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大学教員が求める小学校外国語科の授業の在り方は?

Querie.meで頂いた質問に回答を書いていたら少し長くなってしまったのでブログ記事にしてしまおう企画を久しぶりに。いただいた質問はずばりタイトルのとおりです。

回答

さて,まず質問いただいてありがとうございます。あまり頻繁に質問をいただけるわけではありませんので,こうした質問をいただけることを嬉しく思っています。また,このことを私に聞いてみようと思われたことに対しても感謝申し上げると同時に,以下の回答が質問者様が今後,同様のサービス(Querie.meや質問箱等)で私や別の方に質問をされることを妨げるようなことがないことを祈っています(ここまで読んで,一部の人には研究者がよく受け取るメールのテンプレっぽいお断りの文章だなと感じられたかもしれません。私も書きながら,あれこれリジェクト通知かなとか思っています)。

前置きが長くなりました。

まず,私は大学教員の代表としてなにかを論じる立場にありませんので,いただいた質問に対する答えは「わかりません」となります。あるいは,外国語教育に関わる大学教員に限って,その総意としてなにかの意見を求められているのだとしても,その「総意」というのはわかりません。したがって,「お答えできません」と表現する方が良いかもしれません。

もし仮に,「(いち)大学教員(としてのあなた)が求める小学校外国語科の授業の在り方は?」という質問の意図だったとしましょう。つまり,私(田村)個人の意見を知りたいと思っているという質問だということですね。しかし,仮にそういう質問の意図であったとしても,答えはほとんど同じで「わかりません」になるかと思います。または,「私(田村個人)は,何かを求めたりすることはありません」ということになるでしょうか。

外国語学部に所属していて,一応外国語教育にも片足は突っ込んでいる大学教員の立場であったとしても,小学校外国語科に,あるいは学校教育に,いや「大学教員が求める○○の在り方は?」の「○○」の部分に何が入っていても,それに対して何かを求めるようなことはないというように思っています。もしも,「(いち)大学教員(としてのあなた)が求める教授会の在り方は?」くらいだったら,まあ一応自分も大学教員として学部の教授会の構成員ではありますので,学部の教授会がどういうものであったらよいかということに対しては自分の意見がないわけではないです。ただ,それでも自分が何かを求めるような立場だろうかということについては考えてしまいますね。よく言えば,抑制的,悪く言えば消極的と言えるでしょうか。

そういうことを考えた上でもとの質問に戻って,「大学教員が求める小学校外国語科の授業の在り方は?」という質問に対して私がなぜ違和感を覚えているのかということを考えてみます。つまりは,この質問に何の疑問も挟まずに答えるというのは,小学校外国語科の授業の在り方に対して,自分自身が何かを言うこと,つまりそこに何らかの影響を与えようとする気があって,なおかつそのことに対して責任を負うことができる,そういうことだと思うわけです。「求める」というのはそういうことですよね。単なる意見ではなく,その意見を述べる対象に対して影響力を与えようとする意図がなければ「求め」ないわけですから。

さらに,「在り方」という言葉にも引っかかっているのだと思います。「在り方」というのは「あるべき姿」ということです。「小学校外国語科の授業のあるべき姿」を問われているわけですね。この「あるべき」というのも,私にとっては畏れ多い言葉です。「大学のあるべき姿」とかを問われたのであれば,大学教員として,大学の運営の末端を担う自分にもそれを考える責務や,そのことを発信する勇気は必要でしょう。しかし,「小学校外国語科の授業のあるべき姿」は私にとっては自分がコミットしている領域であると捉えていないのだと思います。もし仮に,「日本の政治のあるべき姿」を聞かれたとすれば,それに答えないのはどうなんだと自分でも思いますが(とか言って,私は政治の専門家ではないので…なんて答えたりしそうですよね)。

さらに,一応ウェブ上で,私は素性を明かしてブログを書いたりTwitterに投稿したりしています。そして,私はもうブログを始めた当初の無名のどこの馬の骨ともわからぬ若造でもなくなってしまいました。そうなると,そう簡単に,あるいは軽率に,私が「求める」「小学校外国語科の授業の在り方」について語ることはできなくなってしまいました。私がもし仮に小学校外国語科の授業について専門的に研究している研究者であれば,まだ何かを言うことができたかもしれませんが。

