明日埼玉県の獨協大学で行われる全国英語教育学会埼玉研究大会にて口頭発表します。資料はspeakerdeckとslideshareに公開しています。去年熊本で発表したデータ(リジェクトされたのでまだ出版されてませんすみません)とは別の観点で取ったデータを元にして,博士論文研究のベースのさわりにちょっと触れるようなそういう話をする予定でいます。
ちなみに私の発表は1日目の午後14時30分から第5室(302)です。
明日埼玉県の獨協大学で行われる全国英語教育学会埼玉研究大会にて口頭発表します。資料はspeakerdeckとslideshareに公開しています。去年熊本で発表したデータ(リジェクトされたのでまだ出版されてませんすみません)とは別の観点で取ったデータを元にして,博士論文研究のベースのさわりにちょっと触れるようなそういう話をする予定でいます。
ちなみに私の発表は1日目の午後14時30分から第5室(302)です。
NHKのオンデマンド配信で卓球の女子団体戦3位決定戦を見ていた。無料でいくつかの競技のライブ配信や見逃し録画が見られることは知っていたのだけど、月額972円でもっとたくさんの競技の録画映像を見られると知ってポチってしまった(テレビを買ったりネット回線引くより断然安い)。1番の理由は錦織くんの3位決定戦を見ること。マレーに完敗した試合を見てこりゃ無理かなと思っていたけど,ニュースで銅メダルを獲得したというのを見て驚いたし,いったいどんな試合をしたのか見てみたかった(実際テニスの試合はほとんど見たことがなかった)。
それで今日の午前中に録画映像を見ていて、興奮した。2セット目を逆転されて落としてから切り替えて3セット目取ったところとか。その前にマレーに完敗してからの気持ちの切り替えもそうだけど。私はサッカーやバスケなどのチームスポーツをやってきた人間なので,テニスや卓球などの個人スポーツ選手は本当にメンタルが強いなと思う(もちろんダブルスもあるけど)。錦織くんは1989年生まれで学年が1つ下なので同世代として親近感もある。そのあと続けて女子卓球団体戦の準決勝も見た。負けてしまったドイツ戦。愛ちゃんは僕と同学年なので錦織くんより親近感がある。シングルスの3位決定戦で負けてしまった時も残念だったけれど、その思いを胸に臨んだ団体戦でもダブルス・シングルスと落としてしまい,試合後のインタビューでは「責任はすべて私にあります」と言っていた。
3位決定戦では一番手で登場したもののやはり負けてしまい,その後に石川佳純が1-1に戻してからの伊藤美誠とのダブルスで勝ちきった。そのまま流れに乗って4戦目の伊藤美誠が勝って銅メダル。しかしこの伊藤美誠もすごいね。15歳とは思えないメンタルの強さがあると思う。
試合後のインタビューで1番涙をこらえそうになったのは,愛ちゃんが最後にリオ五輪を振り返っての感想を聞かれて,「いい試合もたくさんあったけど、悔しい試合もそれと同じくらいあった。本当に苦しいオリンピックでした。」と答えた場面。シングルスでは自己最高のベスト4でもメダルには届かず,団体戦でも勝負所で勝ち切れなかった。結果的にメダルは取ったけれど,「足を引っ張ってばかりで…」という発言にも,自分のパフォーマンスには満足がいっていなかったことがあらわれていると思う。
アナウンサーもしきりにダブルスを組んだ伊藤美誠との年齢差が12歳と言っていたけれど、チームの最年長であるということも責任感を感じさせていたのかもしれない。僕なんか5個下の後輩ですら色々難しいのだから,いくらスポーツの世界といっても12歳年の違う仲間との距離感とかはすごく難しそう思える。実際はどんな感じなのだろう。
話は変わって,バスケットボール。男子は今大会は出場できなかったけれど,女子が結構頑張っている。AKATSUKI FIVEと呼ばれているらしいのだけれど,そのキャプテンの吉田亜沙美。彼女は私の学年が1つ上。東京成徳高校でプレーしていたのを間近で見ていた。当時から男子ばりのプレーをしていて,東京のスター選手だった。新人戦の代々木第二体育館だったかウィンターカップの東京体育館だったかでプレーしているのを初めてみて,こんなうまい人いるんかいなと思ったのは今でも覚えている。国内のバスケ事情はそれ以降全然追いかけおらず,リオ五輪のニュースで「吉田亜沙美」の文字を見たときに「あの東京成徳の?!日本代表のキャプテンなの?!」と驚いたものだ(ちなみに,同じく学年1つ上で当時国学院久我山の小野龍猛も男子の日本代表だと最近知ってびっくりした)。
