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Yu Tamura について

第二言語習得の研究者。博士(学術)。英語教育のことや統計・データ分析に関わること、趣味のサッカーのことなどについて書いています。

文法項目別に配列されたインフォメーションギャップ活動が載っている本知りませんかという質問(回答:知りません)

はじめに

Querie.meでいただいた質問シリーズ。回答遅くなってすみません。

質問

中学校・高校の英文法指導で、インフォメーションギャップのある活動を行いたいのですが、文法項目別にそういったアクティビティが配列されているものはご存じでしょうか? 日本語で書かれたもの、英語で書かれたものどちらもご存じでしたら教えてください。 先生が執筆されたテキストも熟読のうえ使わせていただいているのですが、タスク型(文法対応にはなっていない)ところ、まだ私は使いこなすことができていません、、、。 お手数ですが、ご回答いただければ幸いです。

回答

一言でいうと,知らないです。本屋さんに行くのが一番いいと思います。

ただ,それだけだとすごく冷たい感じになるのでもう少し。

まず,そのインフォメーションギャップのある活動をなんの目的でやろうとしてるのか考えてみてほしいです。インフォメーション・ギャップがあることをなぜ求めているのか,という点も含めて。文法指導の一貫なのはそう書かれていらっしゃるので自明として,文法知識のどの側面を学習者に学んでもらいたいのか,あるいはどういうスキルを伸ばしたいのか,というか。どの文法項目についても一律に同じようにインフォメーション・ギャップ活動を仕掛けて,特定の項目を学習者の口から頻発させたいという欲望が感じられると(質問者の方がそうだとは断言しませんが),私としてはめちゃくちゃ違和感あるんですよね。文法ってそういうものだったっけ?というか。どういうシチュエーションでどの文法を使うのか,ということを考えさせること(その逆も然り)だって,何回も口から出すことと同じかあるいはターゲットの文法によってはそれ以上に大事なはずなんですけどね。とか言っていると,亘理先生がやってきそうです。そうだ,亘理先生の文法(指導)関係の記事もぜひ読んでみてもらいたいです(最近はあんまり文法指導だけをテーマにした記事はないかもですが)。私なんかよりも圧倒的に文法指導に見識があると思います(もしかすると御本人はそういう英語教育寄りのところから今後の研究者としてのキャリアの軸足を移そうとなさっているところもあるかもしれませんが)。

文法の練習させる活動って,その文法自体の何を練習させたいのか,意味・形式・機能のどこにフォーカスさせるかも関係している話ですし,正確さに焦点をあてたいのか,あるいは流暢さに焦点を当てたいのか,という選択肢も活動の選択には関係してくるでしょう。そういう意味では,文法それ自体への理解を深める意味も込めて、The Grammar Bookを読んで、章末のアクティビティから着想を得て(そのままやるということではなく,そこをヒントにするということです),活動を設計する,というのもありかもしれません。

私自身は,もちろん環境もありますけど,なんらかの文法をターゲットにして活動しようというニーズがないので,文法項目別に並んでいる本のことはわからないです(教材集めが趣味でもないし,最近は特に英語指導に関する実践的な興味は昔より薄いです)。昔は高島先生の本とかありましたけどね(あそこに掲載されてるやつが全部面白いかは別ですが)。私が持っているいわゆるアクティビティ集(Activities for Task-Based Learning, Discussions and more, New ways in teaching speaking)を見てみても,文法項目別になっているものはありませんでした。『コミュニケーション・タスクのアイデアとマテリアル』がそうしているように,targetになりうる文法項目が書いてある,という例はありましたけど。『コミュニケーション・タスクのアイデアとマテリアル』は,書名やまえがき(本書の背景と構成,活用方法),第1部から明らかなように,「タスク」を提供しているわけで,文法指導のアクティビティ集ではありません。ただ,それぞれのタスクに「言語表現」というセクションがあり,このタスクをやるとこういう言語表現の表出が見込まれる,という記述はしてあります。その部分をp.258以降で逆引きできるようにもしています。ただし,その言語表現を使わないと絶対に課題が達成できないというものではありません。そういう課題をやることは,コミュニケーション活動を通して文法学習(指導)をすることにはならないのか,というところは意見が分かれるところかとは思いますが,私は,そういう課題を通してでも文法の学習・指導は可能だし,何ならコミュニケーション活動と文法指導を完全に分離してモジュール型のカリキュラムにしたっていいとすら思っています。

私としては,ある特定の文法(そして多くの場合その特定の文法項目は一つ)が頻出するような課題は実際のコミュニケーションとは乖離が生じる可能性が高いと考えています。というか,そのパターンで全部の文法項目の指導ができると思わないほうがいいというか,そういう発想の転換が求められるというのは間違いないと思います。

あとは,anfieldroad先生のブログを調べて探してそこからアイデアを得るというのもありうると思います。個人的には,anfieldroad先生のNewsletterに登録して文法指導関係のコンテンツを片っ端からインプットすることもおすすめしたいです。文法ターゲットにした活動って基本つまらなくなりがちなイメージがあって,変にコミュニケーション活動「らしさ」求めると特にそうなりがちなんですが,anf先生の活動は面白いなぁというのがやっぱり多いですよね。なにより,anf先生自身が「文法の練習」を面白くしたい,という狙いで構想しているのが良いです。

おわりに

あまり有益な回答できなくてすみません。

質問したい方はどうぞ。

https://querie.me/user/tam07pb915

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

学会事務局仕事をちょっと楽に

はじめに

最近,Claudeに「学会事務局業務」というプロジェクトを作って,いろいろな業務を助けてもらっています。Claudeはプロジェクトという単位でチャットをまとめてくれて,そのプロジェクトに特有の指示や情報を与えられるので重宝しています。

よくやっているのは,

  • メールの返信文面を考えてもらう
  • 生HTMLで構築されたウェブサイトのページを更新する(コピーして新しく作り直す作業も含む)
  • ページの英語版を作る(<-半ば勝手にやってる)

