作成者別アーカイブ: Yu Tamura

不明 のアバター

Yu Tamura について

第二言語習得の研究者。博士(学術)。英語教育のことや統計・データ分析に関わること、趣味のサッカーのことなどについて書いています。

glmerからのlsmeans

RでGLMMするときに使うglmer関数。要因の水準が3以上になると,どうしても多重比較したくなっちゃいますよね。けれど,デフォルトでは全水準の総当り比較はできない。そんなときにはlsmeans関数が便利です。ところが,glmer関数の出力結果をいれた変数を使ってlsmeans関数に渡してもなんかエラーメッセージが出てしまいました。

Error in format.default(nm[j], width = nchar(m[1, j]), just = "left") : 4 arguments passed to .Internal(nchar) which requires 3

こういうやつ。Rでエラーメッセージが出て,その原因がよくわかんなかったらもうそのエラーメッセージをそのままコピペしてググってしまうと。そうするとたいてい同じ悩みで困っている人の書き込みとかがヒットすることがしばしばあります。

するとこのサイトがヒット。

Error in R lsmeans() function: Error in format.default(nm[j], width = nchar(m[1, j]), just = “left”)

この掲示板の書き込みを見てみると,どうやらRのバージョンが古い(R3.2.0以前)とこのエラーメッセージが表示されるらしいです。なんか根本的な解決にはなってないような気もしますが…

とはいえ私もR3.2.0ユーザーだったので,これを気に新しいRをインストールすることに。R.3.3.0が最新らしいです。最新のに変えると今まで使ってたパッケージに不具合が出たりすることがあって不安でしたが,実際にRのバージョンを新しくすればglmerのあとに多重比較ができました。

fit1<-glmer(RT ~presentation*condition+ (1|subject) + (1|item), family = Gamma (link= “identity”), data=dat,glmerControl (optimizer=”bobyqa”)

lsmeans(fit1, pairwise~condition|presentation)

こんな感じ。

要因の順番は,多重比較したい要因が先にきます。つまり,上の例だと,condition条件の多重比較をpresentation条件ごとにやるという感じです。逆にすれば,presentation条件の多重比較をcondition条件ごとにやることになります。

もちろんコーディングを変えて全条件の組み合わせをつくればlsmeansとかしなくてもglmerだけで大丈夫ですし,例えば1, 2, 3と水準があったときに,1と2,3をまとめた水準を比較して違うか調べたいときとか(例えば英語母語話者が1で日本語母語話者が2, 韓国語母語話者が3で,母語話者群と学習者群が異なるか調べたいとか)には,やはり自分でコーディングを変えないといけません。カテゴリカル変数のコーディングの違いについてはこのサイトがわかりやすいです。

R Library: Contrast Coding Systems for categorical variables

しかしもはやこれでANOVAする必要が本当にないのではないかと…

 

そういえば,ついにdplyrの基礎がわかってなにこれめちゃ便利って感動したのでそのこともまた書きます。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

モデルの提示と意味交渉

学生と英語でやりとりをしていて,正しい形をどう示せば良いのか,また,それと同時にどうやって意味のやりとりをすればよいか,悩ましく感じることがある。

学生同士の交流を目的に,相手のことを知るための質問をたくさんするというようなことをやった時のこと。

沈黙しているペアがいたので,割って入った。

例として与えていたインプットの中に、”Do you like coffee?”というのがあった。

それで,以下のようなやりとりになった(Tは私でSは学生)

T: Do you like coffee?

S: No

T: Oh, you don’t like coffee?