深く考えすぎかもしれません。もしかすると質問者様の意図は,「(いち)大学教員(としてのあなた)が求める(考える)小学校外国語科の(理想の)授業の在り方は?」という質問であったのかもしれません。

つまり,「求める」というのは「考える」くらいの意味であって,「あなたは小学校外国語科の授業の在り方についてどう思いますか?」ということを聞きたかっただけなのだと。その可能性もありますよね。しかし,質問の意図を解釈しようとするだけでこれだけのことを私は考えてしまうわけです。

もしも質問者様がこの回答ブログ記事を読んで,「めんどくさ!もう質問なんかしねーわ!」

と思わなかったのであれば,またこの質問の回答のところから関連する質問をしていただければと思います。

以上です。

私に質問されたい方は質問お待ちしています。

https://querie.me/user/tam07pb915

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

修士課程を卒業して、博士課程や研究者へのあこがれがありましたが、結婚・育児・家事などにかまけて…

はじめに

Querie.meで頂いた質問に回答を書いていたら少し長くなってしまったのでブログ記事にしてしまおう企画第3段。

いただいた質問は以下です。

修士課程を卒業して、博士課程や研究者へのあこがれがありましたが、結婚・育児・家事などにかまけて、単なる非常勤講師としてもう何年も過ぎてしまいました。非常勤は不安定で、いつ契約が切られるかもわかりませんので、社会保険に入れる安定した仕事につきたいです。今となっては学会で研究発表する気力もありません。人生どうすればよいのでしょうか。

回答

まずはじめに何点かお断りさせてください。私は質問者様の背景について,上の質問で書かれていること以上のことは想像でお答えるすることしかできません。また,想像でお答えしますので質問者様の実際の状況や心情に沿った回答にならないかもしれません。そうした前提の上で,書かれていることのみを元に,私なりに精一杯質問に対する私の考えを述べさせていただきます。さらに,無料での匿名のご質問に対する回答ですので,質問者様の人生について私は一切の責任も持つことはできません。「お前が言うな」ですとか,「お前にそんなこと言われたくない」と思われてしまうかもしれないことを百も承知で,ただし私は全力で以下の文章を書きました。

私の個人的なこと

私と質問者様の共通点として「アカデミアという業界にいる」ということはおそらく間違いないのではと思います。ただし,分野が同じかどうかということはわかりかねます。したがって,私がいる分野で私が見ている景色,を前提に書かせていただきます。

私は生存バイアスの塊といいますか,本当に今のキャリアを私が歩めているのは本当に私の実力であるとか言うことではまったくなく,本当に運とめぐり合わせでここまで来たと思っています。そのような私が,不安定な非常勤の立場の方になにかアドバイスを差し上げること自体がとても心苦しいといいますか,どれだけ質問者様の気持ちを慮ろうとしても不可能であると思います。ただ,私と質問者様で抱えている悩みが全く異なることは,偶然でしかなかったということは思っています。

ライフプラン

質問者様の「結婚・育児・家事などに」というお言葉から,おそらくですが現在もパートナーの方がいらっしゃって,その方と家庭を作られているのではないかと想像します(そうではないということでしたら申し訳ありません)。そうしますと,「非常勤は不安定」といったときの「不安定」さはパートナーの方がどのようなお仕事をされているのかということにも依存してくることかと思います。質問者様のジェンダーも質問の内容のみから推測することはできませんが,ジェンダーの規範(男が稼いで等)はいったん置いておいて,パートナーの方と力を合わせてどのように生きていくのが良い選択なのかということをお考えになるのが良いのではないでしょうか。

もちろんいわゆる二馬力で世帯年収を高くするのが質問者様にとってもパートナーの方にとってもリスクを軽減する道だとは思います。しかしながら,パートナーの方がメインの稼ぎ手を担って,質問者様はパートタイムで働きながら家庭の負担を軽減するという道もあるのではないかと思います。そのことによって,自分が思い描いていたような専任職への道が絶たれてしまったとしても,それは質問者様が何を人生の最優先事項と考えていらっしゃるかという問題でしょう。