女子バスケは結局アメリカ相手に完敗してしまったけれど,前半までは互角の勝負だった(ニュースで先に結果を見てたから,前半の戦いからどうしてあんな点差になったのか不思議なくらいだった)。日本は前半スリーポイントもあたっていたし,FG%(フィールドゴールパーセンテージ)も50%越えてたんじゃないかな。トランジションもかなり早くてディフェンスもかなりファイトしていたから,これ後半まで持つだろうかと思っていたらやっぱり第3Qでじわじわと自力の差が見え始めて第3Qの半分で20点差もつけられてしまった。流れの悪い時にターンオーバーが続いてしまい,そこを確実に決められて引き戻せないくらいの点差がついてしまった感じ。オフェンスも攻めあぐねていてシュートを打たされていた印象。誰かがボールを持っても連動した合わせの動きがなかったし。逆にアメリカは個人技でもチームで崩しても確実にシュートを沈めていて,前半やられていたスリーポイントやピックアンドロールに対するディフェンスもしっかり対応していた。日本は結果的に第3Qで13点,第4Qでは5点しか取れなかった(控え選手を出していたのもあるけど)。最終的なFG%もアメリカが65%に対して日本は34%まで下がってしまった。スリーポイントもアメリカが61%に対して日本は38%。それにしてもアメリカはほんとシュートがうまかった。
そんなわけで同世代の人たちが世界を相手に闘っているのを見ると,自分も上を目指してチャレンジすることをやめちゃいけないなと思うのである。サッカーでもバスケでも,自分はレベルの高いところには手も届かなかったけれど,幸い私のいる世界はオリンピックのように日本の代表選手になるための戦いもなければ,グループリーグの予選も上に勝ち進むためのトーナメントもない。そういう意味ではスポーツに比べたら圧倒的にチャレンジしやすい環境だと思う。体格の差もまったく関係ないし。
などと言っている間にもう8月も半分過ぎてしまった。今週末は全国英語教育学会の発表なので,まずはその準備から…
なにをゆう たむらゆう。
おしまい。
自分の作業用のメモです。
博論の進捗が遅れすぎていていよいよやばくなってきました。そこで,ちょっとでも博論を進めるための作業をやっていて,プログラムの修正も済んだので,あとはプログラムに刺激文を流し込むだけになりました。そこでちょっとした問題発生。あまり詳しいことを書くとネタバレするので書けませんが,プログラムの中で,ある特定の単語数になった場合に処理をするというようなことをやっています。それが刺激文ごとに異なるので,配列変数にその単語数を指定しているのですが,100ちょいある刺激文をいちいち目視して何語目かを数えるとかやってられません。ちなみに刺激文自体はExcelファイルにまとめています。こんな感じで。
Excel上で単語数を数える関数は,ウェブ上で情報が見つけられます。いつも使っているのはこちら。
英文の中の特定の単語までの語数を数えるというのは,分解して考えてみればいくつかの作業に分けて考えることができます。
という感じです。英文に含まれる単語数を数えるのは,上の3つのうちで3の作業になります。この単語数を数えるのはどういう原理かというと,つまりはスペースの数を数えるということです。英文にはスペース区切りで単語が入っているわけですから,スペースの数を数えて,それに1を加えた数が単語の数というわけです。
1は,特定の単語,つまり特定の文字列を探すということです。FIND関数を使うと,指定した文字列が現れる位置を探してくれます。そして,2の文字列の抽出にはMID関数が使えます。MID関数は,文字列の任意の位置から指定した文字数を抽出してくれます。このFIND関数とMID関数を組み合わせれば,特定の単語を見つけて,それより前にある文字列を抽出することができるわけです(参考サイト)。例えば,さきほどのExcelでD2に入っていた
The boy saw the cute girls in the park last week.
という文の中で,parkがtarget語であるとしましょう。そして,target語はF2に入れているとします。すると
=MID(D2,1,FIND(F2,D2,1)-1)
とすれば,parkの前までの単語をすべて抽出できます。
FIND関数で指定した位置からだとその単語の先頭も含まれてしまうので,-1をしています。これで,1と2のステップができました。あとは,この抽出した文字列に含まれる単語の数を数えれば良いということになります。
単語の数を数えるには,引き算を使います。先ほど,スペースの数を数えれば良いと言いましたが,スペースを数えるには,スペースありの文字数(≠単語数)から,スペースなしの文字数(≠単語数)を引けば求めることができます。文字列を数えるのはLEN関数を使い,スペースの削除はSUBSTITUTE関数を使います(上記サイト参照)。先ほどの画像の中でG2に入っているセルの文字列を使うとすると,
=(LEN(G2)-LEN(SUBSTITUTE(G2,” “,””)))
とすれば単語数がカウントできます。ここで注意が必要なのは,通常英文の単語数をカウントする場合は+1をしないといけないという点です。例えば,次のような英文を考えてみます。
He is always shy.