一番最後の英語版については,役員表の英語版を作るのが地味に面倒で億劫だったのですが,日本語ページのソースコードを渡したら9割くらいはできていました。所属先の英語名もほぼあっていて,漢字の読み方がちょっと違うくらいでそこは手作業で修正しました(もしかすると間違っているところがあるかもですが)。今回は,「メールテンプレにcsvからの情報を流し込む」という話。

メールテンプレにcsvからの情報を流し込む

私は学会事務局で,学会発表の申し込み後,審査を経て結果を応募者にメールで通知する際に,今まではメールのテンプレだけは作っていました。そのテンプレに応募情報や審査員のコメントなどの情報ちまちまコピペしてメール送る,というようにやっていたんですね。別に件数もそんなに多くないので手作業でもまあいいかみたいな。

ふと,Claudeにこういう作業って楽にならないんですかね?と相談してみたところ,Pythonのコードを作ってくれました。私はPythonは触ったことはあるのですが,自分で実用レベルでは使いこなせないので,Pythonコードを動かすのはちょっとハードルが高いと思っていました。しかし,Claudeはコードの実行まではできません。そこでChatGPTにPythonコードの実行をお願いしたところ,ほとんど私が求めているような形で,申込情報と審査コメントの入ったcsvファイルから自動的にメールを作成してくれました。いやーこれは助かります。多少の微修正は必要でしたが,これまでの作業よりは圧倒的に楽だと感じました。使い回せるし,他の同じようなメール作成にも転用できそうな気がしています。もっと早くやってたらよかったなと今更ながら思っています。

おわりに

なんとなく,こういうことも書いておこうかなと思ったので書きました。

なにをゆう たむらゆう。
おしまい。

乳幼児3人子育てしていてなかなか研究が進められないというご相談

はじめに

Querie.meでいただいた質問への回答シリーズです。長文の回答ではないですが,なんとなくブログに残しておきたいなと思ったのでこちらに書きます。

質問

はじめまして。私は4年前に英語教育の修士号を取得し現在4コマの大学非常勤をしている30代です。乳幼児3人子育てをしており、なかなか研究を進められません。今後、任期付きの仕事か博士後期に進むのか将来分かりませんが、いずれにせよどのように研究を続ければよいかアドバイスいただきたいです。今は大学紀要論文をなんとか書き進めてるところです。

回答

質問ありがとうございます。乳幼児3人の子育てに加えて非常勤4コマ担当されているなんて,それだけで尊敬に値します。私は育児休暇を取得して,仕事量を大幅にセーブしたうえで(継続している研究プロジェクトや学会業務はほそぼそとやっていたのでゼロにはなっていませんでしたが)子ども一人育てるのだけで精一杯ですから。

質問者の方は子育てと非常勤に加えてさらに論文も書かれているなんて,それだけで研究やってる人だと私は思いますよ。国際ジャーナル,学会紀要,大学紀要など媒体は関係なく,亀の歩みでもやり続けること,書き続けること,それ以外に研究を続ける方法はないかなと私は思っています。私も就職してから常に研究ができていないという悩みを抱えながらここまでやってきています。自分は超人ではないし,人と比べて何かに優れているわけでもないし,それでもやっていくためには,とにかく「やめないこと」それしかないなという気持ちでいます。大学院博士後期課程時代に,私の先輩はこんなことを言っていました。

研究者は自分で自分を「書けないタイプ」とみなしたら終わり

せいぜい「たくさんは書けないタイプなだけ」とか「今はまだ書けないだけ」と思うこと

このことは折に触れて思い出すようにしています。

書く,ということに関していうと,書きかけのなにかがあるならとにかく毎日そのファイルを開いて目にいれる,ということを意識しています。あとは,文献を読んでいなかったら論文を書くどころか研究のアイデアすらも浮かばないと私は感じているので,やばいなぁと思ったらとにかく読むことですよね。また,学会に行くのも自分の思考が刺激されてアイデアが浮かぶことがよくあります。そうやって,ほそぼそとでも続けていくしかないなというのが今私自身が思っていることです。子育てしながらだと,自分の時間もなかなか取れないし,決まった時間に何かをしようとしてもそれが継続して習慣的にできるようにはなかなかならないですもんね。この部分に関しては私もまだ自分の中で最適解のようなものは見つけられていません。むしろ,私のほうが3人のお子さんを育てながらどうやって論文書く時間を作っていますか?とお伺いしたいくらいです。

最後に,もし博士後期への進学を検討されているのなら、ぜひ関西大学外国語教育学研究科も候補にしていただけたら嬉しいです(宣伝)。事前の申請は必要ですが,リモート履修制度というのもありますので,遠隔地から授業を履修して課程を修了できます。

https://www.kansai-u.ac.jp/fl/graduate/

おわりに

一緒に頑張りましょう。

質問したい方はどうぞ。Xのフォロワーが1000人超えたので有料質問も受け付けられるようになったのでその選択肢も出してますが,無料でも全然答えます。有料になったら気合いがもっと入ると思いますけど。

https://querie.me/user/tam07pb915

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

Obsidianで「やったことリスト」をつくる

はじめに

私は何年か前から,「やることリスト」や「To Do List」ではなくて,「やったことリスト」をつけるようにしています。

ToDo(やること)リストじゃなくてDone(やったこと)リストをつけよう

2つの記事のうち下のものは10年以上も前に書かれているので,アイデアとして何か目新しいわけではありません。なんでそれやるの?みたいな話の詳細は上の2つの記事をお読みください。私はとにかく,「なにかやった」ということを日々積み重ねていってそれを可視化したい,というのが大きいです。「いや〜今日は何もできなかった」という日でも,ノートを書くために一日を振り返ってみたら,「仕事をしないぞ。休むぞ。」と決めた日以外には絶対に何かやってるんですよね。「あ,何もやってないと思ったけどなんかやってたわ。」と(自己肯定感下がらない)。「てか意外に結構やってない?」と思う日もありますし。一日にやってる仕事の数が多すぎて,こんなリスト書いてる時間がもったいないよと思っちゃう人もいると思いますけど,そういう人は別にこんなことしなくても自己肯定感下がったりしないと思うし必要のないことなので,関係のない話かなと思います。私みたいに,「ああ,私は仕事のできないダメ人間だ」という気持ち(になったりすることがある)人の参考になる可能性があるかもしれないということでこの記事を書いています。ぜひ試してみてください。