あこがれについて考える

「博士課程や研究者へのあこがれ」ということを考えたときに,研究の道に進むということに対してご自身がどの程度のあこがれを抱いていたのか,そして,なぜあこがれを抱いたのかについてもう一度考えてみてはいかがでしょうか。

先日,私がよく見ているインターネット番組で,サッカー元日本代表の内田篤人さんはこんなことをおっしゃっていました。

もしサッカー選手になりたければ、夢を叶えるためにサッカーを続けていく。でも、苦しいな、嫌だけど練習に行こうかなと思っていたら、多分その夢は違うと思う。僕はサッカー選手になれたのは、なろうと思ってサッカーを始めたけど、ずっとなろうと思ってサッカーをやっていたわけではない。楽しくて楽しくて朝も早く起きて、みんなとやって行った結果、プロになれた。努力しよう、何かを頑張ろうと思わなくていい。普通に生活してサッカーにのめり込んだ方がいい。そしたら結果的になれましたというのが理想的だと思う

子どもたちの“夢”に対する質問に内田氏が伝えた言葉とは。「僕はずっとなろうと思ってサッカーをやっていたわけではない」 | 内田篤人のFOOTBALL TIME

「今となっては学会で研究発表する気力もありません。」という質問者様のお言葉から察するに,研究活動が楽しいものではなく,つらいものだとお感じになっていらっしゃるのではと推察します。研究が楽しいと思ってやっている研究者の方が100%だとは私は思いませんし,私自身も研究に臨むにあたっての苦しみというのは常に味わっています。しかし,それでも今の仕事を私が続けていけるのは,そこに人生をかけられるくらいには研究が辛くないということなのだと思います。

もしも,研究の道にいくのがつらいとお感じになっているのであれば,なにか別の道を探されるのも一つの選択肢としてありえるのではないかと思います。博士号を取得して研究者になることだけが人生の幸せでもありませんし,ご自身がどうありたいのか,自分にとって何が幸せなのかということが最も重要なことであると思います。それがもし「博士号を取得して研究者になること」であれば,一念発起してそこに邁進するべきでしょう。その選択を取れないとお考えであれば,なにか別の道がきっと質問者様には合っているのだと思います。

私は結婚をしていない独身ですので(バツイチ子なしです),育児や家事などに割かなければいけないリソースは,ご結婚されていて家事・育児をされている方に比べれば相当少ないはずです。だからこそやっていけていると思うところもあります。正直に申し上げますと,家事・育児をやりながら研究もバリバリやられている方ははっきり言って超人です。真似などできません。私はそう思うからこそ,ご結婚されて,育児や家事などに取り組まれている質問者様のことを尊敬しています。私のような者よりもよほど社会に貢献していらっしゃいます。そのことを誇っていいと思うのです。

その上で,ご自身にとって,「安定した仕事」に何を求めているのか,それは自分の夢ややりたいことなのか,お金なのか,そうしたことを考えることで,この先の人生どうすればよいのかということについて,何かしらのヒントが得られるのではないかと思います。

おわりに

正直に申し上げまして,今回いただいた質問はこれまで頂いた質問の中でも最も回答するのが困難でした。質問者様の切実さは十分に伝わっていますが,私が果たして回答者でいいのか,私が回答することがなにか質問者様のプラスになるのか,という不安が拭えません。私が上に書いた回答は,また何年後かに同じ質問に答えるとしたら変わっている可能性も十分にあります。ただ,今の私が無い知恵を絞って考えた,私なりの精一杯の回答です。質問者様が今後幸せな人生を送られることを切に願います。

以上です。

私に質問されたい方は質問お待ちしています。

https://querie.me/user/tam07pb915

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

2022-08-10追記

アカデミアの道を目指して,そして方向転換された方としてとても参考になる記事を書いてらっしゃる方がいるのでご参考まで。

文系博士課程修了後の一般企業への転職活動記録

教師になって一年目です。自分のやりたいことやビジョンがなく、先輩に怒られてしまいました…

はじめに

Querie.meで頂いた質問に回答を書いていたら少し長くなってしまったのでブログ記事にしてしまおう企画第2段。

いただいた質問は以下です。

教師になって一年目です。自分のやりたいことやビジョンがなく、先輩に怒られてしまいました。Tam先生は自分のやりたいことや、こうしたいと言う思いはいつ頃から持つようになりましたか?