普通英文はピリオドで終わっていて,その後ろにはスペースはありません。よって,単語の数よりスペースの数は1少ないことになります。ですから,数えたスペースに1を足すことで,単語の数を求めることができます。しかしながら,さきほど文字列抽出したときには,ある文字列(単語)の直前までの文字列を抽出しました。指定した文字列は単語であり,英文では単語の前には必ずスペースがあります。つまり,G2に入っている文字列の”the”のうしろには実はスペースが入っています。このため,単語の数とスペースの数が一致しており,最後に+1をする必要がなくなっているというわけです。
ここまでで,target語であるparkの前にある単語の数を求めることができました。もともとの目的は,「parkはその文の中で何語目なのか」でしたから,実は結局のところ,先ほどのものに最終的には+1をすることになります。この+1は,英文中に含まれる単語の数を数えるためにするものではなく,その次の単語(1語後ろ)が全体の何語目かを知りたいから行うということには注意が必要です。
ということで,賛否両論おありかと思いますが,私はガンガン埋め込み派なので,G2というセルに一旦吐き出してから計算するのではなく,LEN関数の中に,MIDとFINDを埋め込んでしまいます。
=(LEN(MID(D2,1,FIND(F2,D2,1)-1))-LEN(SUBSTITUTE(MID(D2,1,FIND(F2,D2,1)-1),” “,””)))+1
どん。
こうすれば,あとはF列にtargetとなる単語を刺激文の数だけ入力してさえあれば,「見つける->抽出する->数える」という3つのステップを表現した上の関数を別の列に縦にコピーするだけで自動的にtarget語の出現位置を計算することができるというわけです。
この方法がわかったおかげで目を細めながら単語の数をひたすら数えるという土方作業をやらずに済みました。ただし博論完成までは程遠いです(白目
なにをゆう たむらゆう
おしまい。
ELT Journalから,PPPいいよっていう論文が出たようです。
Anderson, J. (2016). A potted history of PPP with the help of ELT Journal. ELT Journal. Advance Online Publication. doi: 10.1093/elt/ccw055
今年の全国英語教育学会のシンポジウムでもPPP vs TBLTが取り上げられますよね。タイミング良いというかなんというか。読んだらまたここに追記しようと思います。
なにをゆう たむらゆう
おしまい。
アカデミックな場面で,議論する力を身につけるにはどんな力が必要なのかなという話です。
私は例えばゼミでは,狭い意味で私の研究分野から外れるような発表でも,何かしらコメントしますし,それができないことは研究者としての能力がないことだと思っています。それから,発表資料を作って,わざわざ発表してくれた人に対して,何もコメントがないのは発表者に対しても失礼だと思っています。例えば1対1の状況なら,20分とか時間をかけて話をしてくれた人に対して何も言わないのって絶対あり得ませんよね。それがゼミとかになると普通にあり得てしまう。少なくとも私の参加しているゼミは「1人1回必ず質問」というようなルールはありませんから,90分間何も言わず,その場にいても居なくても同じような存在の人が大半です。例えばM1くらいだと,まだまだ知識や経験が足りないので議論についていけないということもあるかもしれせん。そんなこと言ってる間に修士なんか終わってしまうけどね,と個人的には思っていますけど。
よく聞くのは
というものです。そこで,こういう人たち(多くは後輩,Dでゼミ中に一言も喋らない人ははっきり言ってDの院生としての自覚も足りないし資格もない)が,ゼミでの,または学会でのアカデミックな議論に参加できるようになるためには何が必要なのかなと考えました。
1つは先輩や先生のコメントから,どういうコメントや質問をすれば生産的な議論になるのかを「見て,聞いて,学ぶ」というもの。ゼミ中に出てくる質問やコメントが全て「良い」ものだとは限りませんが,ようするにインプット(肯定証拠みたいなもの)をたくさん受けるなかで学習されだろうという見方。この考え方だと,とにかくゼミに出て聞いてれば自然に学ばれることになると思います。そもそもインプットに注意向けてない(全然聞いてない)というのは論外だと思いますので,ゼミに参加する人はみなインプットをしっかり処理していることを前提としています。つまり,インプットさえあればいいというのが1つ目。