さて,この記事では,Obisidanを使って「やったことリスト」を実現する方法を紹介します。

以前はEvernoteでやっていた

リストをObsidianに移行する前は,Evernoteに一つの「やったことリスト」というノートを作って,そこに毎日日付の見出しを作ってからチェックボックスで消していく(あえてチェックボックスにするのが個人的には重要)というようにしていました。このノートはホーム画面にピン留めしておいて,Evernoteを開けば常に見れるようにしていたというわけです。

Evernoteは値上げをどんどんしていて,Evernote離れしている人も増えていますが,私個人としてはWebクリッパー(この用途では10年以上使っています)や紙関係でスキャンしたものの保存先として多用しているので,利用を辞めることはおそらく今後もないと思います。ただ,研究関係のメモをObsidianに移行してからは,Evernoteを開く機会自体が結構減ったんですよね。結果として,Evernoteを開くのが面倒だからリストを作るのも面倒で,さらには毎日日付を自分で書くのも面倒だなと思い始めてしまったのです。

日付書くの面倒問題以外でも,リストにちょっとしたメモを残したりできたら便利だなと思っていました。次はこういうふうにやり方を変えようとか,これの続きを次にやるときはこっからスタートだよとか。そういう余白みたいなのがないんですよね。一つのノートだと。となると,毎日のノートが独立していたほうがいいんです。最近Evernoteでもデイリーノートが作れるのを知ったので,Evernoteでも解消できるかもしれませんが,研究関係のものが常に目に入るようにするためにもObsidianは常時開くようになっていたので,Obsidian上でやったことリストができないかなと思い,実際にやってみたというわけです。

自分が理想としていたリストの作り方

いろんなやり方があると思いますが,私が思い描いていたのは次のような仕組みです。

  1. ワンクリックでデイリーノートを作れる
  2. デイリーノートにはテンプレとしてタスクリストがすでに記入されている
  3. 毎日のデイリーノートが「やったことリスト」という名前の別のノートに自動的にリンクされる(やったことリストからデイリーノートにジャンプできる)
  4. リンクされるのは「リスト部分」だけで,見出しが日付,その下にリスト,という見え方になる
  5. 新しいリストは常に上に追加される

おそらく,1のところはコアプラグインの起動時にデイリーノートを開くという設定をONにすれば,クリックすらせずにデイリーノートが作れると思います。ただし,私の場合は毎日の日記というよりも「仕事」メインなので,仕事をしない日にはデイリーノートを作る必要がありません。むしろそれで作ってしまうと,デイリーノートがあるのに何もやっていない日が逆に可視化されてしまって本来の目的と逆方向にいってしまうのでよくありません。そういうわけで,ワンクリックする手間を設けています。

必要なプラグイン

  • デイリーノート
  • Dataview

多分最小限でこの2つで可能なはずです。まずはプラグインをインストールしましょう。話はそれからです。

ちなみに,私はなぜかコアプラグインの”デイリーノート”ではなく,”Periodic Notes“というコミュニティプラグインを使っています。なんでそうしたのかはもはや忘れました。WeeklyとかMonthlyとかのノートも作れるので汎用性が高いからかもしれません(まだ毎週,毎月とかでノート作って書いたりしてないですけど)。あ,”Calendar“プラグインとの統合があるからかもしれませんね。カレンダービューで日付をクリックするとその日のデイリーノートに飛んでいけるみたいな。もしかしたらコアプラグインのデイリーノートでもできるのかもしれませんけど。まあそれは今回のメインの部分とはあまり関係ないので割愛します。

それから,”Dataview“これが肝です。これがあることで,日々のデイリーノートを「やったことリスト」に蓄積していくことができます。使い方はめちゃくちゃ汎用性が高くて難しいので,私はChatGPTに聞きながら使いました(もっというと,「Obsidianで,デイリーノートが自動で生成され,そこに作られたタスクビューが自動的に別のノートに蓄積されていくっていう仕組みを作りたいです。」ってChatGPTに質問して教えてもらいながらトライ・アンド・エラーを繰り返して最終的に自分が欲しかった形にたどり着きました)。

余談ですが,ChatGPTに教えてもらったときに,Tasksというプラグインをいれるように言われましたが,実際にはこのプラグイン入れなくてもこの目的で利用する分には何ら問題ありません(このプラグイン自体は便利だと思いますが)。私は締切があるようなタスク管理にはMicrosoftのToDoリストを使っているので。

手順1. テンプレファイルを作る

テンプレファイルを作って,保管庫に置いておきましょう。私は保管庫直下にDailyNote_Template.mdというファイル名で下記画像のようなテンプレファイルを作りました。そして,新しいデイリーノートは”DailyNote”というサブフォルダ内に生成されるようになっています。

同じ名前のファイルがあればそのファイルが開かれるようになっているので,同じ日に複数のファイルを生成してしまうということはありません。やったことはTasksのところに記入していって,メモ的なことはNotesに書くという感じになります。