回答

1年目ってとにかく目の前のことをこなすのに必死でやりたいこととか先のこと(ビジョン)とか考える余裕もないですよね。その先輩の先生にはぜひそういう質問者さんのような1年目の教員がやりたいことやビジョンを見つけられるようなサポートをしてほしいなと思います。

やりたいこととかこうしたいとか,そういうのは学部時代からわりとある方だったかもしれません。教科教育法の授業でいわゆる達人の授業みたいなビデオとか見るのがあって,「こんな風に授業できるようになりたいなぁ」みたいな漠然とした憧れというか。あとは本の影響も大きいと思います。例えば私が学部の頃とかだと,田尻先生(なんといま同僚なんですが)の本とか読んで「うおおおお」ってなったり。

その後大学院に進学して,私は英語教授法の修士課程だったので,授業の構想とか実践みたいなことを考える機会がたくさんありました。大学附属の語学学校で教えている先生の授業観察もたくさんありましたし,学生同士での模擬授業もたくさんあったので,そういう経験をしている中でも自分がこうありたい,こういうことができるようになりたいという思いは常に持っていたかもしれません。

日本に帰ってきて中学校で働いていたときは,同僚の先生(教科問わず)の授業をフラフラと見に行って(空きコマの時間とかにもっと他の先生の授業見に行ったほうがいいよと言われていたのでたまに行ってました),発問の仕方とか,授業のテンポの作り方とか,ああこんな風にできたらなぁと思うこともありました。正直自分の中から何かが湧き出てくるというよりは,本を読んだり授業を見たり,自分で日々の授業を振り返ったりするなかで,「こんな風にやりたい」みたいなのが出てきて,そこに向かって試行錯誤する中で自分の個性が活かされる形のmy wayが見つかっていくのではないかなと思います。

教師としてということもそうですが,人間としてどういう人でありたいのか,自分がどういう人生を生きたいのか,っていう問いはめちゃくちゃ重要だと思います。私がこの前豊中市の教員研修に市民枠で参加したときにガンバ大阪OBで元サッカー日本代表の加地さんも同じことおっしゃっていました。子どもにどうなってほしいかじゃなくて,自分が先生としてどうありたいか,それだけを考えて,そのために必要なことをやっていけばきっと子どもたちもついてくると思いますと。子どもたちにどうなってほしいかを考えると,それって自分の外に結果を求めることになるんですよね。でも本来自分の外のことは自分にはどうすることもできないことだし,そこで自分が思うようにいかなかったときに原因を誰かに求めてしまうことにも繋がります(私はこんなに頑張ってるのに子どもがついてこないとか)。自分のことは自分で変えられますから(まあそれだって難しいんですけど)。もちろん,その「どうありたいか」が独りよがりで子どものことを全く考えていないようなものだと良くないと思いますが,教員をやっている方はやっぱり子どもと関わる中でなにかポジティブな働きかけをしたいと思っている方だと思います。したがって,そういう方であれば,「自分がどうありたいか」という問いを立てて,それを突き詰めていくことは子どもたちにとってもポジティブに働くだろうなというのは想像できます。

まずは身近にいる先生のことをよく観察してみると,自分のなりたい姿も見つかるかもしれませんね。ちなみに,これもサッカー選手の言葉ですが,ウッチーこと鹿島アントラーズからドイツのシャルケに移籍して活躍した内田篤人選手は「こうなりたい」じゃなくて「こうはなりたくない」で自分の軸を決めているというようなことを著書の中に書かれていました。「教員1年目の新人に,ビジョンがないからといって怒るような先輩教員にはなりたくない」っていう感じですかね。まあ私はその文脈というか背景がわからないので,怒った先輩教員の方の話を聞いたら「そりゃ怒りたくもなりますね」って思うのかもしれませんが。

おわりに

というわけで,私に質問されたい方は質問お待ちしています。

https://querie.me/user/tam07pb915

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

今の仕事をしていなかったら何をしますか?今の仕事の魅力は何ですか?

