

/remind [@人] or [#チャンネル名] [what] [when]

です。例えば,#Pair-talkというチャンネルに,4月20日(月)午前10時に課題のアナウンスをするとします。その場合,

/remind #Pair-talk “Based on the listening section on page 8, please talk about what Mike should do. The deadline is at 9AM, Monday, April 27th. Note that you should tap “start a thread” and then talk to your partner” at 10AM Monday, April 20

のようにすると,指定された日時にチャンネルに投稿されます。日時の指定をして,いつまでに終わらせないといけないのかも一緒に投稿しておくといいでしょう。コマンド名からわかるように,もともとはリマインダーを出すためのコマンドですので,締切日の朝や前日夜等に課題やってない人はやるようにといったリマインダーを流すこともできます。

上記のように,ただ話してねだけの指示だと,経験上1ターンとかで会話が終わってしまい,「やりとり」にならないことがたくさんあります。そこで,「最低でも10ターンはやりとりして,それで参加点○点,それより続いたらその分は加点する」,等の仕組みにしたほうがいいかもしれません。普通教室内では,時間で区切ることができますが,授業のようにリアルタイムでやりとりすることを必須としない非同期型であれば,そのような区切りはできません。この点は,もっと具体的に,「質問されたら必ず答える,答えたら追加で1つ質問をする」,というようなルールを設けることも考えられます。また,”You mean….”, “You’re saying that…”のように相手の意見をまとめたり,相手の応答に必ず自分も反応することなども指導することも考えられます。

また,会話を始める際にはペアの相手に必ず@でメンションをつけるようにすると,相手に通知がいくので問いかけに気づかないということを未然に防ぐこともできます。

ペアのどちらが先に書き込みするかについても,決めておかないと投稿が重複したり,あるいはお見合い状態になってしまう可能性もあります。私が導入していたのは少人数クラスだったので,この問題はあまり起こりませんでしたが,人数が多いとこの問題が発生する可能性もあります。後述のように自己紹介をマストにさせ,その中に誕生日を必ず書くように指示して誕生日の早いほうが必ずやりとりを始める,のようにルール化したり,あるいはDMでまず個人的にやりとりして,「じゃあ俺が先に書くね」と学生に決めさせるというのも可能かもしれません。

チャンネルの分け方

これは授業の形態や,あるいは教科書がどのような仕様になっているかにかなり依存してくるかと思います。同じチャンネルで複数のタイプのペア活動を投稿させるのであれば,ワークスペースは1つで,1クラスにつき1つのチャンネルでもいいかもしれません。たとえば,”Tamura’s Class”のようなワークスペースの中に,#Monday3 #Wednesday1のようなチャンネルを作るという発想です。この際に注意が必要なのは,Slackはデフォルトで#generalと#randomというワークスペース内全員が参加するチャンネルがあるということです。前述の例でいう#Monday3と#Wednesday1が同じ科目であれば,授業の内容も同じであることが想定されるので同じ連絡を流すのに便利ですが,もしも違う科目を受講している学生が同じ#generalというチャンネルにいる状態だと,全員が参加しているチャンネルの存在は混乱を招くかもしれません。

また,活動の種類ごとにチャンネルを分けたいという場合には,1つのクラスで複数のチャンネルができることになるので,この場合にはクラスごとにワークスペースを作るほうがいいのかもしれません。pre-task段階におけるペアワークは#pre-task,post-task段階におけるペアワークは#post-taskというチャンネルに投稿させるというイメージです。このように,活動ごとにチャンネルを設定しておけば,チャンネル内での指定期間内での投稿回数や投稿語数で評価もできると思います。

Slackのチャンネルに書き込まれたものをエクスポートする方法については,以前書いた記事を御覧ください。

上記3つのブログ記事では語数のカウントをしていますが,投稿回数を数える場合にはユーザー名が何回出てくるかを数え上げるようにすれば可能です。

懸案事項

slackの使い方

これについては,チュートリアル動画を作る,詳細なハンドアウトを用意するなどして対応する必要があります(注1)。私が授業で導入した際には,対面でも対応できたので以下のように簡単なものしか提示しませんでした。