手順2

デイリーノートが生成されるサブフォルダ内に,「やったことリスト」という名前のノートを作ります(もちろん名前はなんでもいい)。そのノート内に次のように記入してください。”DailyNote”というのはノートを引っ張ってくるフォルダの名前ですので,ご自身の環境に合わせてそこは書き換えてください。

```dataviewjs// ページごとのタスクを格納するための空のオブジェクトを初期化
let tasksByPage = {};

// "DailyNote" フォルダ内のすべてのページを取得し、作成時間の降順でソート
let pages = dv.pages('"DailyNote"')
  .sort(p => p.file.ctime, 'desc');

// 各ページを繰り返し処理し、タスクを抽出
for (let page of pages) {
  let tasks = page.file.tasks;

  // ページにタスクが含まれている場合、未完了タスクと完了タスクに分類
  if (tasks?.length > 0) {
    tasksByPage[page.file.path] = {
      page: page,
      incompleteTasks: tasks.where(t => !t.completed),
      completedTasks: tasks.where(t => t.completed)
    };
  }
}

// tasksByPage オブジェクトの各エントリを繰り返し処理してタスクを表示
for (let path in tasksByPage) {
  let { page, incompleteTasks, completedTasks } = tasksByPage[path];

  // 未完了タスクがある場合、それを表示
  if (incompleteTasks.length > 0) {
    dv.taskList(incompleteTasks, { checked: false });
  }

  // 完了タスクがある場合、それを表示
  if (completedTasks.length > 0) {
    dv.taskList(completedTasks, { checked: true });
  }
}

// タスクが見つからなかった場合、メッセージを表示
if (Object.keys(tasksByPage).length === 0) {
  dv.paragraph("No tasks found in the daily notes.");
}```

色々ChatGPTとあれこれやり取りした結果,DataviewJSというのを使うことになりました(プラグインの設定でDataviewJSが使えるようにしてください)。ぶっちゃけ,このコードに実は余剰な部分とかもあるのかもしれませんが,これで機能しているのでとりあえずいいとしています。「やったことリスト」の出力は下記画像のような見た目になります。

私が結構難儀したのは,最新のノートが上に来るように並び替えることと,見出しをファイル名だけにすることです。見出しにファイル名と日付がダブって入ってしまったりして,かなり何回もChatGPTとやり取りした記憶があります。

ちなみに,完了マークと日付が入っているのと入っていないのがありますが,完了マークと日付が入るのはTasksプラグインの仕様です。このプラグインを使うと予測変換の入力がうまくいかないというのと,項目だけ立ててチェックを忘れてしまったときに,本当はその日のうちにやったのに次の日に終わったようにチェックが入ってしまうというのがあって,他のノートのタスクリストとかでもこのプラグインなくても問題ないよな?とさっき確かめたら問題なさそうだったのでアンインストールした結果,今日の分だけ見え方が変わっています。

もうひとつちなみに,22日の次からノートがスカスカになっているのは,コロナに罹患して仕事どころではなかったからですw

何を「やったこと」に含めるか

私個人的には,研究に限らず仕事の範疇に含まれるものは結構細かいものでも含めています。メール返信とかは一度の返信で済むものだったのでそういう書き方していますが,もし何往復もするようなものだったら,「XXXについてメールでやりとり」というような書き方にしています。論文も,「ただ書いた」だけだとどんくらい書いたとかどこを書いたとかがわからないので,できるだけ具体的にするようにしています。大きなタスクの中にサブタスクがある場合は22日の例のようにインデントしています(実際には論文は書き終わっていないけれども親タスクのところもチェックするのがポイント)。論文とか研究とかはまた別にObsidianの中にまとめのTodoリストがあって,ある研究や論文に固有のノートの中のリストが#ToDo/Researchで拾ってこれるようにしていたりします。そことデイリーノートを連携できていたりはまだしないので,重複した内容をデイリーノートに書くこともあるといえばあります。ただ,そもそもこの「やったことリスト」を作って蓄積していく目的というのは,「なんかやったぞ」もっというと,「何もやってなくないぞ」というのを可視化する目的なので,厳密に「やらないといけないこと」(ToDoリスト)と一致していなくてよいと思っています。むしろ,そういうToDoリストにもぶっちゃけのぼりもしないような細々としたタスクをも可視化するののが目的なんです。

おわりに

この記事では,「やったことリスト」をObisidanのデイリーノートとDataviewを使って蓄積・可視化していくということを書きました。ChatGPTに聞けば,もっと多分いろんなカスタマイズできるんじゃないかと思いますので,詳しいことは私に聞かないでください。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

どういうスタンスで学会と向き合うか

はじめに

たまたまTLに流れてきた下記のポストについて思ったことを書きます。この投稿をされた方に何か言いたいというよりも,この投稿を見て,学会に参加することとか学会で発表することについて考えたことを書く,というスタンスです。

私はフォローしていない(けど向こうから私はフォローはされている,という方)のポストです。私がフォローしている方が引用ポストされていたので目にしました。

上のポスト中の「外国語教育学会の大会」というのは,外国語教育メディア学会(LET)関西支部2024年度春季研究大会を指しているというのはこの方の下記のポストから明らかです。

率直に思ったこと

まあ,気持ちはわからなくないというか,自分が若い時(博士課程の院生時代とか)には,同じようなことを思っていたとしても不思議じゃないなと思います。学会に参加して,不満を持つということが自分自身なかったことが過去を振り返ってみて一度もなかったわけじゃないので,まあそういうこともあるよね〜というのが率直に思ったことです。

もう少し見方を変えてみる

