Prince, P. (2013). Listening, remembering, writing: Exploring the dictogloss task. Language Teaching Research.
フランスの大学での2年間のリスニングコースの担当としてどうやってそのコース設計をしていこうかというところが出発点。最初にとられた2つの策は
(1)multiple choiceやlistening grid(リスニングして表を埋める形式の課題)を採用しないようにしたこと
(2)トップダウン・ボトムアップの両方の処理を含む多様なリスニング課題を用いるようにしたこと
前者の理由としては試験中にカンニング行為てきなものが発生しやすく大人数クラスではそれを監視しづらいということと、選択肢を読んだりそれぞれを比較したりするという行為によって学習者のリスニングのプロセスに影響が出てしまうため。代わりに理解したことを書き取らせるような方法を採用。2点目に関しては、それぞれの処理方法はクリアカットではないもののインプットの処理中は両方を用いて意味理解をするために、トップダウンとボトムアップの処理をさせる課題をさせる必要があると考えたため。
本研究ではとくにディクトグロスという活動が学生のリスニング力に与える影響について扱っている。理論的背景としてはディクトグロスが学習者の口語のL2インプットの知覚的処理を促進するという提案に基づいている(Wilson, 2003)。実践のレベルではリスニング指導は過剰にトップダウン処理をさせるような活動に偏っていたが近年はそうではなく学習者のボトムアップの処理に注目が集まっている(Field, 2008)。ディクトグロスはこの学習者の処理過程の観察に適した活動なのではないか。リスニング指導は、しばしばリスニング力を評価しているだけであってリスニングを指導していないことが多い(筆者注:例えばリスニングさせてcomprehension questionをさせるような場合はリスニングできたかどうかを評価しているにすぎず、学習者のリスニングの処理はみれていないという指摘だと思う)。というわけで、どれだけ聞き取れたかを測定するのではなくもっとリスニングにおいて学習者の理解度をあげるためにはどのような支援が必要なのかということが問題。ディクトグロスをリスニング指導に取り入れる場合にもう一点注意しなくてはいけないのは、リスニングとライティングを同時に行うということによる認知負荷の問題である。
(省略)
(省略)←ここもwwwwwwww
質的・量的の両データともに2ヶ月間に渡って収集されたが期間は別。対象はフランスの大学で応用外国語?(applied foreign languages)を専攻する2回生。リスニングのクラスの他にも文法や翻訳、音声学、文化なども学んだりする課程らしい。
参加者は量的データ52名、質的データ55名。期間が長かったため欠席や授業をdrop outした学生もおり、12回の授業のうち2回以上欠席していない学生のみ量的データの分析対象となった(n=30;M=11F=19で平均年齢20.2)。英語学習歴は平均で9年間。一応1年次の試験はパスしているがそれでも学生のレベルに差は多少あってCEFRでいうとB1からC1+くらい。
用いられたタスクは3種類でセンテンスレベルに特化したもの。初回の授業でこれはディクテーションではないので必要なときは自分の言葉を使ってよいという説明をいれていてボトムアップとトップダウンという2種類の処理プロセスに関しても”the need for constant interaction between perceived phonological input and the top-down demands of plausibility or meaningfulness”を強調しつつ説明し、コースを通してこのことはリスニングのキーとして指導された。
タスクのタイプ
(1)ひとつの意味ユニットに対して1つのキーワードをメモさせる
意味ユニットごとにポーズを置くように工夫。文は2回読まれるが、書いていいのは1語のみで、2回目に新しく書き加えるのはだめ(ただし書いた1語を書き換えるのはあり)。キーワードを書かせたあとにペアで比較してそれらをもとに全文の再構成をさせる。2、7、11週目に学生の書いた文を回収。オンラインの意味処理中に書かせたということではないので産出された文は比較的長めで平均24.7語(意味ユニットでは4つ)。スコアリングは”intelligible”なユニットの数で行われた。完璧にintelligibleなものは1で部分的にintelligibleなものは0.5、スペリングミスや統語のエラーはカウントされず。
(2)リスニングの回数が一度だけ(書き取りありorなしで)
リスニングの機会が複数回あると、学習者はまず一回目で最初から一語ずつ書いていって二回目で書き取れなかった部分を書き足すというようなストラテジーをとったりするので、学習者がその文の意味自体ではなく語にフォーカスするのを防ぐためにリスニング回数を一度に制限。3,7,11週目に学生の書いた文を回収。平均語数は16.6語。スコアリングは正しく書かれた語と音節の数。元の文と意味的に一致していれば正しい語としてカウントされた。(1)同様スペリングと形態統語エラーはカウントされず
(3)未知語を聞いた時の対応をどうするか(意味を推測して自分の知ってる言葉で置き換えさせるトレーニング)