S: えっ,You don’t like coffee

私の意図はいわゆるcomprehension checkのようなものだった。それにもかかわらず,学生は私の発話を修正フィードバックだと受け取ったようで,おうむ返しで私の発言をそのまま繰り返した。

私の言い方がなにか誤りを暗示してしまったのかもしれないが,そんな意図はまるでなかったのでこちらがむしろ驚いた。リピートアフターミー病(いま作った)というか,教師の発話は基本的に正しい形を与える役割で,それをそのまま繰り返せば良いという訓練の成果なのだろうか。

確かに,「なんていうかわからん」と聞かれれば正しい形を与えることもしばしばある。もしかすると,教室内で教師と学生が英語で意味のやりとりをしなければ,上の例のようにモデルの提示的な発話と,単なる意味のやりとりを取り違えたりする必要はないのかもしれない。しかし,有意味なやりとりが圧倒的に足りないほとんどの学生にその機会を保障できるほとんど唯一の場所が教室内であるとすれば,できる限り英語で意味のやりとりをしたい。それが私の英語教師としての信念である。

先ほどの続きは

T: No, no. I just repeated what you said. You did not make a mistake. Okey? So, you don’t need to repeat after me.

S: あっ、なに、そういうこと?はいはい

といった感じ。

続けてちょっとしたギャグで”Do you like beer?”と同じ学生に聞いた。

T: Do you like beer?

S: えー!笑 まだ(20歳じゃないから)飲めんし。(隣のクラスメイトに対して)なんて言ったらいいの?No drink?

S2: can’tじゃない?

T: I know, haha. You can’t drink.

S: You can’t drink.

T: No, no. For me(自分を指して), YOU(学生を指差して) are you, but for you, you are I, so you say “I can’t drink”

S: あー,I can’t drink.

この場面では,「なんて言ったらいいのか」という状態の学生に対して、私は意味のやりとりを続けながらcan’tの使い方(can’t drink)を提示した。私から見れば話し相手の学生は二人称なのでYouとなり,”You can’t drink”と発話したわけだ。それを学生は「”You can’t drink”といえば良い」と勘違いしてしまい,そのままリピートアフターミーしてしまったわけだ。

私がここで、”You should say, ‘ I can’t drink'”と言っていたらよかったのかもしれない。それをそのまま繰り返せば良いからだ。しかしこれではいつまで経っても教師の言ったことをそのままなにも考えずに繰り返すことにしかならない。私の発話が単純な意味交渉の機能を持つことはいつまでも学生に伝わらないし,そうでなければ私の発話の意図や意味内容を理解しようとはしないだろう。

彼らにとって,教師の発話する英語の意味を理解して会話しよう(仮に返答が日本語であっても)という経験が圧倒的に足りないのだ。

私の昨年度までの経験では(あくまで経験)、これも慣れの要素が多分にある。英語が苦手な学習者であっても,英語で話しかけられる経験を積めば積むほど,私の発話が意味のやりとりを目的としていることを理解し(というより私の発話内容により注意を向けるようになり),リキャストのようなフィードバックを出してもおうむ返しをしたりはしなくなったと思う。例えば,過去の出来事に対するライティング課題中のやりとりで

S: センセー私この前温泉行ったんですよー(worksheetにはI go to hot springと書いてある)

T: Oh, you WENT to a hot spring? Where?

S: あーyes, yes I went to Gifu

のような感じである(確かこんなやりとりがあったと記憶している)。教師としては涙ちょちょぎれる(死語?)ような美しきアップテイクである。

ただし,先ほどの例と違うのは,この例の学生はそもそも最初から私と意味のやりとりをしようとしている点である。

どうしても机間巡視している最中は,意味交渉とモデルの提示が入り混じることになってしまうので,混乱を招きやすいのかもしれない。しかしだからといって,ブレイクダウンが発生した瞬間に日本語に切り替えるようなことはしたくない。諦めは大事だが、意味交渉とはブレイクダウンが起こった時にこそ発生するものであるし,私の試行錯誤で彼らにとってのcomprehensible inputを提供できるか否かが決まるわけなので,プロとしてその技を常に磨きたい。