とはいえ,私は2018年度からLET関西支部の運営委員に入っていて,2022年度からは事務局長をやっています。ということで,まあ「中の人」なわけですね。そういう立場からすると,最初の投稿のような評され方というのは,少し残念な気持ちになりました。ちなみに,私は現在育児休業中のため,事務局長という立場であるにもかかわらず,今回の支部研究大会には参加しませんでした(実際できなかったし,無理して参加しようともしなかった)。というわけで,実際に大会の雰囲気を自分自身がこの目で見て肌で感じて,というわけではありません。

以下,気になった点についていくつか個別に取り上げますが,通底するのは,学会にもっと主体的に参画してほしいな,ということです。学会に参加することはもちろん参加する人にとって利益があることが大前提というか,そういう場所でなければならないのはそうなんです。ただ,参加する人が自分の利益だけを考えて,学会全体として良い大会にしていこうよという主体性がまったくなかったら,それは学界(学会ではなく)としていい方向にはいかないんじゃないかなと思います。学会を運営する側,登壇する側からなにかしら知識だったり情報だったり,そうしたものを提供されることをサービスとして受け取る,そういう受け手の意識だけではなくて,一緒に学会を盛り上げる,そういうスタンスでいる人が増えてくれたら,と私は常々思っています。

気になったこと

最初に示したポストの中で,私が気になったことがいくつかあります。

「誰も質問しない講演」

質問が出ない,というのは,講演の内容の要因(難しすぎて理解されていないとか,逆に質問する隙がなさすぎて質問が出ないとか),聴衆の要因(そもそもちゃんと聞いていないとか,自分の関心領域とは離れていて背景知識に乏しいので質問ができないとか),両者の交互作用,その他にもたくさんの要因が絡まっていると思います。さらに,どの要因で「質問が出ない」という事象が発生するかを事前に予測して対策をすることは難しいでしょう。どういう人が参加するかもわからないし(基本的には会員がほとんどだとしても,会員の興味関心は多種多様です),講演者がどういう講演をどういう流れでするかは,タイトルと要旨レベルでしかわかりません。

また,個人的には誰も質問しない,ということが絶対に悪かどうかというと,そうでもなくて,大事なのはその後に何が起こるのか,だと思っています。講演者の立場の人が,自分のトークのなにかに問題があって議論を喚起できなかったのかと振り返ることも大事ですし,聴衆側は,「質問が出ないということはこの講演って簡単に質問が出るようなものでもないのか」というメッセージが暗に共有されることにもなると思います。いずれにせよ,大事なのは全員が当事者意識を持っているかどうかだと思います。全員が,自分が質問しようと思って聞いているかということですね。このポストをされた方が質問をされたかどうかわからないですけど,もしされていなかったとしたら,この方が指導を受けた先生(と私が思っている人)が日頃口癖のように言ってるように,「自戒を込めて」って付記しないと自分は「外野だ」という認識が現れてしまっているのではと思います。

「最新でもないアプリの紹介」

外国語教育メディア学会(LET)という名前のついた学会だからこそこういうコメントが出てくるのかもしれないし,私は当日の発表を見ていないので本当に何もわからないのですが,最新のツールでなければ発表してはいけないわけではないし,さらに自分にとってそれが既知の情報だったら参加したすべての人にとってもその発表は意味がないのか,っていうとそうとも限らないのではないか,とも思います。また,この方が「自分たちの発表のため」とおっしゃっていますが,その観点でいえば発表すること自体は発表者にとっての利益ともなるわけです。そういう視点にたてば,「最新でもないアプリの紹介」であったとしても,この発表者の方が発表してくれたことに対して,その人にとって発表したことが有益な経験となりうるように関わるのが聴衆としての役割なのではないかなと思います。

「今回の参加は自分達の発表のため」

発表する人のほとんどは,発表するのは自分たちのため(業績づくりのためだったり発表してコメントをもらうためだったり)と思っているとは思います。でも,この視点で臨むことが許容されるとなると,一つ前の,自分にとって得るものがないとも取れるような捉え方をしている発表(「最新でもないアプリの紹介」)も許容しないと矛盾してしまうような気がします。だって,それを聞いてくれる人たちになにかを届けたいと思うのではなく,あくまで自分たちが発表したいと思ってるだけで,発表者の利益しか考えないというわけですから。もちろん実際にはそういう意識でやってるわけではないと思いますし,これは「先輩の発言」であって投稿者がそう思っているというわけではないのでしょうけど(ただ,そういう誰かの発言を引用して「大会としてあれでよかったのか」と揶揄するのは個人的にはうーん,て感じですね)。

今回の大会は結構特殊だった

今回の大会は,Classroom tipsという他の学会ではあまりない発表枠での発表が多く,そのことがもしかすると他の学会の大会のイメージと異なるイベントになった可能性は十分にあるかなと思います。以下関連するポストをいくつか。

おわりに

正直,運営委員だけで学会を「回す」のも結構限界に来てるところあると思っています。発表してくれる人がいるだけでありがたいみたいなところもありますし,そういう人たちをdemotivateするようなスタンスよりは,そういう人たちに発表してよかったと思ってもらえるようにするには,どうしたらいいかを一緒に考えてほしいです。そして,発表してみようかなとか,学会に参加してみようかなと思う人が増えるにはどうしたらいいのか,そして,学会に参加する人たちがもっとメタ的な視点で主体的に「盛り上げよう」と思ってもらえるようにするためにはどうすればいいのか,そういったことをぜひ学会に参加する方々といっしょに考えていきたいと思っています。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

Shiny Appsで名前列をランダムに並び替えるアプリ

Shiny Appsで遊ぶシリーズ第2弾。第1弾は以下でした。

Shiny Appsでランダムグループ分けアプリ

今回は,もっと単純に,名前の列を入力したらそれをランダムに並び替える,というだけです。発表順をランダムに決めるとか,議事録担当者をランダムに決めるとか,様々な場面でご利用いただけます。

https://yutamura.shinyapps.io/RandomOrder/

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

Rmarkdownからファイル生成するときに日付を入れたい

はじめに

タイトルのとおりです。Rmarkdownをknitしたとき,ファイル名に日付を入れたい場合にどうするかというお話。自分用メモです。

関連した話

ファイルの中身の日付は,YAMLヘッダーをいじることで対応可能です。

参考:自動で日付を変更する R markdown tips https://qiita.com/masato-terai/items/50afd48ad741aa8b7bb6

今回は,knitした際に生成されたWordやHTMLのファイルに日付をいれたいので,上記の話とはちょっと違います。

方法