Slackに参加する方法
 先にslackアプリをDLしておく(おすすめ)
http://bit.ly/XXXXXXX
 またはQRコードからアクセス
 メールアドレスを入力(関大メールまたは自分がよくチェックするもの)
 メールを確認し,”Confirm Email”をクリックまたはタップ
 英語で実名フルネームを入力(例:Yu Tamura)
 パスワードを作成(6文字以上)
 Privacy Policy と Cookie Policy に同意(I Agree をクリックまたはタップ)
 Preview画面が出てくるので,Joinする
 注意点
 上記の招待リンクは今月末で期限切れとなります
 忘れないようにこの授業中に必ず参加をするようにしてください
 通知設定は,モバイルでは任意のチャンネルを開き,右上の…が縦になったところをタップ→一番下のsettings→Notifications で変えられます(または,チャンネルごとに設定するときはそのチャンネル表示画面 でチャンネルをタップ→Notifications にいくと,そのチャンネルだけの Notifications を設定できます)

Slackの招待方法は様々なもの(メール送信,リンクのシェア等)がありますが,私はリンクを共有する方法を使っていました。同じワークスペース内に2つのクラスのチャンネルを作っていましたが,招待する単位はワークスペース単位なので,金曜1限の学生は金曜1限のチャンネルに,金曜2限の学生は金曜2限のチャンネルに入る必要がありました。これを管理するためには,デフォルトで参加するチャンネルの設定を変更する必要があります(PCから操作します)。

このときは,対面授業でしたので,金曜1限の授業の前には,デフォルトを#general, #random, #Friday1にしておき,金曜1限の学生は授業内に参加手続きを終わらせるようにしました。その後,金曜2限の前にデフォルト設定を#general, #random, #Friday2に変更することで,金曜2限の学生と金曜1限の学生が混ざらないようにしました。もちろん,授業を欠席した学生もいたので,その場合には個別対応でチャンネルを移動させたりしました。こうした手間を考えると,ワークスペースを分けるほうがいいかもしれませんね。ただ,担当しているコマ数が多くなればそれだけで膨大な数のワークスペースの管理をしなくてはいけないので,そういった状況ではそもそもslackの利用はあまり推奨できないかもしれません。難しいところですが,slackの利用を最小限にして,ワークスペースは1つだけにする(1クラス1チャンネル制)のも選択肢としてありでしょう。その場合,学生がslackに参加する時間を科目毎に分けるように工夫して,前述のようにデフォルトの参加チャンネルをこちらで変更するのがいいでしょう。

ここまでで結構手間がかかりそうな感じもしますが,これ以外にも,チャンネルの利用方法,投稿時の注意事項などのルールは明確にしておく必要があります。私は,書き込みは基本英語(目標言語)のみにしていて,個別に相談事項や連絡事項がある場合には教員宛のDMで日本語はOKということにしていました。また,指定されたことについて書くのではなく,自由な書き込みをしていく授業外課題にしていたので,誹謗中傷や不適切な発言は厳禁というルールは明確に示していました。授業内の課題として扱う場合には,このあたりはあまり気にする必要はないかもしれません。

知らん人と顔を見ずにやりとり

懸案事項の2つ目は,現在の状況特有の問題です。本来であれば,毎週の授業で顔を合わせ,毎週のペアor グループの活動を通して徐々に学生同士の信頼関係を構築していくというか,仲良くなってもらうようにしています。ところが,対面授業を避けるあるいは一切禁止するというような流れになってきている現在では,学生が顔を合わせる機会がないことの影響はかなり大きいと思われます。とくに1年生の場合は,大学に入ってきて,右も左もわからない,知っている人もほぼいないという状況で,いきなりオンラインでランダムに割り当てられた人とのやりとりを強制させられることになります。これは,対面よりもむしろ心理的負担が大きいかもしれません。対処法として今のところは3つ考えています。

1.自己紹介

解決策になるかはわかりませんが,少しでも負担を軽減するために,全員が自己紹介するチャンネルを用意して自己紹介を投稿させる(そしてさらに3人にコメントすることを求めるようにする)ような課題を授業の最初の段階で出すことも考えられます。また,毎回ペアになる人の自己紹介は必ず読んで,「今週はよろしくね!」的な一言コメントを残すように指示してもいいかもしれません。習熟度によっては,このようなやりとりはすべて日本語にしてしまってもいいと思います。英語使用というよりも学生同士のつながりを作ることが優先事項ですので。