さてあと残り12回しかない授業がどうなるか。毎週火曜はネムレナイ
なにをゆう  たむらゆう。

おしまい。

Kobe引退

「有終の美を飾る」とはまさにこのこと。僕はどちらかというとAllen Iversonのファンだったけれど。中学時代にNBAをよく観ていた時よりスピードやキレは衰えているけれど,ペネトレイトやジャンパーが本当にうまいね。タイミングをずらすのがうまい。彼みたいなプレーをしたいと思って色々真似したこともあったなぁ。

机のない教室

非常勤の勤務先が新しくなり、今日が初めての授業だった。学生に色々動いてもらうことが多いので、机のない椅子だけの教室を使わせてもらうことになった。机と椅子が一体型で、さらにキャスター移動できるもの。人数も20人くらいでとてもやりやすいのだが、机のない教室で授業をやった感想などを書いておこうと思う。

講義用で3・4人が一緒に座る固定式の机のだと、ペアやグループで学生を動かすのが難しいというのはよく聞く話。固定式の長机はとくに英語の授業のように、時にワイワイやる授業向きではない。小中高のように、1人に1つ机と椅子がある教室だとそれは回避できる。昨年度まではそういう教室で授業をやっていたし、特に不満はなかった。

机が椅子にくっついているものは、机のスペースが狭く、それはそれで嫌いという人も結構いるかと思う。私が授業をやった教室にあったものは通常の木版の机と比べると8割程度の机の面積といったところだろうか。そこまで書くスペースが狭くて作業しづらいということもなさそうな感じだった。

教師の視点で、1番やりやすいなと感じたのは、机間巡視のしやすさ。もちろん教室の広さと机の数の問題ではあるのだが、それぞれの学生の周りをスイスイと移動できて楽だった。3コマ目となると自分も疲れてくる。そんな時には余った椅子に座ったままで机間巡視したりもできるという素晴らしさだ。若いヤツが何言っとると言われるかもしれないが。しかし、座ったままの移動はもうひとつ良いところがある。それは、学生と常に同じ目線で話ができることだ。立っていると、少し腰を折ったり中腰になっても、座った学生と同じ目線の高さで喋るにはスクワット状態になる必要があるのできつい。そしてしゃがむと立つのがつらい。私は椎間板ヘルニア持ちで、20代前半でベッドから起き上がることすらできないほど悪化して入院した経験が2度もあるので腰も労わりたい(言い訳)。座りながらスイスイ移動する机間巡視オススメです。

また、教科書をまだ買っていない学生などがいて移動してもらう場合にも、立ったりせずに座ったまま、前に、横に、後ろに、さらにはナナメ移動なんかもできた。今回はなかったが、4人グループにする際も机の向きを変えたりせずに向かい合って座りつつ、目の前には机もある状態が作りやすい。さすが、グループ学習用というだけはある。行列をまたいだ移動も、周りが少しずれれば簡単にできる。早く終わった学生に、まだ終わっていない学生をヘルプしてもらうときなども、スイスイと移動してもらえる。

今のところ、私としてはとても授業がやりやすかったという感想しかない。学生がどう思ったかはわからないが。

私は基本的に前で話す時間を極力短くしたいし、できればサポートが必要な子の近くで気にかけつつ話したい。もちろん、全体を見るには前にいる方がいいのだが、前にいて気づいてそこに行くよりもグルグル回っていた方が気づけることが多いというのが個人的な経験則(未熟者の証し?)。

ただし、今年度は教科書付属のCDを使う必要があるので(使わなくても自分がやればいいのだが)、どうしてもその操作で前に行かなくてはならない時間ができてしまった。しかし、そういう聞き取りやディクテーションの時こそ学生を近くで見ていたいのだ。教室にある音響設備ではそれができない。そこで、中学で教えていた時に重宝していたBluetoothのスピーカー(今は部屋でたまに音楽を聴くときに使っている)を教室に持ち込もうかと思案中(運ぶのがしんどいが)。スライドをめくるのはプレゼンマウスがあればよいし、音源をiPhoneに入れればもう私は自由の身である。