割と長く文章書けそうな質問をQuerie.meでもらったのでブログ記事書いちゃいます。

タイトルの通り,

今の仕事をしていなかったら何をしますか?今の仕事の魅力は何ですか?

というもの。一つずつ答えていきます。

今の仕事をしていなかったら?

まず,そもそも私は小学生の時から学校教員志望でした。24歳で教員採用試験を受ける時まで,本気で学校英語教員になろうと思っていました。それが,まあ教員採用試験に落ちたので,研究の道に進んだのです。私の分野では博士号取得後は大学教員のポストに就くというのが王道ルートというか,それ以外の選択肢はほとんどないので大学教員の就職を目指して,関西大学外国語学部に着任することになりました。

大学教員に実際になってみて思うのは,まあ世の中には他にも色々な仕事があるだろうけれども,今の待遇で自分の能力が発揮できそうな仕事で,ワーク・ライフ・バランスもある,そういう仕事ってなかなかないだろうなと思います。そう考えると,今の仕事してなかったら死んでるかもしれないですね。

もしも,一日中ひたすらRでデータ処理とかデータ分析とかしていれば良い裁量労働制の仕事で今と同じ給料もらえるのなら転職してもいいです。

今の仕事の魅力はなんですか?

仕事というと「大学教員」というカテゴリになるかと思いますが,正直言って大学ごとに環境は全然違いますし,もっといえば同じ大学でも学部が違えば風土も全然違います。よって,仕事の魅力を語ろうと思うと今の職場の魅力を語ることに必然的になってしまいますね。

待遇とワーク・ライフ・バランス

そういうことを断った上で魅力を考えてみます。まずは上にも書きましたが,待遇が良いのとワーク・ライフ・バランスがあるというのは魅力だと思います。就職したのが30歳で貯金も微々たるもの&数百万の借金抱えてるところからスタートなので,それなりに待遇良くないとやっていけないというのはありますが,それでも全国に数ある大学の中で待遇はいいほうだと思います。それは魅力的ですね。待遇がいいと労働時間が長いというのもセットでついてきそうですが,裁量労働制なのでそこは自分次第でコントロールできます。勤務時間に自由が効くというのは非常に魅力的ですよね。水曜日や金曜日にサッカーの試合を見に行ける,これは誰もが得られる環境ではないと思います。

人間関係

私が自分の中で仕事に関して一つの軸として持っていることがあって,どっかで誰かが言ってた話(たぶん津田大介さんがどこかで話してた)なんですが,仕事を続けるか辞めるかの選択をするときには次の3つのうち2つが満たされていれば続ける,1つしか満たされていないなら辞める,というものです。

  1. お金
  2. 人間関係
  3. 自分のやりたいことができる

上述のように,お金はクリアしています。では2番目の人間関係はどうかというと,これも非常に恵まれていると断言していいです。就職して5年目ですが,同僚の先生には感謝してもしきれないですね。特に,この人のためなら頑張りたいと思える人たちがたくさんいること,悩みを相談できる人たちがいること,は本当に大きいです。

色々ストレスが溜まる仕事はやってきますが,それは別に人間関係が悪いから発生する仕事では全くありません。むしろ人間関係が良いからこそストレスが溜まる仕事も乗り越えられると思っています。ただ,私はあんまりコミュニケーションを積極的に取りに行くタイプでもないので,お昼ごはんを一緒に食べに行くとか,帰り道一緒に帰るとかはほとんどありません。学内で会ってもそんなに長く立ち話をしたりもしないし,「あ,こんにちは」とか「お疲れ様です」だけのこともよくあります。でもそれは同僚の先生が好きじゃないとか大切に思っていないとかそういうことではなく,そういうのがすこぶる苦手というだけです。

2018, 2019年度は毎学期終わりにお疲れ会みたいな飲み会をしていましたが,2020年度になってそういう大人数で集まる機会はなくなってしまったのが残念です。最近は少人数での飲み会はしていて,そうやって誘われて飲みに行っていろいろな話をできるのは恵まれているなと思います。特に,私は大阪に昔からの友人がいないので,職場の人達との人間関係が悪かったら本当に人付き合いゼロですからね。別に一人でいるのは好きだから楽でいいんですけど。