2つ目は,インプットだけでは不十分で,アウトプットの機会がなければいけないというもの。つまり,聞いているだけではダメで,なにかしらのアウトプットを行うことで,次第に能力が身についていくだろうという仮説です。アウトプットすれば,「自分の質問やコメントが的はずれか頓珍漢か」ということは検証できるはずです。もし的はずれなら,「いやそれは関係ない話です」というフィードバックを受けて(実際はもっとやんわりとした表現になるでしょうが),自分の質問が的はずれだったことを学習します。アウトプットすることで,否定証拠を手に入れる機会があり,その上でインプットによる肯定証拠もあるので,それによって内部のシステムが構築されていくと。インプットのみだと,「どんなコメントや質問はダメか」みたいなことはわかりません。もちろん,誰か別の人が頓珍漢な質問をして「それ頓珍漢」みたいなことを言われたというようなやり取りをインプットとして受ければ,否定証拠になる可能性はあります。それでも,自分の思考の過程から生み出された質問に対して受けるフィードバッとは違うのかなとも思います。
インプットだけでいいという立場をとると,インプットを浴び続ければ自然に議論に加われるようになるはずです。逆に,アウトプットが必要という立場だと,とにかくアウトプットを促すような介入が必要になってきます。さてどちらが正しいのでしょうか。個人差もあるかもしれませんね。
なにをゆう たむらゆう。
おしまい。
ひっさしぶりにニコ生見たけど相変わらず面白かった。ひっちゃかめっちゃかだけど猪瀬さんの乱入後からが特に。
【完全無料】《東浩紀×津田大介×夏野剛×茂木健一郎×ひろゆき》【都知事選2016】公示の瞬間まで言いたい事を言う生放送、延長戦!>
なにをゆう たむらゆう。
おしまい。
授業の時間は限られている。だからこそ,その限られた時間を有効に使いたい。それを突き詰めると,授業という場,教師と学生が1つの教室に集まるその場所でしかできないこと,その場所でしかできない学習をさせてやりたい。それが私の教師としての思い。あえて授業の時間を割く必要がない学習については授業外に各自で学習させるようにすればよい。それを予習とか復習とかいう名前で呼ぶのはきらい。家庭学習ならまだいいかもしれない。それから,勉強という言葉がきらい。「勉強させる」ということばはもっときらい。もしかすると,私が語学学習という意味での「勉強」が嫌いだからかもしれない。しかし,私は英語の勉強は好きである。それはlearning Englishではなくstudying Englishであり,to master Englishという目的ではなく,to acquire knowledge “about” Englishという目的のためにするものである。自身の研究のためでもあるし,英語を教える者として言語に関する知識は多ければ多いほど良い。純粋に知的好奇心もある。
ただ勉強だけしても英語ができるようになるわけではない。いわゆる「勉強」ってヤツをしないと英語ができるようにならないと思っている人(教師も学生も)がいるようだが,それだからダメなんだ。大学生にもなってbe動詞もできないからbe動詞を「しっかり」教えようとか,「基礎からもう一度やり直そう」とか,そんなことやってるからダメなんだ。彼らは間違いなく「教わった」はずだ(cf. 文法の明示的指導研究について思うこと)。中学だけでなく,高校でも「基礎からもう一度」とやり直すような授業をやったのかもしれない。ではなぜ,彼らは大学生にもなってbe動詞もわからず,代名詞の目的格もわからないのか。それは教えただけじゃできるようにならないしすぐ忘れるからである。こんな当たり前のことにも気づかないのか。リメディアルという名のもとにくそつまらない文法やり直し問題集を大学向けの教科書にしてる場合じゃない。
どんなに話のうまい先生がどんなにわかりやすい丁寧な説明をしたところで,そこで「わかったつもり」になってあとは忘れるだけである。普通の教師が説明しても身につかなくて当たり前。だいたい教師の説明なんてほとんど聞いてない。必死にメモを取っても忘れる。「英語は教わったように教えるな」という若林先生の名言があるが,私はもっとラディカルに,「英語は教えるな」くらい言いたい。ただこれだと語弊がある(若林先生に教えない教師など必要ない。失格だ。と言われてしまう)。教えるなとは言わない。教えてと言われた時に教えればいい。教えてと言われなければ教えなくていい。少なくとも,説明などしなくてもよい。どうしても説明したいなら紙でも配って勝手に読ませれば良い。教師が教室で話す意味はあまりない。少なくとも,何か別の活動に関連した規則についてその活動のあとに説明するなど,何かしらの活動と関連性がある場合を除いては。もし「配っても読まないし」と言うのなら,それを読まない学生は知りたくもないし教えて欲しいとも思っていないのだ。やはり教えなくてよい。どうしても,どうしても教えたいのなら「どうしたら学生が食い入るように文法説明のプリントを読む状態になるか」を考え,そのために必要な活動をやらせれば良い。それを考えずに上手くもない説明を無理矢理学生に聞かせることになど意味がない。