未知語に遭遇したときの方略としては、(a)スルーする、(b)聞こえたとおりに文字に書き起こしてみる(a phonological strategy)、(c)文の意味から未知語の意味を推測し自分の知っている言葉で置き換える(a semantic strategy)というような方法が考えられるが後者のほうがベターで、学習者にトップダウン処理で意味を補わせるトレーニングをさせることで文の再構成が可能になる。というわけで、この活動では未知語をなるべく知ってる語で置き換えるように指導。3,6,10週目に産出された文を回収。2文の中で、出現頻度の低い語を片方の文では後ろの方に、もう一方の文では前方に配置するように工夫。学生にはこの低出現頻度語の位置は前もって知らせた。文の平均語数は15.2語。スコアリングは低頻出語を置き換えた語のcontextual plausibilityで判断(上記2つのタスクと同様に1、0.5、0のスケールで)。
以上の3つのすべてのタスクで課題文は録音されたものではなくその場で読み上げられた。よってそのスピードは多少差はあるが学期末の試験のスピードに限りなく近い95wpsであった。このスピードは通常のスピーチに比べればかなりゆっくりであり、またかなり明瞭に発話するように注意した。
主に産出された文とタスク後の学生とのディスカッションから。
タスク(1)でのintelligible unitは2週目から11週目で2.7から3.8に上昇。
例えば、
When the engineer tried to borrow some money / to start up his own business / he had to ask some old friends from school / because the banks refused.(スラッシュは意味ユニットの区切りを表す)
という文では1ユニットに1語しか書けないので、わずか4語から全体の文の再構成するということになる。この場合書き取った1語がワーキングメモリーに保存された2番目、3番目の語あるいは学習者自身が保持していた語を思い出すキューになる。上記の文の最初のユニットではengineerと書いた学生が34%、borrowと書いた学生が54%で残りの学生はmoneyと書いていた。スペリングがわからないあるいはその語自体を認識していなかったという理由でengineerを書くことを避けた学生もいた。engineerと書いた学生の方がより文の再構成に成功しており、うち74%の学生は続く動詞のborrowを覚えていて、残りの学生はtried to borrowをneededやwantedに書き換えていた。ここで問題になるのは主語と動詞のどちらを書くほうがいいのかということだが学生の感想では一概にどちらとはいえず、両者の意味と関係性による。またコロケーションも重要な要素であり、例えばborrowと書いてmoneyを思い出すほうがmoneyを書いてborrowを思い出すより簡単だという声も。
結論として、学生は意味ユニットの記憶を強めるための意識的な方略としてチャンキングを認識した。
タスク(2)では書かれた語数は平均で10%、音節数は14%上昇。このタスクは、初めはどのような方略がよいのかという指示は一切なしでやった。文を最後まで聞いてから書き始めた学生のほうがそうでない学生より全体の文の再構成がよくできていた。またそのような学習者は不必要な語を削除していた(たとえばHe said he hopedにおけるsaid heなど)。文の読み上げられるとすぐに書き始めた学生は途中で抜け落ちていた。しかしながらすべての学生が「最後まで聞いてから書く」という方略に肯定的というわけではなく、そうすることによって文の始めの方を覚えることができないという意見もあった。どのくらいのアイテムを保持できるのか、そのアイテムを構成するものはなにかというはなしで、関連性のない2語よりは関連性のある2語の方がセットで記憶しやすい。またitems数が同じの場合は語数が少ないほうが覚えやすい。
タスク(3)では平均のplausibility scoreは文の始めの語で0.56から0.74に、文の終わりの語では0.68から0.84に。ほとんど全ての学生が未知語に遭遇したあとにその後の部分に集中するのが難しいとコメント。というわけで、そういうときでもインプットにしっかりと注意を向けさせるためにこの活動はいい。未知語でも、それが意味的なものだけでなくもっと統語的処理に関わってくることもあった。例えば分詞構文における文頭の過去分詞など。それを主語だと解釈したために文の理解が困難になってしまったケースが多かった。しかし、2文目を聞くことにより文脈が補完されて1文目の理解が促進されたということもあり、単文に集中するのではなくテキスト全体(この場合は2文全体)をしっかり捉えるということの必要性が示唆された。
質的データ。リスニングのコースに関する学生の反応と、リスニングスキル一般に対する学生の態度について自由記述の質問紙調査。ディクトグロスに焦点をあてた質問は
- Has the framework adopted in the course (i.e. stressing the interaction between bottom-up and top-down processes) been useful to you; why or why not?
- Has the emphasis on chunking been useful to you; why or why not?