私が調べた感じだと,YAMLヘッダーの指定でファイル名に日付をいれるのは無理そうでした(ChatGPTはいけるって感じで説明してきましたが,そのやり方でやってもだめでした)。そこで,rmarkdown::render関数の中のoutput_fileの引数で明示的に日付を指定してあげるという方法をとります。下記のような感じです。

指定するのは,

  • レンダリングするRmdファイル
  • アウトプットされるファイル名にいれる文字列
  • 拡張子

の3つのみです。2つ目のファイル名の部分に,”Sys.Date()”をいれて,paste0()でくっつけることで,最終的なファイルが上の例だと”Experiment1_2024-04-26.html”のようになります。knitボタンを使う代わりに上のコードを実行すると,ファイルが生成されます。

もちろん,YAMLヘッダー上で,”output:html”の指定は必要ですし,wordにするならwordにしないといけません。その部分の指定と,ファイル名の拡張子の指定が一致していないとおかしなことになると思います。

ちなみに,上のコード部分のRコードチャンクに”include=F, eval=F”等の指定をしてあげないと,最終的に出力されるファイルのなかにコードが残るので注意が必要です。

おわりに

Rmarkdownからknitすると,基本的にファイル名=Rmarkdownのファイル名で,生成されたファイルのファイル名を自分で変えないと,基本的には上書きされてしまいます。よって,ログを残す意味でも日付を入れたいよねというのが動機でした。もちろん,同日内で何度もレンダリングすれば同じ日付で上書きされてしまいますので,その場合はSys.Date()ではなくSys.time()にする必要はあります。

以上,メモでした。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

ChatGPTにフィードバックを「外注」する

はじめに

ずっと下書き状態だったんですが,もうこのままサクッと公開しようと思って公開します。授業の中で,今まで自分(教員)が学生の書いた英文(基本的には単文)にフィードバックしていたのですが,それを学生がChatGPTにフィードバックを求める課題にした,というお話です。

どんな授業か

2回生向けの,Listening&Speakingの授業です(教養外国語のクラスで学部は理系)。クラスサイズは35名くらいで,教科書を使いつつ,半分くらいの時間はペアでのインタラクション・タスクをやっていました。そして,post-taskとして,ワークシートに「言いたかったけど言えなかったこと」という欄に自分がタスク中に言いたかったけどうまく言えなかったことを日本語と英語で書くということを学生には求めています。この部分は授業中に終わらなかったら宿題ね,という感じで,ワークシートは写真に撮ってPDFにして毎回LMS上で提出してもらっていました。このpost-task部分の英文をLMS上に提出されたPDFを見て,私からコメントが必要な場合はコメントを返す,というようにしていました。単文とはいえ,この言い方はどうなんだろう,と思うことは結構あって(もちろん自分の感覚が間違ってることもありました),それをChatGPTにやってもらおうと思ったという。最初は自分がChatGPTに学生の書いた英文を見てもらうようにしていたのですが,なにせLMS上でタイピングしているわけではないので,手書き文字をいちいち打ち直さないといけないと。どっちにしろめちゃくちゃ時間かかるじゃん,ということで,それなら学生がChatGPTで事前に添削してもらったものを教員がチェックするほうがいいかなということで,学生に使わせることにしました。

具体的な方法

学生には,ChatGPTのアカウント作成方法などを書いた資料を配っていました(今はログインなしでも使えるのでこれは不要ですね)。ChatGPT3.5(無料版)だと,英文の添削と理由の説明をお願いしても,理由も英語で説明してくる場合があります(今はわからないです)。そういうときに,日本語で説明して,とやりとりをして日本語の説明を出してもらう,そういう部分も含めてスレッドを全部画像として提出するように学生にはお願いしていました。つまり,最初にどういう入力をして,どういう出力が返ってきたのかのやりとりを提出させる,ということです。こうすることで,一応ChatGPTが全部書く,ということを抑制しようという狙いがありました。

また,私はそこは直接的には狙っていなかったのですが,こういう方式をとることで,結構学生の学習になっている部分があるな,学習につながるやりとりができているな,と感じる部分もありました。一応こちらでテンプレのプロンプトは提示していますが,自分で考えて,「XXXXXXXXXXXXをYYYYYYYYYYと訳しました。あってますか」(Xには和文,Yには英文が入ります)と聞いてる学生もいました。その他にも,自分で色々気になったことを聞いてる様子がみられました(すべての学生からではないですが)。以下はその例です。

  • separeteとdivideの意味の違い
  • 冠詞のaとtheの使い分け,訂正された英文に冠詞を入れる必要がないかどうか
  • be動詞と動詞の接続(may be likeはあってるか,とか)※このlikeは動詞
  • severeとseriousの違い
  • thinkとconsiderの違い

また,ただ添削するだけではなく,語彙や文法について,私が指示していなくてもChatGPTに聞いている様子もありました。さらに,次のようなことをChatGPTとやりとりしている学生もいました。

  • 英語にしてもらったものをさらに日本語に訳させて自分が伝えたい意味になっているかを確認する
  • 提案された表現が自分にとって新規のものであった場合に,どのようなケースで使用するのか
  • 修正の提案が間違っている場合に,間違っていることを指摘する
  • 英文を読み,自分の意図と違っている場合には自分の意図を伝えて再度英文を作ってもらう

最初は使い方へのフィードバックがいる

最初からうまくできるわけではないので,最初の何回かは明示的にうまく英文添削をしてもらえている例とうまくできていない例(例えば,自分で英文を作らずに日本語を英訳してもらうことをお願いしている,英文を添削してほしいというプロンプトなしで英文をChatGPTに投げるので,ChatGPTは普通にその英文に応答して会話をしているなど)を提示していました。そのうち,私が別に教えなくても学生自らが様々な方法でChatGPTとやりとりを繰り広げる様子が見られるようになったという感じです。

授業中に学生に声を掛けることに対する迷い

こうやって文法指導的な部分をChatGPTに外注していると,それまで授業の内外で自分が担っていた指導が必要なくなることになります。もちろん,ChatGPTの出力と学生の言いたいことをモニターして,うまく英文を作れていなかったら,あるいは文法解説が間違っていればこちらからフィードバックを出すことはあります。ただ,授業中に例えば学生の書いている英文に誤りを見つけたときに,迷うことが増えました。その場でフィードバックもできるのですが,結局あとでChatGPTに自分でフィードバックをもらいにいくことになるわけで,そこで誤りが見つかるほうが学生にとって良い経験になる可能性もあるのではないかと考えるようになったのです。