ということで、もはや自分の定番になりつつある英語しか話せないフリをして1時間弱授業をやった。私自身の自己紹介をインプットタスク風にやったあと、それを真似していくつかの質問に答えながら自分の自己紹介を書いてもらうというもの。

最初は「まじかよ」「うーわ」みたいな反応があるが、最終的にはみんな一生懸命にやってくれたのでこちらも助かった。「ネタバラシ」をしたときの学生の様々な反応はどのクラスでも面白い。目をキョトンとさせたり、やられたぁ〜という表情を見せたり。

今年はインプットだけでなくいかにインタラクションできるかを目標にやっていこうと思っているし、いつも以上にゆっくり、意識的にパラフレーズをふんだんに使って話すことを心がけてやっていく予定。またどこかで実践報告できればと思います。
なにをゆう   たむらゆう。

おしまい。

Diffusion model

草薙さんが最先端いってると思っていたらついにL2研究でもDiffusion modelを取り入れる研究が出てきたか。いやーしかしこれはついていくのしんどいな…


 

情報源: Bilingualism: Language and Cognition – Visual word recognition in a second language: A test of the lexical entrenchment hypothesis with lexical decision times – Cambridge Journals Online

名古屋大、文学部と工学部を再編 17年度から

おやおや。もうニュースになっていたのか。記事のタイトルは学部の話だけど,文系の研究科の再編の話もある。研究科がなくなるとは聞いていたけど,研究科がなくなるというよりは僕らの専攻(国際コミュニケーション専攻)が国際開発研究科から切り離されるということなんですね。もともと色々あって今の形になった(国際言語文化研究科と別れた)とは聞いていたけど,それもまた戻ることになるって感じなのかしら。

情報源: 名古屋大、文学部と工学部を再編 17年度から:社会:中日新聞(CHUNICHI Web)


 

ちなみに,名大の発表した資料はこちら(リンク先直PDF)。今まで独立研究科だったから,学部からそのまま上がってくるということはなかったわけだけど,人文学研究科になると,学部からあがってくるというケースが出てくるのかな。それはそれで楽しみ。私は予定では,平成29年度の1年間しかいないと思うけれど,今後のことも考えるといいことなのかな。PDF資料の10ページ目,「特色②言語学分野の結集」のところに,「国内外でニーズの高い言語学・応用言語学分野の人材育成」というのがある。そうなればいいけれど。

スライド13枚目の図を見ると,国際コミュニケーション専攻の中で,言語系のコースは「文芸言語学コース」に統合されるということかな。

まだ文部科学省と協議中とのことで,正式な決定ではないみたいだけど,ほぼ決まりであったとしても微細な修正なんだろう。

なんにせよ,今よりも研究の環境がよくなることを願うばかり(今でも充分良い環境だけど)。

なにをゆう たむらゆう

おしまい。

「落ちたら国際誌」

タイトルの意味は,まずは国内のいわゆる「全国誌」といわれるもの(e.g., 全国英語教育学会のARELE, 外国語教育メディア学会の機関誌)に出して,もしリジェクトされたら国際誌に出すというもの。

この志向がいいのか悪いのかはよくわからないが,ARELEに落ちた論文をLanguage Teaching Researchに載せた先輩がいるとこういう考え方になるのかな。

論文の内容によっては国際誌—といっても幅広いが—の方がマッチするというケースもあるように思う。特に私の(メインの)研究なんかは,国内誌で大きいところに出すのを躊躇するような内容だったりする。心理言語学系のジャーナルは国際誌だと結構あるので。国際誌はコワイから出さないということもあるのかもしれないが,落ちたら落ちたで別のところに出せば良いし,選択肢は1つだけじゃあない。そして,なにより分野が近い人に査読してもらえることの方を重視する。リジェクトされて元気が出るような研究者は—よっぽどのMっ気がない限りは—いないと思うし,誰だってそのときはへこむだろう。しかしながら,論文をpublishし続けている人は,その裏でリジェクトだってもらっていると思う。それでも出し続ける強さがないと—そしてそれは研究者として大事な素質だと思う—,コンスタントに論文を書くのは無理だろう。その点で,「落ちたら国際誌」の志向は相当強い。ただの若気の至りかもしれないが。