一つ目の質問に関しては、このようなボトムアップとかトップダウンとかを意識したことがなかったという学生が多数で、この質問に答えた34名のうち21名が”useful”と答えており、うち15名は特に文脈や全体の意味に注意を払うことが自分が理解できた語から文を解釈することに役立ったという点に言及していた。
他方、この実験で用いられたリスニング方略が役に立たなかったと回答した13名のうち、その主な理由としては学習者自身のリスニングの仕方を変えるにはいたらなかったというものである。また、教わったことは今まで自分がやってきたやり方と同じでそのことには気づいていなかった(そしてそれは有効ではないと思っている)。という意見もあった。このような回答からは、リスニングのフレームワークに関しては意識的な気づきは必要でないのかもしれないともいえる(教えてなくても自然にやっている例もあったということ)。未知語に遭遇した時にトップダウンの知識を用いるという方法をどのような場合にあるいはどのくらいの頻度でやるのかという問題は結構難しくて学習者の確信度に関係があるはず。また聞いた音をもとに語を書くというのは自然な作業ではあるものの、それを修正したくないという気持ち(自分の言葉で置き換えるのではなく音に依存してしまう傾向)が困難度をあげているということもある。”deep sea fishing”を”dipsy fishing”としてしまったという場合には母音の知覚という問題が絡んでいる。
二つ目の質問にたいしての33の回答のうち25名がチャンキングが有効であると回答。数名の学生がチャンキングは有効ではあるが実際に適用するのが難しいと考えていた。チャンキングをうまく使いこなすために重要なのはキーワードの見極め。キーワードがうまく拾えなかったらそこから再構成するのが難しくなってしまう。チャンキングが有効と認識しているにもかかわらず、文が長すぎた場合にはチャンキングでうまく対応できないという学生もいた。この問題はワーキングメモリーのキャパシティと関連しているだろうがより直接的には熟達度と関係している。つまりは熟達度によって「長すぎる」と感じる長さが違ってくる。高熟達度の学習者は無意識的に文を処理可能な長さのチャンクごとに処理しているが低熟達度の学習者はこれができず結果的に音声のみでは理解できず文字を読まないと理解ができないというような具合に。
ワーキングメモリーの容量という問題以外にリスニングにおいて学習者が抱える困難点。
- インプットの区切りを間違える(illustratesがin the streetsになってしまうなど)
- インプットに対応する語彙を探す際に、L2学習者は出現頻度の高いものを思いつきやすい傾向にある(それがインプットとはかけ離れている可能性)
上記のようなsegmentationとlexical mismatchという2つの問題は、ワーキングメモリーにインプットを記憶する困難さによって悪化する。
実験の結果は語や意味のユニットを書き取ることや未知語の処理に関して学習者の能力が向上したことから好意的に解釈できる。またリスニングのプロセスを処理可能な構成要素ごとに分けることにも学生は前向きで学生の自信も学期がすすむごとに上昇していった。よってディクテーションを用いたリスニング力向上の試みは効果があったと考えられる。
グループがひとつしかなかったので実験で用いられた教材がカウンターバランスされていなかったという可能性。こういう場合にはスコアリングに最低でも2人は必要だった
学生のワーキングメモリー容量のアセスメントがなかったために、実験の結果みられた変化がワーキングメモリー容量があがったことによるものなのかが不明。でもパフォーマンスの向上を見ているのであってなにが原因であるかということが実験の主旨ではないのでそんなに問題でもない。
一番の問題は与えられたインプットのスピードと内容がauthenticではなかったということ。ディクトグロスによるリスニング力の向上がauthenticなinputの処理の際にも有効であるかどうかということや、この実験で用いられたリスニング方略がどの程度他の状況にも転移するかということをみるのもおもしろいだろう。この実験で行われた用にゆっくりはっきり発話されるということはかなりレアなので学習者のよりauthenticな口語の英語の理解度が必ずしもあがったとは言えない。が、それでもとりあえずこの研究で用いられたディクトグロスを利用したリスニング活動は少なくとも学習者にリスニングの処理を意識的に行わせ、その処理がどのような要素で構成されているかというのを理解させる機会は与えている。
リスニングのコース全体としては、本実験で紹介したディクトグロス以外にもauthenticな教材を用いたリスニング活動も行われた。その前段階として、ディクトグロスを取り入れたリスニングは学習者のよりよりリスニング理解への足がかりとなった(以下略
というわけで(以下感想)ディクトグロスというのは文法指導の1つのテクニックとして使われる(フォーカス・オン・フォームという言葉が伴うことも)わけですが、それをリスニング力向上のために取り入れてみましたという実践報告っぽい感じですかね。冒頭の方でディクトグロスはボトムアップうんぬんみたいなことが書いてあったんですが結局やらせていることってトップダウンでキーワード類推とか未知語類推みたいなことだったんじゃないかなという気がしないでもないんですが。オンライン処理中に未知語に遭遇した時に既知の語にどうやってアクセスしてんだろうとかリスニング中に文脈から未知語類推するのがどれだけ簡単or困難なんだろうとかそういうことが気になったんですが。語彙のサイズによるんじゃなないかと思うんですけどね。リスニングっていうのはあまり専門じゃないのであれなんですがまあ先生もトップダウンとボトムダウンてのがあってだなごにょごにょとか言うよりは(それもそれで効果あるとは思うけれどそんなこと言われてもへー。で終わるケースの方が多い気がする)、こうやって実際にいくつかのディクトグロスベースのリスニング活動させて自分がどうやってインプット処理しているのかっていうのを意識的に体験させるのはいいかもしれませんね。これは特に統計検定かけてるわけでもないので結果の一般化はできないわけですが研究の可能性としてこういうのどうかなっていうアイデアとしてはいいんじゃないでしょうか。
そんなところですかね。
なにをゆう たむらゆう
おしまい。