個人的な感覚ですけど,間違いを指摘される際にその場で,なんなら周りにそのことがもしかしたら聞かれているかもしれない,という状況でフィードバックをもらうよりは,自分の自学の時間で感情のないAIからフィードバックを受けるほうが精神的にいいのかなみたいな。

このあたりは,まだまだ試行錯誤という感じです。

学生の反応

ちなみに,学期末の授業評価アンケートで,このChatGPTに英文を添削してもらうという課題は意味がないからやめたほうがいいというコメントもありました。私から見ると有効活用している例が結構あったのでそれはいい英語学習になっているなと感じたのですが,私の意図が伝わっていない学習者にとってはこの課題自体を自分の英語学習に有用だという認識を得られなかったということになります。匿名のアンケートなので詳しくどういう印象だったかを聞くことはできなかったのですが,結構気にはなっています。

おわりに

最近は研究でもどんどん生成AIの利用について様々な観点の研究が出てきていますね。実践するうえではそういう研究も参照しないとなーと思ったりはします(するだけ)。

なにをゆう たむらゆう

おしまい。

高校教員から大学教員へのキャリアアップ

はじめに

Querie.meでいただいた質問への回答シリーズです。

背景は以下のツイート御覧ください。

質問

先程のtamさんの「高校教員から大学教員へのキャリアアップ」に関連するツイートを閲覧しました。

実際に大学教員と接していると高校や中学校の先生を下に見る教員が一定数いることも否めないのかなと思います。勿論、給与、専門性、働き方の面では下に見られても致し方ないこともあるのかと存じます。ですが、多くの現場の先生は目の前の生徒を思って本気で向き合っており、あえて大学教員と比べることによって中高の先生を下に見るような発言は非常に不快でした。

Tamさんの考えに本当に共感したため、送信させて頂きました。

回答

あーそういう使い方もあるのか,とまずは思いました。匿名で共感を示すために質問する,ということですよね。リプライで共感しましたって言うのもはばかられるし…みたいなこともあるかもしれませんしね。私は特に自分がフォローしている人以外からのリプライやいいね・RP等が表示されない設定にしているので(これは精神衛生上の工夫です),これまでにもそうやってリプライもらっててスルーしていることがあるかもしれません(まあフォローしている人からのリプライにスルーすることもあるんですが)。そういうわけで,こうやって伝えていただければ確実に私にメッセージは届くので,ありがとうございます。

大学教員を講師として招いて研修とか「指導」をお願いすることもあるでしょうし,小中高の教員が大学教員を上に見ているからこそ,という側面ももしかするとあるのかもしれません。それが悪いという話ではなく,どちらの立場の人にもそういう構造が無意識に内面化されているのかもしれないなと思いました。私のツイートは感情的になってしまいましたが,下記の寺沢さんのツイートは冷静な指摘だと思いました。

ちなみにですが,質問者の方がおっしゃる「給与」の部分については,平均的には大学教員のほうが上かもしれませんが,個別のケースを見れば学校教員よりも給与の低い大学教員はいると思いますし,小中高->大学で「キャリアアップ」にならず給与が下がることもありうると思います。専門性についても,どちらも異なる専門性があるので比較はできませんよね。寺沢さんが書かれているように,「研究と実践」というのはどちらに優劣があるものでもないという理念が,教育に関わっている人になら当然あるはずですから。

働き方も大学教員はみな時間にゆとりがあってということもなく,大学教員でも仕事に忙殺されている人はいると思います。「大学教員になる方法」なんて煽られて大学教員になってみたけど実際には給料も下がるし仕事量も膨大でやりたい授業もできず,みたいな大学にしか就職できないっていう可能性だって全然あると思うんですよね。そうなっても,煽った人は何も責任取ってくれませんからねぇ。とはいえ,私も教員養成課程の学部生だったときには無邪気に大学教員にあこがれていて,『大学教授になる方法』という本をゼミの先生に紹介されて読んだ記憶もあります。

実務経験は大事な一側面ではあるでしょうし,学生によってはそれが説得力を持つものだと認識する側面というのはあるでしょう(最近そんなような話を聞いたばかり)。ただ,自分の経験も話すだけの授業じゃ大学の授業じゃないでしょう,っていうツッコミもありうると思いますし,大学で教えたいとか教員養成に携わりたいみたいな気持ちだけで「良い」大学教員になれるかというと,必ずしもそういうわけではないかなという気持ちもあります。英語の授業をする,ということについてはもちろんどこでやろうが一定程度共通する基盤の能力みたいなもあるでしょうけどね。

おわりに

本題と関係ない話をつらつらとしてしまいましたけど,もうちょい自分の中でも考えを整理したいなと思う話題だっていうことがブログに書こうとして初めてわかりました。こういう機会を与えてくださった質問者の方に感謝しています。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

SLA研究における反応時間の扱い(Hui & Jia, 2024)

はじめに

以下の論文のレビューというと大げさですが,まあ読んで思ったことなどを書きます。

Hui, B., & Jia, R. (2024). Reflecting on the use of response times to index linguistic knowledge in SLA. Annual Review of Applied Linguistics, 1–11. doi:10.1017/S0267190524000047

X(旧Twitter)につぶやいたことの再構成という形で以下いきます。反応時間はReaction Timeなので,RTと省略して記述します。

RTと正確性

正確さ見ずにRTだけ見たら本質を見誤るというのが1つ目の論点です。RTは,例えば判断課題のRT(語彙性判断課題,文法性判断課題等(Grammaticality Judgment Task; GJT))が使われることがよくありますが,その場合には,誤答(誤った判断)の試行は一般的には除外されます。よって,正答率が低いような文法知識を扱う際には誤答が多ければ除外される試行が多くなり,それだと分析で見たいものが見れなくなってしまうのではというのが著者の主張。

個人的には,そもそもRT使うのは正確さでは弁別できない事象を扱いたいからです。明示的知識・暗示的知識の枠組みでRTを使った課題が用いられているのも,正確さでは母語話者と変わらなくても,RTでは母語話者と差がある文法項目がある,というような前提があるわけです。よって,知識が獲得される初期段階や,そこからの熟達度による変化を対象にするのであれば,RTは使わずに正確性(正答率)を従属変数にするでしょう。もし見るなら正確さの「変化」とRTの「変化」ですね。この論文でもそういう話をしていますが,つまりは複数の観測点を設けて,正確さとRTの関係性を分析するということです。

ということで,それって当たり前体操では…?と思いました。初期段階で正確性を見るというのは,私が共同でやった下記の研究でも論じています。