ちなみに,事務の方々もみなさん良い方ばかりで,気持ちよく仕事をできています。そういうところの「同僚」というか「人間関係」もいいですね。

自分のやりたいことができる

これは,まあ満たされていると言っていいのかなと思います。もちろん,専門科目を持ちたいけどこれまで持たせてもらっていないことは,自分がやりたいことができていないということではあります。ただ,一生そうじゃないのがわかっていて,いずれそういう科目を担当することになるという道筋が見えていることでそこまで不満を持つことにはなりません。

英語を教えることだってそれなりに好きなことだからこういう仕事をやっているわけですしね。自分が担当したくない授業をやらされたり,研究の時間も取れないほどのコマ数を担当させられることもありません。

学内業務についても,ある程度仕事を任せてもらえること,自分の意見を反映させる機会が確保されていることは,働く上でとても大事なことだと思います。全部指示されるまま,思っていることは言えない,というわけではなく,年齢とかキャリアに関係なく思ったことは会議で発言できますし,疑問に思ったことはすぐに聞けるという環境です。

もっとトップダウンな大学の話とかを聞いたことがあるので,大学教員一人ひとりの意見を尊重する職場の雰囲気は居心地がいいです。ただ,それが故に会議が長くなることがしばしば発生するんですが。とはいえ,会議は短いほうがいいというコンセンサスを持っている人はいますので,サクサク会議を進めようとしてもらえるのはありがたいです。そういう人たちのおかげで私は教授会のあとにサッカーを見に行くことができます。まあ,私は幸い夜までかかる会議にはまだ参加していないので不満に思っていないだけかもしれませんけど。

研究支援も手厚く(自分は感じています),個人研究費も使いやすく額もそれなりにありますし,科研費に応募しようと思えば特に若手教員は添削サービスや講習会みたいなものを無料で受けられますし,むしろ大学的にも科研費獲得を支援するサービスを教員に積極的に使ってもらうことを推奨しています。私も今もらっている科研費を取るまでは随分サポートしていただきました。また,学内研究費もいくつかあって,2年目に若手研究者育成経費というのに応募して採用されました。最初の年にスタートアップ支援に通らず,次の年の若手研究も落ちた私としては学内研究費で研究資金を得ることができたのは非常に助かりました。

実験をメインにやる私としては謝金の支払いがめんどくさいことだけが唯一改善してもらいたいなと思うところで,いつもストレスが溜まりますが,まあそれくらいですよね。できるだけ大学教員側の手間がかからないような仕組みづくりをしようというのは私が着任して以降も見られてますので,仕事をしやすくしよう,という風土があるのは感じられます。

個室が与えられる

最後にこれ。個人研究室というものがあって,そこが仕事場です。つまり,自分ひとりだけの空間があって,そこで自分のしたいように仕事ができる。これは超絶魅力的だと思います。普通の職場ではかなりの役職にならないと個室が与えられることってないんじゃないでしょうか。私の部屋がどんな感じかは私のウェブサイトのトップページに写真があるので御覧ください。

私は多分大学教員の中でもかなり自分の研究室が好きな方で,一日のほとんどの時間をそこで過ごしていて,家は帰って寝るだけという日が多いです。長いときだと7時-23時とかで職場にいることもあります。でも別にそのうちの2時間を昼寝とかしてたっていいわけですしね。個室があるからこそ研究室で筋トレができますし,冷蔵庫も電子レンジも置いているので食事も容易にとれますし,なんでもできます。シャワールームがついてたらと思ったことあるのは私だけではないでしょう(笑)

誰にも邪魔されない自分だけの,自分が一番快適に過ごせる空間がある。しかもそこをいつでも使える(別に終電なくなろうが徹夜しようが誰かになにか迷惑をかけたりはしない)というのは今の仕事の大きな魅力の一つでしょうし,それに憧れるという人も結構いるんじゃないでしょうか。

おわりに

というわけで,Querie.meで質問されたので,ブログ記事にしちゃいました。私に質問されたい方は質問お待ちしています。

https://querie.me/user/tam07pb915

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。