2.オリジナルアイコン画像の設定

2つ目は,できれば顔出しのアイコン画像の設定を推奨するようにすることです。SNSで自分の顔画像出している人はかなり少数派ですし,それがはばかられる理由も十分に理解できるのですが,デフォルトアイコンの人とはちょっと距離を感じてしまいますよね。自分の顔出し画像である必要はないのかもしれませんが,アイコンを工夫して話しかけられやすいように工夫することはコミュニケーションのハードルを下げることにつながると思います。

3.雑談チャンネルの設定

3つ目は,授業とは関係ない雑談チャンネルを用意することです。英語での書き込みに限定して,そこに書き込んだものは授業参加点に準ずる加点として扱うようにするなどの工夫もできるかもしれません。もちろん,日本語での書き込みで良いことにして,英語授業以外のことについて気軽に相談できる場所にするのもありでしょう。このような状況で大学に行けないとなれば,他の専門科目や教養科目の授業についてなどなど情報交換したいのにできないことはたくさんあると思います。それをみんなで共有できるようにする場所を作ることで,授業での活動のハードルが下がるかもしれません。このチャンネルは,教員も参加して教員-学生同士の交流を兼ねてもいいでしょうし,教員はチャンネルから外れて教員の目を気にせず学生に使ってもらうようにしてもいいでしょう。後者の選択をする場合にはより厳密に雑談チャンネルの使い方を示しておかないと,教員が予測していないような不適切な利用がされる可能性もあるので注意が必要です。

おわりに

本記事では,講義型ではなく語学の授業を想定し,その中でも対面授業で学生同士のやりとりを行うような授業スタイルをオンライン授業で行う際にSlackを活用できるのではないかということを書きました。もちろん,リアルタイムチャットとはいえ,教室でのやりとりとは全く異なるやりとりの形です。対面授業と全く同じものをオンラインでも再現しようと思うと,それは土台無理な話です。よって,対面授業とは異なるけれども,その中でも学習者同士がやりとりできる場を確保するにはどうしたら良いのか,という観点で授業の設計を考えることが大事だと思います。その際に,特に使い慣れていない方にはかなりハードルが高いかもしれませんが,Slackは一つの選択肢として語学の授業に活用できるのではないかと思います。私が見ている限り,現在ウェブ上にたくさん公開されているオンライン授業のやり方やツールの利用については講義型や少人数ゼミ形式の授業が念頭に置かれていて,語学の授業についてはあまり情報がないように感じたので,この記事が語学の授業を担当する方々の参考になれば幸いです。

他にもSlackを使われている方のご意見や,こんな使い方もあるのではという情報があればコメント欄にどしどしお願いします。私も実際に授業に実装することになれば,学生に配布するSlackの使い方を説明した資料等をこのブログにアップして共有できるようにしようと思っています。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

注1. Slackの使い方説明については,オンラインで同期型のチュートリアル的なことをやることも考えましたが,おそらく学生はスマホでそれを視聴することになります。そうすると,同じデバイスでSlackの操作をするので煩雑でしょう。全員がパソコンの画面を見ながらスマホ操作できるのであればまだしも,そうではない可能性を考えたらせいぜいが動画を挙げて見てもらうので良いのではと思っています。オンラインでのチュートリアルはわからなかった時にその場で聞けることだと思いますが,人数が多ければ一人一人への対応も難しくなります。資料は各自見てね,ということにしておいて,時間帯を決めてこの時間はリアルタイムでトラブル対応しますので連絡くださいってことでいい気がします。

2020/04/12 追記

donutは1つのチャンネルに24名以下でないと全員のペアリングがされないことがわかりました(今まで24名以下のクラスでしか使っていなかったので気づいていませんでした)。そこで,他にも同じようなことをしてくれるbotを探して,以下のようなものがあることがわかりました。

基本的な仕様は同じみたいですが,donutほど設定の融通が効かないですね。上記3つだとShufflが使いやすそうだなと思いました。

2020/05/06 追記

実際に授業でやってみての課題とかを書きました。こちらの記事もご参照ください。

Slackを授業で使ってみてわかった課題