Terai, M., Fukuta, J., & Tamura, Y. (2023). Learnability of L2 collocations and L1 influence on L2 collocational representations of Japanese learners of English. International Review of Applied Linguistics in Language Teaching. https://doi.org/10.1515/iral-2022-0234

RTの差分を個人の指標とすることの問題

RTを使う分析は,基本的には条件間におけるRTの差分の大きさに焦点があります。例えば,自己ペース読み課題(Self-paced reading task; 以下SPRT)で文法的な文を読んだときと非文法的な文を読んだときを比較し,非文法的な文でのRTが長い(読みが遅れる)ことを比較します。ポイントは,グループレベルで統計的に有意かどうか,というのが結果の解釈のポイントであることです。つまり,差分が小さい人もいれば,逆方向の人(文法的な文を読むときのほうが遅い人)もいるなかで,全体的な傾向としては非文法的な文の方のRTのほうが長いよね,ということをももって,その実験の参加者集団が何らかの文法的な知識を有していると推論するというわけです。

こういう前提はありながらも,実はSLA研究ではRTの差分が個人の知識や能力を反映しているように解釈している研究が存在しています。つまり,何らかのペーパーテスト的なもので測られる正答率と同じ扱いをしてしまっている,ということですね。例えば,何らかの文法性判断課題みたいなものをやったとします。すると,そのテストのスコアが高い人ほど,文法知識を有している(または文法知識が安定している)と解釈すると思います。この点は多くの研究で暗黙的に了解されていることでしょうし,母語話者がテストを受ければ,真面目にやっていないというような場合を除いて一貫して高い正答率が期待されるはずです。ところが,RTは前述のようにこうした個人の能力の反映とみなすことはできません。あくまでグループレベルで結果を解釈するのであって,非文法的な文を読んだときのRTの遅れが大きい人のほうがより文法知識を有している(または文法知識が安定している)と解釈することはできないはずなのです。繰り返しになりますが,母語話者を対象にしてSPRTをやっても,全員が非文法的な文の方に大きな遅れが見られるとは限りません。では,その時に母語話者の中にもその文法の知識がない人がいると考えるでしょうか。

それにもかかわらず,RTの差分をSEMに使ったり,あるいは独立変数や従属変数として扱って回帰分析をしてしまっている,これは問題だよね,ということです。この問題は個人的には超重要で5年以上前から思っていました(しSLRF2019でGodfroid先生にも質問しました)。

このセクションでは個別具体的な研究に対して批判的な言及をしているわけではありませんが,明示・暗示の測定具関係の研究でRTを用いた課題を構造方程式モデリング(SEM)に入れているような研究にはこの2つ目の論点の問題点がつきまといます。

あえて個別に名前や研究をここで挙げたりはしませんが,論文で引用されている研究の中にこの批判が当てはまる研究がいくつもあります。こういう大事な指摘を論文として国際誌に載せる力は私には残念ながらなかったので,こういう論調が出てきたことはいいことだと思いました。

RTの差分を使ってる研究ってどんなのがあるだろうと思われた方は,レビュー的なものが同じ第一著者の次の論文の中にあるのでこれを読まれるといいかと思います。

Hui, B., & Wu, Z. (2024). Estimating reliability for response-time difference measures: Toward a standardized, model-based approach. Studies in Second Language Acquisition, 46(1), 227–250. doi:10.1017/S027226312300027X

上記論文ではRT差分の利用について概念的な問題点を指摘しているというよりは,RT指標そのものの信頼性が低いという問題に焦点をあてているので,差分を使うことのぜひについてはそこまで論じられていませんが(福田先生とやりとりしている中で論文読み直してこのことに気づいたのでgracias)。

RTは様々なプロセスを反映している

これが最後の論点です。SPRTやGJTには様々なプロセスが入ってるので、RTはピュアに知識を反映してると言えないのではないか,という話です。これ,まあそれはそうというか,それはわかったうえでやっていますけどね,というのが正直な感想です。他の要因が極力入りこまないように,条件間での刺激文の違いをできるだけ最小限に抑える工夫がされます。文法構造によってはそれができない場合もあるわけですが,その場合でも単語の長さを揃える,文法構造を揃える,というように実験前の統制が肝になるわけです。それでも単語の長さが違ってしまう場合などは,単語長(文字数で操作化されることが多いです)を回帰分析に入れて残差読み時間(Residual RT)を計算してそれを従属変数にしたり,あるいは単語長を共変量(covariate)として回帰モデルに組み込んだりします。よって,RTを盲目的に何かを表すものとしているのではなく,一応妥当な推論たりうるように実験上の工夫は施されていると思っています。

最後に次の引用の一節で述べられているとおり,「それが何を反映しているのか」,というのは別にRTに限らずあらゆる課題・テスト・測定具についてまわる問題でしょう。

These are perhaps not problems unique to RT research. The key message here is that to ensure validity of their measures (i.e., to make accurate interpretations of their results), SLA researchers should be mindful of the psychological processes involved in completing the tasks. While no measure is a pure measure of anything, knowing what is or can be underpinning a numerical result that we interpret is of paramount importance.

そんなこと言われなくても当たり前のことでしょうと思っている人がほとんどだと私自身は思っていますが,もしそうじゃないとしたらこの基本が頭になくてSLA研究やってるのやばすぎでしょと思ってしまいました。

おわりに

個人的には1つ目と3つ目の論点は別に対して重要じゃないというか当たり前だよな〜って話でした。ただ,2つ目の論点はとても重要なので,ここだけに焦点をあてたconceptual review articleみたいなのだったらもっとよかったのにと思いました。論文を読んでブログ書いたのめちゃくちゃ久しぶりかもしれない。

なにをゆう

たむらゆう。

おしまい。