この勢いが,あと30年続くかどうか(40あたりで歳下に尻を叩かれたり論文を全然書いてないけど査読するようなオトナになりたくない)。問題はそこ。

なにをゆう たむらゆう

おしまい。

Nagoya.R #15発表資料

Nagoya.R #15の発表資料をslideshareにアップロードしていたのですが,どうもうまく表示されないので,speakerdeckにもアップロードしました。こちらだと正常に表示されるようです。

教えていただいたlangstat先生ありがとうございました。

なにをゆう たむらゆう

おしまい。

別れの季節

僕が追いかけた先輩が2人,名古屋を去ることになりました。もちろんとても前向きに。

「なんで名大にしたの?」

「なんで山下先生ゼミに入ったの?」

僕が名古屋に来てからよく聞かれる質問でした。この2つの質問の答えは,

「草薙・福田という2人がいたからです」

と言っても過言ではないでしょう。それがなかったら名古屋にも来ていないだろうし,博士後期課程に進学しようとは思わなかったいうのは事実だと思います。

今になってそんなこと言ってるようじゃダメだという自覚はあります。それでも,2人になんとかして追いつきたいと思って,頑張ってきた(つもりの)2年間でした。結局,2年間では2人の背中も見えませんでした。

なんとか引っ張られてここまではやってこれたものの,これから自分がそうやって引っ張っていけるのかどうかは自信がありません。特に,最近では色々な場面で自分自身の力不足を痛感させられることが少なくありません。本当に死ぬ気で頑張らないと,この先屍になるかもしれません。名大の1つの時代が終わったって言われないように(それはまぎれもない事実だとしても),もっともっと頑張らないといけないなという責任感みたいなものを勝手に感じていますし,そうでなくてもこのままではまずいという危機感がとてもあります。

一年のうちの8割くらいを毎日2人と一緒に過ごして,「名大は全寮制」というのもあながち嘘ではないほどの濃密な2年間でした。

そんな2人と同じ研究室で,たまにくだらない話もしつつガリガリ研究するということが,この先はもうないのだと思うと,正直寂しいです(泣いてない)。この先の付き合いはこれまでもずっと続くにしても。

それぞれに違う場所に行く側も,仲間に囲まれた環境ではない場所に行くのは寂しいという気持ちがあると思います(ちょっとでもあってくれなきゃ困る)。でも,2人のいないところで研究する残された僕も,同じくらい寂しいです。

草薙さんにはたくさんのことを教わりました。共著の論文もいくつか出版することができました。彼が修了する年に,彼が追いかけ続けた明示的・暗示的知識に関わる研究の論文を書きました。彼がたどり着いた1つの結論に関わる論文を,彼がこだわり続けた全国英語教育学会の紀要に載せることができたのは嬉しいですし,ホッとしています。

逆に心残りなのは,僕が名古屋に来てからの2年間では,「田村・福田」という順番で,論文を1本も出せなかったことです(口頭発表はありますが)。同じ名古屋大学という所属の間に,そういう論文を書けなかったのは本当に自分の力不足でした。そういう意味では,もう少し時間はかかるかもしれませんが,今投稿中の共著論文は何が何でも今出しているところに載せたいですし,いま執筆中の論文もあきらめずにやり続けたいです。それが僕にできるせめてものことかなと思います。

こんなことを言っていると,名大は大丈夫かと2人とも心配すると思います。もう言いません。

心置きなく新天地で活躍してもらうためにも

Everything is gonna be ok. Trust me.

なにをゆう たむらゆう

おしまい。