もうひとつ教える場面があるとすれば,それはフィードバックを出すときである。学習者の産出した言語に対してフィードバックを出すのは良い(もちろん文法項目によっては受容面に関してprocessing instruction的なことをやることにも意味はあると思う)。むしろどんどんフィードバックすればよい(どうフィードバック出すかが問題だが)。そこで教師としての力量が問われる。ただし,誤りが害悪だからフィードバックを出すのではない。学習者の誤りはそれ自体が学習者の中間言語体系を表しているからである。学習者がどのように中間言語を発達させているかを見るには誤りを観察するほかない。それがCorder(1967)の“The significance of learner’s errors”の意味である。学生が何かの目的を持って言語を使う。そして教師がフィードバックをする。そこで発生するのはstudyingではない。learningである。いつまでたっても英語ができないのは,教室で英語を勉強する/勉強させるからだ。教室以外のところでは勉強しても良い。learningのために必要なstudyingならさせても良い。ただし教室内では,英語の勉強はやめよう。そういう授業をやろう。
なにをゆう たむらゆう。
おしまい。
約1年ほど前から,論文執筆はMacでScrivenerを使っています。MBAはほとんど常に持ち歩きますから,研究室以外の場所でもMBAでガリガリ書けるのでかなり気に入っています。そのScrivenerのiOS版が出たみたいですね。MBAを買ってからはiPadは基本的にPDFの論文を読んだりKindleアプリで本読んだり,Duetでサブディスプレイとして使ったりという使い方をしています。そして先日,4,5年前アメリカにいた時に買って,MBAを2013年末に買うまで重宝していた折りたたみ式キーボードが壊れたので,いよいよiPadで物書きはしなくなるなぁと思っていたところです。そこにきてこのiOS版Scrivenerの登場。キーボードがあればiPadの方が軽くて気軽に持ち運べるので,ScrivenerのiOS版をかなり待ち望みにしていた人も多かったのではと思います。Mac版持ってたらFreeとかだったらよかったんですが,iOS版も2400円払って購入しないといけないんですね。そう考えると別にいままで通りMBAで執筆作業ってことでいいのかなと思っています。キーボードも買わないといけませんし。悩みます。
なにをゆう たむらゆう。
おしまい。
Macで人気の文章作成エディタ「Scrivener」のiPhone・iPadアプリが、2016年7月20日に「App Store」でリリースされました。
情報源: Mac向け文章作成エディタ「Scrivener」のiPhone・iPadアプリがついに登場! | iTea4.0
この前長野に行った時,ブルーベリーをもらいました。畑にブルーベリーがあるのです。それで,たぶん500gくらいはあったと思いますが,正直どうすればいいのかわからなかったので,半分は冷凍して,もう半分はジャムにすることにしました。ブルーベリーと砂糖と少しの水だけ。
焦げ付かないようにヘラでかき混ぜながら弱火で煮詰めていきます。
するとこんな感じ。もうこれだけで美味しそうです。
そして,ブルーベリージャムを作ったらどうしてもやってみたいと思っていたのが,ホットケーキです。ホイップクリームとブルーベリージャムでホットケーキとか最高に美味しそうじゃないですか?
どん!
キッチンが暑すぎてホイップクリームがみるみる溶けてしまいキッチンがだいぶ生クリーム祭りになりましたw
ちなみにこのためだけに泡立て器を買いました。本当はもうチューブに入ってて絞るだけのやつが欲しかったんですが売ってなかったので,粉と牛乳を混ぜて作るタイプのやつにしました。それにしてもさすがにホットケーキ4枚は多すぎて(間にもジャムとホイップクリームを挟んでます),胃もたれを起こして胃薬飲んで寝ていました(木曜日)。当分ホットケーキは食べなくてよさそうですw
なにをゆう たむらゆう
おしまい。